戦場に舞う「ランラ~ン! 助けに来たよ」
「呼んでない。帰れ」
「ドイヒ!」
戦場に似つかわしくない程にこやかな笑みを浮かべ、ブンブンと手を振って近付いてくる嶺二を睨み付ける。
だが嶺二はそれを気にもとめず、蘭丸の首に腕を回し肩を組んだ。
「つれないなぁ。折角部下に仕事を押し付けて飛んできたのに」
「嶺二。今直ぐ帰って、てめえはてめえの仕事をしろ」
「ランランのお手伝いをするのも、ぼくちんの大切なお仕事なんだけどな」
「必要ねぇ。ここは、おれ一人で十分だ」
頑なに拒否をする蘭丸に、嶺二がふふっと肩を揺らす。相変わらず素直ではないが、そこがまた可愛いらしかった。
「何が可笑しい」
「……ランランってば、ほ~んと優しいよね」
「は?」
「それって、ぼくを巻き込まない為でしょう?」
確信を持ったそれに、蘭丸は無言で嶺二を見つめる。無言の応酬。ややあって、蘭丸は諦めたように盛大に息を吐き出した。
鬱陶しいと嶺二を押し退け、頭をガシガシと掻く。全てを見透かすような瞳に、隠しても無駄だと悟った。
「……分かってるなら、さっさと帰れ。死ぬぞ」
「死なないよ、ぼくは」
「嶺二っ!」
「あ、後ろ」
「」
背後からの殺気に気付いたと同時に、響く銃声。銃口から吐き出される煙を吹き消し、嶺二は銃を収めた。
「ほら、ね? こんなぼくでも少しは役に立つでしょ?」
「……どうしても、帰らないつもりかよ」
「うん」
当然でしょう? と微笑む嶺ニに咎めるような視線を送っていた蘭丸が、胸元から銃を取り出す。そして、銃口を嶺二へ向けた。
「動くなよ?」
「…っ、ちょ、らん……」
ガウン! と一発の玉が吐き出され、嶺二の背後に迫っていた敵が眉間を撃ち抜かれて崩れ落ちる。
「これで借りはなしだ」
銃で肩をトントンと叩きながら、蘭丸は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あはは、ほんとランランには敵わないよね」
「いつもおまえの好き勝手にさせて堪るかよ」
「うん。でも、今回もぼくの勝ち、かな?」
トン、と蘭丸の肩を突き飛ばす。数瞬の後、蘭丸が今までいた所がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
嶺二と蘭丸の間に地割れが起きる。気付けば、嶺二は敵に囲まれていた。
「 嶺二!」
「ここはぼくに任せて、ランランは早く皆を助けに行って」
「は? ふざけるな!」
「心配しないで、ランラン。ぼくには優秀なスナイパーがついているのを知っているでしょう?」
蘭丸にウインクしてみせた直後、嶺二の周囲を取り囲んでいた敵が次々と倒れていく。視界の端が一瞬光り、そこから寸分の狂いなく敵だけが撃ち抜かれていた。
見えぬ脅威に恐れを成したのか、逃げ出していく敵を追い、嶺二はサーベルを引き抜く。
(チッ、カミュのヤロウか……)
一切の躊躇なく、嶺二に仇成す者を撃ち抜いていく。沈黙の死神と恐れられる程、優秀なスナイパー。あいつがついているなら、大丈夫だろうと確信が持てた。この上なく不満だが、腕だけは確かだ。
「おい、嶺二。後で必ず追いついて来い。来なかったら承知しねぇからな」
覚悟しろよ? と挑発する蘭丸に、嶺二が肩を竦める。
「ランランを怒らせると怖いからね。……分かった、努力するよ」
果たせるともしれない約束を交わし、二人は戦場を駆け抜けた。
目の前に迫った敵を斬りつけ、素早く辺りを見回す。
(……ざっと、ニ、三十ってところかな?)
目測で敵の数を測り、嶺二は繰り出される斬撃を体勢を低くする事で躱した。すかさず足払いをして、体勢を崩した敵にサーベルを突き立てる。
ゆっくりと引き抜いてそれを払えば、赤い滴が地に丸い染みを作った。
(さてと。次は……っと)
「」
周囲に首を巡らせた刹那、ヒュンと空気を切る音が聞こえ、嶺二は咄嗟に頭を左に倒した。脇を掠めた弓矢が髪をひと房持ち去り、パラパラと落ちていく。
続いて放たれた第二矢は嶺二に届く前に銃弾に弾き落とされ、それを放った敵も既に地に伏していた。相変わらずの腕に感心していると、インカムから冷ややかな声が届く。
『寿。戦いの最中に余所見するなど、随分と余裕だな』
「ちょ~っと油断しちゃっただけだもん」
『その油断が命取りになると、何度も言ったはずだが。そんなに余裕なら、俺の助けは必要なさそうだな』
「わ~ウソウソ。いる! いります! ミューちゃんの助け、めちゃくちゃ必要だよ」
『やかましい。大体、貴様は遊びすぎだ』
「も~。ミューちゃんちょっと黙っていてくれないかな」
会話の最中も敵は迫り、嶺二は振り下ろされた剣を受け止めた。そしてグッと押し返してガラ空きの腹部に蹴りを叩き込むと、後ろに吹っ飛んだ敵の眉間が撃ち抜かれる。
「ところで、ミューちゃん? さっきからちょいちょいぼくにも当たりそうなんだけど、もしかしてわざと?」
『気のせいではないのか?』
「絶対わざとだよね ぼくちんの珠のようなお肌に傷が付いたら、責任とってくれる?」
『ハッ』
冗談で言ってみたものの、耳に響いたのは嘲笑。
「えっ、もしかして今鼻で笑った?」
『フン。大体、貴様なら避けることなど容易いだろう』
「それは買い被りだと思うけどね」
『いや、貴様はやれば出来る』
普段、やろうとしないだけで。と余計な一言を付け加えてくるカミュに半眼になる。嶺二の大切な仲間ではあるが、時々自分だけ扱いが雑な気がしていた。
『二人共。ふざけるのもいい加減にして』
「アイアイ」
『……レイジ、ニ時の方向から敵五体。まだまだ元気いっぱいって感じ』
敵の位置を捕捉した藍から連絡が入り、嶺二はそちらを向く。
「りょーかい。アイアイもミューちゃんも時間見て移動して。そろそろヤバそうだ」
『ん。わかった』
『ああ』
短い了承と共に、通信が切られる。
「さてと。そろそろ本気で行かないと、いい加減ランランに怒られちゃうよね」
遅いと文句を言われる前にと、嶺二は走り出した。