水泡にきす「今日も立派ですね、オニシズクモ。」
オニシズクモの足のいちばん高い関節より私は小さい。オニシズクモはとても大きく、そしてその大きな複眼が、わたしをたくさん写してました。
オニシズクモはその大きな図体から想像もできないような小さな声で鳴き、私が水泡に溺れないようにギリギリの距離まで顔を詰めてきました。オニシズクモはたまにこのようにして、わたしに頭を撫でさせるのでした。
わたしは覚えていないのですが、オニシズクモはまだ小さなわたしを頭にヒョイと入れてしまったことがあったらしいです。わたしは大人に助けられ、オニシズクモはこっぴどく怒られて、今のような感じに落ち着きました。
習性と呼べるものなのでしょうが、オニシズクモはどうやら水泡内を人間で言うところの「手の届く範囲」というふうに認識してるように思えます。だから獲物も宝物も仲間も、全部水泡に詰めていっぱいにしようとするのでしょう。
「いつまでも甘えたさんですね…」
わたしはオニシズクモが頭を撫でることを要求してきたら、精一杯応えます。オニシズクモが本気になれば、またスイレンを仕舞ってしまうという恐怖に近い感情もあれば、純粋に大きくて強そうなオニシズクモがわたしに甘えるのがかわいい、というだけでもあって。
水泡にゆっくりと手を差し込みうんと腕をのばし、穏やかな水をかき分けて、冷たい冷たい額に触れるとオニシズクモはまた甘えたように鳴きました。
何となく覚えている水の感覚があります。一切の波がなく穏やかな、深い、安心出来る、籠のような。
きっと、ここです。ただ、わたしがまたここの心地良さを享受するのは、ずっと先になると思います。
その時はあなたにだけ身を捧げますから。嘘です。ふふふ。