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    hakuhatsuakame

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    hakuhatsuakame

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    友万心中しろ。
    正直、解釈違いである。あのひとが誰かを巻き込んで死ぬなど、言語道断である。
    それはそれとして、性癖には素直になりたい。というより、抗えない。
    一年悩んで手を出した。
    折角書いたっけ、だれかに見てほしいんだ!
    拙作ですが、よろしくお願いします。

    心中「将軍様より一足先に、永遠を手にしてしまおうか」
     横にいた彼がそう言って笑ったのは、須臾のような春の夕暮れだった。

     逃げ込んだ先、蒼く煌めくちいさな洞。拙者も友も愛している、鎮守の森に咲く花に似た煌めきである。稲妻城の直下。海岸からすこし離れ、草木が生い茂る岩室の、奥へ奥へと進んだ先だ。
     ここにまっさらな静寂はない。かちかち、とオニカブトムシが切磋琢磨しあう音と、我ら人間が草を踏みしめる音が響く。

     現在、稲妻では「目狩り令」が下されている。
     神の眼差しを向けられた者は、その象徴たる神の目を捧げる。それは将軍様の糧となる。
     捧げる、なんて面白くもない嘘をつく。強奪だろうに。
     神の眼差しを向けられた者は、いま、天領奉行に追われている。天領奉行に神の目を奪われるのだ。
     そして、奪われた者の精神は乱れる。願いの具現化である神の目は、所有者の精神の一部であるから。奪われれば、その人格にぽっかりと穴が空いてしまうのだ。

     拙者と、共に旅をしている友も、かつて神の眼差しを向けられた者。天領奉行から逃げていた。

     もうすっかり日も暮れているのだろう。拙者達は、空を覆う星空の代わりに、足元を覆う煌めきを眺めている。
    「……万葉、さっき話したことだけど」
     横にいる彼が口を開ける。その目は重い前髪に隠されている。
    「つまりは、心中だ。俺達は、神の目を奪われる訳にはいかない。しかし、逃げ続けるのも骨が折れる。いつかは捕まり、体は骸となるだろう」
     幼い日の夢のように優しい声が洞に響く。その声が紡ぐのは、目を背けたくなる現実と、そんな針の庭からの逃げ道。その逃げ道もまた、針と茨に覆われている。
    「無理矢理奪われそうになっているこの目は、心は、こんなにも熱く燃えている。絶対に奪われたくないから、お前のそれも、絶対に奪わせないから、だから」
     彼が顔を上げた。麦藁色の髪が払われ、退紅色の瞳があらわになる。
    「いっそ、捨ててしまおう。一緒に。永遠に、誰の手も届かない所へ」
     それは拙者達にとっての、永遠の救済であった。
     目狩り令に、追われる日々に、心底疲れていたから。拙者も彼の輝きを、誰にも奪われたくなかったから。
     だから拙者はここで頷く。
    「ああ。お主と一緒ならば、本望でござる」

     ――ざざぁん、ざざぁん、と音がする。
     永遠の国の波の音。永遠に広がる海の音。くろい海には、月の影がぼんやりと浮ぶ。先程いた洞からは、そう遠くない距離の。
     拙者と友は、今、波打ち際に立っている。
    「しかし、将軍様より一足先に、とは! 面白いことを言う。なかなか、良い心地でござる」
    「お褒めに預かり光栄。だが……」
     彼が気の毒そうに口を開く。
    「お前、これで良かったのか?」
     巻き込んだことを申し訳なく思っているのだろうか。心優しい彼らしい。しかし拙者も、自分の気持ちを押し殺して頷いた訳では無い。
    「勿論。拙者とお主は一蓮托生。お主を失うくらいならば、ここを旅の終着点としよう」
     言い終えた時、彼はカラッと笑った。暗い顔をしていたのが嘘のようだ。
    「はは。お前、俺の事好きすぎだろ」
    「死ぬまで別れたくないでござる。こんなにも大きな感情を抱くのは、後にも先にもお主以外居るまい」
     この向日葵のような笑顔が好きだった。命にかえても守りたかったものだった。
     それを今、見せてくれた。ああ、この顔をさいごに見せてくれる相手が、拙者だったとは。

     ――ちゃぷ、ちゃぷん、と音がする。
     足元から響く音。海に一歩踏み出す音。誰よりも先に、永遠へと駆け出す音。それは同時に靴を濡らし、やがて肌へと染み渡る。
    「……ああ、でも、心残りが一つだけ」
     口を開いたのは拙者。
    「心残り?」
     友が揺れた瞳で見つめてくる。
    「……どうせ死ぬのなら、夕日と共に死にたかった」
     彼との出会いは夕暮れのことだったから。それだけの理由だ。始まりが夕日と共にあったから、終わりも夕日と共にしたかったのだ。
    「あー……。そうかぁ、ごめんな」
    「何故謝る。これは拙者の我儘でござる。それに、夕暮れ時は人も多かろう」
    「……そうだなぁ。これは二人だけの儀式だ。邪魔されちゃあ困る」
     そうだ。ばれないように、先に行くのだ。先に永遠に手を伸ばす、これは二人だけの儀式だ。
    「だから、これでいい」
     そう言って、拙者は笑う。
     そうすると、膝までひんやりとした感覚が這ってくる。膝まで、海に浸かっている。
     友の懐に入っていたあの可愛い白猫は、トーマに預けてきた。あの子には、まだ長生きしてほしいんだ。そう言ったのは、今、横で目を伏せている友だった。
    「顔を上げぬか」
    「うっ」
     無理矢理顔をこちらに向けさせる。その顔は、月光に照らされてきらきらと輝いていた。その輝きが、意味するものは。
    「お主、泣いているのか」
     友は、涙を流していた。
    「あー……。ばれたくなかった。格好つかねぇ」
     全く、こんな時まで格好つけたがりとは!
     世の中が変わり心が荒んでも、不変のものがあると知り、拙者は少し安堵した。
    「変わらないなあ、お主は」
    「お前もな。いつも冷静で、それでいて朗らかで、見ていて面白い」
    「はは、面白いとは……」
     彼の言葉が拙者の笑いを誘う。
     腰までひんやりとした感覚が伝わってきた。終わりが近づく。拙者達が永遠を手にする時が。
    「なあ」
     友が口を開く。
    「神の目、交換しよう」
     この言葉が意味するものを、拙者は既に知っていた。目の前の彼が、拙者に教えてくれたのだ。
    「奪われる前に捨てる。その前にお互いのものを奪う。そういうことか」
     友がニヤリと笑う。
    「そういうこと」
     いつの間に神の目を外していたのか、友は自身が握っていた神の目を、拙者の右の手のひらに落とした。紫色に輝く目。雷神の眼差し、その象徴。
     そして、拙者の背中につけていた神の目を外された。今彼の左の手の中にある拙者のそれは、翡翠色に輝く目であり、風神の眼差しの象徴。
    「これで、もう、誰にも奪われない」
     彼はそう言って、拙者の神の目に口づけを落とす。拙者もそれに倣い、右手の中の紫色に口づける。唇に伝わる命の熱に痺れそうになる。思わず目をぎゅっと瞑った。
     瞼を開けると、彼が拙者の目を覗き込んでいた。
    「……お前、さっき、夕日と共に死にたかったって言ってたけど」
    「それが、どうかしたのか」
     拙者が問うと、彼が拙者の頭をわしゃわしゃと撫でた。この豪快な撫で方も、大好きなものだった。
    「お前の目が、あまりにも、夕日のように燃えているから。……それで許してほしいなぁ、なんて」
     つまり、終わりも夕日と共にある、と。そう言いたいのだろう、彼は。
    「許すも何も、元より、夕暮れではこんなことも出来ないでござろう。……終わりも夕日と共にある、そう教えてくれて感謝する。友よ」
     そう告げると、彼はまた涙を零す。その目の彩には見覚えがあった。
    「拙者の目が夕日であるならば、お主の目はさくらであるな。退紅の花咲く。稲妻を彩るさくらでござる」
     水面にさくらの花びらが落ちる。やはり、彼の目によく似た美しさだ。
    「そうかぁ。嬉しい。さくらは好きだ」
     そう言いながら、拙者の手首と、友の手首を、結び合わせようとする友の手。
     それはそうだ。海を終着点に選んだのだから。拙者も片手を友に貸す。段取り悪くてごめんなぁ、と友が零す。大きさの違う二つの手は、ひどく震えている。
     もうあと一歩踏み出せば、地面に足がつかなくなる。
     手首と手首を結び合わせれば、二人はようやく一つになれた。結んだ手首とその先の、二つの手のひらには神の目が握られ、二人分の輝きを放っていた。
     余った腕を友の背中に回す。友の大きな手が拙者の背中に届く。

    「ああ、今日も、さくらが綺麗だ」

     その優しい声が、置き土産。

     二人の武士は、永遠を手にした。
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