バレンタイン/愛の日 2月14日。バレンタインデー。
愛の日とも呼ばれている今日は何だか城の中が浮ついた空気に溢れている気がして、そんな日に廊下でばったり出会ったせいか彼の顔を見た時(何かあげたいな)って思ったんだ。ポケットを探ったらたまたまそこにハニーデュークスの高級チョコレートが入っていたから、話の途中に何の気なしに「ハッピーバレンタイン」ってチョコレートを差し出していた。すると甘い笑顔が良く似合う彼の体が石みたいに硬直してしまったのを見て、渡すタイミングを間違えたかもしれないことに僕は遅れて気がついた。
「ありがとう、ハリー!」
「ひぇ……」
石化から戻ってきたセドリックがチョコレートのお礼にと広げた腕に囲われてつい、情けない声を漏らしてしまった。ぎゅう、と柔らかく抱きしめる腕と壁のような硬い体のあたたかさに埋もれて思わず顔が赤くなる。他意なく渡したたった一枚のチョコレートで男女問わず人気のある校内屈指のハンサムからハグが返ってくるなんて、思ってもみなかった。そこにさらに、自分に対してだけの特別なものなんだと錯覚させるとびきりの甘い笑顔まで付いている。正直言ってキャパオーバーだ。沸騰しそうなくらい熱くなった顔を見られる恥ずかしさに狼狽えていると、するりと腕を解かれてあたたかい体が離れていく。ほっとしたような寂しいような気持ちで彼を見ると、セドリックは大事そうに手にしたチョコレートを眺めてからへにゃりと眉尻を下げた。困ったようなその顔にハリーが首を傾げると、
「バレンタインにハリーからチョコレートが貰えるなんて思わなかった。今日はお返しの用意が間に合わないから、来月まで待っててもらってもいいかな?」
と申し訳なさそうに微笑んだ。
来月。それはたぶん、ホワイトデーのことかな。声が出なくて何度も首を上下させる自分のことをセドリックはどう思っただろう。ありがとう、と弾んだ声で告げたセドリックは同寮の女の子に呼ばれて行ってしまった。もじもじしている女の子へ紳士な微笑みを見せるセドリックが去り際に「楽しみにしててよ」とちょっと悪戯っぽく潜めた声で言い残して行くから、廊下のど真ん中で棒みたいに呆然と突っ立っていると不意に両方の肩を同時に叩かれる。振り向く前に両脇からにょきりと伸ばされたニヤニヤ顔に
「俺たちにもちょうだい」
「とびっきりのお返しを用意するぜ?」
とからかわれた。君たちの分はもう無いよ。と言おうとしてハリーは「あとでね」と掠れた声で返事をした。
バレンタインデー。愛の日なんて大層な異名を抱いているから、思いつきの贈り物にはよく注意しなくちゃならない。今日という日に彼にだけチョコレートを贈っている現状が気恥ずかしくて、肩を抱く双子に渡す分と、ハーマイオニーやロン、友人たちへも渡す分。それらの確保もしようと考える。まずは厨房を覗いてみよう。
彼へ渡したのはそういう意味のチョコレートじゃないんだと、誰ともなしに言い訳をしながら、僕は騒がしく動く心臓を胸の上から押さえ込んだ。