Salty sandwich 命の大樹が落ちた数ヶ月後。
ソルティコにて父ジエーゴと十数年越しの和解を果たしたシルビアは、以前のようにイレブンの旅に同行することとなった。
再び心強い仲間を得たイレブンは、未だ離ればなれの者たちとの再会を目指し、今日も歩みを進めている。
「イレブン、怪我はないか?」
「イレブンちゃん! さっきの魔物ちゃんが落としたアイテム、アナタが使うといいわ」
「ありがとう、二人とも」
歳が離れているせいか、イレブンの境遇を思い遣ってか、グレイグもシルビアも何かと彼のことを気にかける。
イレブンは二人を父のように、あるいはうんと年上の兄のように頼もしく思っていた。
では、二人も同じ気持ちなのかと言えば、そんなことはないようで──
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ある夜のキャンプでのこと。
くじで決めた役割分担で、イレブンとロウがテントを張り、シルビアとグレイグが食事の用意をすることになった。
「アタシはソルティコ名物の魚介スープを作るわ!」
「ならば俺は、得意のキノコパスタを作るか」
「わあ! 楽しみだね、ロウじいちゃん」
「そうじゃのう」
楽しそうにテントの準備を始めるイレブンを見ていると、シルビアもグレイグも目尻が下がるのを禁じ得ない。
戦闘中は他の追随を許さぬ勇猛さを見せつけるイレブンも、そこから離れてしまえばひとりの無邪気な少年なのだ。
いつまでもイレブンを見ていたいところではあるが、彼から更なる笑顔を引き出すためにも美味しい食事を作らなければ、と二人は支度に取り掛かった。
「そういえばグレイグ。アナタ、いつもイレブンちゃんとの距離が近過ぎるんじゃなくて?」
鍋を火にかけると、シルビアが切り出した。
「俺は勇者の盾になると誓ったのだ。如何なる敵からもイレブンを守らねばならないのだから、どんな時でも傍にいて当然だろう。そういうお前こそ、スキンシップが多過ぎるのではないか?」
キノコの下拵えをしながら、今度はグレイグが問いかける。
「そんなの前からだったわよ? もっとも、イレブンちゃんを追い回していたアナタは知らないでしょうけど。……あらぁ、もしかして羨ましいのかしら?」
「ぐっ……」
鍋で具材を炒めつつシルビアがしたり顔を向けると、グレイグは下唇を噛み締めた。
確かに、イレブンと共に過ごしてきた時間も経験した出来事の数も、シルビアとグレイグには埋められない差がある。
しかし、希望の勇者たる少年を大切に思う気持ちは誰にも負けない。グレイグはそんな自負を抱いていた。
「今まで過ごした時間ではなく、これからイレブンをどう支えていくか、という方が大事なのではないか?」
「まあ、それもそうね。……とりあえず今は、今日も頑張ったあの子に、美味しいものをお腹いっぱい食べさせてあげたいわ」
「同感だな」
シルビアとグレイグがかつて同門だった頃、当番制で訓練生たちの食事を作ることがあった。
当時は二人とも料理に不慣れで、ジエーゴの屋敷の料理人たちに色々と手伝ってもらいもしたが、それでも共に励む相弟子たちを労いたい気持ちは強く、心を込めて調理したものだ。
出来上がった料理は見た目こそ悪かったが味はなかなかで、食べた者たちの嬉しそうな顔は、今でも二人の脳裏に鮮明に残っている。
イレブンにいつもあんな顔をさせてやれたら。それを毎日見られたら、どんなに幸せだろうか。
シルビアもグレイグも似たようなことを考えながら、それぞれの料理を仕上げていった。
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やがてキャンプ場が良い匂いで満たされる。
テーブル代わりの木箱の上に、綺麗に盛り付けられた料理が並んだ。
「うわぁ、美味しそう!」
いずれも何度か口にしたことのある品だが、イレブンは目を輝かせて喜んでいる。
一日戦い抜いた食べ盛りの少年は、調理中の匂いや音に、さぞ食欲をそそられていたことだろう。
四人が揃って、いよいよ食事が始まる。
「いただきます! ……美味しい!」
嬉々として料理を頬張るイレブンの姿を目にして、男たちの顔は自然と綻ぶ。
「沢山食えよ、イレブン」
「そうよ、まだまだいっぱいあるからね!」
「ありがとう二人とも! 僕、大好き!」
「なっ……」
「イレブンちゃんっ!?」
眩い笑顔を浮かべる少年の言葉に、男たちは動揺してカトラリーを落としそうになってしまう。
「ロウじいちゃんのユグノアサンドイッチも大好きなんだ」
「それは嬉しいのう」
(料理の話か……)
(そ、そうよね……)
シルビアもグレイグも辛うじて平静を装っているが、その裏ではひどく残念な気持ちに苛まれていた。
冷静に考えれば分かりそうなものなのに、『大好き』という言葉に過剰に反応してしまうのは、両人ともイレブンを憎からず思っているからか。
そんな彼らの様子に気付くこともなく、イレブンは話を続ける。
「母さんのシチューも、すごく美味しいんだよ。僕にはあんなに上手く作れないから、いつかロウじいちゃんとシルビアさんにも食べてもらいたいな」
ペルラやエマをはじめとするイシの村の住人たちとイレブンが再会できたということは、ロウとシルビアも既に知るところである。
命の大樹が落とされる以前は、イシの村人たちの消息が知れぬままであったので、仲間たちは皆イレブンを慮り話題にすることを避けていた。
イレブンもそんな心遣いを汲んで、あえて話題に出すようなことはなかったのだが、今になってこうしてイレブン本人から話が聞けることを、ロウもシルビアも大変に喜ばしく思っている。
「ペルラ殿のシチューか! 確かにあれは美味いな」
イレブンの話にグレイグが頷くと、『聞き捨てならない』とでも言うようにシルビアの片眉がぴくりと上がった。
「グレイグ。アナタ、イレブンちゃんのママのシチューを……?」
グレイグがイシの村人たちをホメロスや魔物の軍勢から守っていたことも、イレブンから聞き及んではいた。
最後の砦ではデルカダールの兵も村人も一丸となって戦っていたと聞くし、共に食事を取ったことも想像に難くない。
けれども、自分はまだ会ったことすらないイレブンの母親の料理を、グレイグは食べたことがある──これがシルビアにはどうにも面白くなかった。
「母さん、『将軍がシチューを褒めてくれたんだ』ってすごく喜んでいたよ」
「あんなに美味いシチューは食ったことがなかったからな」
貼り付けたような笑顔で二人の会話を聞くシルビアの胸中では、グレイグへの嫉妬が渦を巻いている。
グレイグはそれを見透かしたのか、『さっきの仕返しだ』とばかりに得意顔をシルビアに向けた。
これには流石のシルビアも癇に障ったようで、思わず顔を顰めてしまう。大人気ないと分かっていても張り合ってしまうのは、少年時代に技を磨き合った名残なのかもしれない。
シルビアの発する怒気を感じ取り、グレイグが一瞬たじろぐ。
彼に若かりし頃の師の姿が重なり、本能的に慄いてしまったのだ。
これはいかん、とグレイグの表情に焦りの色が滲んだ瞬間、ロウが朗らかに口を開いた。
「わしもペルラ殿に挨拶に伺わねばのう。イレブンをこんなに立派に育ててくれたんじゃ。感謝してもしきれんわい」
「僕もロウじいちゃんを紹介したいな。もちろん、シルビアさんも! ね?」
そう言ってイレブンがシルビアに微笑みかける。
真っすぐに自分だけを捉える少年と目が合うと、先程までの怒りは嘘のように消え去り、シルビアにいつもの、いや、いつも以上の笑顔が帰ってきた。
「アタシも、アナタのママに会いたいわ!」
「それじゃあ今度、みんなで砦に行こう」
「ええ、絶対行きましょ!」
すっかり機嫌の直ったシルビアを見て、グレイグが安堵のため息を漏らす。
そしてイレブンとロウに救われたことに感謝し、今後さらに二人を守っていくことを強く心に誓った。
その後は終始穏やかに、四人は食事を楽しんだ。
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食事を終えると、皆で明日の計画について話したり、各々の武器の手入れや読書をしたりして過ごした。
そうこうしている内に夜も更けたので、イレブンがそろそろ寝支度を調えようかという時、シルビアに声を掛けられる。
「イレブンちゃん、今日はアタシと同じテントでお喋りしない?」
キャンプ場にはテントが二張り設置されている。
ひとつはイレブンが最後の砦を旅立つ際に持たされたもの。もうひとつはロウが持ち歩いていたもので、どちらも二人用のテントである。
以前使っていたテントはもっと大きなものだったが、命の大樹が落ちる混乱の中で焼けてしまった。同じくらいのものに買い換えるのは、もっと仲間が増えてからでいいと全員の意見は一致している。
最近のキャンプでは、イレブンとロウが、シルビアとグレイグが同じテントに寝泊まりすることが常となっている。
だが今宵イレブンは、シルビアの誘いに応じて同じテントで過ごすことにした。
彼との再会後、ゆっくり話す時間をなかなか取れずにいたし、世助けパレード結成の経緯やジエーゴとの思い出話などに興味があったので、良い機会だと思ったからだ。
ところが、グレイグにそれを止められてしまう。
「俺がロウさまと同じテントで寝るわけにはいかんだろう」
一国の将軍を務めるグレイグは、亡国とはいえ先王であったロウに敬意を払っている。
ロウは気にする様子もないが、生真面目なグレイグにはどうしても超えられない線があるらしい。
だからと言って、シルビアにも譲る気はない。イレブンの腕をがっちりと掴み、『今夜はイレブンちゃんと語り明かすの』とグレイグに食ってかかった。
イレブンがいつも通りにロウと同じテントに寝れば解決しそうなものだが、きっと今のシルビアはそれを許してくれないだろう。
どうしたものかと少年が困惑していると、ロウが妙案を思い付く。
「それなら、おぬしたちの荷物をわしが預かろう。そうすれば、多少狭くとも三人で寝られるじゃろう?」
「しかし──」
「さっすがロウちゃん! ナイスアイディアだわ!」
申し訳なさから断ろうとするグレイグを、シルビアの弾んだ声が遮る。
共に旅をしてきた中でシルビアとロウも気が置けない間柄になっていたため、この程度のことは遠慮なく頼めてしまうのだ。
シルビアが速やかに荷物の移動を終えると、ロウはテントへと入っていく。
その手にしっかりとムフフ本を持っていたことにシルビアは気付いていたが、今日ばかりは何も咎めずにいるのだった。
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「さあ、イレブンちゃん! 今夜はたっぷりお話ししましょ! ……余計なのもいるけどねん」
「仕方ないだろう。それに二人きりにさせては、お前が何を仕出かすか分からんからな」
「まあ! 言ってくれるじゃない」
テントの中で、三人は川の字に身を横たえている。
荷物を移動して少々広くなったとは言え、体格の良い二人に挟まれたイレブンはほぼ身動きを取れない。
こんな状況でもなお言い合いを繰り広げるシルビアとグレイグに、少年は思わず失笑した。
「二人とも、仲が良いね」
「「どこが!?」」
同時に起き上がり声を揃える二人に、イレブンはさらに笑い声を上げた。
無邪気に笑う少年を見ていると、男たちの胸に『この笑顔を守ってやりたい』という気持ちが何度でも生まれる。
加えて、『その役目は自分だけのものであってほしい』といった思いも。
少年時代に同じ師の下で切磋琢磨したシルビアとグレイグは、互いの実力を認めている一方で、勝ちを譲れない存在同士でもある。
だからこそ子供じみた争いでも、ついつい本気で遣り合ってしまう。ことイレブン絡みに関しては、それが顕著であった。
「イレブンちゃん、寒くない? もっとこっちに来てもいいのよ?」
「イレブン、狭いだろう。俺の方にはまだゆとりがあるから、こっちに寄るといい」
イレブンの左右の腕をそれぞれ掴み、決して反対側へ行かせまいとする男たち。
彼らの邪な気持ちになど気付かぬ少年は、二人の心遣いを有り難いとすら思っている。
だがそれと併せて、とある懸念も抱いていた。
(このままじゃ二人とも寝てくれないかもしれないな……)
シルビアが加入してからというもの、グレイグは以前にも増してイレブンの前へ出ていくようになった。
盾として自分を守ろうとする背中をいつも頼もしく思うが、それ以上に自分の代わりに傷を負うグレイグに心が痛んだ。
片やシルビアも、攻撃に補助に回復にと、いつも戦場を休む間もなく駆け回っている。
その上、戦闘が終わると真っ先にイレブンの安否を確認するなどし、自身のことは後回しにしている節があった。
他人に弱みを見せない彼なので、疲れや怪我があっても隠しているのではないだろうかと、イレブンは案じていた。
(二人とも、出来ることなら少しでも早く休んでほしい──)
シルビアもグレイグもそんなに柔ではないと分かっているが、それでもやはり大事な仲間を心配せずにはいられない。
相変わらずイレブンを挟んでの言い合いを続ける彼らに向けて、少年がぽつりと呟く。
「二人とも……ごめんね」
「「え?」」
男たちが聞き返す間もなく、イレブンはラリホーマを唱える。
完全に虚を衝かれた二人は抗うことも出来ず、その場に倒れ込んでしまった。
「おやすみ。ゆっくり休んでね」
急速に遠くなる意識の中で響くイレブンの優しい声は、子守唄のように心地好く、二人はそのまま深い深い眠りに落ちていった。
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眠り込んでも両腕を掴んで離そうとしない二人の間で、イレブンはやはり身動きを取れないままでいた。
(……なんだかサンドイッチの具になった気分。そうだ! 明日の朝はサンドイッチを作ろう。シルビアさんとグレイグさんの好きなものを挟んで──)
そんなことを閃いて、あれやこれやとメニューを考案していく。
いつも支えてくれるシルビアとグレイグに感謝を伝えても、両人からは『礼には及ばない』と言われるばかり。
ならばせめて、このようなかたちで気持ちを贈ろうと考えたのである。
(二人とも、少しは喜んでくれるかな)
シルビアとグレイグの喜びはイレブンの予想を遥かに上回り、翌朝二人によるサンドイッチの争奪戦が行われることになるのを、この時の少年はまだ知る由もない。
「明日は朝から忙しいぞ」
そうは言うけれど、イレブンの表情は実に楽しげ。
それから両隣で眠る男たちを交互に見て、『頼りにしてるよ』とひとり微笑みながら眠りにつくのであった。