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    1月の夢箱で出すキバナ×固定夢主(ウルシ)小説をちまちま載っけていこうと思います
    頑張ろう執筆 やる気出せ校正

    その一 ──重厚な石造りの壁に、敷き詰められた燕脂と濃紺の絨毯。所々に置かれている調度品はどれも古めかしく、その建造物が、長い歴史と伝統を持っていることを物言わずに表している。その名称はナックルスタジアム。

     高い天井を、銀縁の眼鏡をかけた少女がじい、と。手を後ろに組んで眺めていた。それに気付いたナックルの番人──ドラゴンストームの二つ名を持つ青年、キバナは、おもむろに彼女の側に近寄り小声で囁いた。

    「──早めの見学ってやつか?未来のチャレンジャー」

     ジムチャレンジの最後のジムであるナックルには、試合がある日以外も、それなりの人出がある。その内訳は他地方から来た観光客であったり、キバナ自身のファンであったり、そして近い未来、ジムチャレンジに挑む子供たちが保護者に連れられて自分を試すであろう竜の巣を見定めにくるのである。

     彼女に付き添いの大人らしき人物は見当たらなかったし、正直彼女もいわゆる「ジムチャレンジの子供」よりは少々大人びて見えたが、キバナは彼女を遠くない日に迎え撃つであろうトレーナーとして認識して、そう話しかけたのだ。ファンサービスには慣れている。
     が、彼女はキバナにそう話しかけられた途端、ただ単純に憧れのジムリーダーに話しかけられた、と言うにはいささか嫌悪感の混じった顔を彼に向けた。キバナがどうかしたか、と話しかけようとするや否や、彼女は踵を返してすたすたと立ち去ってしまったのだった。



     その日キバナは、ジムリーダーとしてジムトレーナーたちにダブルバトルの指導を行なっていた。ナックルジムは、ガラルで唯一ジムチャレンジのミッションとしてダブルでのバトルを課すジムである。さらにキバナたちジムのトレーナーはみな、天候という、ポケモンのコンディションに直接的に関わる要素を操り戦う──ナックルがチャレジャーに最後のジムとして立ちはだかるのは、そういった難易度の高いバトルを要求しているからだ、と指摘する人もいる。
     ──天候。特定のタイプ以外のポケモンにダメージを与える「すなあらし」「あられ」だけでなく、「あめ」や「ひでり」も、ポケモンの動きや、わざの威力に大きな影響を与える。一体一のバトルでも、キバナが天候を変えるバトルスタイルを好むのはそれ故だ。対戦している相手が、いかに発生したイレギュラーに対応ができるか、それを見定めている。

     ジムトレーナーの二人のバトルが終わる。キバナは二人に所感を伝える。レナはわざのタイミングが前回より良くなっている、ヒトミは変化わざを導入し始めてからより強さが増している、等々。それから──と口を開きかけたところで、同じくジムトレーナーのリョウタが何か用件がある様子で入ってきた。

    「どうかしたか?」
    「はい。本来は昨日お伝えすべきだったのですが──」
     
     リョウタは簡潔に伝える。
     宝物庫に新しく学芸員が一名入る。キバナに挨拶に行きたいので、執務室に在室している時間を教えて欲しい。そういった趣旨のことをリョウタは伝えたあと、「ご都合が良い時間はいつ頃でしょうか」とキバナに尋ねた。

    「あー……多分だが、昼休憩のあとは来客もなかったし、問題ない」
    「……かしこまりました」

     リョウタが去る。それを目線で見送ったキバナは、まだコートに立っていたジムトレーナー二人に、もう一度!とバトルの開始を指示した。



     コートから出る。最終的にキバナも彼女たちとバトルをしたため、彼のギガイアス、サダイジャが撒き散らした砂で体がじゃりじゃりと音を立てそうだった。

    (……これはシャワー、だな)

     ちょうど時刻は昼休憩の時間だった。
     シャワーを浴びる。
     それからスタジアムの外に出て、近くのコーヒーショップで軽食を買う。「ドラゴンストームだ!」とキバナを指差す子供や、頬を赤く染めてこそこそと近くの友人に話しかける女性、そういった存在に行きも帰りも笑顔を振りまくことを忘れずに。

     執務室に戻って、買ったサンドイッチを食べ終わる頃には昼休憩が終わる。キバナは大きな体でうんと伸びをしてから、机の上に山積みされた書類を捌くのに取り掛かった。
     しばらく後、執務室のドアがノックされ、声が響く。
     
    「リョウタです──ご挨拶の件で」
    「入っていいぜ」

     ドアが開いて、人影が二人、キバナの執務室に入ってくる。
     リョウタの後ろには、小柄な女性が少し俯いて立っていた。

    「オレさまがキバナ、もう顔は知っていると思うが……よろしく頼む」

     キバナは立ち上がって彼女に握手を求める。
     そう促された女性は、リョウタの後ろ側から出て、キバナに向き合う。
     その時に眼鏡のフレームが照明の光を浴びて、一瞬光った。
     ……銀色の眼鏡?

     キバナは手を差し出しながら、どんどん「まずい」という気持ちでいっぱいになる。
     ──ガラルの子供に間違ってしまうくらいの背の低さ、銀色の眼鏡。しまった……この目の前にいる女性は──

     彼女は差し出された手を一瞥したのち、やや強い力でキバナの手を掴んで、握手に応えた。

    「先ほどぶりですね、キバナさま。ウルシと申します。私が、宝物庫で勤務させていただく、新しい学芸員です」



    ※※※




    「──が──に直撃しました!さあ──、どうするか!!」

     ──は、勇猛果敢だ。 
     でも、──はもう、かなり追い詰められてしまって、今にも負けそうだ。
     だから私は思った──諦めちゃえば、いいのに。
     でもきみは決して──



    「……マジ?」

     ウルシは起き抜けにそう呟いた。早速あの少年の夢を見るだなんて。

    「でも……ずいぶんと久しぶりだったな」

     そう独りごちる。
     幼かったウルシの精神に焼き付き、今もなお決して忘れられることのできないあの瞬間の記憶。それは時折夢という形をして成人した彼女の前に現れるのだった。
     ベッドから起き上がった彼女が未だにぼおっとしていると、彼女の手持ちのうちの一匹であるメスのニャイキングが、食事の催促にやってきた。彼女はベッドの上によじのぼると、ウルシの足元の方に座ってウルシをじっと見つめた。

    「……ごめんって」

     ウルシはニャイキングの方に手を伸ばして、その立派な顎の毛を撫でる。じゃあ朝ごはんにしよう、とウルシが彼女に話しかけると、ニャイキングはにい、と笑った。

     ──ウルシは学芸員になる前から、ナックルシティに住んでいる。住み始めたきっかけはナックルにあるユニバーシティへの進学で、最初は寮生活だった。所属していたゼミの教授に勧められ、学芸員の資格を取り、それが結局今の職にもなっている。
     彼女の出生地はカントーである──あまり人に話さないが。五歳の時に両親と共にガラルに移住し、それ以降はずっとガラルで生活してきた。ウルシは、最初ガラルに移り住んだ時、あまりにも違う言葉や文化に困惑したことを今でも覚えている。そして移住して十年も経つと、今度は、彼女自身はガラルに馴染んでいるのに、両親は未だカントーの影響が大きままで生活している、というギャップに苦しんだ。その上その頃には、彼女のアイデンティティはすでに「ガラルの人間」に近寄っていたのだが、人々は彼女をカントー出身だと認識してきた。それもまた。彼女にとってわずらわしい事柄だった。それゆえ、彼女は滅多にカントー出身であることを人に伝えないのだ。

     リビングに出ると、クレッフィが彼女を出迎えた。クレッフィはいつもよりも八分遅い彼女の起床に怒っているようだった。ウルシはごめんごめんと言いながら、コーヒーを淹れるためにケトルに水を入れ、スイッチを押した──

     ──ウルシはルームシューズから外履き用の革靴に履き替えて、家を出る。今日はいい天気だ、仕事も捗るだろう。



    ※※※



     キバナは思案ののち立ち上がる。資料が必要だった。いくつか、ドラゴンポケモンについての古い書物たちが。
     誰かを宝物庫に使いにやらせても良かったが、今はジムチャレンジの用意で忙しい時期だった。自分でできる物事は自分で片付けておきたい。彼は特に誰にも伝えずに、宝物庫の資料室に向かった。

     資料室は所蔵されている図書類の保護のために、人ではなく、紙に適した温度に調節されている。また、直射日光が紙を傷つけないように窓もないから、妙に薄暗い。建物というのは大体、人間に居心地のいいように作られるが、資料室は本の永遠性を担保するために作られているのだった。そういったこともあって、そこはあまり人間の長居を歓迎する雰囲気ではない。それに、古い建造物の集中するナックルではよくある話だったが、いわゆる霊的なものを察知させる雰囲気も、そこにはあった。

     要は、資料室は居心地が悪い場所なのだ。キバナにとってもそれは同じで、彼は目当ての書物を見つけると、そそくさと出口の方に向かった。
     ──その瞬間、資料室の電気が落ちた。

    (っ!?)

     キバナは慌てて周囲を見回すが、ぱっと見入り口付近に人影はない。キバナはスマートフォンに入っているロトムに命令して、ライトをつける。そのまま入り口のドアを照らしながら、ドアノブに手をかけた。

    「……熱っ!」

     奇妙なことに、ドアノブは人が触るとやけどをしてしまう程度には熱かった。すぐに手を離したから良かったものの、そのまま触り続けていたら手のひらが爛れただろう。キバナは自分のパーカーを一度脱いで、布地をドアノブの被せたのち、もう一度それをひねった。
     ドアは開かなかった。

     キバナはいよいよ異常を察知し、警戒体制に入る。
     その時、後ろの棚で物音が聞こえた。

     彼は咄嗟に振り返り、スマホロトムのライトで照らす──だが、そこには誰もいなかった。キバナは警戒したまま、宙に浮くスマホロトムの光と共に、いるのは誰なのか確かめるためにゆっくりと、両脇に棚の並ぶ資料室の細い通り道を歩いていく。しばらく進むと、かすかにポケモンの鳴き声のようなものがキバナの耳に聞こえてきた。

    (迷い込んだポケモンか?それとも……)

     ポケモンを連れている人がいるのか。前者なら保護が必要だし、もし後者であるなら、キバナには彼か彼女を守る義務がある──彼は、このナックルジムのジムリーダーなのだから。

    「……誰かいるのか?」

     キバナは深呼吸ののちに、そう問いかけた──すると、片方の本棚の影から怯えた声が返ってきた。

    「誰、ですか」
    「……っ!大丈夫か?」

     彼がそう言いながら声のした方にスマホロトムのライトを向けると、そこには本棚のそばにしゃがみこんだ女性が一人いた。まぶしそうにする彼女の傍らにはクレッフィが、彼女を守るように宙に浮かんでいる。
     キバナは自分の羽織っていたパーカーを彼女の肩にかけ、立てるか?と問う。それから彼女に手を差し伸べた──視界に入ってきた大きな掌に反応して、俯いていた彼女が顔を上げた時、キバナは思わずあっと声を上げそうになった。
     あの数ヶ月前、キバナがジムチャレンジャーを夢見る子供かと間違えてしまったあの女性──名前は確か……。

    「ウルシ、か?」
    「なんで私の名前……」
    「いや……オレさまさすがにアレは忘れられないし」

     そうキバナが答えると、ウルシは明らかに嫌そうな顔をした。その顔に、キバナはしばらくの間忘れていた罪悪感がぐちぐちと刺激される。だが今はその感情に浸っている時ではない。キバナは立ち上がる彼女に手を貸しながら、周囲を警戒することを怠らなかった。
     とりあえず、現状把握だった。だがウルシの話すこともキバナの把握できていることと大体同じ。資料室にいたら、急に電気が消えた。ウルシの方はスマートフォンを自分の机に置いてきてしまったため、持っていない。

    「てことは、ともかく……オレさまが連絡を取って救助を呼べば……」
    「……?どうかしましたか」
    「……圏外、だと」

     キバナが眉を顰めながらそう呟くと、ウルシはなんで、と困惑する。それは彼も同じだ──なぜ先程まで普通に使うことができていたスマホロトムが、急に圏外になってしまったのか、キバナには全く検討がつかない。
     救助を依頼できないのなら、とにかく自分達で脱出しなければならない。そのために、二人はそれぞれの所持品と、連れているポケモンを開示することにした。
     残念ながら、二人とも所持品には役立つものがなかった。その代わり、ウルシは彼女の手持ちであるクレッフィ(停電した時にトレーナーの恐怖を察知して、ボールの外に出ていた)がいた。一方キバナは──

    「あー、悪い。ちょっと諸事情でいつもの手持ちじゃなくってな……」
    「はあ、構いませんよ……」

     キバナはそう言ったあと、ユニフォームのポケットに入っていたモンスターボールを取り出し、その中のポケモンを繰り出した。
     ウルシは一体どんな険しいポケモンが出てくるのかを期待したが、出てきたのは。

    「……ジャラコ?」

     まだなんとも愛らしい、小さなドラゴンポケモンだった。
     ──いやなにも、ジャラコがポケモンとしてなにか非があるわけでは全く、ない。だが、その主人がキバナである、となると話が違う。キバナといえば彼の切り札はジュラルドンで、さらに彼が繰り出すのといえば周囲に畏怖をもたらすドラゴンポケモンや、厳つい見た目をした、いわやじめんタイプのポケモンだ。
    それが、ジャラコ。いずれ強大な力を持つポケモンとはいえ、現在はあくまでその片鱗があるだけだ。
     怪訝な目で彼を見るウルシに、キバナは説明する。
     来週、イベントがある──ドラゴンポケモンを手持ちにすることに憧れる、トレーナーの卵たちに、ドラゴンポケモンの扱いの難しさ、逆にその力を引き出せればどれ程強いか、それを説明するためのものだ。そのイベントで、わざの実例を見せるためや、トレーナーとのふれあいのために協力してもらう、何匹かの未進化のドラゴンポケモンを今、訓練しているのだと。このオスのジャラコはキバナが担当している一匹なのだ。
     
    「……おおかたのことは納得しました」

     と、ウルシは納得できていないような雰囲気で言った。彼女の刺々しい雰囲気を察したのか、キバナの足元のジャラコは、きゅう、と鳴き声を上げて縮こまった。さすがにその様子にウルシは気付いたのか、ごめんね?と言いながら、しゃがんでジャラコを撫でる。ジャラコはそれに安心したのか、今度は甘い鳴き声を上げながら、ウルシの手に擦り寄った。
     ──自分と、に関してはともかく、ウルシとジャラコのアイスブレイクは出来たようだ。キバナはそのことに安心して、腕を組みながらその様子眺めていた、が。
     ふいに、ピリついた雰囲気がした。

    「……ウルシ、ジャラコ」
    「……?なんですか」
     
     キバナは彼女たちの前に立ちはだかってから、彼女たちに警戒するよう促す。
     周囲を見回すが、気配らしきものはあっても、その気配のある時の姿は見えなかった。
     だが、今度は決定的な敵意の気配がした。

    「……っ!まずい!」

     暗い本棚の隙間から、強力なエネルギーが発生しているのをキバナは察知した。咄嗟にウルシの手を取って、狭い隙間を逃げる。ウルシは急に掴まれた手に驚いているようだったが、彼女も何かの気配を察知したようで、キバナの大きな歩幅になんとかついて行こうと走る。ジャラコとクレッフィがそれに続く。

     少し逃げたところで、キバナのスマホロトムがそれを照らした──暗い宙からゆっくり近づいてくる、禍々しい雰囲気の黒い球──

    「シャドーボールか……っ!」

     キバナは臨戦体制に入ろうとするが、すぐに思い出す。今共にいるジャラコは、まだ本格的なバトルに対応できるほど、練度が高くない……!

    「クレッフィ、『ひかりのかべ』!」

     キバナの後ろに隠れていたはずのウルシがクレッフィに命じる。すぐさまクレッフィは不可視の壁を展開し、それにぶつかったシャドーボールは跡形もなく霧散した。

    「おお、ナイス……!」
    「お褒めの言葉、ありがたいけど後!また来ます!」

     今度はさっきよりも早い速度でシャドーボールが闇の中から近付いてくる。ウルシはクレッフィにまた『ひかりのかべ』を展開するよう命令しようとするが、すぐにそれを展開するにはシャドーボールがあまりにも早い速度でやって来ていることに気付いてしまう。

    (どうすれば……っ!?)

     パニックになりそうな自分を抑えて、なんとか頭を回転させようとする。キバナの連れているジャラコはまだ未進化で、シャドーボールを撃ってくるポケモンと戦わせるには心もとない。自分のクレッフィは対トレーナーのポケモンとのバトルの経験は多いが、こういった野生でこちらに敵意を向けてくるポケモンとの戦闘に関しては、経験が貧弱だった。……八方塞がり。とうとうウルシの脳内にその言葉がよぎる。
     ふと、足元にいたジャラコと目が合った。ウルシは思わずごめんね、と呟きそうになるが、ジャラコはウルシに向かって頷いて、一目散にシャドーボールの方に駆けて行った。
     
    「ジャラコ……っ!?」
    「お、オマエ、行くなっ!」

     キバナとウルシ、二人はジャラコを止めようとする。だが彼は、その静止の言葉を一切聞かずに、シャドーボールに向かって止まらず走る。そしてジャラコはとうとうシャドーボールが激突し、倒れたと思われたが……。

     ジャラコの額についたハート型の鱗が、向かってきたシャドーボールを受け止めていた。キバナはそれに、ジャラコの二つあるうちの、片方の特性を思い出す──『ぼうだん』。シャドーボールに代表されるような、弾を打つわざを無効化することのできる特性。キバナはてっきり、このジャラコが彼の親と同じ特性、『ぼうおん』の方を受け継いでいると思っていたが、どうやら違ったようだった。
    ジャラコは足を踏ん張って、自分たちを襲おうとした禍々しい球を完全に失速させたのち、ひらりと体を翻すと、その尾でシャドーボールを打ち返した。

    「ドラゴンテール、か!」

     キバナがジャラコのわざに気付くや否や、シャドーボールの打ち返された先でポケモンの鳴き声が上がる。どうやら打ち返されたそれが直撃して、戦闘不能になったらしい。
     ウルシはそれを聞いてそちらに向かおうとするが、キバナはそれを一旦止めて、自分が確認に向かう。警戒しながら向かい、スマホロトムで照らした先には──

    「……なるほどな」
    「何が……いましたか?」
    「ウルシ、もう大丈夫だ、こっちに来ていいぜ」

     そう言われたウルシが恐る恐るキバナの方に向かうと、そこには戦闘不能になったランプラーが、床にごろんと転がっていた。

    「つまり、この子が」
    「ああ、だろうな」

     二人は言葉少なに、しかし的確に理解する。 
     このランプラーはどこかのタイミングで宝物庫の資料室に侵入し、そして虎視眈々と待っていたのだろう、ちょうどいい人間が入ってくるのを。ランプラー及びその進化前、進化後は人の命を吸い取る性質を持つ。

    「……ぞっとしないや」

     ウルシはぼそりと呟く。
     ランプラーの進化前──ヒトモシは若い命を吸い取れば吸い取るほど、自身の炎をよく燃やすことができようになるらしい。つまり、もしランプラーとして進化した後も人間の若い命を求めていたとしたら……。

    「オレさまたち、こいつの丁度いいエサにされかけてたってワケだな」

     二人とも特に口にすることはなかったが、キバナもウルシも若い人間だ。ランプラーは、若さ溢れる人間がちょうど二人も入って来て、大喜びだったのだろう。

    「危険も去ったな!オレさま救助を……って、まだ圏外か?」
    「……おかしいですね」

     もし自分たちを襲ったランプラーがキバナのスマホロトムに対し、ゴーストポケモンの力で何かしらの行使を行なっていた場合なら、そのランプラーが倒された時点でまた使えるようになるはずだ。
    なのに、まだ使うことができない。
    この資料室は、地下にあるせいで多少電波の通じは悪くなるが、完全な圏外になることはないと、ウルシは知っている。
     ……二人とも、まだ何かポケモンが潜んでいることを理解する。そのポケモンが圏外になるよう何かこの空間に細工をしているに、違いない。
     ウルシはクレッフィを呼び寄せて、キバナと共に臨戦体制に入る。ジャラコも、さっきの戦いで自信がついたのか、ふんすと鼻から息を吹いて周囲を警戒していた。

     ふとウルシは、資料室の棚から本が落ちそうになっているのに気付く。自分から近いところの棚だし、直そうかと手を伸ばし触れた瞬間──

    「きゃあっ!」
    「……っ!大丈夫か!?」

     ウルシの手に、鋭い痺れが走る。キバナが驚いてウルシの方を見ると、彼女の取り落とした本が、ばちばちと電流を帯びているのに気付く。

    「でんきタイプか、そのわざを持ったポケモンか……っ!」
     
     ウルシは未だ手が痺れるのか、しゃがみ込んで手を抑えていた。キバナが心配して駆け寄ろうとすると、彼女は大丈夫だから、罠を仕掛けてきたポケモンを探して欲しい、と言ってまた手をさすった。キバナはスマホロトムのライトで周囲を見回すが、中々それらしき姿は見当たらない。彼は一瞬、動けなくなっているウルシから目を離した。
     ──瞬間、キバナは何かの気配を感じた。
     急いでウルシの方を振り返ると、そこにはウルシに対して今にもわざを打とうとしているポケモン──ロトムの姿があった。

    「……っ!!」

     キバナはいそいで彼女に向かって叫ぼうとするが、彼女が自分の声に気付いて避けるには時間が足りないと察した。それなら──
    ウルシは全くロトムの気配に気付いていなかった。未だ痺れが残る手を、何度か閉じたり開いてみたり、つねったりして感覚を戻そうとしていた。
    ──急に大きな何かがウルシを突き飛ばした。

    「うわぁ!」

     叫びながら本棚に激突する。彼女が突き飛ばされた衝撃で、上から何冊かの資料がばさばさと落ちる。ようやく平静を取り戻した彼女がさっきまで自分のいた場所を見ると、そこにはキバナがその長身の体躯を縮こまらせながら、地面に腕をついて倒れ込んでいた。

    「き、キバナ、さま……!?」

     その瞬間にウルシは察する──キバナが自分を庇ったのだと。またもう一匹のポケモンが襲ってこないかの恐怖よりも、庇わせてしまった罪悪感の方が強く感じる。ウルシは周囲を見回して一体何がキバナを襲ったのか、見つけようとするが、当のポケモンはもうすでにどこかに隠れてしまったようだった。

    「……けほっ、う……ぐ、」
    「だ、大丈夫ですか!?」

     慌ててキバナに駆け寄る。
     近付いてみるおと、彼の体は軽く痙攣しているようだった──自分が引っ掛かってしまった罠に込められていた電気よりも、おそらく何倍も強い電流をキバナは浴びてしまったのだと彼女は悟る。

    「クソっ……ヘマ、しちまった……気を、ごほっ、付けろ」
    「しゃ、しゃべっちゃだめです」
    「っふーっ、ロトム、だ」
    「……ロトム?」

     ウルシはその瞬間に理解する。ロトム。ロトムだ──キバナにさっきでんきタイプのわざを当て、そしてずっと前からスマートフォンを圏外にさせて、自分たちに救助を呼ばせなかったその元凶は。
     ロトムと言えば、機械の中に入って人々の生活を助けてくれる、ポケモンの中でも特に人間と共存することを選んでいる存在だ。しかし、それはあくまで一側面。彼らもポケモンという生き物であり、常に人間に友好的かどうかは、その個体の経験や性質に結局依存する──彼らを襲ったランプラーやロトムは、どうやらそうではなかったらしい。

     ウルシはずっと前にキバナが自分の肩にかけてくれた、彼の大きなパーカーを今度は彼の体にかける。この程度のことで彼が現在感じている苦痛がマシになるとはあまり思えないが、それでも何か彼に返したかった。
     キバナは未だ、地面に腕をついて荒い呼吸を繰り返している──彼がしばらくは動けないことは、全くもって一般人のウルシでも分かる。
     ウルシは、震えながら鳴き声を上げるジャラコをそっと抱き寄せて、呟きかけた。「どうしよう」と。しかし、彼女は同時に理解する──この現状を「どうしよう」から変化させられるのは、もう自分しかいないのだと。
     一度、大きく呼吸する。
     自分を奮い立たせる、とある記憶を思い出す。目の前の青年と共に生還するビジョンを鮮明にする。

    「……空のモンスターボール、持ってませんか」

     彼女はそう、キバナに問いかけた。



     ロトムは本棚の間をふよふよと漂っていた。実のところ、彼はそれなりに窮地だった。ずっと組んでいたランプラーは、もう戦闘不能になってしまっているし、自分の正体もあの人間たちに割れてしまった。だが、自分があの大きい方の人間の持っている、スマートフォンという機械に力の行使ができる限り、自分はあの人間たちに優位を取れるのは確かだった。
     ロトムは野生で生まれたポケモンだった。生まれてから、電気や人の生気を吸いながらただあてどなくさまようばかりのポケモンだった。そこに、自分よりも強い力を持つヒトモシが現れたのだ。彼女はロトムにこう伝えてきた──自分は人の命を沢山吸いたい。だが、最近の人間は手に持った四角い機械で、すぐに助けを呼んでしまう。だからあなたに協力してもらいたい。あなたの力なら、あの機械をだめにすることができるでしょう……?──
     ロトムはヒトモシに従った。特に断る理由もなかったからだ。
     そうやって二匹は組んで人を襲い始めた。

     ロトムは、そのことをぼんやりと思い出した。そうやって始まったな、と。自分が人間たちの持つ機械を壊せることで、ヒトモシは以前よりも沢山の人間の生気を吸うことができた。いつしか、彼女は進化してランプラーになった。その時、ロトムは思った──綺麗な彼女が、より綺麗になった、と。

    「──さい!……出て来なさいっ、ロトム!」

     小さい方の人間が何か喚いている。
     はっきり言って、ロトムにもうこれ以上戦闘をする理由はない。自分がいる限りあの機械は使うことができないし、ドアノブという人間が出入りをするときに使う部分は、ランプラーがその熱で中の仕組みをぐちゃぐちゃにしているからだ。ロトムはこれからゆっくり、この部屋の中で弱っていく人間の命を、吸っていればいい。
     だが、ロトムはそれだけは足りないと思った。
     彼らと、彼らのポケモンはランプラーを傷つけた……それだけで、自分には反撃の理由がある。



     ウルシは、キバナから渡された空のモンターボールを手に持ちながら、叫んだ。

    「出て来なさい!……出て来なさいっ、ロトム!」

     彼女の足は震えている。当然だ、彼女は今まで、こんなに窮地に追い詰められた状態で野生のポケモンと戦ったことはないのだから。でも、今は自分を庇ってくれた青年と共に生き残るという理由があるのだ、震えて、膝をついて、諦めるというわけには決していかない。

     ……ロトムが、その姿を本棚の影から表した。
     ウルシはそれに気付くと、側にいたジャラコ、クレッフィと共に本棚の隙間を走った。それをロトムは追いかける。

    「ジャラコ、『こわいかお』!」

     ウルシがそう指示すると、ジャラコは駆けていた足を止めて、ロトムに向かって思いっきり威嚇する。そこには彼がいずれなる、成体のドラゴンポケモンの威容さえ漂っていた。
     ロトムはその姿に、一瞬体がすくむ。だが相手はさっきまでまともに戦うことができなかった幼体のドラゴンに、さして脅威とも思えない鍵まみれのポケモン。彼は体勢を立て直すと、先ほどキバナに打ったわざ──『ほうでん』を放った。
     
    「……っ!今度はクレッフィ、『でんじは』!」

     ウルシの指示を受け、クレッフィはそのわざを展開する。
     ロトムの放った電撃と、クレッフィの展開した電磁の檻が本棚と本棚の間で拮抗し、そして軽い爆発が起きてしまった。

    (まずった……っ!できるだけ資料に被害は出したくないのに!)

     ウルシが一瞬そう思ったところを、ロトムは好機と襲いかかってくる。ウルシが気付くやいなや、クレッフィはトレーナーの指示なしで『マジカルシャイン』を撃った。

    「ありがとう!クレッフィ……!」
     
     ロトムはクレッフィの放った強烈な光に体勢を崩す。
     ウルシはまた走り出す。「目標」の位置までもう少し。それまで、二匹のポケモンと共にロトムを引きつけ、逃げなければいけない。
     息が上がる。足が疲労で重くなる。
     だが、彼女の意志はひたすらに生き残ることだった。

     ……本棚の間から、ドアが見えた。
     今は使えないことが分かっていても、それは逃げている人間に希望を持たせるに十分な事実だった。ウルシは一瞬足がもつれかけるが、それに構わずとにかく前へ、ドアのほうに向かった。

     ロトムは人間が転びかけたおかげで、この人間もわざの射程範囲内に入ったと確信した。スピードを維持して本棚の間を浮遊し直進しながら、自分の体に電気を溜めていく。
     ──今だ。
     そう思った瞬間。
     ロトムの体は不可視の壁に激突した。

     ウルシは「目標」の位置に到達したと気付いた瞬間、体を地面に沈めて、思いっきりスライドした。
     上には、あらかじめクレッフィに展開してもらっていた『リフレクター』がある。

    「ロトっ!?」

     壁を隔たって、ロトムの間抜けな声が聞こえた。
     ──今だ!!
     ウルシは隣にいたジャラコに目で合図する。
     ジャラコが狭い『リフレクター』と床の間を駆けていくのを確認して、なんとか通るようにその隙間にボールを投げる。
     ジャラコはロトムの方に向かってボールを、尾で思いっきり弾き飛ばした。

     ……ロトムが吸い込まれたモンスターボールが、地面に落ちる。
     1、2、3度揺れて、カチリ、と音がした──。



     キバナは、スタジアムの医務室で目を覚ました。
     未だ体に軽い痺れが残っているが、わざが直撃した時の状態に比べれば体はだいぶ回復していた。彼はゆっくりと体を起き上げる。

    「……気分は、どうですか」

     ふいに、横から声がした。驚いて声のした方向を見ると、そこにはジャラコを膝に乗せたウルシが座っていた。ジャラコはキバナの目覚めに喜び、ウルシの膝からベッドに飛び移り、キバナの胸にその鱗を擦り付けた。

    「いい子だな、ジャラコ。お前たち全員無事でよかったぜ……クレッフィは?」
    「はい、おかげさまで……クレッフィなら今はボールです」

     ……ウルシは簡潔に説明した。
     自分がロトムをなんとか捕獲した後、キバナのところに向かうと、すでにキバナは気絶していた。スマホロトムに入っているロトムにロックを開けてもらい、救助を呼んだ、と。キバナは意識不明になりはしたものの、今日いっぱい何もなければ、明日から普通に仕事をしても問題ない、とスタジアムに勤務する医師が説明していたとも。
    キバナはウルシに感謝の意を伝えようとしたが、彼女はそれを伝えるには妙に落ち込んでいた。そのため自分たちが巻き込まれたことに関しては触れづらく、なんとなしに黙ったままでいると、ウルシが椅子から立ち上がり、キバナに対して深々と礼をした。

    「すみませんでした」
    「……何をそんなに謝る」
    「……私のせいです。私があんな……分かりやすいロトムの罠に引っ掛かったから、こんな目に……」
    「ありゃ、仕方ねえだろ。本に電流の罠が仕掛けてあるなんて、な」
    「でも……!」
    「……いいって。それよりも、」

     キバナがジャラコを抱き寄せながら、口を開く。

    「……よく、諦めなかったな、オマエ」

     その言葉に、ウルシがぴくりと肩を揺らした。彼女はキバナに返事をするというよりは、何か自分に言い聞かせるように、言った。

    「そう、ですね……私、諦めなかった、もんね」

     そう呟いたのち彼女はようやく顔を上げて、キバナに向かって笑った。
     ──その笑みにはなぜか過去を懐かしむような、そんな雰囲気があった。 
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