未定「これならどうだ?こういう服は…」
家に帰り俺は満足するまで酒を楽しんだ。酔った頭のまま変化の魔術を使っては姿見の前で様々な服を着た。黒い大人っぽいタイトスカート、可愛らしい雰囲気のワンピース、セクシーに胸元の開いたセーターに、足を出すショートパンツと女の自分に似合う服を選んだ。
「…もう少しこの系統の魔術を勉強しておくか。長時間変化していると体力も削られるしな。そういう魔具を手に入れるのもアリか」
じっと女の姿の自分を見つめる。
顔は好みと言っていたから姿は何も変えなくていい。しかし、家系魔術でもないから変化が甘い。やはり俺の雰囲気はどことなしに残ってしまうし、頭のくせっ毛は上時間は持たず、すぐに跳ねる。目つきの鋭さはなくなったが、目元のまつ毛は上手く消えない。やはり限界はあるようだ。
「…服まで魔術で補うのは流石にキツいな。今度の休みまでに適当に買っておくか」
昼間、シチロウにたった一言を伝えた。
「そんなに気になるなら同じところに行けば会えるんじゃないか」と。
その言葉にシチロウは納得した。
俺の言葉通りに奴が動くとするならば、休日に街に出て、あのベンチ辺りにシチロウが来る。
「…ふぅ…こんなものか変化が持つのは精々一、二時間が限界だろうな」
とりあえず変化の練習をして、俺はそれを解いた。そして鏡に映るのは、髪が同じ長さでも、男の俺。そんな姿に嫌気が刺した。
「………そうだ。肌の手入れをいつもより丁寧しよう。影響あるからな…」
ベッドに腰掛けて、自分の髪を撫でた。
別に本当の俺を好きなってくれなんて思わない。だから偽りでもいい、ただシチロウに一度だけでも熱のある視線を向けられたい。
それがたった一瞬でも。
本当の俺とはただの仲のいい悪魔、それでいい。いつかお前が誰かを好きになって、結婚するのならば俺はお前を祝福するだろう。子供ができた時だってお前以上に厳しくそして甘やかさせてくれ。それは全部お前の一番仲のいい悪魔として。俺は喜んでそうしよう。
「だから…一日くらいお前を好きな俺でいてもいいだろ」
ただお前を愛して、ただお前を見つめるそんな時間を。
自分の長い髪にキスをする。
お前が好きだと言ってくれたこの色を。
大切に大切に伸ばした髪を精一杯愛でた。
________________
「カルエゴくん何か変わった?」
「なにがだ?」
週の終わり、あの日以来に会ったシチロウにそう言われ俺は首を傾げ、食事を進めた。
「いや、なんだろ…??肌…?いや違う…うーん?あ!隈がないんだ!!」
「あぁ仕事が落ち着いたからな。ここ二日くらいは寝れてるから取れたんだろ」
「そうなんだ!…いやでもやっぱり…肌ぁ?」
「何なんだ。しつこいぞ」
んんー?っと唸りながらシチロウはパンを一切れ食べ、疑いの目を俺に向けてくる。
「…何か…いい事あったとか?」
「…まぁそうだな。いい事がある」
「え!なになに〜?」
偉く興味津々にシチロウは目を輝かせてこちらを見つめてくる。そんな奴にため息を出しながらも俺は素直に答えた。
「…会いたいヒトと近々会えるんだ」
「へぇ!よかったねぇ」
「あぁ」
「……」
「どうした?」
「あ、ううん、なんでもない」
「そうか。シチロウも明日行くんだろ。例の女性に会いに」
「うんそのつもり。彼女にお礼したいことあるしね。会えるかわかんないけど」
「へぇ。…っとそろそろ時間だ」
「え?早くない?」
「実技の準備だ」
「なるほど。あ、片付けは僕しとくから」
「悪いな。じゃあ頼む」
口元を軽く拭いたあとに、俺は早足で生物学問準備室を出ていった。
「(明日…明日シチロウに会える)」
そう考えるだけで毎日の残業が苦痛じゃなくなった。いよいよだと心が踊る。
明日は何を着よう。シチロウはどんな服がいいだろうか。楽しみで廊下を歩く足取りが軽い。
あぁ…ついに明日だ。
________________
「…よし、こんなものか」
姿見で変化した自分を何度も見る。服装は薔薇のレースがある黒いワンピースにした。白い帽子を被って少しでも目元を隠した。
化粧も自分でして、少しだけ跳ねたくせっ毛を整えて俺は家を出て行った。
街中に出れば、そのデカい図体は嫌でも目に飛び込んだ。体中が喜んで、キョロキョロと辺りを見渡しているシチロウに駆け寄った。
「こんにちは」
「!あ、こ、こんにちは」
「先日はレモネードありがとうございました」
「あ、い、いえ」
声を掛けるとシチロウは分かりやすく肩を揺らした。そんな姿が可愛くてクスクスと笑ってしまう。
「ち、ちょうど貴方がいないか探してて」
「私を?」
「えぇ、こないだ教えて頂いたお店とってもよかったのでお礼をと…」
「あれは私がお礼で教えただけですので気になさらなくても。あぁ…でも」
「でも?」
「私も貴方に会いたいって思ってました」
ニッコリと笑えばシチロウは困ったように目線を泳がした。
「よかったら一緒に一時間だけ過ごしませんか?」
「え!?ぼ、僕とですか?」
「あなた以外誰がいるんです?」
「あー…そ、そうですよね。すみませんこういうの全然慣れてなくて」
「そうなんですか?」
「…大抵のヒトは僕のこと怖がっちゃうし」
「へぇ…お優しい方なのに不思議ですね」
「あ、ありがとうございます」
それじゃあ行きましょっと俺はシチロウの手を引いた。戸惑いながらもシチロウは黙って俺に手を引かれた。小さくなった歩幅で歩いては、念子カフェへと連れていくとシチロウは分かりやすく目を輝かせた。
「ね、念子カフェ!!」
「お嫌いじゃありませんでした?」
「むしろ大好きです!!…あ、でも念子ちゃんに怖がれちゃうかも…」
「ふふ、大丈夫ですよ。私結構好かれる方なので任せてください」
「そ、そうですか?」
ほらっと俺はシチロウの手を引いた。お店に入れば、可愛らしい念子たちが一斉にこちらを振り向く。座席に案内されるとドリンクメニューを渡されて、二人してアイスコーヒーを選んだ。
「念子ちゃん…可愛い。…けどやっぱり僕のところに来てくれない」
にゃーにゃーと鳴く念子は俺のところに擦り寄ってくるのを羨ましそうに見つめてくる。それが可愛いくてたまらない。
「触ろうとすると余計に逃げちゃいますよ。こちらは興味がないフリをするのが一番です」
「あ、頭ではわかってるんですけど、つい癖で…」
「じゃあ私とお話しましょう」
「?」
「こちらに集中すれば念子も気になって来るんじゃないですか?あとはオヤツも買っておいて」
「そ、そうですね」
カランコロンとアイスコーヒーの氷が揺れた。マスク越しにストローを入れてアイスコーヒーを飲むシチロウをじっと見つける。
あぁ、こんな風に好きを隠さずコイツを見れる。こんなに幸せなことは無い。
シチロウは学校でのことを話し出した。まだ職場に上手く馴染めないこと、新任だからやることがたくさんあること、そのせいでおそらく俺とあんまり会えてないこと。生徒に逃げられちゃうことそんな些細な事まで話してくれた。
もちろんバビルスだということは伏せて。
そしてフィールドワークのこと、それはもう楽しそうに話してくれる。そんなシチロウを頬杖をついて見つめた。
「あ、すみません僕ばっか」
「いえ、私は話すより聞く方が好きですから」
「あ!な、名前名乗ってなかったですね!」
「……」
「僕、バラム・シチロウって言います」
「わ、私は…」
ゴクリと唾液を飲む。名乗ることなどできはしないし、嘘の名前などシチロウにはバレる。
「?」
「……すみません。名乗ることはできません」
「え?あ、家柄的にってことですか」
「いえ…個人的な理由です」
「そうですか…」
「だ、だから貴方が今私に名前をつけてくれませんか」
「え?」
「…今日一日貴方に名前を呼ばれるために」
バカなことを言っていることは分かっている。それでも今日一日シチロウに呼ばれたいとじっと見つめるとシチロウは優しく微笑んでくれた。
「そうですね…じゃあローザさんはどうですか?」
「ローザ?」
「綺麗な薔薇の服を着ているので」
「…素敵です。ではそう呼んでください」
「ふふ、よろしくお願いしますローザさん」
「はい、バラムさん」
ニッコリ笑えばシチロウも優しく返してくれる。いいななんて思っていればにゃーっと念子の声がシチロウの方から聞こえてきた。
「ロ、ローザさん!!き、来ました!!」
「よかったですね。あ、ほらオヤツ今あげたらいいんじゃないですか?」
「そうですね!!…はわ…食べてる…」
「…んくっ…」
「………」
「どうしました?」
「あ、いや…何でもないです」
何故か少し驚いたようにこちらを見てきたシチロウに首を傾げるが、すぐにその視線は念子へと戻された。
念子に向けられたい優しい顔を俺はじっと見つめた。また他愛もない話をすれば、俺はシチロウにずっと相槌をして、シチロウの楽しげな話をじっと聞いた。
あぁ、幸せだ。楽しい。
「あ、あのローザさん」
「はい?」
「そんなに見られたら恥ずかしいです」
「!!」
あんまりヒトに見られるの慣れてなくてとシチロウは頬を軽く染めた。
「バラ…」
シチロウの名前を呼ぼうとした瞬間、ス魔ホのアラームが大きくなる。慌てて俺はその音を消した。不思議そうにこちらを見るシチロウの視線を向けられ下を俯く
「…すみません、私そろそろ時間が…」
「そうですか」
ではっとお札を一枚置いて、俺は逃げるようにその場から出て行った。
「え、あ、こ、これじゃ多い…!!」
そんなシチロウの声を無視して俺は走った。
_________________
「…つ、疲れた」
家に着いた瞬間、服を脱ぎ散らかしては、全てを脱いで裸になった。裸のまま床に座り込み、ベッドに体を預ければ、体中に纏わせた魔術が消えていって、柔らかい体は硬いものへと戻っていた。
「やはり一時間が限界か…アラームしてて正解だったな」
ずっと魔術を使っていたせいで体中は疲労でいっぱいだ。疲れたの息を吐いてはクローゼットから着替えを出してはそれらを着たと同時にベッドへと倒れ込んだ。
「…あぁいう顔、するんだな」
顔を染めたシチロウの顔を何度も思い出しては、心の中で噛み締める。
「はは、いいな。最高だ。あんな顔、俺には絶対にしない。いいものが見れた」
ぎゅっと強くシーツを震える手で掴む。あぁ、楽しかったさ…楽しかったとも。
「……またローザとしての俺に会うように促さなきゃな。まぁ…そんなに会うことは無理だがな」
必ず数をこなせばボロが出る。本当ならこの一回で終わるべきだ。けれども知ってしまった。シチロウのあのはにかんだ笑顔を。
「あと…一回くらいいいだろ」
わかってる。この行為が自分の首を絞めてることくらい。シチロウがローザに笑いかける度に苦しくて、息が出来ない。それでも、首を絞められたとしても、その僅かに与えられる砂糖に群がってしまうのだ。
ゆっくり立ち上がり姿見に触れた。またローザの姿になっては、慣れない微笑みを鏡にする。
「好き…愛してるシチロウ」
偽りを見抜くお前に偽りの姿で会って、そしてやっと初めて本心を言える。
なんて馬鹿らしい話なのだろう。それはまるで道化師だ。