気になる悪魔と何センチ?②
「早く来ちゃったな……」
次の日、重い気持ちを引き摺りながらもやっぱり少しは楽しみにしていて、いつも約束の時間より早く来るカルエゴくんに合わせて、更に早く来ようと予定よりも30分早く来てしまった。カルエゴくんはいつも15分前。なのであと少しだけ時間がある。
一人で髪を結えたし、服も一応少しだけ畏まった。と言ってもいつもとそんなに変わらないのだが、それはきっと彼女も変わりないだろうと余裕を持っていた。
ぼーと空を眺めては、イルマくんに聞いた『でーと』と言う言葉を思い出す。おそらく今この状況がその意味なのだと思う。行動までにも名前を付けるなんて人間は面白いなぁと考えていれば、「シチロウ」と声が聞こえて、すぐに意識は現実へと戻った。
「!」
「悪い、待たせたか??もしかして私は時間を勘違いしていたのだろうか…」
「あッ、い、いや……違うよ。僕が早く来すぎちゃっただけだから気にしなくていいよ。まだ時間にすらなってないし!」
「そうか。ならよかった」
「…………」
「シチロウ?どうした」
「あ〜…いや、い、いつもと雰囲気違うなって」
「えッ……あ、あぁ」
"いつも通り"そう思っていた。
黒めの服に、露出の少ないシンプルでカッコイイと美しいと表現するようなそんな格好。
それがいつものカルエゴくん。
けれど目の前にいるのは、全く真逆の彼女の姿。それは一言で表すならひとつしかない。
「(か、可愛い……)」
真っ白な膝くらいまでのフワフワとしたスカートに、淡い紫の少し鎖骨を見せたレースがついた服。それはあまりにもいつもと違いすぎて、彼女も慣れなそうに自分の腕を掴んでは恥ずかしそうにしている。
「……ジロジロ見過ぎだ」
「ご、ごめッ。珍しくて…さ」
「…………こういうのが好きかと思って。だから……その、試してみた。明るい色とか前言ってたから」
「えっ……あ、あぁ!!好みの話しね!うんとってもにあ……にあ、て……」
「?」
今のカルエゴくんはとても可愛い。今すぐ、そう言いたい。可愛くて似合ってて、素敵だよとそう伝えたい。彼女は褒めると得意げに笑うから。嬉しそうに鼻歌とか歌っちゃうようなそんなヒトだから。きっと喜んでくれる。
___けど似合ってるって言ったら?
"こういう好みの相手"に、カルエゴくんは自信を身につけて見せに行くんじゃないだろうか。
笑いかけて、どうだ?っと得意げに見せびらかせるんだ。もしそれで相手が振り向いたら?
自分のためにそこまでしてもらって、目を輝かやかせられたら、そんなもの好きにならないわけが無い。
「(……嫌だなぁ)」
__ソイツは僕が好きになったカルエゴくんを奪っていくんだな。
「おい聞いてるのかシ…チ…?」
「ん?どうしたの?」
「……い、いや何でもない。行くか」
「うんッ」
______________
「よし、まず植物店に行くか」
「え?」
「新商品のサボテンが気になるからな」
ウンッと頷くとカルエゴくんは背中を向けては目を輝かせて進もうとするのを肩を掴み抑えた。
「服買いに来たんでしょ…」
「あぁ、だが先に植物店だ」
「だぁめ!キミ平気で何時間もいるんだから一日終わっちゃうよ…!」
「んぅ……」
普段は合理的な流れを作る彼女だが、どうも好きな物が絡むと少しポンコツになりやすい。
まぁ好きなに夢中になるのは悪魔らしくていいとは思うのだが、せっかくの『でーと』がサボテン見て終わってしまう。
「選ばせてくれるんでしょ?服」
「ゔっ…」
植物店がある方と僕を何度も見比べて、唇を噛んでは僕の方へ向き直った。
「ちゃんと!アドバイスしろよッ」
「……うん、するする」
「とりあえず近場の店に入るか」
「へーい」
「……」
「え?どうかした?」
じっと僕の顔を見つめては、少し安心したように口元を緩んでは、「何でもない」と呟いた。
「?」
店に入ると、カルエゴくんは慣れたようにさっさと店を物色する。流石貴族、買い物慣れしている。自分の体を少しでも小さく見せて、邪魔にならないように店の端にいれば、すぐにカルエゴくんに腕を掴まれる。
「アドバイス」
「あ、う、うんそうだったね」
「こっちとこっちどっちが好きだ?」
「………えーとこっちかな」
「わかった」
「えッ即決!?待って待ってもっとちゃんと選ぼうよ…」
よしッと服用の布製カゴバックに迷いなく僕が選んだワンピースを入れると気にした様子もなく、また店の中を移動し始める。
「キミ、自分で選ぶって言ったじゃん…」
「は?二着までは選んだんだから十分だろ」
「屁理屈ぅ…」
サッサっと服を見ては、カルエゴくんは鏡の前で髪毛を整えると、不貞腐れたように呟いた。
「……前髪下ろした方がいいのだろうか」
「え?その髪型、お兄さん真似て喜んでたじゃない」
「……いや、可愛らしくはないだろ」
「……」
はぁ…とため息をつく彼女は服の会計を済ませると、次の店へ行こうと僕を連れ出す。
「(……そのままで十分可愛いよって言えられたらいいのに)」
きっと相手は、フワフワした可愛らしい女性が好きで、彼女はそれになろうとしている。そこまでして振り向かせたい相手。好みじゃない服ばかり選んで、嘘で固めて、一生懸命に好きを伝えてる。
___あぁ……ズルいな
何件か店を回っても、彼女はいつもと真逆の服ばかり選んでくる。明るめの色、レースがたくさんでフワフワしたワンピースにスカート。惜しげも無く買っていくのを僕は横目で見るしか出来なかった。
「シチロウ」
「ん?」
「男物あるのに選ばないのか??ここお前のサイズもあるぞ?」
「あー……うんそうだねぇ。一着くらい買おっかな」
「じゃあ…」
「あ、なるべくシンプルで」
昔に派手めを選べとアドバイスを受けて、失敗した過去があるので念を押すと少しつまらなそうにする。遊ぶつもりでいたでしょと言えばそっぽを向いた。
「キミは男性の服でどういうのが好みなの?」
「好み??そこまで深く考えたこと無かったな……あぁそうだな、やはりキッチリされてる方が好きかもしれん」
「はは、キミらしねぇ」
「だらしなくなってなければいいと思うがな」
「へぇ。んー、じゃあたまにはキッチリ系買ってみようかな」
「着れるのか」
「着れるって何さ…」
「体系的に…?」
「ふ、太っている訳では無いからね!?」
「……」
「え、待ってウソ」
「現実受け入れような」
「弄ってるのか本気かわからない表情しないでくれない!?」
ククッと笑うとカルエゴくんはざっとメンズコーナを除くと、7分袖の薄手のジャケットを一つ持つ。
「これなら動きやすいだろ。堅苦しい素材でもないしな」
「あ!本当だシャツみたい!!確かにこれなら苦しくないかも」
「うむ、似合ってるな」
ハンガー事僕の体に合わせると、カルエゴくんは得意げに笑っては、それを当たり前のように自分のカゴに入れた。
「えッそっちに入れるの?」
「私が買うからな」
「へ!?い、いやいや自分で買うよ」
「いや……今回私が誘ったしな」
「そ……だけど!!」
「別にお前は欲しくて買いに来たわけじゃないだろ」
「今そういう正論いらないから!!いいから自分で買うからッ」
舌打ちをするカルエゴくんから自分の買う予定の物を奪いさると、取り返されない内にさっさとお会計を済ませる。彼女もまた服を隣のレジで済ませて、その店を早々と出た。
「荷物持つよ?」
「いらん」
「いや明らかにキミの方が多いし…」
「いやこれくらい別……に…」
「?」
急に考え込むと、彼女はハッと何かに気付いたように勢いよく僕に振り向くと、片手分だけの荷物を僕に突き出した。
「モ、持ッテホシイナ」
「急な片言……怖い」
「!」
「ふふ、そっちも持とうか?」
「いらんッ!!」
「甘えるの下手だね〜」
「うるさいッ」
真っ赤になってはブツブツと呟き続ける彼女を横目で見て、次はどこに行こうかと話せば、今度は雑貨屋に行きたいと言うので、近くの店へと足を運んだ。
「髪飾りが欲しい」
「どんなの?」
「……花」
本当になんと言うか珍しいとしか言えないほどのチョイスには、いつも見えない男の影がチラつく事に苛立たないわけが無い。
店に入っては、鏡に向かってあれじゃないこれじゃないと選ぶと、小さな花が沢山繋がったカチューシャがあって思わず手に取っては見てしまう。
「どうした?」
「あ、いや。これ何だかスージー先生が好きそうだなって」
「………確かにそうかもな。わ、たしもそれ気に入ったな」
「買う?」
「…あぁ」
はいっとそれを手渡しては、その小さな嘘に首を捻った。やたらと頑張ってそういう物が好きと嘘をつく彼女は、気まづそうにまたそれを買っていった。
「(……こういうの好きそうなのにな)」
シンプルなゴールドのスモールピン。小さな丸いガラスがついたもの。
暫くじっと見つめては隠すように僕はそれを購入した。
先に出た彼女をすぐに追いかければ、くるりと振り向いて見上げてくる。その姿に撫でたい衝動をぐっと堪えて近くに寄れば、さっき買ったカチューシャを取り出しては簡単に付けてはどうだ?と言ってくる。
僕で試すようなそんな行いをずっとされれば、それは沢山の色が混ざったみたいに汚い色へと変わっていく。冷静さと理性は静かに消えていくのが嫌でもわかる。
「……そんなに可愛いって思われたいの?」
「わ、悪いか」
「そういうのキミらしくないよ」
「……え?」
あぁダメだな。
このまま続けてしまったら、きっと彼女は怒り狂ってしまう。知らないと怒鳴ってしまう。そうわかってても器から溢れた我慢の水はもう止まらない。
「可愛いワンピースも、レースもキミには似合わないよ」
「…………」
「僕、いつもの格好のキミがいいな」
嘘をついてまで、そのヒトに尽くすことなくていいじゃないか。僕じゃだめなのか。僕ならキミの好みを把握しているし、いつでもキミの力になってあげれる。そ
ギュッとポケットにしまった小さな包を軽く握ってしまう。そうだ怒らせる前にこれを全部言って、これを渡そうと意気込んだ。
「だ、だからね…!キミにはこれが…」
「……そんなのわかっている」
「…あ、」
僕に怒鳴って、文句を言ってはそっぽを向く。それがいつものカルエゴくんだ。今回だってそうなると思っていた。僕がたくさん謝って、そうして仲直り、そういう流れだと思っていた。
けれどそれは全て間違っていた。
「(僕が悪いとちゃんと自覚していた…)」
謝ればいいなんてそんな話ではない。
泣き出しそうな瞳は細く閉ざされて行き、力無い拳は僕の胸を殴った。
「………バカ」
「カルッ…」
違う、間違った。僕は何もかも間違えた。やってしまったとそう思って彼女の肩を掴もおうとした瞬間、彼女は何事もなかったかのようにいつもの顔になると、トンっと今度は力強く僕の胸を殴った。
「今日は付き合ってくれてありがとうな。それに荷物も、またお礼はする」
「まッ」
「じゃあな」
僕から荷物を奪い去ると、彼女は逃げるように僕の元から離れていった。飛んでいく彼女の背中をただ見つめては後悔が襲ってくる。
「(カルエゴくんを…泣かせてしまった)」
そんなこと一度もなかった。どうせ言い返してくれるからいいやと僕は身勝手に怒りを彼女にぶつけた。僕の嫉妬に彼女を巻き込んだ。何も悪くないのに、彼女はただ好きなヒトのために努力をしていただけなのに。ただ嫉妬して、自分が買ったものをあげたい気持ちが先走って、僕は彼女を傷つけた。