俺は「普通」に輝くから、そこで見てて「えっ、赤葦今度の土曜の試合絶対来てって言ったじゃん!」
『すみません…ちょっとどうしても金曜の最終に間に合いそうになくて』
「最終が間に合わないなら土曜の始発は」
『俺が持ちません…ていうか寝過ごして気づいたら博多でしたエンドが見えますね』
電話越しでもわかる疲れた声。週刊誌の編集というものがどれだけ厳しい仕事であるかはこの数年の赤葦を見ていれば木兎にだってわかる。特に今は年末進行というものもあるらしく、一際忙しいのだと言う。
…それはわかる。わかっている。それでも今度の土曜日の試合だけは絶対に見に来て欲しいのだ。チケットも用意してあるし、なんなら新幹線のチケットだって赤葦に送ってある。最近はそうしたこともスマホがあれば完結できる非常に便利な世の中でとても助かる。決して恩着せがましいつもりなどなく、とにかく土曜日の試合だけは見て欲しい、その一心で、新幹線の切符くらい自分で買いますからと固辞しようとした赤葦を押し切った。なのに来られないとは。
『……木兎さん、多分あれですよね?日曜日は俺が誕生日だから張り切ってるんですよね?だから新幹線のチケットも用意していただいたり、試合のチケットも用意していただいたんでしょう?』
「えっ」
電話の向こうで小さく笑う声が聞こえた。
『サプライズのつもりでしょうけど、俺にはバレバレですからね』
「……なんでわかったの」
『わかるに決まってます。何年、貴方を隣で見てきたと思ってるんですか』
その声は怒るでもなく呆れるでもなく、ただ穏やかに。
『俺の誕生日前日の試合で大活躍してMIP獲ろうって思ってますよね?で、ヒーローインタビューで今度はなんですか、俺に向かって何か仕掛けてやろうと思ってるんでしょ。お祝い的な何か』
「エスパーか!」
『ふふっ』
木兎の誕生日の時の試合を思い出す。あの時も張り切っていた木兎はMIPを獲得し、そのヒーローインタビューで誕生日のお祝いをチームメートたちに強請り、宮侑にシェービングクリームで作られたクリームパイを顔面に塗りたくられていた。
一瞬で空気を攫っていく天才なのだ、木兎光太郎は。
それは赤葦が一番よく知っている。
『木兎さん、俺はね、そういうのはなくていいんですよ』
「そういうのって?」
『スペシャリティ的な何か、ですかね。大衆の前で特別なお前にだけわかるメッセージを送るから、とか…あとは変に張り切るのとか』
「えっ」
『まあ変に張り切るのは、俺が木兎さんのセッターやってたせいですかね、そういうの見ちゃうとセッターに感情移入しちゃって、見てるだけでめちゃくちゃ疲れるんですよって前に言ったでしょう?宮にもまた謝らないといけないですし』
「前も思ったけど、なんで赤葦がツムツムに謝んの?」
『俺はね、木兎さん』
木兎の質問に赤葦は答えずに話を進めた。
『誕生日だからって特別な何かが欲しいとは思わないんです。何一つ変わらないものがあれば、俺はそれでいい』
「何一つ変わらないもの?…あかーし、ダイヤモンドとか欲しいの?」
『はははは!何一つ変わらないものってワードからよくそれが出てきましたね』
「なんかCMでやってんの見た」
この時期、宝石を使ったアクセサリー系のCMが増えるのは確かだ。
『それはもっといらないですね。俺は、いつもと変わらない、ごく『普通』に活躍する木兎さんがいてくれれば、それだけで満足です』
「ごく、普通」
『ええ、そうです。それに木兎さんはダイヤモンドなんか目じゃないくらい輝く、俺の唯一無二のスターですから。そのスターが、今日もごく普通に活躍している。それがあったら俺は他に何も欲しいとは思わないんです』
「……だったら、俺はそれを生で見て欲しいと思うんだけど」
『はい、行きますよ』
「えっ?だってさっきは」
『俺、一言も試合を見に行かないなんて言ってませんけど』
間に合わないのは木兎から送ってもらった金曜日の最終の新幹線の切符であり、土曜の始発も体力的に厳しいとも言ったが、赤葦は試合を見に大阪に行かないとは一言も言っていない。
『土曜の…うーん、試合開始にはギリ間に合わないかもしれないですけど、でも現地には行きます。せっかく用意していただいたチケット類を使わないのはもったいないですから』
「じゃあ!」
『その代わり、さっきも言いましたけど張り切らないでください。いつもと同じで。万が一ヒーローインタビューなんてことになっても、いつもと同じように答えてください。俺へのメッセージとかナシで。…俺が見たいのは、特別なことをしている木兎さんではなく、いつもと変わらない木兎さんですから』
「…あかーしは、それでいいの?」
『それがいいんです』
「…わかった。じゃあ、いつもと同じように普通にやるね。それ見てて」
『はい。楽しみにしてます』
電話を切る。
「……っしゃ、やるぞーーーー!」
両手を上に突き上げる。そこではたと我に返った。
違う違う。あかーしはいつもと同じ普通の俺が見たいんだ。
上げた両手をそっと下ろす。一つ大きく息をして、木兎はロッカールームを出て練習場所であるアリーナへと出ていった。
「そーゆー電話は家でやれや…」
同じくロッカールームにいた宮侑は隅で膝を抱えて蹲っていた。
宮に謝る内容が一つ増えたことなど、まだ赤葦は知る由もなかった。