③
新一がフロントに戻ると諸伏が声をかけてきた。
「お疲れ様。VIP対応のお客様はどうだった?」
「どうって…」
「面白いやつだっただろ?」
やはり諸伏は降谷のことを知っているらしい。
知っているお客様なら偽名のことも教えてくれてもよかったのではないか、そもそもなぜ降谷の過去の宿泊データがないのか。
疑問だらけだが諸伏が全てを教えてくれるわけではないことは研修の時から知っている。
臨機応変に自分で考えて行動しろとのことなのだろう。
「…無駄に緊張しました。」
「ははっ、そっか。」
諸伏は空室状況をチェックしながら笑いかけた。新一も通常業務に戻るべくチェックインの準備を始める。
「それで、あのお客様に何か言われた?」
「えっ、いや…」
何か、と言われるとないわけでない。
何度も綺麗だと言われた。
まるで宝石を見て綺麗だと言うみたいに。
ホテルマンとして未熟者である自分になぜそんなことを言うのかわからないけれど。
「工藤?」
「何度もその…綺麗だ、と言われました」
諸伏は吹き出すように笑った。
自分から報告して恥ずかしかったのに何も笑うことはないだろう。
不貞腐れた顔をしたからか諸伏は一通り笑い終わるとごめんごめんと新一に謝った。
「いやぁ、あいつがそんなこと言うなんて想像できなくて。」
「あいつ…?安室様とはお知り合いなんですか?」
「あー、いや、知り合いというか…幼馴染なんだ。」
「幼馴染…」
自分の上司の幼馴染がVIP対応をするレベルのお客様なんてことがありえるのか?
というかそんな奇跡ありえるのか?
新一が降谷について聞こうとした時、フロント内の電話が鳴った。
何かお客様からリクエストがある場合や部屋でトラブルがあった際に使われるのが内線電話である。
新一は受話器を取り、電話に出る。
「はい。こちらフロントです。」
『2501号室の安室です』
さっき案内したお客様、降谷零の部屋からの電話である。
「何かありましたか?」
新一がマニュアル通りの対応で電話に出ると降谷は嬉しそうな声で語りかける。
『その声は工藤くんだね。よかった。ちょっと僕の部屋まで来てくれないかな。』
落ち着いた声色で話しているから緊急事態ではないらしい。
「お部屋のトラブルですか?」
『まあ、うん。そうだね。早く来てくれないと困るかな』
部屋の状態はハウスキーピングが確認しているし、問題はないはず…。
部屋のどこかが故障したということだろうか。
「わかりました。今から向かいますのでお部屋でお待ちください。」
新一は受話器を置いて諸伏に声をかける。
「2501号室のお客様からお部屋で問題があったと連絡があったので行ってきます。」
「問題、ね…。何かあったら無線で連絡して。俺も行くから。」
「ありがとうございます。」
フロントから出てエレベーターホールに向かう。
電気がつかなかったとか空調の効きが悪いとかそういうことだろうか。
もしそうなら部屋を変えなければならない。
「…まあ、オレも聞きたいことあったから丁度いいか」
エレベーターの上矢印のボタンを押して乗り込み、25階のボタンを押して降谷の部屋に向かった。