またこの光景。
もう何度見たかも覚えていない。
手を伸ばしても届かない。
幾度となく繰り返された情景。
ーーどうしたらあなたを救えますか?
「辻ちゃん」
先輩が振り返る。雲が浮かぶ真夏の青がとても鮮やかで、犬飼先輩のターコイズのような綺麗な瞳がキラキラしていて、まるで絵画を見ているような。
「どうしたのそんな顔して」
「そんな変な顔していましたか?」
「してたしてた、ほらもうすぐ着くよ」
にっと笑い彼が指差した先を見る。そこには小さな公園があった。ここに何かあるのだろうか。
「何して遊ぶ?」
……何もないかも知れない。
「遊びたかったんですか?」
「うん、辻ちゃんと公園で遊びたかったんだ」
それだけ?本当にそれだけのためにこんな小さな公園にわざわざ来たかったのだろうか。冗談を言っている顔ではなかった。
ただ、嬉しいと思った。
「すべり台は流石にきついでしょうか」
「頑張れば滑れるんじゃない?」
幼い頃遊んだ以来初めて登ったがあまりに狭く満足に滑れそうにない。それにえらく低く感じる。例え滑れたとしても楽しそうに思えない。
「やっぱり無理そうです」
「うーん、じゃあこっちで遊ぼう」
そう言って先輩はブランコに座った。ほら辻ちゃんも、と言うのでそれに従い隣に座る。揺れる先輩を眺めていた。
「ブランコはいつ乗っても楽しいね」
「そうですね」
空中で飛び降り綺麗に着地する。ちゃんと止まってから降りなさいって言われたことを思い出した。
「危ないですよ」
「鍛えてるから」
「今はトリオン体じゃないんですから」
「はは、そうだーー」
ぐしゃり。
言い切る前に先輩の体が潰された。
「…………え?」
突然現れた見たこともない形状をしたトリオン兵。人型なのか動物なのか、どちらとも言えない姿をしていた。その巨体にそぐう大きな拳が真っ赤に染まっている。
先輩の血液で。
「い……ぬか……せんぱ……」
その怪物はこちらに気付くと近づき拳をーー
.。゚+.
せっかくの休みだし放課後どこか出かけてない?と犬飼先輩が提案したので今日は出かけることになっていた。
「ごめんホームルーム長引いちゃって、待った?」
「いえ、そんなに待っていません」
「そう?でもお詫びにアイスでも奢らせてほしいな」
「……わかりました」
お詫びなんていらないと言おうと思ったがアイスには勝てなかった。茹だるような暑さの中食べるひんやりとしたアイスは絶品だろうと容易に想像出来たからだ。
「じゃあ行こっか」
頷き先輩の隣を歩く。楽しみが一つ増えて嬉しかった。
.。゚+.
「辻ちゃん」
先輩が振り返る。キラキラと輝く碧海が眩しくて、そんな景色の中にいても違和感がない先輩の姿は綺麗だと思った。
「どうしたのそんな顔して」
「そんな変な顔していましたか」
「してたしてた」
このやりとりに既視感がある。そうだ、確か公園に向かう際にもこんな会話をして。公園で先輩が……
「大丈夫?ぼーっとして」
「えっはい、大丈夫、です」
「そう?ならいいんだけどさ」
もしかしたら悪い夢だったのかな。それでも少し不安だったのか気付けば手を握っていた。
「辻ちゃん?」
「えっと、すみません」
「どうしたのこんなに暑いのに急にデレちゃって」
「デレてません」
恥ずかしくなり手を離そうとしたが夢が過ぎり強く握りしめてしまった。そしたら先輩が握り返してくれたのでとても安心した。生きてる。
「ところでなぜ海に?」
「夏といえば海でしょ?」
確かにそうかも知れない。
「泳ぎたくなりますね」
「水着持ってくればよかったね」
そう言い靴と靴下を脱ぎズボンの裾をまくる。
「足だけでも入ろうよ」
「はい」
俺も先輩と同じように海につかる準備をする。砂浜が熱くザラザラしていて慣れない感覚に少し戸惑う。
「冷たくて気持ちいね」
「思ったより波がこちらまで来ますね」
「えいっ」
「!」
先輩がこちらに水をかけてきた。少し服が濡れてしまった。にやにやした顔でこちらを見てくるので先輩の倍の力で水をかけた。
「うわっ!?」
「仕返しです」
「もーびしょ濡れだよ」
「水も滴る良い男ですよ」
やり返せたようで満足した。
「やっぱり海っていいね、気持ちいい」
「あまり遠くに行くと服が濡れちゃいますよ」
「今更でしょ」
そのまま水平線の方へ歩いていく。その背中を見ていると少し不安になった。
「せんぱーー」
ドゴッ。
先輩が目の前から消えた。正確には飛ばされた。飛ばされた先輩を目で追うとどうやら岩場に当たったようでぐったりとしている姿が見える。周囲の海水が赤く染まっていくのも。
またこいつだ。見たこともないトリオン兵。突然現れては犬飼先輩を……。
許せない。トリガーを起動しようとしたところで視界は急激に変わってーー
.。゚+.
「美味しい?」
コンビニで奢ってもらったアイスバーを味わっていると先輩がこちらを見てニコニコしながら聞いてくる。チョコがたくさんかかっている少し分厚いアイスバーは普段買わないのもあるが、先輩に貰ったこともありとても美味しく感じられた。
「とても美味しいです」
「よかった、そのアイス辻ちゃん好きそうだなって思ったんだよね」
俺のことを考えて買ってくれたことがとても嬉しくて、さらに美味しくなったような気がした。
「この後はどこに行くんですか?」
「どこでもいいかな」
「行きたい所があったんじゃないんですか?」
「ううん、辻ちゃんといたかっただけ」
……てっきり先輩が行きたい場所があってたまたま俺がいたから誘ったんだとばかり思っていた。またアイスが美味しくなったかも知れない。
.。゚+.
「辻ちゃん」
先輩が振り返る。もうこれで何度目だろう。突然現れる新型のトリオン兵であろう怪物に命を奪われる姿を何度となく見てきた。思い出したくもない目に焼き付いて離れないあの光景。
なぜあのトリオン兵は突然目の前に出てきて先輩を襲う?どうしたら助けられる?どうしたら先輩が死ななくてすむ?どうしたら
「辻ちゃん!」
「!」
「さっきから反応がないんだけど大丈夫?」
「あ……はい、大丈夫です」
「大丈夫な人は大丈夫って言わないんだって」
ドキッとした。先輩の少し辛そうな表情が見える。そんな顔しないでください。
「俺が必ず助けますから」
「何の話?」
「はやく本部へ向かいましょう」
本部にいれば安心だろうと思い先輩の腕を掴み引っ張る。そうだ、先にトリオン体になっていればいいんだ。
「先輩、トリガーを起動してーー」
ください。そう言おうと振り返ると握っていた手が、腕が、その先が、ない。
どうして。
「ーーーッ!」
目の前には新型トリオン兵と、先輩であろう赤い人。また、またダメだった、守れなかった。どうして、なんで。嫌だ、死なないで、先輩。気が付けば忌々しい怪物が目の前にーー
.。゚+.
「公園があるね」
アイスバーを食べた後少し歩くと小さな公園があった。警戒区域の近くだからなのか夕方になろうとしているこの時間に誰一人いなかった。
「すべり台があるけど、この歳になると面白くないかもね」
「体も大きくなりましたし昔ほど楽しめそうにないですね」
「ブランコだと楽しいかもね」
そう言って先輩はブランコに座って揺れる。
「ブランコはいつ乗っても楽しいね」
「そうなんですか」
「ほら辻ちゃんも」
促され先輩の隣のブランコに腰掛ける。身長が伸びたせいか昔に比べて座板と地面の距離が近く足が窮屈に感じる。少し揺れてみると風が感じられやや気持ちいいかもと思い始めた。
「確かに少し楽しいかも」
「でしょ?」
すると先輩が空中で飛び降り綺麗に着地をした。
「危ないですよ」
「鍛えてるから」
「今はトリオン体じゃないんですから」
「はは、そうだね」
突然先輩の方から不思議な音がした。機械音のような、少し聞き慣れているような。そちらに目をやると何かがいた。人型なのか動物なのか、どちらとも言えない姿をしている。新型のトリオン兵か。トリガーを起動しようとした。だが先輩に向けられた拳が振り下ろされるのが視界に映り、先輩が呆然としていて。間に合わないと思った。それでも必死に先輩の方に走る。そしてーー
.。゚+.
そうだ、思い出した。先輩はあの新型トリオン兵に襲われてそして……間に合わなかったんだ。ずっと夢で見ていたのは現実に起こった事だったのか。
ならもう現実の世界に先輩は……。
だったらこの夢の中の世界の先輩だけでも助けたい。助けてずっとこの世界で先輩と共に過ごしたい。先輩がいない現実なんて見たくない。
目をそむける。そこには先輩がいる。名前を呼んでくれる。
「辻ちゃん」
ああ、今度こそ、今度こそ助けますね先輩。
静かな白い部屋に規則的な音が響く。辻ちゃんが生きている証の音。
辻ちゃんと2人で下校している途中だった。新型のトリオン兵が突然目の前に現れ、あまりの出来事に咄嗟の判断が出来なかった。換装も間に合わなかった。おれも辻ちゃんも。それなのに新型のトリオン兵の振り下ろした拳に反応できなかったおれを辻ちゃんが庇った。無我夢中だったんだと思う。気付いたらトリガーを起動してそのトリオン兵の原形がわからなくなっていた。トリオン兵の攻撃で飛ばされた真っ赤な辻ちゃんに駆け寄っる。気絶していたようでぐったりと四肢を投げ出していた。
そのまま今まで辻ちゃんが目覚めることはなかった。
同じ光景。
もう何度見たかもわからない横たわっている姿。
手を繋いでも握り返されることはない。
幾度となく繰り返された無意味な行為。
「どうしたら目を覚ましてくれるの?」