黒髪も悪くないなと思いはじめた頃、ある日協会に立ち寄るといつもの髪色に戻った犬飼さんが居た。
「……戻したんですね」
挨拶もそこそこに、口からこぼれた声。
犬飼さんは咎めるでもなく苦笑いを浮かべた。
「あまりにも好評だったのでやめました」
普通は逆ではないのだろうか? と首を捻ると、やたらと声をかけられることが多くなったという。
ハンターなら勿論、街を歩いていると声を掛けてくる人が居るのだと。
それは多分……。
「逆ナンとか言われる類では?」
「男ひとりに対して複数人の女性が? トラブルの種になりそうです」
ハッキリと明言しないが否定もしないので、つい頬をふくらませた。
嫉妬を隠さないでいると、くつくつと喉の奥で笑いながら犬飼さんはこちらに手を伸ばす。
そして手を取られたかと思うと柔らかい抱擁。
目の前には茶色の髪が、髪……。
きゃーーーという黄色い悲鳴が聞こえたことで我に返った。
けれど犬飼さんの腕は緩まない。
何、何、が……。
視線をアチコチに飛ばして犬飼さんの行動の意味を探すが無意味だ。
監視課の職員は誰も視線を避けるように、頑なにこちらを見ない。
ぐるぐると止まらない思考が何故のエラーを吐き続けている。
「旬さん、こちらを見て」
ゾッとするほど甘い艶めいた声に身体が震えて視線が吸い寄せられた。
「僕といる時に、余所見は駄目ですよ」
とびきり甘いのに、少しだけ恐ろしさを感じさせる声。
頷く以外になくて、犬飼さんを見詰めた。
犬飼さんが打ち合わせの為に応接室を手配するのもいつもの事だ。
促されてある意味座り慣れた座面に腰掛けると、いつもは対面に座るはず。
なのに、ピタリとくっつくかのように隣。
嬉しいけど、公私混同しない人だったと思うと……。
「旬さん」
ああ、唇が落ちてくる。
どうあっても拒むことが出来ないでいると、ふと違和感。
口付けを強請り、舌を絡ませて確信を得た。
「犬飼さん、酔ってますね」
「そんなことないです」
「いいえ、あります」
口付けで微かなアルコール臭を感じた。
仕事中に飲酒するはずもないが、洋菓子の酒でも駄目な犬飼さんがこれだけのアルコール量で平気なわけはないだろう。
応接のドアを開けて、ベッタリくっつく犬飼さんをあしらいつつ職員を呼ぶ。
お菓子の酒でも酔う犬飼さんを知っていたらしく、悪ふざけで酒精の強いものを選んだ職員は、今別のところで締められているらしい。
それを聞きつつ俺の膝を枕にした犬飼さんに笑みがこぼれた。
こういう甘えたなイメチェンなら大歓迎だ。