第一回!チキチキ☆イレブンちゃんとのキス権争奪戦~王子様杯~【前回などないあらすじ】
戦闘中、マルティナがデビルモードに変身する際に発する瘴気を、思いっきり吸い込んでしまったイレブン。
すると彼からも瘴気が立ち昇り、見る見る内に女性へと変化していく。
そうして彼もまた《呪われしイレブン》として、バニーガールの姿になってしまうのだった──!
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魔物には難無く勝利したものの、イレブンは依然として女性の姿のままだった。
「どうしよう……」
「イレブンったら、随分セクシーになったじゃない!」
涙目で狼狽えるイレブンとは対照的に、ベロニカは失笑を堪えきれずにいる。
自身も魔物に姿を変えられた経験からか、初めは取り乱した彼女だったが、イレブンにかかったものが一時的な呪いと見て安心したのか、軽口を叩く余裕が出てきたようだ。
「エレノアに似ていて、なんとも居た堪れぬのう……」
ロウが愁いの表情を浮かべる。
元々可愛らしい顔立ちの孫は、女性の姿になったことで在りし日の娘エレノアに瓜二つ。それでいてバニーガールの格好をしているのだから、普段ムフフなことに目がないロウも流石に心苦しく思うらしい。
そんなロウの後ろでは、他の男性陣が混乱を極めていた。
「クソッ! なんでオレには絵心がねえんだ!」
「カミュちゃん、器用なのに“画伯“だったのねぇ。でも絵なんかじゃダメ! 目と心に焼き付けるのよ!」
「ピチピチ……バニー……」
どこから取り出したのか、スケッチブックにイレブンを描こうとするカミュ。
カミュの絵を一瞥するや、すぐに視線をイレブンに移したシルビア。
イレブンの姿を心に刻みつけるように眺めた後、瞼を閉じて天を仰ぐグレイグ。
正しく、三者三様の動揺ぶりである。
彼らの様子に呆れ果てたベロニカは大きな溜息を吐いて、尚も狼狽えるイレブンへと向き直った。
「でも変じゃない? 戦闘が終わったのに、元に戻らないなんて……マルティナさん、何か分からない?」
ベロニカは小首を傾げながらマルティナに尋ねる。
「ごめんなさい。私、なんでか分からないけれど、あの力を自由に扱えるの。『戻れ』と念じるだけで元に戻れるのよ。それよりもイレブン、私と一緒に世界一のバニーを目指してみない?」
「マルティナさんも混乱してるわ!」
魅了された瞳でイレブンの手を握るマルティナを、ベロニカは慌てて引き剥がした。
「もう面白がってる場合じゃないわね。こうなったら一秒でも早く、イレブンが元に戻る方法を見つけないと! とりあえず、マルティナさんみたいに強く念じてみなさい!」
ベロニカの言葉に頷き、イレブンは『元に戻れ、元に戻れ』と強く念じ始める。
胸の前で手を組み目を閉じたイレブンは、神に祈りを捧げる乙女のように可憐であるのに、その身に纏うのは妖艶なバニースーツ。
美しくも倒錯的な姿に、大騒ぎをしていた男性陣は目を奪われて、思わず『ごくり』と喉を鳴らした。
それから数分後。
「……駄目だ」
一向に元に戻る気配はなく、イレブンはがっくりと肩を落とす。
「そう落ち込むなよ」
「そうよ、イレブンちゃん! 方法なんてゆっくり探せばいいじゃない」
「うむ。なんなら、このままでも……」
「今のあなたも、とっても魅力的よ?」
いつの間にか取り囲むように立っていたカミュ、シルビア、グレイグ、そしてマルティナが慰めの言葉を口にしても、イレブンが立ち直ることはなかった。
その時、四人の間をすり抜けるようにして、セーニャが彼の元へと駆け寄る。
「イレブンさま! 私、呪いを解く方法を知っていますわ!」
「本当!?」
イレブンの顔に俄に希望の光が差し込むと、セーニャは目を輝かせながら言った。
「先程思い出したのですが、昔、本で読んだことがあるのです。『お姫様にかかった呪いは王子様のキスで解ける』と! 今のイレブンさまは、お姫様のようですもの。きっと上手くいきますわ!」
「お姫様というより、女王様みたいだけd」
「「「「王子様のキス!?」」」」
もはやツッコむのも面倒臭そうなベロニカの言葉を遮るように、四重の大声が響き渡る。聞き捨てならない言葉に、イレブンを囲む四人が反応したのだ。
ただ、当のイレブンはと言えば、予想もしない言葉に呆然としていた。
「王子って、言い換えれば『姫の相棒』ってことだろ? イレブンにとっての王子……まあ、つまり……その答えは、オレってことだ」
「まぁカミュちゃん、どこかで聞いた台詞。でも王子様って、そんなに無粋なものじゃなくってよ?」
「王子様……性別は違うけれど、地位的に私以上の適任はいないはず……」
「嫁入り前の姫様に、そんなはしたないことをさせるわけにはいきませぬ! だから代わりに私が……」
傍から見れば四人は至って冷静な振る舞いをしているが、それぞれが纏う空気は他の三人に対する闘争心が剥き出しになっている。
各々が『イレブンにキスをして、元に戻してやるのは自分だ』と、勝手な使命感に燃え上がっていた。
かくしてイレブンの知らないところで、彼とのキスを賭けた四つ巴の熾烈な泥仕合が幕を開けるのだった──!!
「イレブンや。わしのマントを羽織ると良い」
「イレブンさま、ロウさま。お茶をどうぞ」
「ありがとう、二人とも……」
イレブンたちは今、とある山小屋を訪れている。
町かキャンプ場へ行って、教会なり女神像なりに祈れば解呪してもらえるかも知れない──
ベロニカがそう提案したのだが、呪いの影響なのかイレブンはルーラが使えなくなってしまっていた。
さらに、天空のフルートを奏でてケトスを呼ぶこともできず、それならばキメラの翼をと道具袋を漁ったが、旅が進むにつれてすっかり御役御免となったそれらは、全て売り払われた後だった。
厄介なことに、イレブンはルーラどころか、この旅で培った全てのスキルも使えなくなっていた。このような状態のイレブンを魔物の前に晒すわけにはいかないと、ロウが地図を確認したところ、幸いにも近くに山小屋があることが分かり、ここで一旦休息を取りつつ対処を考えることにしたのである。
テラスのテーブルセットに腰掛けたイレブンの視線の先。数十メートル離れた所には、移動前と変わらず静かに火花を散らす四人と、彼らを見張るように佇むベロニカがいる。
「皆、なんであんなに険悪な雰囲気なんだろう……?」
「なに、あれは本気で遣り合おうというのではなく、じゃれ合いみたいなものじゃろ。それだけおぬしを元に戻そうと真剣なんじゃよ。心配いらんと思うぞい」
「そっか……」
ロウの言葉に一応は納得したものの、イレブンの心中では仲間たちへの感謝と申し訳なさとが綯い交ぜになっていた。
それに、自分を元に戻すためらしいが、どういうわけか仲間同士で争おうとしている。これはイレブンの望むところではない。
(皆のためにも、早く戻る方法を見つけないと……)
イレブンが大きな溜息を吐くと、それを皮切りにカミュが動いた。
カミュ:▶︎ぬすむ
「今すぐ元に戻してやるからな、相棒!」
叫ぶや否や、持ち前の素早さと身のこなしをもってイレブン目掛けて駆け出していく。誰よりも早く、イレブンの唇を奪ってしまおうと考えたのだろう。
不意を突かれたマルティナとグレイグはすぐさまカミュの後を追うが、彼のスピードに追い付けるはずもなく、少しずつ離れていく背中を見送ることしか出来なかった。
あと少しでイレブンに届く──
カミュがそう思った瞬間、何者かが行く手を阻んだ。
シルビア:▶︎かばう
「アナタの魂胆は見え見えよ、カミュちゃん♡」
カミュの動きを読んでいたシルビアが目の前に立ちはだかり、イレブンをその背に隠してしまったのだ。
少しの隙も見せない男に、カミュは舌打ちをして後方へ飛び退く。
フフ、と不敵な笑みを浮かべながらそれを見届けると、シルビアはイレブンの方へ向き直り片膝をついた。
「イレブンちゃん、アタシをアナタの王子様にして頂けないかしら……?」
そう言ってイレブンの手の甲に唇を落とそうとした時──
鋭く風を切る音と共に、凄まじい風圧がシルビアを襲った。
気付けば、顔の横スレスレのところで脚が止められている。
マルティナ:▶︎しんくうげり
「シルビア……あなたの綺麗な顔に傷を付けたくないわ」
そう言いつつ脚を下ろすマルティナだが、下手な動きを見せれば、すぐにでも次の蹴りが繰り出されることなど一目瞭然である。
「マルティナちゃんったら、目が本気ね」
一旦退いた方が良いと判断して、シルビアは数回バク転をして距離を取った。
マルティナは小さく息を吐くと、ゆっくりとイレブンに歩み寄る。
「イレブン。16年前のあの日、私はエレノアさまからあなたを託されたわ。昔も今も、あなたを守りたい気持ちに変わりはないの。だから──」
マルティナが瞳を震わせながら何か言いかけた直後──
二人の間にぬっと大きな影が現れて、またもやイレブンの姿を隠してしまった。
グレイグ:▶︎におうだち
「姫様……ご自分の立場を、もっとお考えになってください!」
「そんなことを言って、あなたがイレブンとキスしたいだけでしょう!?」
「な、何を仰いますか……!」
マルティナの指摘にグレイグは一瞬たじろぐが、すぐに頭を振って言い返す。
「先程申し上げた通り、姫様は嫁入り前でございましょう。はしたないことばかりされては、私が王に顔向け出来ませぬ! それに私は誓ったのです。勇者を守る盾になると……!」
そう言いながら、グレイグはイレブンに視線を移す。
目に飛び込んできたのは美しい顔立ちと、艶かしいバニースーツに強調された豊かなバスト。そして不意に目が合った自分に、戸惑いつつも微笑みかける可憐な姿であった。
「ピ、ピチピチバニー……!」
理想のバニーそのものを体現するイレブンに、グレイグの理性はまたしても呆気なく崩れ去ってしまう。
「ほら、ごらんなさい!!」
マルティナは鬼の首を取ったように笑った。
二人の様子を遠巻きに見ていたカミュとシルビアも再び戦線に戻り、そうしてまた四人は一触即発の様相を呈することとなった。
しかし今度は、肉弾戦ではなく舌戦が勃発した。
それぞれの戦闘能力の高さを十分過ぎるほど理解している彼らにとって、最も平和的に解決できる方法と考えたのだろう。
「やっぱりオレしかいないだろ。なんたって《盗賊王》と《海賊王》の装備ができるんだぜ? 王子を通り越して王だからな!」
「それなら俺も《英雄王》の装備ができるが……」
「装備云々じゃなくて、やっぱり気品が大事なんじゃないかしら? それならアタシ、誰にも負けない自信があってよ?」
「気品というなら私も負けてないと思うわ、シルビア?」
「いや、姫さん。あんた、そもそも王子の定義から外れてるだろ」
「あら。その私に仮面武闘会で負けたあなたが、よく言えたものね?」
「ずいぶん前のことを蒸し返してくれるじゃねえか……」
カミュ、マルティナを中心とした舌戦は段々と過熱していく。
ここで『どうにかして彼らを止めなければ』とずっと考えあぐねていたイレブンが、とある案を思い付き咄嗟に口を開いた。
「み、みんなが争うくらいなら、どうにかサマディーまで行って、ファーリスにキスしてもらうようお願いするよ! 彼なら正真正銘の王子だs」
「「「「それだけはさせない」」」」
食い気味で引き止める四人の迫力ときたら。
イレブンはなす術を失い、口をぱくぱくとさせるしかなかった。
四人が暴走するようならイオグランデを放ってでも止めようという心持ちでいたベロニカが、イレブンたちのいるテーブルセットにやって来て茶を啜り始める。
近くでは尚も四人が舌戦を繰り広げているわけだが、もう気の済むまでやらせておこうと諦めたのだ。
ベロニカの疲れが滲む顔を見たセーニャは、小さな身体でツッコミ役を一身に担う姉を痛ましく思った。
だがそこでふと閃めき、勢いよく立ち上がった。
「こうなったら、イレブンさまがお相手を指名してはいかがでしょう? それなら、皆さまが納得されると思うのですが……」
「ぼ、僕が!?」
無邪気な笑顔を湛えたセーニャが、あたふたするイレブンの背中をぐいぐいと押して、四人の前に立たせる。
彼らの間に、並々ならぬ緊張が走った。
「ま、まあ、相棒が選ぶんならしょうがねえ……か」
「イレブンちゃんの選択だもの。恨みっこなしよ……」
「うむ……」
「イレブン……」
皆静かにイレブンを見つめるが、その目には『自分を選んでほしい』という熱く強い想いがはっきりと映し出されている。
「さあ、イレブンさま」
四人の想いになど気付かぬセーニャは、事も無げにイレブンを促した。
「ちょ、ちょっと考えさせて……」
イレブンはセーニャを制止すると、腕を組んで考え始める。
彼は仲間たちを全員等しく大事に思っている。一人一人を頼りにしているし、反対に頼りにされると誇らしくも嬉しくも思う。
出身も年齢も立場も違う者たちではあるが、旅の中で育まれた絆は強く、イレブンにとっては誰もがかけがえのない宝物となっていた。
けれど、キスする相手となれば話は別だ。
(一番気心が知れているのはカミュだけど、シルビアさんは額に挨拶のキスをすることもあるし。グレイグさんとはグラスの回し飲みをしたりもするけど、立場的に一番戻れる可能性が高いのはマルティナかな……って彼女は女の子だし、そんな軽々しく──っていうか、そもそもこういうことは、段階を踏んでするものなんじゃ……!? なんで皆平気なんだ……)
頭から煙が上がりそうなほどに悩むイレブンと、少し前までの騒ぎが嘘だったかのように大人しく答えを待つカミュ、シルビア、グレイグ、マルティナ。
五人はアストロンがかかっているのかと思うほど身動き一つせず、時間だけがただただゆっくりと流れていった。
「イレブンさま、元のお姿に戻るためですわ。さあ……」
あまりに思い詰めるイレブンを見兼ねたセーニャが、再度彼に促す。
顔を上げたイレブンの瞳には、未だ困惑が色濃く映っているが、彼は震える声を絞り出す。
「ぼ、僕、がキス……をして、もらうのは──」
紅潮しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐイレブン。
四人は息を飲み、彼から発せられる名前を待った。
「まったく、いつまであのままなのかしら? ……あっ!」
ちょうどその頃、茶を飲みながらイレブンたちの様子を眺めていたベロニカが、突如ハッとした表情を浮かべる。
「そうよ! おじいちゃん、《おはらい》があるじゃない! ちょっと試してみましょ!」
「おお、そういえばそうじゃったな。どれ……」
使う機会の少なさゆえ、すっかり忘れられていたロウの《おはらい》
これが効果覿面で、イレブンはすぐさま元の姿に戻ることができた。
「やったあ! ありがとう、ロウじいちゃん!」
「良かったですわ、イレブンさま!」
イレブンとセーニャは心底ホッとしたような笑顔で、ロウとベロニカの方へ駆け出していく。
彼らの背中を見つめる四人は、安堵すると同時に、どうしようもない虚無感に苛まれていた。激しく燃え続けていた心が、急に行き場を失ってしまったためである。
「あいつ、戻れて……良かったな……」
「いつものイレブンちゃんが一番よね……」
「ええ……」
「バニー……」
翌日、四人はイレブンを担ぎ上げ、メダル女学園にある命の大樹の根の元へ走った。
イレブンのあの艶かしく美しい姿をもう一度拝むため、不完全燃焼に終わった勝負の行方を見届けることができないか試すため、一縷の望みを託して。
しかし、旅の思い出にバニーガール姿のイレブンが映し出されることはなく、残ったのはそれぞれの中で都合良く改変された彼との記憶と、カミュ画伯が描いた一枚の絵のみであった。