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    amenochi_kasa

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    amenochi_kasa

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    アイ・アム・モンスター.



    ズズ…と音を立てて一軒家の2階から階段を降りて廊下を歩く。ソレが歩けば階段や床にヘドロの痕がついた。
    キッチンにたどり着き、カップラーメンを戸棚から取り出す。ポットでお湯を沸かす。
    キッチンから前を見渡せば、ソファにだらしのない男が寝そべっていた。床やテーブルに酒の缶や食べた後のコンビニ弁当が広がっていた。

    その男は虚な目で私に視線を寄越した。

    「はっ、今日も本当にぶっさいくでバケモンみたいなツラしてんな」
    その先のリビングの窓ガラスに私の姿が映った。夜だから鮮明に映る

    全身にヘドロを纏ったナメクジのような、カタツムリのようなバケモノがそこにいた。
    私は人間から産まれたバケモノだった。





    通学路をズズ…ズズ…と俯いて登校する。
    家にいても苦しいのだ、バケモノの私が学校に行かせてもらえてる分、学校には行かねばならない。
    「ニャー」
    声の聞こえる方に顔を向けると、汚らしい猫が此方を見ていた。野良猫だろうか。ジッと此方を見ている。
    そう考えていると、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。同じ中学校に通う女子たちだ。

    「くっさ…」
    「ね…通学路変えようよ…」

    私のヘドロがぐつぐつと熟し、そこからプシューとガスが出た。


    教室は1番後ろの窓側の席。隣に人はいない。
    誰もバケモノの私の隣には居たくないのだ。
    誰にも話しかけられないし、私も話しかけることはない。担任も私を指さすこともない。
    またヒソヒソと話し声が聞こえる。

    「なんかお化けみたいだよね」
    「サダ美みたいな?」

    窓に目を向けると私の体に長い髪の毛が生えていた。

    「ただいま…です…」
    家に帰宅して挨拶をしても、返事が返ってくることはない。
    今日は父親がいない日だ。たまにあるこの日だけはシャワーを浴びることが出来る。

    サーっとシャワーを掛けてシャンプーで新しく生えた髪の毛を洗った。手で泡を立てて身体を洗うが、ヘドロは落ちなかった。
    今日は父親が帰ってこなかった。
    次の日、起きても父親は居なくてリビングには一昨日飲んだ後のゴミだけが置き去りにされていた。


    また学校に向かう。
    昨日ヒソヒソと話していた女子たちは通学路には居なかった。昨日見た猫も今日は見なかった。

    いつもは此処を真っ直ぐ向かって学校に行くんだけど、今日はなんとなく右に曲がってみた。
    暫く進むと河原があった。此処に川があるのは知っていたが、ちゃんと足を踏み入れたのは初めてだった。

    土手にポツリと座り込んでみる。
    「ふふ、今日はサボっちゃおうかな」
    近くに生えている花をツンツンと触る
    「お父さんも居なかったし、いいよね」

    「---よしよし」

    突然声が聞こえてきて、身体がピクッと反応する。 見てみれば橋の下に制服を着た少年と、尻尾をピンと立てて少年に擦り寄る汚らしい猫がいた。昨日の猫だ。
    「同じ中学の子がなんでここに…」

    「お前は可愛いなぁ」
    そう言いながら黒髪の少年は汚らしい猫を撫でた。そうするとその猫から、ポッと花が咲いた。

    「わっ」
    思わず声が出る。少年がその声に気付き、此方を見やる。猫はサッと逃げてしまった。

    「わ、わ、ごめんなさい」
    わたしも逃げようと腰を上げると
    「待って」
    少年が呼び止めた。

    ズカズカと少年は此方に歩みを進める。私は身体をこわばらせた。私のせいで猫が逃げてしまったのだ、怒りにきたに違いない。

    「わ、わ、ごめ、ごめんなさい。私帰りま」
    「お前もサボりか?」
    「えっ」

    少年は腕時計を見る。

    「今の時間は8時35分..走ってももう間に合わない。つまりは君は俺と同じく、ここにサボりにきた。だろ?」

    こんなに人に話かけられるのは久しぶりで、冷や汗が出てくる。

    「あ、サボりってわけじゃ…」
    「たまには良いと思うぜ」

    ニャー
    猫の声が聞こえる。目線を声の聞こえる方にやると、先ほどの花を咲かせた猫がこちらを見ていた。

    「あなたは、天使様なの?」
    「えっ」
    「猫に花を咲かせた」
    「えっ、猫に…花?」

    困惑しているようだ。どうやら彼には花は見えてないらしい。変なことを言ってしまった。

    「ま、まあこの辺りは花がたくさん生えてるから猫に付いたのかもしれないな」
    「花も綺麗だ」
    あたり一面に更に花がポポポっと咲いた。
    猫も嬉しそうに鳴いている。
    やっぱりこの人は天使様だ。

    「此処に来ると落ち着くんだ。川も綺麗で、風が吹くと気持ちがいい」
    風が吹いた。その風にはキラキラと輝く蝶々が数匹乗っていて、心がふわっとした気持ちになった。

    「こ、こんな私に話かけてくださって、ありがとうございます。人と話すの、久しぶりで…何喋ったら良いのか分からないけど」
    「そうなんだ、じゃあ俺と一緒だな」
    「いつも此処いるノラに話しかけにきてるんだ」

    「ノラ…さっきの猫ちゃん?」
    「そう、野良猫だからノラ。そして俺の名前はミナト。君は?」

    「わたしは、バケモノ」

    少年は驚いたような顔で此方を見る。

    「それか、お化けかも。サダ美みたいな…」
    「何言ってんだ?綺麗な顔してるよ」
    「えっ」

    ミナトの瞳に私が映る。私の顔が花になっていた。

    「そんな、は、はじめて言われました…」
    「えー、君の周り、見る目ないんじゃね?」
    「そ、そんな」 

    他愛もない話を暫く続けた。
    気付けば太陽が真上に来ていた。
    ミナトが膝の上で寝ている猫を撫でるのをやめて、腕時計を見た。

    「もう12時かぁ。腹減ったし俺一旦学校行ってくるわ。君はどうする?」
    「わ、わたしは今日体調悪くて行けなかったことにしようかな…まだ電話も入れてないから一旦帰るよ」
    「そうだ、また明日此処にこいよ」
    「いいの…?」
    「また話しようぜ
    「う、うん…!」
    「そん時は名前教えてくれよな」
    「…うん」


    私の名前って___


    ミナトはヨイショと立ち上がり、じゃあなーと手を振ると行ってしまった。
    私もその背中を見送った後、ヨイショと立ち上がった。帰る前にノラがニャーと見送ってくれて、わたしは手を振って帰路についた。




    家の扉を開けると、父親の靴があった。
    顔が青褪める。

    玄関を上がると、ドシドシと大きい音を鳴らしながら、父親が近付いてきて顔を殴られた。顔の花びらが散った。

    「どこ行ってた」
    「学校から連絡があった、お前が来てないって。どこに行ってた」
    「ごめんなさい…」
    「まさかサボりか?学校に行かせてやってるのは誰だと思ってんだ!?」
    「ごめんなさい」
    また殴られる。花びらが更に散ってほとんどなくなってしまう。
    「お前みたいなバケモノを家に住ませてやってるのは俺だぞ!!!!!!学校に行きたくないなら部屋に居ろ!!ずっとだ!!もう部屋の中から出てくるんじゃねぇぞ!!この蛆虫が!!」

    また殴られる。玄関先の全身鏡に私が映る。顔にウジが沸いていた。




    あれは今から3年ぐらい前だろうか
    両親が私の前で喧嘩をしていた。
    「母親の浮気」が発覚したらしい。父親が怒鳴りつけながら母親を殴っている。

    次の日、「ごめんなさい。でも、もうあなたからの日常的な暴力に耐えられない。出て行きます」という手紙を残して母親が出ていった。

    父親はその手紙を握りしめて泣いていた、それを私は呆然と見ていた。
    父親がギロリと視線を此方に向ける。

    「アイツに似た顔で俺を見るな」
    「お前はあのバケモノの子だ」
    私の姿がドロリと溶けて、ぐちゃぐちゃのナニかになった。




    涙が止まらない。ベッドの上で泣き続けている。あれから3日ぐらい経った。
    もう夜だ。
    お腹も空いているし、部屋の隅に固めた服からはアンモニア臭がしていた。
    試しにドアノブを回してみたが開かない。開かないように固定されているのだろう。

    「このまま、此処で死ぬのかな」

    扉の前で座り込もうとした瞬間

    「ニャー」

    外から猫の鳴き声が聞こえた。
    窓に駆け寄り扉を開けて下を覗けば、ノラがニャーニャーと鳴いていた。
    その側には

    「ミナト、なんでっ…ッ!」

    思わず口を押さえる。びっくりして思ったより大きい声が出てしまった。
    ミナトは口に立てた指を当て「シー」とジェスチャーしながら、「どうにか降りて来れないか」と身振り手振りで伝えてくる。

    辺りを見回すが如何にもこうにもジャンプして降りれる構造ではない。でも出たところで…父親の顔を思い出す。

    「大丈夫だ!信じて降りてこい!」
    小声でそう言うミナトに、私はぐっと意思を固める。
    周りを見渡す。
    「確か前に見た映画で…」
    窓についているカーテンを二つ外し、しっかりと結び目をつけて更にベットシーツを剥がしてその先端に括り付けた。
    丈夫な方のカーテンをベットの足に括り付けて、窓の外へと垂らしてみる。が、微妙に下まで届いていない。

    「どうしよう、足りない」
    「このぐらいなら受け止められる、来い!」

    拳をギュッと握り、カーテンとベットシーツで作ったロープを握りしめて窓から身を乗り出す、こ、こわい。身体が震える。

    「お前なら来れる!」

    少しずつ降りる、が結び目が甘かったのが途中でスッと解けてしまい、落ちる。
    が、下でミナトが受け止めてくれた。 一緒に尻餅をつく。

    「アイタタ…」
    「ご、ごめん!大丈夫!?」
    「大丈夫だ、でも物音が立ったかもしれない。一旦逃げよう」

    ミナトは私の手を取り走り出した。
    向かった先はあの河原だった。

    「ハァ…ハァ…」
    「ハ…ハハ、こんなの、映画でしか見たことないな」
    「そだね…」

    「何で私の家が分かったの…?」
    「ノラが連れてきてくれた」
    「ノラが…?」
    ニャー
    「次の日に行っても来なかったから、嫌われちゃったかなーって思ったんだけどなんか嫌な予感がしてさ。そんな事もあるよなーって思ってたら今日突然鳴き出して、ついてこいって言うように走り出したんだ」
    「追いかけてたらあの家の前で止まって鳴いたんだ、そしたら今にも死にそうな君の顔が見えたんだ」

    「ノラ、すごいね…」

    ミナトがノラを撫でる。
    「よしよし、ありがとな。」
    ノラの周りでハートが飛び散った。

    「なんかあったのか」
    そう声を掛けられると、止まっていた涙が吹き出てしまった。
    「辛かったんだな」

    ミナトは私を抱きしめてくれた。

    「あっ、ダメ。ヘドロがついちゃう!!」
    「えっ?」
    「私、汚いから。臭いから。触っちゃダメ!」
    「私、バケモノだから…」

    「何言ってんだ」
    「君、人間だよ」


    風が吹く。
    キラキラした蝶々が舞う。
    一面に花畑が広がる。

    ミナトの目に人影が映っていた。

    髪の毛は長く
    ヨレヨレの服を着た
    少女が立っていた。

    「えっ」
    「自分のこと、あまりバケモノとか、そう言う風に言っちゃダメだぜ」
    「でも、わたしは」

    「そう、言われ続けてきたのか?」

    ハッと、今までの光景が思い浮かぶ。
    学校にいる時も
    登校してる時も
    家にいる時も
    あの日の夜の時も

    私は「人間」だった

    「__サ」
    「___ギサ」
    両親に名前を呼ばれている

    「ナギサ」

    「そっか、ナギサって名前なんだな」

    「人は言葉で変わっちまうんだ」
    「そしてその言葉を間に受けて、自分はそうなんだって思い込んでしまう」
    「それが積み重なって、今までの君を形作った」
    「ナギサには自分がバケモノのように見えていた。そんな感じか?」

    「わ、わたし…」
    「ナギサは人間だよ。しかも、そんなイイ顔してんだ。笑顔の方が似合う」

    涙と一緒に、笑顔が溢れてきた
    「ありがとう…」


    「ミナト、あなたはやっぱり天使様だ」
    風といっしょに花がふわっと舞い上がった。
    「わっ」
    思わず顔を隠し、次に顔を上げた時にみたミナトには、天使の輪っかと白い翼が生えていた。

    「ははっ、お前が言うなら俺は天使なのかもな」




    そのあとは、ミナトと一緒に公衆電話から児童相談所に電話を掛けて迎えにきてもらい、顔の傷跡から虐待を示唆され、保護されることになった。怒り狂った父親が迎えにきたが、状況を見掛けた役員が暫く保護施設で受け持ってくれる事になった。

    あれからミナトが何処にいるか分からない。だけど、なんだか見守ってくれる気がして。
    笑顔で空を見た。
    「ありがとう」


    そんな姿を遠くでブロック塀に腰掛けて見つめているミナトがいた。

    「また救っちまったな」
    「ニャー」
    「言葉で苦しんでる奴、放っておけないんだ。一度言われた言葉は、見えなくても心に一生の傷が残る。」
    「でも、そんな傷が薄れるような幸せがナギサに訪れるように、祈ってるよ」
    「ニャー」
    ノラは優しく鳴いた。




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