芸術史ヨーロッパ3レポートギリシア・ローマの文学や思想として、以下の3つのカテゴリに分けて述べたい。
1) 神話的題材や、人間の情念への関心
2) 世界を理解しようとする自然科学の母体としての哲学と、人間がよりよく生きてゆくために人間を理解しようとする哲学
3) キリスト教
ギリシャ・ローマ時代の終焉をどこに置くかは諸説あるが、ここでは西暦476年の西ローマ皇帝の廃位を持って終焉とする。
ローマ時代の終焉より百年ほど前、西暦380年にはローマ帝国でキリスト教が国教化された。従って後世のヨーロッパに最も早くに伝えられた思想はキリスト教であり、そのテキストである新約聖書は5世紀以降ギリシャ語で記述された。中世以降のヨーロッパはギリシャ・ローマ文化の否定ではなく、上記の柱のうち3のみを偏重した継承で始まった。
1の多神教世界観、また2に潜む神の否定に繋がりかねない危険と3の相性が悪さからこの偏重の時代は長く続いたが、14世紀にダンテが「神曲」でキリスト教的な天国・地獄観と1の神話的素材を組み合わせたことを皮切りに、1への回帰が開始される。16世紀初頭までは古典を学ぶことも教義に反するとみなされていたが、元々聖書がギリシャ語で書かれ、知識人がギリシャ・ローマの古典を理解する素養を備えていたことが、のちのルネサンスにとって重要な布石となった。
人文主義者は1と共に2の思想も吸収していたが、2はより強く教会の教義に相反するので、運動はより世俗的な1に回帰することから開始された。ペトラルカは恋愛詩を体系化し、ボッカッチョは「デカメロン」で世俗の人々の生活と風刺を描いた。ルネサンスが開花すると、神話的題材はキリスト教の教義とぶつかることなく扱える題材として認知されるようになり、シェイクスピアらによりギリシャ・ローマ神話やオイディウスの「変身物語」などを題材にした戯曲が数多く生まれた。
一方で1は人間の情念や世界の不条理を描くものであり、それらが大衆に受け入れられるにつれ、現実を生きる人間がどう不条理と向き合っていくのか、という2の根本を否応にも想起させることになった。人文主義者らの神ではなく人間を中心に考える思想は、フランスのデカルト、パスカルらの哲学によって言語化され、近代思想の礎となった。また15世紀中盤に活版印刷技術が生まれたことにより、これらの思想を特権階級ではない市民が目にする方法が生まれた。この動きをうけて、小説が誕生する。そこにはジャーナリズムも含まれ、のちのフランス革命につながる運動へと発展していった。
印刷技術の発展は、音楽においては文学・演劇と異なり、先にキリスト教的色彩の強いポリフォニー音楽の発展を促した。このことには、宗教改革の立役者ルターが作曲家でもあったことも影響している。しかし、文学や演劇からルネサンスの思想を吸収し、やがて音楽もまたより世俗的な情念を描くオペラなどの題材を扱うよう発展した。