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    蔵種前提のモブ→蔵(モブ視点)
    社会人設定・全年齢

    メビウスの輪(上)俺は、白石蔵ノ介が嫌いだ。初めて白石を見た時に、俺はこいつを嫌いになると決めた。
    うちは代々医者の家系で、父も兄も医者だった。薬剤師だなんて、医者のなり損ないだと思っていた。製薬会社に入って、研修で白石と出会った時。嬉々として毒草について語る奴を見て。やけに整った顔だけじゃなく、中身までいけ好かない奴だと思った。
    同じ部署にでもなったら、たまったもんじゃないとは思ったが。開発部に配属された白石と、管理部になった俺とでは、普段は全く接点が無かった。そう、こうして同期の飲み会でも無ければ。
    「白石、こないだの試合見たよ。すごくて鳥肌が立ったよ」
    「サインちょうだいよ、サイン」
    何の変哲もない大衆居酒屋で、上座に座る白石は同期に囲まれていた。弊社はスポーツチーム、所謂実業団を保有しており、白石も選手として所属していた。種目はテニス。俺には馴染みのない競技だが、先週行われた大会で白石は、かなりの好成績を収めたらしい。
    「ええよー。どんな書類でもサインしたるわ」
    「それはしたら駄目なやつじゃん」
    くだらない冗談で場が沸く。騒がしい居酒屋でも、白石の低く落ち着いた声は妙に響いた。色素の薄い髪がふわりと揺れて(信じられないことに地毛らしい)、屈託のない顔で白石も笑った。照れかアルコールか、白い肌がほんのりと赤みを増して。白石も俺達と同じ、人間なのだと思わされる。
    それがかえって親しみを増すのか。同期の女だけでなく、男達までもが白石を持て囃す。まるでどこぞの宗教画みたいに、何かが白石に集約されているように感じた。
    「すごいよね。働きながら練習するなんてさ」
    「俺なんて全然運動してないよ。100メートルでもタクシー使っちゃう」
    白々しい、中身のない会話が卓上を飛び交う。俺だって職場の付き合いってものを大事にしたいが、それにしてもこういう会は退屈だ。
    「でもさ、白石って、あんまり働いてないんだろ?」
    縁あって、同じ会社に勤める身。少しくらいは、本音で語り合ってもいいんじゃなかろうか。そう思い、自分の考えを素直に口に出せば、周りの奴らの顔が強張るのが分かった。
    「どう? 仕事、してんの?」
    「せやなぁ。いつも、定時の少し前には上がらせてもろてるなぁ」
    「へぇ。やっぱり、特別扱いなんだ」
    「みんながしっかり働いてくれとるから、俺もええようにやらせてもらっとる。ほんまに感謝しとるで」
    「……あぁ、そう」
    同期の奴らはほっとした顔で、早くも2杯目を注文し始めた。奴らは言うだろう、白石は人格者だと。
    でもそんなのは当然だ。百人に肯定されていれば、たった一人に否定されても、痛くも痒くもないというものだ。誰だって白石の立場ならば、感謝の言葉なんて簡単に言える。
    俺は薄っぺらい言葉に辟易しながら。遠慮なく、刺し身一人前を注文した。

    その後はお互いに近況報告をしたり、上司の愚痴を言ったりしながら(俺は言っていないが)時間が過ぎていった。そうしてそろそろお開きかと思ったのだが、「今日は朝まで飲むぞー」などと、とぐろを巻いている奴も居る。勘弁してほしい。これだから体育会系は嫌いだ。
    そもそも俺の家は遠いし、人より終電も早い。俺は適当なタイミングで適当な金額を幹事に渡すと、そそくさと会場を後にした。こんな時には、自分の存在感の無さが役に立つ。
    そうして悠々と駅まで歩いて、鞄からICカードを取り出そうとして気付いた。─無い。いつも入れている場所に、パスケースが無い。別のポケットに入れたかと鞄の中を探せば、財布があった。しかし俺の財布じゃない。
    「うわ」
    鞄には他にも、携帯電話やら薬草の本やらが入っていた。どれも俺の物ではないし、逆に俺の私物は一つも入っていない。慌てて確認すると、鞄自体は俺の物と全く同じだが、くたびれ具合が少し違うように感じられる。どうやらさっきの飲み会に、俺と同じ鞄の奴が居たらしい。
    「最悪だ……」
    さすがに財布に携帯まであれば、返しに戻らない訳にもいかない。しかし今から引き返せば、確実に終電には間に合わないだろう。
    こんな時に普通だったら、タクシーやホテルの選択肢があるんだろうが、俺は嫌だ。今月の目標貯金額が達成出来なくなってしまう。
    ……仕方がない、今夜は漫喫ででも過ごすか。自分の不注意が原因とはいえ、ひどく忌々しい。俺は誰の物とも知らぬ鞄をぶら下げて、とぼとぼと飲み屋に引き返した。
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