願いごと「キャー!」
「素敵!」
「こっち向いて!」
とある街の一角。
買い出しの分担のために仲間たちと別れて暫くした頃、えらく賑やかな人集りに遭遇した。
その中心には一際目を引く長身の男性が立っていて、僕はあの人を知っている。
「シルビアさんだ……」
シルビアさんは世界的に有名な旅芸人で、今は僕の仲間だ。
僕はサマディーで出会うまで知らなかったのだけれど、世界中に熱狂的なファンがいるらしい。
行く先々で声を掛けられたり、サインや握手を求める人に囲まれたりすることも珍しくない。
確かに、シルビアさんの曲芸は華やかで刺激的で、老若男女問わず見る者を魅了してしまう。
僕も魅了された一人だ。
サマディーでシルビアさんのステージを一目見た時から、すっかりあの人の虜になってしまった。
いや、曲芸だけじゃない。
優雅で柔らかな物腰。
馬の扱いや剣術に長けたところ。
ファーリス王子に騎士道を説く姿。
魔物との戦いの中で繰り出される、しなやかで洗練された技の数々。
あの人の、ただの旅芸人とは思えない一挙手一投足の全てに、僕は目を奪われてしまう。
シルビアさんは今まで出会ってきた誰よりも魅力的でミステリアスだ。
だから、僕達と一緒に来てくれるって言われた時は、胸の高鳴りを抑えられなかったっけ。
どうしてか、それが今でも治まらずに僕を困らせているのだけれど。
シルビアさんはファンをとても大事にしている。
「アタシの夢は世界中の人を笑顔にすること」
そう言っていたからだろうか、一人一人の言葉に耳を傾けては、出来るだけ応えようとする。
ファンはステージを見ていた時よりも、もっと笑顔になっているし、シルビアさんの周りにはいつも笑顔が絶えない。
仲間として、それが嬉しくも誇らしくもある。
それなのに、そんなシルビアさんを見ていると、僕は胸が締め付けられる時がある。
いつも人に囲まれて幸せそうに笑っているあの人が、仲間なのに遠く、手の届かない存在に思えてしまって。
「シルビアさんの近くに行きたい」
「シルビアさんともっと話がしたい」
昨晩のキャンプ中、焚き火をしながらカミュに零して『オレとじゃなくて、おっさん本人と直接話せば良いじゃねえか』と呆れられてしまった。
それはそうなんだけど、と納得しているのに行動できない自分を思い出すと情けなくて、つい自嘲の笑みが浮かぶ。
シルビアさんを前にすると、いつもは当たり前に出来ていることでも、何故だか上手く出来なくなってしまうんだ。
(シルビアさんが解放されるのは、まだまだ先だろうな……)
絶えることのない歓声を聞いていると、思いがけず溜息が漏れた。
このまま、ここに居ても仕方がない。
それなら先に待ち合わせの宿屋に行っていようと向きを変えた瞬間──
「イレブンちゃーん!」
明るくて、よく通る声が響いた。
振り向けば、シルビアさんが僕に向かってブンブンと大きく手を振っている。
その目はしっかり僕を見てくれていて、たったそれだけのことなのに、体が熱を帯びて鼓動が早くなるのを感じた。
でも、それと同時にシルビアさんを囲むファン達の視線が、僕に集中したのも分かった。
カミュから『目立たないように』と口酸っぱく言われてきたせいだろうか。
未だ追われる立場の僕は、注目されたことが居た堪れなくて。
「ま、また後でね!」
そそくさと、その場から逃げ出そうとしてしまう。
我ながら、なんて気の利かない言葉なのだろう。
一瞬、シルビアさんが寂しそうな表情をしたように見えたけど、きっと気のせいだ。
走り去ろうとする僕の背後から、『アタシが行くまで、良い子で待っててねー♡』と、相変わらずの明るい声を投げかけてくるのだから。
弾みで駆け出した勢いが止められず、気が付けば目的の宿屋の前に着いていた。
カミュ、ベロニカ、セーニャの姿もまだ見当たらないけど、先に全員分のチェックインを済ませ、部屋に入ることにした。
ベッドに腰掛けて一息つくと、自然とシルビアさんのことが思い出される。
さっきの、華麗なオーラを身に纏い「スターそのもの」といった出で立ちでファンの対応をする姿。
そうかと思えば、僕を見つけて手を振る、無邪気で愛嬌たっぷりな振る舞い。
僕よりずっと大人なのに、まるで子供みたいにクルクルと変わる表情。
普段は見せることのない、戦闘中の猛々しさ。
次から次へと頭に浮かぶシルビアさんの姿に、何とも形容しがたい、むず痒い感情が胸の奥に湧くのを感じて、思わず枕に顔を埋めた。
「シルビアさんのこと、もっと知りたいな。ほんの少しの間だけでも、この世界に二人きりになれたらいいのに……」
誰にも聞かせられない、馬鹿みたいな独り言を吐き出して、ふと思う。
シルビアさんが笑顔にしたい世界で二人きりを願うなんて、僕は本当に「悪魔の子」なのかもしれない──と。