一九〇メートルの青春 青春の大きさは一九〇メートルである。
ひょんなことから身体の大きさが一九〇メートルに化けた悟と傑は最初こそほとほと困り果てたが、悟が持ち前の明るさで「せっかくだしこの身体でしかできないことしようぜ」と言うものだから、傑も考えることをやめて悟に賛同した。
この巨体ではなにをしても、控えめに言って災害だった。しかし不幸にも、悟と傑はふたり一緒なら箸が転がっても大笑いできるお年頃だったから、特撮映画よろしく街を破壊しながら遊んでいた。
「ちぇ。なーんだ。普通に東京タワーよりは小さいじゃん」
悟は赤い塔の先端を見上げながら残念そうに言う。
「そりゃあ、東京タワーは三三三メートルもあるからね」
「俺たちっていま何メートルあるの?」
「さぁ……二〇〇メートルくらいじゃないかな」
「それってどれくらい?」
悟が首を傾げると、びゅおん、と風が吹いて東京タワーが揺れる。
「前に任務で名古屋に行っただろう。あの時に駅の近くで見たビルくらいかな」
「へー」
「興味なさそうな声出すな」
「だってでけえ声出したら俺のこと叱るじゃん」
「だってさっきのくしゃみでいくつ家を吹っ飛ばしたと思ってるんだ」
ぎく、と悟の肩が揺れる。しかし負けじと
「傑だって俺を𠮟った時にビルぶっ倒しただろ」
と、びしっと指をさしてきた。ひとに向かって指をさすな。
「それは言わないでくれ」
「いーや言うね」
「やめろ!」
びぃん、と金属の張りつめた音がする。東京タワーの展望台の中でゴミのような人が右往左往しているのが見えた。悟がつい笑うとガラスの揺れる気配がした。
「つかさ、次どこ行く? この足でならどこにだってだいたい行ける」
「適当なこと言うな。でも、そうだな、前より気軽に行けることに違いはないな」
「あ、俺さぁ上野行きたい。公園の池で水遊びしようぜ」
「あの水って綺麗なのか?」
「さぁ? 鳥とかいるし綺麗なんじゃね」
「君の綺麗判定は随分雑だな」
「とりあえず見に行ってさ、気に入らなかったら帰ってくればいいじゃん」
「それもそうか」
ここから上野ってどっちだっけな、と傑があたりを見回すと
「傑」
と、制服の裾を悟に掴まれた。
「なに?」
「俺、一緒にでかくなったのが傑で良かったよ」
「そう?」
「うん」
「まぁ、私も同じ意見だ」
「良かったって言って」
「えぇ?」
「俺の顔見て言って」
まったく面倒だな、と思ったけど、こういう時の悟はなにを言っても聞かないのをわかっている。傑が悟に向き直って、なるだけ小さな声で言った。
「……君と一緒で良かった」
悟は得意げにふふんと鼻を鳴らす。
「だろ」
ふいと視線を逸らすと追うように悟が覗き込んできた。それを避けると更に追われて、また逃げて、追われて、あぁもうしつこいな!
「あ、」
ばぎ、と嫌な音がして、小さすぎる悲鳴がそこかしこから聞こえてきた。見るとどうも、ふたりの腕が東京タワーにぶつかって、真ん中でぽっきり折れたらしい。ふたりは顔を見合わせて、ぱちぱち、と二度瞬きをした。
んん、と傑が咳払いをするのに悟も追従した。その爆風で何人か吹っ飛んだらしいが、無視した。
「さ、ぐだぐだ言ってないで行くよ、上野」
「ん、おっけー」
ふたりはあーだこーだ言いながら歩き出す。ずしんがしゃんと轟音を立てながら、ふたりの東京行脚はまだまだ続く。