きずあとひとつ掌から指先で、唇から舌先で、こいつの身体で触れていない場所などもうどこにもない程触れ合って、溶け合って、気付いたことがひとつ。
何をしたってデスリセット。銀製の火傷どころか噛み跡もキスマークすら終ぞ残らない柔肌に、唯一。何度死を迎えようとも消えない傷跡がある。
絡めとるように赤く彩られた指先を捕らえて、常人なら数日で消え去りそうなささやかなその跡をなぞる。気になるかい、といたずらに目を細めるが、それだけだ。こいつからは何も言ってくれやしない。
俺もつけたい。望まれたい。そこにあるのは、もう二度と手放すことはないと、永遠を誓った最愛とのしるしだ。
その誓いを貫く為に、この驚くほど脆い身体が崩れるのを自ら耐えて、そうして初めて見せる血の色は、その味は、どんなに甘美な事だろう。
舌先に残るだろう鉄臭さとは裏腹に、全身をこいつに塗り替えられていく感覚を夢想して、大人しく手の中に収まる指先に唇を落とす。
「なぁ、俺も、お前に傷跡をつけたい」
お前の意志で、何度死のうが失われることのないよう、その身に刻みこまれたい。
じくじくと焼くような視線で見つめられようと、言葉の意味を正しく理解している吸血鬼はそれでも流されることなく、ジョンの弟にでもなりたいのかいと笑う。弟分に反応したジョンが満更でもなさそうにヌヒ、笑い声をあげた。こちらは随分と好感触だというのに。
「ばかだねぇ。そんなことをしなくても、君が君としてそのまま生きていくだけで、きっと私は消せない傷を負うよ」
主人ときたらこの様で、いつだか聞いた昔話から何も学んでないのではと昔話の主役を見遣れば脳内の文句が聞こえてきそうな顔で主人を見上げていた。
わかるぜジョン。こいつは本当になんにもわかってない。心に治らない傷を残すようなこと、今更俺が許すと思ってるんだろうか。平気な顔で笑おうとするのを、ジョンが許すと思ってるんだろうか。
このヒトの身で受け渡せるものなどとうに全て受け渡していて、それなのにもっともっと、まだ足りないと、渇望するこの心を満たすには、もうお前が覚悟を決めて選ぶしかない。揃いの指輪が砂になっても衣服と同じようにその身に戻るのに満足しなかったわけではないけれど、残るはずのない傷跡を、羨ましいと思ってしまった。
俺をこんなにわがままにしたのは、俺の人生をめちゃくちゃにしたのは、俺が幸せを見つけたのは、全部全部お前のせいだろうが。責任を取れ。
「これはお話し合いが必要だなぁ、ジョンさん」
今日こそ話をつけてやろうと先輩に目配せする。前回はアホなこと言ったら死んでも化けて文句言ってやるからなとキレたら死んでも会いに来てくれるのなんてズレた可愛いことを言うせいで有耶無耶になったので。そんな戯言で喜ぶくせにどうして俺が死んでも平気と思ってるのか。
俺の言葉と目配せを受けた、200年以上前ににこの分からず屋の心を射止めた実績を持つ頼り甲斐のある先輩は、任せておけと力強くヌヒンと鳴いた。