白昼夢は獏に食わせよ 俺たちも年だな、なんて笑いあっている男たちが見える。ロマーノはその談笑が妙に腹立たしくて、彼らに背を向けるようにして座った。テーブルの上のグラスは薄っすらと結露している。中身は減っていないというのに。
「どうしたん、ロマ」
そうやって俺の顔色を伺うお前にも、なんだか腹が立つ。ロマーノはその言葉を奥歯で噛み殺した。それを言えば全てが今のままで終わってしまう。
ロマーノに相対するスペインは、ちらっとロマーノの奥にいる面子を見て、表情を緩めた。けれど、席を動かない。向こうに混ざろうとしないのは、ロマーノに気を使っているだけではない、ということくらい、ロマーノは分かっていた。
「なんで来たんだよ」
「いじわるなこと言うなぁ」
スペインは苦笑した。して見せたというのが正しいのかもしれない。
ロマーノは本気で言っているのに、冗談やロマーノのわがままのように挿げ替えようとしているのだ。スペインはそういうところがずるい。いつまでだって、ロマーノのことを子ども扱いする。ロマーノのグラスに注がれた赤い液体のことを、ジュースだとでも思っているだろうか。
「撤回するつもりはねえぞ」
「……そか」
その反応がもう、尋常でないのは明らかだ。普段のお前だったら、もっとまくし立てているだろう、とそう言ってやれたら、スペインは救われるだろうか。ロマーノは夢想する。例えばここで、案じてみたら。
その答えは明らかだ。スペインは目を見張って表情を強張らせ、それからめいっぱいの明るい声を出すことに努めるだろう。何言うとるん、殊勝なことせんとって。そもそも俺、元気やのに。そうして、ロマーノが二の句を告げない間に、その重い体を持ち上げて、店員にアルコールの一つでも頼むだろう。そんなもの今の体には毒だというのに。届いたグラスを震える指先で受け取って、そうして向こうの奴らのもとに逃げるのだ。ロマーノにこれ以上見られたくないとばかりに。
無力だ。どうして、スペインはロマーノに、その弱さを託してくれない。
「親分、頑張らなあかんねん」
ぽつりと投げ出された言葉は誰に向けているのか、ロマーノは最初分からなかった。返事ができないでいると、スペインは畳みかけるように口を開く。
「頼りない姿、子分には見せられんからな」
スペインの中のルールだ。親分と子分。その線引きをしているのはスペインで、それが嫌だと断ったところで、スペインには何の影響も与えない。相手の認識なんて求めてない、独りよがりなところ、それがロマーノは嫌だった。子分といわれるのはもちろん嫌だ。けれど、子分以外の関係を絶対に受け入れようとしない、その頑ななところが。子分であることを甘んじて受け入れたとして、その子分の言葉に耳を傾けようとしない、その盲目なところが。ロマーノに無力さを突き付けてきて、それが嫌だ。
「……嘘でも、辛いっていってみたら」
これが、ロマーノに言える最大の彼を気遣う言葉だった。
スペインはロマーノの親切を咀嚼し、味わい、そうして眉根を寄せた。
「うーん、そうやなぁ」
ロマーノに見せる顔はいつも笑みだ。愚かで優しい小さな子分をたしなめるように微笑むものだから、ロマーノは深い闇に覆われた。
「心配してくれんでええのに。俺、大丈夫やねんで?」
奥でアルコールに酩酊している男たちが大声で騒いでいる。年取るとあちこち痛んでやってられねぇよ、なんて笑い飛ばして、みんなが同調するように手を叩いて笑っている。
だからあいつらのことが、いや、あいつらも、あいつらとよくつるむお前のことも嫌いなんだ。