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    にしはら

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    にしはら

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    耀玲『手帳の狭間の恋だった』
    メモをお守りにしている生真面目玲ちゃんの話。ついったにあげてるものと一緒です

    #耀玲
    yewLing
    #スタマイ
    stamae
    #ドラマト
    dramatist

    手帳の狭間の恋だった*


    「ありゃクロだねえ」
     重要参考人から事情聴取を行い、駅前の雑居ビルを出て間もなく、隣で呟かれた低い声音に目を丸くした。
    「え、どうしてですか」
    「動向と理由があまりに理路整然と過ぎている」
     まあ他にも諸々あるけど、と服部さんは淡々と付け加えた。私は目を瞬かせて密かに息を呑む。数分にも満たない会話から、一体どれほどの情報を引き出して精査しているのだろう。
     ユルくてのんびり気質と周知される普段の言動からは感じにくいが、いざ事件だと幕が上がり、合同捜査といった近場で彼を臨む時、底の知れなく比類なき能力をありありと肌で感じ取っていく。尊敬は当然ながら、畏怖まで抱いてしまうのはきっと私だけではないだろう。何処までも見透かしてしまう怜悧で深い眼差しに射すくめられたら、誰もが尻尾を巻いて逃げ出してしまうに違いない。
    「あ~あ、お腹空いた。甘いものか辛いものが食べたいねえ」
     それでも次の瞬間にはこうしてゆるいことを呟くのだから、やはり不思議な人だ。思考回路が基盤のように幾つも折り重ねられて別々に機能しているのではないだろうかと、精密機械の如き脳構造を想像で巡らせてしまう。
    (いやいや、服部さんはロボットじゃないでしょ。そもそも機械は糖分を欲さないのだし……)
     頭を軽く振り回して雑念を隅にやり、再び服部さんを見上げた。
    「丁度お昼時ですし、何処かで食事を済ませますか?」
     服部さんは腕時計をちらりと見やり、億劫そうなしかめ面になった。
    「いんや、この後すぐに別件で会議。だからマトリちゃんとは、一旦この駅でお別れ」
    「え……」
     進めていた足は、地下鉄駅への入り口前で自然と立ち止まった。感情の色味の薄い表情に、能面のような微笑みが浮かぶ。
    「君は自分の持ち場にお戻り、ハウス」
    「……はい」
     よろしければ後ほど差し入れをお持ちしましょうか、と言いたかった声は潜ってしまった。待機を命じられたからなのもあるだろうけれど、心の強張りを見透かされた気がしていた。
     私はまだまだ新米のマトリで、お荷物である自分に引け目を感じている。出来ることなどたかが知れているのだと分かっている。服部さんも承知の上だから、他所の管轄の人間にはそのラインを破らせない。だからと言って、新人の立場にむざむざと甘えていたくはないのだ。
     手にぎゅっと力を込めると、背を向けようとしていた服部さんに思わず身を乗り出していた。
    「あの! 私の方で重要参考人の人間関係を洗い出ししておきます。マトリの皆さんにも意見をお伺いしますし、自分なりに状況把握しておきたいですから……」
    「そう? そんじゃよろしくどうぞ」
    「一通り纏めたらそちらへお渡しいたします。ええと、その時に、甘いものでも差し入れいたしますが……」
     私の食い気味な態度にも、服部さんは変わらず飄々としている。
    「ほーん、じゃあ抹茶ラテ」
    「承知しました。ちなみに、お好きな銘柄はありますか」
    「そうだねえ、まああったらでいいんだけど――」
     答えてくれた銘柄を記そうと、手帳を取り出してメモ部分を開いた。ミシン目が入っていて、切り取れるようになっている。
    「あれ、どんな漢字でしたっけ……」
     変換機能を頼ってもたもたと携帯電話を取り出そうとしたところで、服部さんがため息をついた。
    「いい、自分で書いた方が早い」
     胸ポケットから取り出したボールペンで手早く記し、ミシン目をぺりぺりと破いて私の手のひらに乗せてきた。
    「お遣いするにも一苦労だこと」
    「……申し訳ありません、精進します」
    「は。じゃあお疲れさん」
     服部さんはクッと喉奥で笑うと、今度こそ背を向けて駅構内への階段を降りていった。
     遠くなっていくその背中がとても大きく見えた。あそこまで届くかは分からないけれど、ほんのわずかでも近付けられればと努力することは出来るだろうか。一つの目標であり、眩しさで彩られる憧れの象徴みたいな広い背中だった。
     それでも、手の中にある独特の丸みを帯びた文字が、やっぱり何処か不思議で。ゆるいのに鋭くて、恐いのに決して優しくないわけじゃない。
     ちぐはぐな印象を与える服部耀という人格が、このメモの片鱗にひっそりと息づいている気がしてしまうのだった。

      *

     寝台に横たわる女性に一度お辞儀をして、病室を出る。静まり返る廊下に乾いた靴音だけが鳴り渡る中、隣に並ぶ服部さんにそっと呟いた。
    「……彼女はシロですね」
    「その根拠は」
    「昨晩の錯乱状態から察するに、服用は間違いありません。ですが、所持と横流しする理由にしては、あまりに事情がキレイ過ぎるんです。誰かを庇っている可能性が高いと思われます」
    「なるほど。その誰かさんの見通しは」
    「今、夏目くんが調べてくれていて……あ、今見つけたと連絡が来ました。由井さんからも成分分析の結果が。やはり、そちらが追ってる界隈で検出した成分と同一だそうです」
     LIMEに入ったメッセージを報告すれば、服部さんが鋭くも目を細めた。
    「繋がったね。マトリちゃんお手柄」
    「いえ、皆さんの力があってこそですから」
    「あの女性、一目見ただけで勘付いたんでしょ。ほーんと、嗅覚はワンコ並みだねえ」
    「似た事件に向き合うことは、何度だってありましたから……」
     やらねばならないことに日々追われつつ、何とか捥ぎ取ってきた経験値だ。それでもまだまだ足りないことばかりだと、うなだれることだって多い。
     服部さんは肩を竦めてのんびり呟く。
    「ま、謙虚で結構なこと」
     がむしゃらに走り続けて早数年。追いつきたい背中は依然として遠いが、こうして傍で見せてもらえている。それは幸運なことかもしれなかった。
     病院の外れにある駐車場まで戻ったところで、服部さんが気だるげに首をこきこきと鳴らした。
    「お腹空いたねえ、ラーメンでも食べに行く?」
    「いいですね。……あ、着信です、少し失礼しても?」
    「はいよ、どうぞ」
    「ありがとうございます。――泉です。……はい、……はい、そうなりますと――」
     関さんからの報告が入り、次なるアポイントのスケジュールを手帳に書き記していく。
     その際ひらりと落ちてしまった紙切れを服部さんが拾い上げるが、電話に集中している私はあまり意識が向かなかった。通話を切って、書き切れなかった内容を今一度メモし直してから、服部さんと向き直った。
    「すみません、お待たせしました」
    「まだ持ってたんだ」
     純粋に、不思議そうな顔をしていた。首を傾げれば、これ、と目の前に掲げられる。ひゅっと呼吸が一瞬止まった。
     新人マトリだった数年前、右も左も何もかも分かっていなかった私が服部さんから貰ったメモ書きだった。抹茶ラテの銘柄だけが記された簡素なお遣い内容。役目はきちんと果たし、とっくに用無しとなっている。当時、何故かすぐ捨てるに惜しい気がしてしまい、手帳のカバー裏のポケットにいつまでも挟み込んであったものだ。
     普段はさほど意識していないが、与えてくれた本人を目の前にして今一度その存在をただされ、未だかつてない気恥ずかしさと後ろめたさが込み上げてきた。
    「いや、えっと、単にメモってあるってだけで、あ、そうです、たまに飲みたくなりますし、それ以上でもそれ以下でも」
    「これ、期間限定でもう販売終了してるんだけどねえ」
    「うう……っ」
     言い訳にもならない垂れ流しを一蹴されて呻く。耳裏までも厭な熱が噴き出して止まらない。揶揄い混じりに細まる圧力強い眼差しが、白状を強要してくる。そして、この数年ですっかり染みついた忠犬の如き習性は、大人しく口を割る。
    「あの、その、願掛けと言いますか……」
    「願掛け」
     淡々と反芻されると更に居たたまれない。
    「服部さんとまではいかなくても、……少しでも皆さんの役に立てるよう、益々精進出来るように、憧れる背中に食らいついていきたいっていう決意表明と言いますか、そんなようなものでして……」
     段々と声がしぼんでいき、視線は伏せがちになってアスファルトへ焦点が定まる。反応が怖くて、とてもじゃないがご尊顔は見られなかった。
     憧れの人物にあやかりたい、などと理由の聞こえだけは良いが、一歩間違えれば気持ち悪い後輩認定だ。けれどお守りには違いないので、返してもらいたい。恐々とだが、意を決して顔を上げる。
     私の情けない表情が映り込むのは、何処までも見通す綺麗なアクアグレー。それはやがて手元のメモに移ろい、眼差しを縁取る涼し気な目元がふっと和らいだ。
    「大事にしてくれてるんだ」
     ――心臓が、びっくりするくらいぎゅっと軋んだ。
     向けられるものが予想外だったからだろう。それでもこの狼狽は、不意打ちだけでは済まされない。
     どうして、どうしてそんな風に笑うんですか――胸の中で吹き荒れる感情がうるさくて、問いただすための声音が喉奥から生まれ出てくれない。
     これは絶対にだめなものだ。服部さんに受け入れられているという錯覚に陥ってしまいそうな、これ以上なく厄介な気持ちだ。淡くてやわらかく揺らめいて、私を手酷く乱すもの。
     きっと気付かないようにしていた。だから手帳の隙間に隠しておきたかった。なのに、この凪いだ瞳で辿られてしまえば、春嵐のような気持ちが溢れてしまいそうだった。
     振り切るようにかぶりを振って、服部さんの手元に指を差し向ける。けれどサッとかわされて、私の届かない範囲まで宙に追いやってしまった。
    「あの、返していただいても?」
    「どうしようかねえ」
    「ええ……」
     白状もしたし、そもそも私のメモ帳なのに。文字や活気は確かに服部さんから与えられたものだけれど。
     服部さんはスラックスのポケットにメモを突っ込み、さっさと車両のドアを開けて運転席に腰を据えた。私も慌てて助手席に乗り込む。
    「あの、後生ですからどうにかご慈悲を……」
    「こーんなちんけなもんを、後生大事にしていくつもり?」
    「でも私には必要と言いますか、今後の精進のためにも手元にないと困るものなので……」
     服部さんは気難しそうに眉を寄せていく。
    「……そうくるか。全くほんとに手がかかる」
     それでも気を取り直すように深い笑みを口端に浮かべ、私を嬉々と見下ろした。
    「君と違って俺は欲張りだから、欲しいもんは本気で取りに行くけど」
    「つまり、憧れるだけでなく、本人になり切ってみせるぐらいの大きな志を抱け、と……?」
    「は、そういうとこ、まだまだ酸っぱいねえ」
     服部さんはそれだけを言って、何故か愉快そうに肩を揺らした。

     結局メモは取り上げられたまま、車は行きつけのラーメン屋に向けて走り出した。
     お守りがなくても、私はもう大丈夫ということなのだろうか。服部さんとたまにこうして肩を並べ、食らいついていきたいと思う気持ちがある限り、メモはなくともその意志を貫いていけるのだから。
     けれど、あの丸みある文字がかわいくて好きだなと思っていたから、それだけは残念だった。いつまでも大切に閉じ込めておきたかった、服部さんを形作る確かなひとかけらだったから。

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    DONE【耀玲】いつまでもずぶ濡れになる玲ちゃんの話。ツイに上げてるものと一緒です。
    深水の残り香深水みずの残り香』



     ついてない、と感じる時はとことんついてないことばかりが雪崩れを打って押し寄せてくる。
     全身の沼に浸かり込んだような倦怠感があるのは、水気をたっぷり吸い込んだスーツのせいだろう。
     退庁時を襲ったのは突発的な土砂降りだった。夜更けにもかかわらず、一人きりで黒く濁った低天の下を力なく歩き進めていく。不用心なのは勿論承知だったが、課内は上長会議や代休取得も相まって人気もなかった。お気に入りの折り畳み傘は先日壊れたばかり。ロッカーの置き傘はビニール製故か誰かが持ち去ってしまった。
     絶対にずぶ濡れると分かってしまったら不思議と走る気にはならなくて、九段下駅へ真っ直ぐ進める筈の脚は反対方向のお堀沿いの道を選ぶ。広大な堀の中で気持ち良さそうに泳ぐ鯉も、この雨嵐の中では気配を見せない。状況としては、私も水の中を泳ぐ魚と一緒かも知れないなと雨に打たれる頭が取り留めのないことを考える。パンプスも膝下ストッキングもパンツスーツの腰周りも全部ぐしょぐしょで、浸水していないところなんかありはしない。必要最低限の荷物だけを入れたオフィスバッグだけは腕の中で死守しているが、恐らく徒労に終わるだろう。
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