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    かじたに

    気が向いた時の壁打ち
    さまささのみです

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    POIPOI 36

    かじたに

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    ほんのり さま(→)ささ くらいかなといった程度の、基本的にはメディカルYAKUZA本舗ほのぼの話です。
    彼らがゲーム内にいる話で、パラレルではありません。

    グルメマップ 初めからわけのわからないやつだった。
     優勢だった喧嘩に突然割り込んできたかと思えば、花だの風呂だのくだらないダジャレを口走ってくるから、相手を取り逃がす羽目になったのだ。「ほななー!?」と能天気に去っていく後ろ姿に舌打ちし、でもまあこれっきりだろと見送ったのに結局そうならなかったのは、不本意な表現だが巡り合わせだとしか言いようがない。二度目は劣勢だった喧嘩に乱入してきて、ごろつきどもを翻弄しつつも次から次へと沈めていく。借りができたらきっちり返すまでが筋ってもんだ。だからもう、こちらから縁を切るなんて真似はできなかった。
     それからは呆れてしまうほど図々しく押しかけてくるので、たった数日をともに過ごしただけだが、おおよそどういうやつなのかくらいは把握した。あっという間に事態を好転させてしまう言葉の巧さに思わず舌を巻いてしまうこともあれば、詰めが甘いところも割とある。基本的にふざけた調子で話すので、カチンとさせられることもしょっちゅうあった。それなのに、控えめになるどころかいっそう愉快な様子で笑うのだ。あまりに腹が立って追い回してやったことも数え切れない。けれど、気づけば左馬刻の隣に舞い戻り、そこが定位置とばかりに居座っているのだった。
     ボケとツッコミ、逃げては追われ、売り言葉に買い言葉。どうやらお約束めいたやりとりを楽しむ性質らしい。いくら借りがあるとはいえ、そんなことに自分が付き合うこともない。他の誰かとすりゃいいだろとは思うのだが、本人いわく誰でも良いというものではないという。一緒にいておもろいやつ。それが碧棺左馬刻だというのだ。
     初めてそれを聞いた時、左馬刻には全く理解できなかった。なにしろ、左馬刻自身は自分のことを特別に面白いやつだとは思っていない。そもそも左馬刻にとって、自分と妹のためにより良い今を勝ち取ることが最重要で、面白いということを価値基準の上位に据えるなんて考えたことすらなかったのだ。ところが結局のところ、早々と左馬刻に「おもろいやつ」という判を押した男は、早々と左馬刻の隣を当然のものとしてしまった。本当にわけのわからないやつだった。
     しかし、ふとわかる瞬間があったのだ。左馬刻が困難に直面し、苛立ちや怒り、不安や心細さを抱いて途方に暮れている時だったり、それを二人で乗り越えた瞬間だったり、振り返ればそういう場面であったと思う。あの男の心はいつでも掴みどころがなかったけれど、ここぞという時に左馬刻へ向ける言葉と表情には、ほんの僅かなズレもなかった。まっすぐで、気持ちの良い感情が左馬刻に届く。左馬刻はそのたびにハッとする。胸の内にわだかまっていた苛立ちや怒り、不安や心細さといった感情は、まるで嵐の後の空のように澄み渡る。そして、この上なく晴れ晴れとした気持ちになったのだった。
     こいつしかいない。そう思った。一緒にいて面白いやつ。それが白膠木簓だったのだ。
     
     □
     
     もうずっと左馬刻は走り続けている。人混みの中だ。全力疾走とはいかないが、足を止めてしまったらいつまでも捉まえられる気がしなかった。
     というのも、一方がパッと瞳を輝かせて駆けていくのを追いかけたり、呼びかけられて注意をそちらに傾けたりすると、気がつけばもう一方までいなくなってしまうからであった。幸いにも、寂雷は群衆より頭一つぶんも二つぶんも飛びぬけているのですぐに見つけることができるのだが、厄介なのがあの男だ。
     決して小柄なわけではない。が、左馬刻や寂雷のように誰から見てもそうだと判じられるような長身でもない。「ローブの裾が踏まれちゃかなわん」と、手に入れたばかりの進化アイテムをあっさりと装備から外してしまったので、どこまでも身軽である。走りながら左馬刻は舌打ちをする。どうせなら、手綱代わりにローブの裾を引っ掴んでおけばよかった。今更ながらそう悔やむ。
     こうなったら仕方がない。左馬刻は人混みの中で立ち止まり、注意深く目を凝らす。波に揉まれるボトルメールのように、時折あのベレー帽がふっと浮かんで見える瞬間があるのだ。それをのがさず、雑踏を掻き分けようやく簓の肩に手を掛けたのに、振り向きざま「どしたん左馬刻? 息、切れとるで」なんて呑気なことを言いやがるから腹が立つ。ちったあこっちの気も知りやがれ、と怒鳴りつけてやりたい衝動をグッと堪え、「てめえな……」と低く唸るだけにとどめる。こんな状況で馬鹿騒ぎして衆目を集めてしまうのは御免だった。
     とりあえず三人が合流し、少しは落ち着ける場所に移動することが先決だ。寂雷を探すべく歩きながら辺りを見回していると、「お、あっちもうまそう!」と声がして、簓は左馬刻の手のひらからするりと抜け出して行ってしまう。おい! と呼びかけ引き止めるよりも早く、左馬刻が苦労して掻き分けてきた人混みの中を簓はいとも簡単に進んで見えなくなるのだ。きっと、頭さえ入るだけの隙間があればなんなく通り抜けることができるに違いない。左馬刻は呆然と立ち尽くす。一体何度繰り返したことだろう、またしてもこの展開である。
     自分でも放っておけばいいだろとは思うのだが、一人でうろつくのもつまらない。勝手知ったる街なら一人でいたって過ごしようはあるけれど、目的もないのにあちこちを見て回るような好奇心は、あいにく左馬刻は持ち合わせていないのだ。でもまあ、そういう奴に付き合うのは別に構わない、ただそれだけのことだった。
     ファンタズマ・キングダムの王都でありグレートキャッスルの城下町であるこの場所は、なるほどと頷ける賑わいをみせている。つい先程、簓が十万人を笑わせるというジョブ進化イベントをたった一度のステージで成し遂げてしまったことからして、実際その人数はかなりのものだった。王様だか皇帝だかのイベント説明が行われたのはまだ昨日のことだ。きっと、NPCだけでなくまだ多くのプレイヤーもこの街にとどまっていることだろう。一カ月後まで用無しとなったこんな街などとっととオサラバして左馬刻の進化イベントがある場所まで移動するはずだったのに、街はずれに差し掛かったあの時、ついつい頷いてしまったことが失敗だった。左馬刻は苦い顔で振り返る。
     
     □
     
     最初に「何やあれ?」と気が付いたのは簓だったが、あいつほど目ざとくなくても次の瞬間には左馬刻だって寂雷だって気づかざるをえなかった。街はずれの広々とした土地いっぱいに、大勢の人々が集まっているのであった。
     土地は何列かに区画され、立ち並んだ露店の間を人々がそれぞれ行き交っている。いや、行き交うなんて生温い。気を抜けば肩と肩とがぶつかりそうなほどの混雑ぶりだ。こんな有様では、ぐるりと一周でもしたら人にぶつかりすぎてしまって、衣服がぼろぼろに擦り切れてしまうのではと思うくらいだ。
     それで思わず立ち止まる。この人混みは一体どういうことかと皆できょろきょろ見回してみたが、すぐに左馬刻は「ンだよ」とため息混じりに呟いた。ゲームアイテムらしい武器や防具や魔法薬、それからガラクタすれすれの骨董品、原料不明の飲食物。要するにただの露店市である。一帯の装飾も派手ではなく、使い回しのフラッグやガーランドがささやかに場を賑やかしている程度で、この場が特別な催しなどではなく定期的に開催されているものであると見てとれた。それでも人でごった返しているのは、プレイヤーを集めた例のイベントがあったばかりだろう。物珍しさと、旅立ちの前に装備を整えたいというプレイヤー心が合わさって、このような事態になったらしい。
     左馬刻だって興味を惹かれないわけではなかった。が、もっと空いている時ならともかく、こんな人混みの中にわざわざ突っ込むなんてぞっとしない。そもそもこの露店市に立ち寄る必要など全くなく、迂回して先へ進めばいいだけの話だ。そう思い、「もう行こうぜ」と二人の方へ顔を向けた瞬間ぎょっとした。いつになくきらきらとした二人の眼差しは、まっすぐに露店市へと注がれていたからである。
    「白膠木くん。左馬刻くん。あれは一体何でしょう?」
    「お祭り……いや、露店市ってカンジやな。はー、おもろそうなモンがぎょうさんあるなあ!」
    「いい匂いもしてきますね」
    「食べ物の店まであるやん! あれも俺らは食えるんやろか?」
    「前作は飲食可能でしたので、きっと今作もできると思いますよ。まあ、昨夜や今朝の食事と同様に、実際に飲食しているわけではなくあくまでその感覚が得られるだけですが」
    「はへぇー、仕組みはようわからんけどすごいなあー……。百聞は一見に如かずって言葉もあるし、こういうのはやっぱ行ってみないと始まらんよな!」
    「おい」
    「そうですね。私も興味が湧いてきました」
    「ちょっと待て」
    「ほんなら決まりや! 初期アイテムの中にいくらかお金もあったし、みんなで市場を探索しよか!」
    「いいですね。では行ってみましょう」
    「ちょっと待てっつってんだろうが!」
     きょとんとした顔が二つ左馬刻の方を振り向いた。無垢な二組の視線に見詰められ、左馬刻は若干たじろぎつつも主張する。
    「次は俺様の進化イベントがあるポイントまで行くっつー話になってただろうが。……寄り道なんざ、その、後でもいいだろ……」
     話すにつれて歯切れが悪くなったのは、盛り上がっていた二人に水を差すのもなんだか気が引けてしまったからだった。この二人が相手だと、なぜだかバッサリ切り捨てられずに曖昧な台詞を吐いてしまう。寂雷には恩もあるし、信頼を寄せられる元チームメイトでもある。だから頼まれごとがあるのなら、いつだって快く引き受けてきたのだった。
     そんな左馬刻の心情を知ってか知らずか、二人はきょとんとした顔のまま、それぞれこてんと首を傾げた。
    「確かにそれはそうやけど、どのみち一日で辿りつける場所でもないんやろ? せやったら、あと一カ月もあるんやし、今日くらいはまだここにおってもええんとちゃう?」
    「先を急ぐ気持ちもわかりますが、もうしばらくこの街にとどまってこの世界のことを知ってからでも遅くはないと思いますよ。……それに、次回この街に来た時に、また露店市が開かれているかどうかもわかりませんから」
     左馬刻は、ぐ、と言葉に詰まる。確かに二人が言っていることはもっともらしい。しかし、もっともらしいことを言いながらも、二人の視線がちらちらと露店市を見てはきらめいていることも明らかだった。それなら素直に『行きたい』と言われた方がマシである。
     そう考えてしまった時点で、左馬刻が逆転する余地はないのだった。深い深いため息を吐いて頭を掻く。
    「……わーったよ。好きにしやがれ」
     二人の顔がぱあっと輝く。
    「ありがとう、左馬刻くん!」
    「さっすが左馬刻! ――ほんなら今度こそ突撃やな。ここの食いモン全制覇したるから待っときや~!」
     簓に腕をぐいと引かれてしまい、左馬刻は数歩たたらを踏んだ。思わず「おい!」と声が出たが、「すまんすまん」と軽く流されムッとする。勝手に張り切るのは結構だが、いきなり引っ張られるのはたまらない。
     それでも簓は左馬刻の腕を放さず、露店市を目指してぐいぐい引く。左馬刻はちいさく舌打ちをした。そうだった。こいつは昔から自分が興味のあることに、なんだかんだと左馬刻を付き合わせるようなやつだった。
     銃兎にしろ理鶯にしろ、今の左馬刻の周りにここまで強引なやつはいない。付き合いが悪いわけではない。二人は左馬刻にとって揺るぎのない仲間であるが、大人として人との付き合いのラインをそれぞれが持ち合わせているようなタイプであった。だから時には馬鹿騒ぎができるし、気軽に断ることもできる。しかしそれなら、何で過去の自分はこいつの――簓のこんな行動に、いちいち付き合っていたのだろうか。そう左馬刻が考え込んだ時だった。
     ふいに簓が振り向いて、「楽しみやなぁ!」と笑ったのだ。
     さっと風が吹いたようだった。もやもやとした気持ちは風に乗って去ってしまい、その代わりにまっすぐで、気持ちの良い感情が左馬刻に届く。本当に楽しみなのだろう。へらりと緩みきった顔、どこまでも飛んでいくような軽い足取り。そんな簓が、左馬刻の腕を引いて笑う。それを見ていると、なんだか左馬刻にもきっと本当に面白いことが起きるのだろうという予感さえ湧いてくるのだ。
     だから左馬刻はふっと口元を綻ばせると、「そうかよ」と言ってみせたのだった。
     
     □
     
    「おーい! 左馬刻、こっちやでー!」
     雑踏の中、聞き覚えのある声に呼ばれて「ぁっ!?」と振り向く。突然の剣幕に、周囲の人々が一斉にぎょっとした表情で左馬刻を見詰めた。しまった、と思う。しかしそのおかげだろうか、振り向いた先の人々がささっとその場を左馬刻に譲った。すると、雑踏がひらけたその先――生成り色のパラソルが咲いた休憩所らしき場所で、簓と寂雷が左馬刻に手を振っているのが見えた。あれほど左馬刻が探し回ったというのに、なんと二人揃っている。人の気も知らねえくせに、二人でへらへらしやがって! 左馬刻は憤慨した。ずんずんと二人の元へ大股で近づく。
     簓は賢者の姿に戻っていた。左馬刻が二人のいるパラソルに着くと、簓は片手を自身の腰にあてて呆れたように言い放つ。
    「もー、左馬刻どこ行っとったん? 気づいたらおらんかったから探したで」
    「っ! それはこっちの台詞だクソダボ! もとはといえばてめえらが――」
    「てめえら?」
     頬に手を添え、寂雷はこて、と首を傾げた。それで左馬刻はハッとし言い淀む。
    「すみません、左馬刻くん。何か左馬刻くんを困らせることをしたでしょうか?」
    「あ、いや……それは……」
     寂雷だってふらふらと好き勝手して左馬刻を困らせたことに変わりはないが、さすがに寂雷に対しては言い方ってモンがあるかと逡巡する。だけどすらすらと巧言が出てくるタイプではない。なぜか簓がププッと吹き出しているのにも腹が立つ。
     左馬刻が言葉に詰まっていると、寂雷はますます首を傾げた。そして「……よくわかりませんが、長引くようなら後にしましょう。冷めてしまっては勿体ないですからね」と言ってにこりと微笑む。くるりと長い髪とマントをなびかせながら背を向けて、パラソルの下にあったテーブルセットの椅子に座った。
     冷めてしまっては勿体ない? 疑問符を浮かべた左馬刻は、寂雷の前にあるテーブルセットへと視線を向ける。丸いテーブルの上を見て驚いた。そこには、様々な料理が所狭しと並べられていたのだった。
    「俺はここ~! 左馬刻も突っ立っとらんと早よ座りい」
     簓もひらりと椅子に座ると、空いている隣の椅子をポンポンと叩いた。
    「……ンだよこれは?」
    「何って、そろそろ昼メシ時やろ? 俺とセンセで美味そうなの片っ端から集めたったからみんなで食べよや!」
    「お腹が空いていては次の行動もできませんからね。さあ、左馬刻くんも座ってください」
     悪気など一切ない、ニコニコとした二人の笑顔に見上げられ、左馬刻はハァとため息を吐くと「……わーったよ」と腰掛けた。確かに今は昼食時だ。午前中は簓の進化イベントの舞台をこなした上に散々走りまわったおかげで、左馬刻も腹が減っている。おまけにあんな風に悪気なく笑われてしまったらかえって毒気が抜けてしまって、何だかどうでも良くなってしまったのだ。
    「ではいただきましょうか。――全ての料理が人数分あるわけではないので、それぞれ好きなものを取って食べることにしましょう」
    「せやなー。ほんならみんなでいただきますしよか!」
     簓の合図でいただきますと声を揃えた。二人は早速、それぞれ目当ての料理に手を伸ばす。
     簓は何やら、刻んだ肉や野菜を小麦粉のようなものと混ぜ合わせて焼いた料理を手に取った。ちょうど、現実世界のお好み焼きに似ている。ちなみにこの国に箸は無いようで、それぞれの席の前にはスプーンとフォークが用意されていた。
     一方の寂雷は、やや太めの白い麺に、蒸した白身肉や香草などがトッピングされた汁物を啜っている。現実世界のフォーに似ているが、見た目からして麺は米粉ではなく小麦粉に近いように思える。どちらかと言えばうどんに似ているのではないだろうか。
     左馬刻はテーブルに並ぶ他の料理を眺めた。そこで、改めて気づいたことがある。昨日、そして今朝食べたものもそうだったが、そのどれもが左馬刻の知っている現実世界の食べ物とは少しずつ見た目も味も異なるのだ。とはいえ、肉や魚はそれほど大きな違いはない。肉質を見れば味の予想は大体出来るし、実際食べてみても予想の範疇を超えることはなかった。
     一方、野菜や果物は味の予想がどうにもできない。昨夜は紫色のトマトのようなものを食べたらほうれん草のような味がしたし、今朝は黄色いリンゴのようなものを食べたらバナナの味がしたのだった。しかし、どれも不味くはなかったし、むしろ食に関心がある左馬刻にとってはなかなか面白えじゃねえかと興味深く思っていた。
     だから今も、どれから食べてやろうか、一体どんな味がするのだろうかとちょっぴり楽しみな気持ちでいた。なにしろ左馬刻は腹が減っているのだ。
     並んだ料理に魚はなく、肉と野菜を使ったものが多かった。その他の特徴としては、小麦粉を多用した料理が多いように感じる。この国は街並みからして西洋風だが、食べ物もきっとそうなのだろう。
     そして、左馬刻は一本の串焼きを手に取った。バーベキューに使うようなやや長めの串には、こんがりと焼き目のついた肉と野菜が交互に通されている。適度な脂と赤みのある肉はリブロースにそっくりで、粗目に砕かれた塩と香辛料がまぶしてあった。やや照りも見えるので、何かに浸け込んであったのかもしれない。野菜の形状はスライスしたカボチャに似ており、色は皮の部分がこげ茶色、果肉の部分は目の覚めるような鮮やかなオレンジ色をしていた。
     まず、肉に噛みつき引き抜いた。そのまま口の中で頬張り、ん、と喉で声を漏らして目を瞠る。肉質はリブロースよりやや硬めだが、噛むごとにしっかりとした旨味を感じられるものだった。香辛料はほぼ胡椒のような味と香りだが、わずかに唐辛子に似た辛みがある。それが、おそらく浸けこむときに使われたであろう蜂蜜のような風味と合わさって、豊かな味わいとなっていた。左馬刻としてはこの肉なら塩と胡椒だけでも十分美味いと思うのだが、これはこれで悪くないと素直に思う。喉仏を動かし飲み込むと、左馬刻の口角は自然と上がった。
     次は野菜だ。同じく歯で噛みついて一気に引き抜き、ぱくりと食べる。しかし噛みしめた瞬間、左馬刻は「んっ!」と喉で呻いた。頬に野菜を詰めたまま、胸を押さえてぐぅ……と屈む。
     突然の異変に、簓も寂雷も驚いた。
    「どうした左馬刻!?」
    「苦しいのですか? どうぞ、お水です」
     寂雷が差し出したカップをふるえる手でどうにか掴むと、左馬刻は急いで口に含んだ。喉を鳴らして水と野菜を一緒に嚥下し、それでもまだ口の中に違和感があるのでカップの水を最後まで飲み干す。
    「っ、はー……、わり……。もう大丈夫だ……」
     どうにか落ち着くことができたので、左馬刻はぐったりとしたままカップをテーブルへと置いた。二人はまだ、心配そうな顔で左馬刻を見詰めている。
    「どうぞゆっくりしてください。それにしても一体何が……?」
    「……もしかしてコレか? ちょいともらうで」
     簓は串焼きをひょいとつまんだ。ぎょっとした左馬刻が声をかけるよりも早く、簓はぱくっと肉を食べる。
    「お、おい……!」
    「何やこの肉うまいやん。それならこっちか……?」
     同じように野菜をぱくりと口にすると、もぐもぐと噛みしめながら簓は「あぁー……。なるほどなぁ……」と頷いた。さっきの味を思い出し、左馬刻はう、と顔を顰める。
     口に入れた瞬間から妙な青臭さと土臭さが広がって、一噛みしたら特徴的な苦味が左馬刻の口内を突き刺したのだ。――カボチャに似たあの野菜は、まさに現実世界のニンジンとピーマンを足したような味だったのである。
     左馬刻にとって忌々しいその野菜を飲み込むと、簓は「それでも俺には美味いけどな!」とけろりと笑い、串の残りをあっという間に食べてしまった。それで左馬刻もハッとする。
    「……わりぃ。食いかけ食わしちまった……」
    「なんもなんも、美味かったで! ――それに、こんなん罠みたいなもんやって。わかっとって残すのはあかんけど、こんな味って知っとったら左馬刻だって初めから食べへんかったやろうし。せっかくみんなで食べるんやから、美味しく楽しく食べたらええんや!」
    「なるほど、左馬刻くんが苦手な味だったのですね。――白膠木くんの言う通りです。まだまだ料理は沢山あるので、他のものを食べましょう」
     これはさっきの野菜入っとらんで、と簓がサンドイッチのようなものを差し出してきた。二人の好意をありがたく受け取り、左馬刻も再び食事に戻る。
     他の料理はどれも美味しいものだった。他愛のない話をしながら食べているうちに、やがてさっきの嫌な味のことなど、左馬刻はすっかり忘れてしまったのだった。
     
     □
     
     あらかた食事が終わったところで、寂雷が「さて」と切り出した。
    「さっき白膠木くんとは話をしたのですが、あと一日だけこの街にとどまっても良いでしょうか?」
    「あ? 俺様の進化イベントはどうすンだよ?」
     左馬刻が不機嫌をあらわに反論すると、今度は簓が口を開いた。
    「それなんやけどな。お前は自分の進化イベントがどこでどんなことをすればええかわかるやろ? ガイドも出るしな。――せやけど、他のメンバーにはそれが見えへん。どうやらメンバー全員でそれを共有するためには、ワールドマップ、っちゅうアイテムを買わなあかんみたいなんや」
    「ンなもんいるかよ。俺様が案内すりゃ良い話じゃねえか」
    「それでもまあええっちゃええねんけど。でもまあ、ワールドマップがあった方がもっと効率的に旅ができるやろ、ってことで俺らの意見は一致したんや」
     簓の言葉に寂雷が頷く。
    「途中に危険な箇所があれば迂回できますし、逆に近道を選ぶこともできます。――今回のイベントでは、参加プレイヤーはゲーム時間の一カ月後にまた集合しなければなりません。なので、時間のスキップなどはできない仕様となっています。だらだらと一カ月を過ごすよりかは、早々に我々の進化イベントを済ませてしまって、後はまたこの街に滞在しつつレベルアップに勤しむ方が効率的だと判断したのです」
    「……なるほどな」
     左馬刻は腕組みをして椅子の背凭れに身体を預けた。自分の進化イベントがまたしても先伸ばしになったのは気に食わないが、二人の言っていることは、長い目で見れば左馬刻にも納得できるものだった。
    「で、それとあと一日この街にいなきゃなンねえのとは、何の関係があるンだ?」
     二人はぱちくりと瞬きをすると、顔を見合わせへらりと笑った。左馬刻は、ん? と眉を寄せる。何かおかしい。
     寂雷が左馬刻に、ややすまなそうな表情を向ける。
    「実はですね……。私と白膠木くんはこの露店市でお金を使いすぎてしまいまして。……ワールドマップを買えるだけのお金がもうないんですよ」
    「……あ?」
     簓が両手を顔の前でパンと合わせた。
    「せやからな、金を稼がなあかんねん。――金を稼げるミッションは幾つか見つけてあるから、午後にみんなで手分けしてミッションをクリアしてこな!」
    「クリアしてこな、じゃねえ! やっぱここに寄ったのが間違いじゃねえか……」
    「いやー、すまんすまん。でも楽しかったから間違いってことは絶対あらへん!」
    「ったく……」
     左馬刻はがじがじと頭を掻いた。確かに、悪くはないひとときではあったからだ。
     簓はたははと誤魔化すように笑ったあと、テーブルを眺めてぽつりと呟く。
    「……それにしても珍しい食べ物ばっかやったなぁ。もっと色んなモンも食べてみたいなぁ」
    「そうですね」
     寂雷もそれにくすりと笑い、「では」と言って立ち上がる。
    「ここを片付けたら、みんなで手分けしてミッションにあたりましょう。それと、できたらこの先についての情報収集もお願いします」
     それに簓と左馬刻が同意を示し、それぞれ同時に席を立った。
     
     □
     
     夕方、ミッションを済ませた三人はとある街角で合流した。すぐに道具屋でワールドマップを購入し、それからバルで食事をとった。寂雷が酒を飲まないように留意しながらなんとか食事を済ませると、宿屋に戻って、寂雷の部屋で今日の成果を報告し合うという運びになった。
     部屋に備え付けられた机の周りにみんなで集まり、寂雷がアイテムボックスからワールドマップを選択する。ヴン、という羽音にも似た音が一瞬聞こえたかと思うと、机の上いっぱいにファンタズマ・キングダム全土の地図が表示された。左馬刻も簓も、思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らしてしまう。
     地図は、机からわずかに浮かび上がるように表示されていた。紙ではなく、どうやらゲーム内の空間に画面のように表示される仕組みらしい。
    「私たちが今いる、グレートキャッスルの城下町はここですね」
     寂雷はすっと人差し指を伸ばした。すると指の先端がぽうと光り、寂雷が指先で丸を描くと地図にも淡い灰色の丸が描かれた。
    「えぇっ、センセ凄いなぁ! 今の一体どうやったん?」
    「ふふ、私じゃなくてゲームを作った人たちが凄いんですよ。私は前作もやったことがあるだけです。――簡単ですよ、イメージするだけで良いのです。それでは左馬刻くん。あなたの進化イベントがあるポイントを同じように記してみてください」
    「あ、ああ……」
     寂雷が言った通り、左馬刻も地図の上に指を置く。線を描くイメージをしてみた。すると、左馬刻の指先も微かに光った。そのまま進化イベントがあるポイントの上で指を滑らせてみれば、その通りに青い丸が描かれた。
    「ほんまや! 凄いやん左馬刻ぃ!」
    「別に俺が凄えわけじゃあねえンだわ」
     べしべしと左馬刻の肩を叩く簓に、左馬刻は呆れたように目を眇めた。
     そんな二人の様子を微笑ましく見詰め、寂雷は次に二本の指を地図へと置いた。スマートフォンにそうするように指先を広げると、地図も同様に拡大して表示される。この街と進化イベントがあるポイントまでの道を示し、寂雷はある一点で指を止めた。
    「街で集めた情報によると、この森に強力なモンスターがいます」
    「へ、ちょうど良いじゃねえか。腕試しと行こうぜ」
     ニッと笑う左馬刻に対し、寂雷は「いいえ」と首を振った。
    「今の私たちのレベルではこのモンスターに敵いません。本当に死ぬわけではありませんが、戦闘中はある程度ダメージを感じるようになっていますし、全滅すると路銀もアイテムも減ってしまいます。……この森を通るのが最短距離ではありますが、ここは無理せず迂回しましょう」
    「ってことは、こっちの道から行けばええん?」
     簓が指を滑らせて、オレンジ色のラインで森を迂回したルートを記す。寂雷は深く頷いた。
    「そうですね。私もそう思います」
     左馬刻はちいさく舌打ちをした。ンなこた関係ねえ、突っ込んじまえばいいじゃねえかとじれったい思いはあるけれど、また金稼ぎをして無駄な時間を過ごすなんてことは御免だった。
     簓がふと顔を上げた。
    「そうや、センセの進化イベントがあるポイントも今のうちに聞いとこか」
     わかりましたと呟いて、寂雷は地図を縮小して再びファンタズマ・キングダム全土を表示する。それから、とある湖のほとりを同じく灰色の丸で囲んだ。寂雷の進化イベントは、左馬刻の進化イベントとはずいぶん離れたファンタズマ・キングダムの南にあった。
    「は~、結構距離があるなあ……。あ、そうや」
     簓はポンと手を打つと、湖へと続く街道の途中をオレンジ色の丸でスッと囲む。
    「さっき街で聞いた話なんやけど、この街道には盗賊が出るらしいんや。で、どうやらその盗賊を倒すと、何やええアイテムがもらえるみたいなんやって」
    「なるほど。この街道を通る頃にはある程度レベルアップもしているでしょうし、近くに行ったら討伐してみても良いかもしれませんね」
    「盗賊たちのお宝か……。面白そうじゃねえか、とっととレベルアップしてやっちまおうぜ」
    「相変わらずやんちゃなやっちゃな……」
     ンだとこら、と左馬刻が簓を睨みつけたその時、ふいに寂雷が「そういえば」と左馬刻に視線を向ける。
    「左馬刻くんも、街で得た情報などがあれば教えてください。みんなで共有しましょう」
    「お、おう。そうだな……」
     左馬刻はすこし黙って、街で聞いたことを思い出した。それから青い丸のところに指を置く。
    「俺様の進化イベントがあるポイントがここだな。――ここから北に二日行った高原に、酪農で食ってる町がある」
     左馬刻はスススと指を動かし、とある山の麓辺りを示した。簓と寂雷も左馬刻の指先を追って、ふんふんとちいさく相槌を打つ。
    「この町の近くに、この国唯一の天然の炭酸水が湧いてるとこがあンだけどよ」
     二人は一瞬、ん? という顔つきをしたものの、引き続きふんふんと相槌を打つ。
    「その炭酸水でナントカっつう果物のシロップを割ってよ、酪農で採れた乳を使ったアイスを浮かべた飲み物が、そこの名物って話――」
    「クリソやん!」
     左馬刻の話を遮るように簓は大きな声でそう言った。きらきらと瞳を輝かせる簓を見て、左馬刻もふっと笑みを浮かべる。
    「……つっても、まだクリームソーダって決まったわけじゃねえからな。この世界の食いモンは現実とは違うこともあっから、期待しすぎンと肩透かし食らうかもしれねえぞ」
    「いやもう、ほぼほぼクリームソーダで間違いないやろ! ……あーもう、簓さんクリームソーダの口になってもうたわぁ~。こんなん行くっきゃないやんかぁ~」
    「ったく仕方ねえな……。先生もそれでいいか?」
    「もちろんです。左馬刻くんの進化イベントが終わったらそちらに向かいましょう」
     簓は「やった!」と手を叩いた。それからはたと何かに気づいた様子で、にやにやと左馬刻を見上げてくる。
    「……ところで左馬刻。もしかしてわざわざ調べてくれたん?」
     左馬刻はう、と言葉に詰まった。ち、とちいさく舌打ちをする。
    「……先生が情報収集するっつった時にてめえが食いモンの話すっから、ちょっと勘違いしちまっただけだ。紛らわしい真似すンじゃねえよ、ダボが」
    「ということは、左馬刻くんは食べ物の情報収集をしてしまったわけですね」
    「あ、ああ。すまねえ先生……」
    「構いませんよ。白膠木くんも喜んでいることですしね」
    「う……」
     そう言われるとどうにもきまりが悪いからやめてほしい。左馬刻はンン、と喉を鳴らす。それから、「実はもう一つあンだけどよ」と地図の南西部を指差した。
    「ここ――隣のジパング・キングダムっつうトコとの国境にある村なンだがよ。ここではこの国で一般的な小麦じゃなくて、米作りの方が盛んっつう話でな」
    「お米?」
     簓が首を傾げて呟いたので「ああ」と答える。
    「気候や文化が隣の国と似てるンだとよ。で、そこでは米を蒸して突いた――」
    「お餅ですか!?」
     左馬刻の話を遮るように寂雷は大きな声でそう言った。きらきらと瞳を輝かせる寂雷を見て、左馬刻もふっと笑みを浮かべる。
    「……つっても、まだ餅って決まったわけじゃねえからな。この世界の食いモンは――」
    「いえもう、ほぼほぼお餅で間違いないと思います」
     またしても食い気味に寂雷が言うので、聞き耳を立てていた簓は我慢できずにぷぷっと吹き出してしまった。
     それからにっこりとして寂雷を見上げる。
    「センセもお餅の口になってもうたん?」
    「はい。すっかりお餅の口になってしまいました」
    「ほなここにも行くっきゃないな! ……あ、そうや」
     簓は左馬刻が示した南西の村に指を伸ばすと、そこにぷっくりと膨らんだお餅のイラストを描き込んだ。鼻歌混じりの上機嫌さで「それからぁ~」と呟き、今度は北の町にクリームソーダのイラストを描く。
    「これで良し、っと」
    「これで良し、じゃねえだろが。何描いてンだよてめえはよ」
    「ええやんええやん! こうしておけば忘れへんやろ?」
    「ったく、地図にこんなモン描き込みやがって……。グルメマップでも作る気かよ」
     呆れたような左馬刻のその一言に、簓と寂雷が同時にパッと顔を上げた。それで左馬刻はぎょっとする。――いつになくきらきらとした二人の眼差しが、まっすぐに左馬刻へと注がれる。
    「グルメマップ? それええな!」
    「おい」
    「ええ。非常に興味深い」
    「このマップに各地の名物を描き込んでいくんやろ? そんなん、めっちゃおもろいやん!」
    「ちょっと待て」
    「はい、ぜひやりましょう。――左馬刻くん、ナイスアイディアです」
    「やるやん左馬刻!」
    「ちょっと待てっつってんだろうが!」
     きょとんとした顔が二つ左馬刻の方を振り向いた。なんだかものすごい既視感があるのは気のせいだろうか。無垢な二組の視線に見詰められ、左馬刻は若干たじろぎつつも主張する。
    「俺様はやるとは言ってねえ。それに、わざわざワールドマップを買ったのは効率的に旅をするためだっただろうが。……グルメマップなんざ作ってたら、その、遠回りになンだろ……」
     二人はきょとんとした顔のまま、それぞれこてんと首を傾げた。
    「確かにそうやったけど、よくよく考えたら一カ月近くも同じ街におるなんて退屈やろ?」
    「せっかくですし、ゲームの世界を隅々まで楽しんでみるのも良いと思いますよ。……それに、スタート地点の周囲のモンスターはレベルが低いことが多いです。効率的にレベルアップするなら、むしろあちこちを旅する方が良いかもしれません」
     左馬刻は、ぐ、と言葉に詰まる。確かに二人が言っていることはもっともらしい。しかし、もっともらしいことを言いながらも、二人の視線がちらちらと地図に向けられてはきらめいていることも明らかだった。それなら素直に『やりたい』と言われた方がマシである。
     そう考えてしまった時点で、左馬刻が逆転する余地はないのだった。深い深いため息を吐いて頭を掻く。
    「……わーったよ。好きにしやがれ」
     二人の顔がぱあっと輝く。
    「ありがとう、左馬刻くん!」
    「さっすが左馬刻!」
     そう言って、二人はくるりと背中を向けた。ほんなら次は……、そうしたらこの道を……、などと言って仲良く地図を見回し始める。どうやったら一つでも多くの村や町に立ち寄れるか、ルート探しに余念がない。
     そんな二人の声色は、この先への期待で弾んでいる。左馬刻はやれやれといった様子で肩を竦めた。結局、またしても付き合わされる羽目になっちまった。そう左馬刻が考えた時だった。
     ふいに簓が振り向いて、「楽しみやなぁ!」と笑ったのだ。
     本当に楽しみなのだろう。へらりと緩みきった顔、「一緒に見ようや」と左馬刻の腕を引く簓の手のひらの温かさ。地図を眺める簓の屈託のない笑顔を見ていると、なぜだか左馬刻の胸がちいさく疼く。
     そうだった。言葉と表情にほんのわずかなズレもない、こいつの笑った顔を見てしまうと、左馬刻はいつだってこの上なく晴れ晴れとした気持ちになったのだった。そして、なんだか左馬刻にもきっと本当に面白いことが起きるのだろうという予感さえ湧いてくるのだ。
     簓が面白いと思うことに左馬刻も乗って、面白くない時なんて一度もなかった。
     だから左馬刻はふっと口元を綻ばせると、「そうかよ」と言ってみせたのだった。
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