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    ゆっけ

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    ゆっけ

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    2022年5月4日発行の、🐵と📿中心アンソロジー「悠久行脚集」に寄稿させていただいたお話です。
    
発行ならびに完売本当におめでとうございます。
    
素晴らしい旅路にご一緒させていただき、本当にありがとうございました。
お読みくださった方にも心から感謝申し上げます。

    この物語が大好きです!

    #劇団ドラマティカ
    dramaticaTheaterCompany
    #ネタバレ
    spoiler
    #二次創作
    secondaryCreation

    悠久の流れのほとりで「また、一緒に旅を始めましょう」
     封印から解き放たれた悟空に、わたくしは微笑んで手を差し伸べました。

     輪廻の旅は、絶望の果てから始まりました。
     天竺への道のりも後半にさしかかったある山で、わたくしたちはそれまで退けてきたものとは桁違いに強い妖怪と遭遇したのです。
     ひとり、またひとりと仲間が斃れてゆき、最後に残ったのは一番弟子の悟空でした。
     その悟空もわたくしを庇って斃れてしまいました。わたくしにはなす術もなく、鋭い爪に身体を引き裂かれるのを待つばかりと思ったその瞬間、眩い光があたりを包みました。
     あまりの眩さに御姿を見ることは叶わずとも、それは観音様の御力であると瞬時に理解しました。
     曰く、この旅の過程そのものが修行であり、幾度繰り返しても本懐を遂げよとお釈迦様は思し召しでいらっしゃるとのことでした。
     気がつくと、わたくしは自らの旅の始まりの地、長安の都の大門のところにひとり佇んでいたのでした。傷ひとつなく、それどころか不思議なことに、時間も何もかもがその当時に戻っていたのです。

     今度こそはと、わたくしは記憶の限り、妖怪の現れる場所や行く手を阻む難所を避けて進みました。
     けれど、ひとつ難を避けようとすればまた思いもよらぬ難が待ち構えており、旅は最初よりもずっと短く終わりを迎えてしまいました。それから、幾度も幾度も、数えきれないほど繰り返しました。そのたびに、どこかしらで躓いてしまうのでした。
     弟子たちにはまったく記憶はないようで、出会うたびに新鮮な反応を返してくれました。
     歯向かってきては、仲間になってくれるその様子がなんともかわいらしく愛おしく、いつしかその出会いを、弟子たちとの旅そのものを楽しんでいる自分がおりました。仏の教えにより衆生を救わんとする道の半ばで、到底許されることではないと知りながら、輪廻を繰り返してしまえばすべて始めからになるのだからと、どこかで考えていたのかもしれません。

    「……ょう、お師匠! どうした、ぼんやりして。疲れたのか? ちょっと休むか」
     山道で、隣を歩く悟空が心配そうにわたくしを覗きこんでおりました。
    「……いいえ、大丈夫ですよ、悟空。ありがとうございます。ここを抜ければ……ほら、街が見えてきましたから、今日はあそこまで行って休むことにしましょう」
     悟空と、後に続く玉龍、悟浄、八戒に向かって、崖の下に広がる大きな街を指し示しました。

    「お師匠様、私は今晩の宿と斎を請いに行ってまいります」
     街の門を入るとすぐに、玉龍が進んで手を挙げてくれました。
    「ありがとうございます、玉龍。それでは一刻後にまたこのあたりで落ち合いましょう。これほど大きな街ならば寺院もあるでしょうから、どうぞよろしくお願いしますね」
    「私は傷んだ釘鈀を修理してくれそうなところを探してこようと思う。誰かに任せたいところだけれど、こればかりはそうもいかないからね。構わないかね、師匠くん」
    「ああ、それならオイラもご一緒しようかナ」
    「もちろんです。気をつけて行ってきてくださいね。わたくしは悟空と、旅の荷物の不足を補ってまいりますから」
     八戒と悟浄へ笑顔で頷くと、悟空が悟浄へ向かって、とっとと行けというように手で追いやります。悟浄も「悟空、市場ではしゃいで迷子にならないでヨ」と言い返しました。
    「誰がなるか! 買い物くらいできるに決まってんだろ!」
     ふたりはとても仲良しなので、一度こうなるといつまでもおしゃべりしてしまいます。わたくしは悟空の手を引いて歩き出しました。

     市場は人通りが多く、祭のように賑やかでした。悟空は物珍しそうにあたりを見回しています。薬や布など、必要なものをいくつか買い求めてから、少しの硬貨を悟空に手渡しました。
    「待ち合わせまではあと半刻ほどありますから、あなたも好きに見てきて良いですよ。わたくしはこのあたりのお店を見ていますから」
     悟空はつかの間ためらっていましたが、好奇心には勝てなかったようで、すぐ戻ると言って駆け出していきました。

     歩いていきますと、軒先に果物を並べた店がありました。桃が甘い香りを漂わせています。
    「そこのお坊様。おひとついかがですか」
     店主が桃を手に、にこやかに話しかけてきました。
    「そうですねえ……。それでは四つ、いただけますか」
    「ほう、案外たくさん召し上がる方でいらっしゃる」
    「いえ、わたくしではなく、弟子たちに」
    「……なるほど、四人のお弟子様が。そうだ、それならもぎたてのものがございますから、どうぞこちらへ」
     この街にはもう何度も訪れていましたから、わたくしも少々油断しておりました。招かれるままついて行くと、店の裏手で誰かに後ろから殴られ、気がつくと縄で縛られていたのです。
    「これは困りましたねえ……」
     わたくしを見下ろしている店主と、その息子らしき者の頭には獣の耳が現れており、どうやら人に紛れて暮らす妖怪のようでした。
    「もしやと思ったが、本当にあの三蔵法師様でいらっしゃるとは」
    「悪く思わないでくださいね。あなたを売ればしばらく楽に暮らせる」
     食べられるわけではなさそうでしたが、売られてしまうのも困ります。わたくしは一か八か、小さく「ソワカ」と唱えました。
    「……ああああ! なんだ、どこだお師匠!」
     外から大きな悲鳴が聞こえました。思ったとおり、悟空はすぐ近くまで戻ってきていたようです。
    「悟空、ここです!」
     わたくしは大声で叫びました。
    「こっちか? いきなり何すんだ……ってなんで捕まってんだよ!」
    「すみません、ちょっと油断してしまいまして……」
     裏口の戸を蹴破って現れた悟空に、妖怪の親子は武器を構えました。
    「ったく、しかたねえなぁ……。おら、かかってこい!」
    どこか楽しそうに臨戦態勢を取る悟空に、わたくしはまた「ソワカ!」と唱えました。
    「いってえ! なんでだよ、お師匠!」
    「妖怪とはいえ、人間社会に馴染んで生きているようです。無闇な殺生は避けるべきでしょう」
     悟空は舌打ちをすると如意棒を振り回し、床を突きました。大きな音を立てて床板が割れ、飛び散った破片が妖怪の親子の頭を掠めて壁に刺さりました。
    「おい、てめえら! これに懲りたら二度とお師匠に手出ししようなんて考えるんじゃねえぞ! こんな店なんてなぁ、簡単に吹っ飛ばせるんだからな!」
     すっかり縮み上がってしまった妖怪の親子は、首が取れそうな勢いで頷くと、袋いっぱいの桃までくれました。

    「助かりましたよ、悟空。お見事でした」
    「まあ、全然大したことなかったけどな」
     悟空は歩きながら桃を頬張り、ふふんと鼻を鳴らしました。
    「……あ、お師匠。髪、解けちまってる」
    「おや。先ほど捕まったときでしょうか」
     触れてみると確かに、常は編み込んでいる髪が解け、小さなこぶもできているようでした。
    「……すまねえ。俺がちゃんとついていれば……」
    「いいえ、悟空。わたくしの油断が招いたことです。それにどこも痛くありませんから、大丈夫ですよ」
     目に見えて悄気てしまった悟空の頭を、ぽんぽんと軽くたたいてやります。そう、この身体はすでに痛みを感じることはなく、だからこそ振る舞いには気をつけなければならないのでした。
    「……おう。……あ、そうだ。これやる」
     悟空が懐から取り出したのは、髪紐でした。白く、紐の房の先が水色に染められています。
    「わたくしに、ですか?」
    「ああ。さっき通った店で見かけて……お師匠の髪の色に似てるなと思ってよ」
    「……ありがとうございます」
     道端の石垣に腰掛けて、編み直した髪に結んでみます。
    「どうですか?」
    「おお、いいんじゃねえの」
     へへ、と悟空は嬉しそうに笑いました。こんなことは、これまでの旅ではなかったことでした。
     繰り返し繰り返し、楔を打ち、紡いできたこの旅路も、もしかしたら、少しずつ、少しずつ綻んできているのかもしれません。
     いつか、この悠久の旅路に果てがあるとしたら、それはどのようなものになるのでしょう。
    天竺に辿り着くことが、わたくしが弟子たちの手を離せることが、あるのでしょうか。
    「この街を抜けたら天竺までもうすぐなんだろ」
    「……ええ、そうですね」
    「いよいよか……。どんなところか楽しみだな。な! お師匠!」
     その曇りのない笑顔に、わたくしは微笑むことしかできませんでした。
     そろそろ、今回の旅にも別れを告げることになるでしょう。けれども、かわいい弟子たちの最期を見届けることは、どれほど繰り返しても、辛く、悲しいものでした。

     天竺を前にした大きな川のほとりが、旅の終着点となりました。
    「……お師匠、無事か。どこにいる、お師匠……」
    「……ここにおりますよ、悟空。あなたのおかげで無事です」
    「良かった……」
     彷徨う手を取り、包みこんでやれば、悟空はわずかに口の端を持ち上げました。かわいそうに、深い空のような瞳はもう何も映すことができないようでした。
    「あいつらは……」
     悟空の手を頬に当て、わたくしはゆっくり首を振りました。
    「そうか……。……俺も、最後まで一緒に行けそうにねえ……。約束……、守れなくて、悪い……」
    「……悟空。あなたはここまでよくわたくしを守ってくださいました。感謝していますよ、悟空……」
     ゆっくりと温もりを失っていく身体を抱き締め、悟空、と繰り返しました。
    「……お師匠、……俺、この旅が本当に楽しかった。どうか、無事で……」
     わたくしの手から、悟空の手が滑り落ちていきました。

     悟空も、玉龍も、悟浄も、八戒も、何も悪くはないのです。悪いのはわたくし一人。皆、どんなに痛かったことでしょう。苦しかったことでしょう。それなのに、最期までわたくしの身を案じてくれるのです。
     旅の終わりにはいつも心から申し訳なく思うのに、わたくしはそれでもまた、この旅路を繰り返したいと願ってしまうのです。

     どれほどそうしていたでしょう、あたりはすっかり闇に包まれておりました。ふと思いつき、悟空がくれた髪紐をほどいて、互いの手首をかたく結びました。悟空の身体を抱えて、川の中へと足を進めます。暗い流れの中に、ゆらゆらと髪が広がりました。

    「また、一緒に旅を始めましょう」


    (了)
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    ゆっけ

    SPOILER2022年5月4日発行の、🐵と📿中心アンソロジー「悠久行脚集」に寄稿させていただいたお話です。
    
発行ならびに完売本当におめでとうございます。
    
素晴らしい旅路にご一緒させていただき、本当にありがとうございました。
お読みくださった方にも心から感謝申し上げます。

    この物語が大好きです!
    悠久の流れのほとりで「また、一緒に旅を始めましょう」
     封印から解き放たれた悟空に、わたくしは微笑んで手を差し伸べました。

     輪廻の旅は、絶望の果てから始まりました。
     天竺への道のりも後半にさしかかったある山で、わたくしたちはそれまで退けてきたものとは桁違いに強い妖怪と遭遇したのです。
     ひとり、またひとりと仲間が斃れてゆき、最後に残ったのは一番弟子の悟空でした。
     その悟空もわたくしを庇って斃れてしまいました。わたくしにはなす術もなく、鋭い爪に身体を引き裂かれるのを待つばかりと思ったその瞬間、眩い光があたりを包みました。
     あまりの眩さに御姿を見ることは叶わずとも、それは観音様の御力であると瞬時に理解しました。
     曰く、この旅の過程そのものが修行であり、幾度繰り返しても本懐を遂げよとお釈迦様は思し召しでいらっしゃるとのことでした。
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