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    花葬不成バレ
    その後の話

    これからの話 魔法門だってあるのに、「電車で行こう」と言ったのは諏訪祓という戸口の魔法使いだった。
     東京の郊外。無数に並んだビルから幾分か離れたとて、神崎鈴音の目に移る景色は故郷よりずっと栄えていた。
     〈禁書〉と、村そのものの因習によって彼女の故郷は緩やかに滅びる。そこで死んだ片割れの願いで、全ての終わりを告げた男の手によって鈴音は連れ出された。それから少しの間〈大法典〉で過ごしてから、今傍らで車窓を見やる青年から面談を受け、結果哀しい思い出も憎しみも、忘れずに〈常人〉として生きることを選んだ。
     「神崎さ……鈴音ちゃん、大丈夫? 疲れない?」
     「いえ……」
     「まぁ、色々あったけど……とりあえず、先の生活のことだけは気にしなくていいからさ」
     「お世話に、なります」
     その生活のアテが、諏訪祓の実家であった。一人抱えるくらいわけない大きさと、経済状況、神職であるから馴染みやすいだろうとのことで、話はとんとんで進んで行った。そのきっかけを作ったのが件の憎い男だったわけだが。
     鈴音はと言えば、自分の恩人はさておいて、あの無骨を擬人化したような男にこのような、人の良さそうな知人がいるとは思わず少々面食らいはしたのだが。
     「なんていうか、魔法門の方が楽だろうなと思ったんだけどさ。景色でも眺めて、ちょっとのんびり考えた方がいいんじゃないかな〜ってさ……。急に知らない人んち行くのも疲れるだろ。お節介かもだけどさ」
     平日昼の電車には、人っ子一人いない。ぽつりぽつりと青年の語る声が走行音に混じって消える。
     「えっと、大丈夫です。……正直、私もまだ整理し切れてなくて。……ありがとう、ございます」
     「なんつってね、魔法門で移動しちゃったらすぐ仕事に戻らないとだから俺も休憩なんだよ」
     「そ、そう……なんですか」
     冗談めかして笑う祓に、どこか肩の力が抜ける。相対した魔法使いたちが超然とした者たちばかりだった鈴音にとっては、些かカルチャーショックとも言えた。
     「……なんか、思ったより色々。どうにかなっちゃって……変な感じ、です。ずっと普通の生活になるのか、って……」
     鈴香がいなくちゃ生きていけないと思っていたのに、という言葉は呑み込んだ。言外に察したかどうか、祓は少し瞑目してから口を開いた。
     「普通が一番、かな……なんてね。案外なんとかなるもんじゃないかな、何があっても」
     「……」
     「ま、慣れるのも大変だと思うけどさ。先のことは後で決めたらいいよ。まぁ……しんどいってなったらさすがに、俺もなんとかしなくちゃだからそうならないといいけど」
     例えばもう死んでしまいたくなるだとか、と、その真意は音にされなかった。だが、鈴音も何を言わんとしていたのかは理解した。
     あの男をずっと許さないでいるのなら、生きていなくちゃいけない。口にした手前、どれだけ寂しくても反故にはもうできなかった。言葉を翻したら、あの男が「その程度だったか」とでも言うような気がして、それも腹立たしく。だからなのか、不思議と死ぬつもりも、全てを捨ててしまう気持ちにもならなかった。
     「……それも、たぶん。大丈夫、です」
     「そっか」
     電車同士がすれ違い、走行音は一際高く。知らず落としていた視線を上げれば、町並みは住宅街に。祓が指を差して、一際目立つ流造の屋根の建物を指差す。
     「あれがうち……の神社。住み込みバイトって感じになると思うけど、年始はそれなりに人来るから覚悟しといてね」
     「は、はい」
     「俺基本年末年始コンビニのシフト入ってるから手伝いに帰れなくてさ……よろしくね」
     「大変ですね……」
     乾いた笑いを傍らに、鈴音はその建物を見やる。新しい人生の象徴。まだ見ぬ家主やその一家との邂逅や、与えられる仕事をこなせるか……そのような不安は尽きないが、忌々しい故郷を離れた生活に期待がないと言えば嘘だった。
     ここから、はじまる。〈常人〉としての人生……片割れが歩んでいたはずのレールと同じ在り方が。
     緊張した手が、自然膝の上で握られる。そこに、「そういえば」と今更思い出したように祓が声を上げた。
     「一応鈴音ちゃん、元魔法使いだから言っておこうと思ったんだけど」
     「えっと、はい……?」
     「うち忍者の家だから、突然家の人が後ろに立ってても気にしないでね」
     「えっ……」
     まぁ妹は〈常人〉なんだけど。そんな祓の言葉が耳を右から左に流れ出ていく。
     普通とはなんだろう……? そんな疑問を考えるうち、電車は駅に停まったのだった。
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