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    sakura_urayama

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    sakura_urayama

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    7/23尾鯉オンリーにて発行予定の新刊となります。
    A6文庫サイズ本文52P イベント価格400円
    ぬるいですが成人向けです。当日は年齢のわかる証明書をお持ちください。
    現パロ転生記憶ありで尾形は目に障害を持っています。

    KISEKI 覚えているのは暗闇から迫りくる眩いばかりのヘッドライト。それが反対車線から突っ込んできた居眠り運転の車だったということは病院のベッドの上で聞かされた。
     命に別状はなかったが身体中包帯だらけで退院するのに長い時間が必要だった。あの惨状で誰一人死ななかったのは幸いだと言われたが到底喜べる状況ではなかった。
     何故なら自分はそのせいで忘れていた過去の記憶を思い出してしまったのだから。
     小学校に上がる前のクソガキが知るには重たい重たい「前世」の記憶。好き勝手やった自分の罪はまだ償われてはいないのだろう。因縁のように顎には傷が残り両の目は物を写す事をやめてしまった。
     父も母もどうにかして俺に再び光を取り戻そうと躍起になってくれたがどんなに名医と謳われた医師も匙を投げ出した。
     当然だ。俺の目は傷による失明ではないのだから。どんな名医だって治すことなんかできやしない。
     できるとすれば自分がこの世から居なくなるか奇跡が起こるかのどっちかだ。
     そう思いながら一人薄闇の世界を歩いていたのだ。
     
     あいつに会うまでは……

     ……一体何がどうなってる。
     冷たいコンクリートの上に大の字になって俺は宙を睨み据えていた。
     とは言っても薄ぼんやりとしか物を見ることができない弱視にとってはどんなに目を凝らしたところで何があったのかは理解できない。ただ分かることは駅の階段を一歩登ったところで上から何かが降ってきたということだけだ。耳元で小さくうめくその声と咄嗟に抱き込んだ腰で男だと分かったがそいつが何故落ちてきたのかなんて分からない。恐らく自分の体がクッション代わりとなったからひどい怪我はないだろう。代わりに押しつぶされた右腕は激しい痛みを訴えているが幸い周りには人の気配が沢山ある。間も無く駅員が到着しこの事態を何とかしてくれるだろう。そう思って両手をだらりと地面に下ろした。
     今日は朝からついていない日だった。普段は自宅で仕事をしているが今日はどうしても直接会って話がしたいと言われ渋々電車に乗り込んだ。けれど時刻はちょうど通勤通学の時間帯。もみくちゃに揉まれボロボロになってようやく目的地に着いてみれば我儘を言ったクライアントは気が変わったと言って別の人間に仕事を任せてしまったという。申し訳なさそうに謝るエージェントに皮肉な笑みを浮かべて「仕方がねえよ」と言ってみるものの、やはりこんな時は舐められているんだということを自覚してはらわたが煮えくり返る思いだった。
     だがしかしそんなことで落ち込んでいる暇はない。家に帰って仕事の続きをやろうと駅に向かった所だった。急にざわめきが沸き起こり何だと顔を上げたところで全身に衝撃が起こったのだ。咄嗟に片手で手すりを掴みぶつかってきたモノを片手で受け止めながら何とか受け身をとって地面に転がった。首元にあたる柔らかな髪でそれが人であることを理解したがカッコよく怪我はないか? なんて聞いてやる余裕はない。重い、早く退いてくれとボヤけば落ちてきた人間はようやく動き出して『すみません!』と謝ってきた。
     だがしかし、大丈夫ですか? と尋ねた声が不自然に途切れ息を呑む音が聞こえてくる。『……尾形?』と恐る恐る聞いてくる声は自分の記憶にはないものだ。誰だと首を傾げたところでふと心の奥がざわつくのを感じる。
     ……いや、知っている。その少し高めの耳触りの良い声は聞き覚えがある。それは消えかけた過去の記憶の中に残された小さな光だった。
    「……こいと……少尉?」
     まさかと思って呟いた言葉は無情にもキエェェェという猿叫と共に顔を叩かれるという悲劇を呼び起こしたのだった。
     
     落ちてきた青年はやはり鯉登音之進と名乗った。近所の大学に通う学生で普段は自宅から学校まで車で通っているが今日はあいにく車の調子が悪く電車通学を余儀なくされたらしい。不慣れな満員電車でもみくちゃにされ吐き出されるように駅へと着いた鯉登は階段で足を踏み外し真っ逆さまに落ちてしまったのだ。ちょうどその落下地点に自分が立っていたらしい。幸いなことに半分ほど降りたところだったからそこまで酷い事故にはならなかったが、それでもインドア派の身にとっては衝撃的な事故だった。酷使した身体は全身打撲と右腕の脱臼骨折という診断を受け医師からは自宅療養を勧められた。
    「本当に申し訳ない」
     目の前でそう詫びた鯉登が深々と頭を下げているようだが「なあに、気にすんな」としか言いようがない。元々仕事は自宅が主だったしパソコンがあれば事足りるから片手が不自由でもなんとかなる。しかも次の仕事はキャンセルされたから抱えている案件はもう少しで終わる物だけだ。この機会に少し休むのも悪くないだろう。
     だが問題は目の前の鯉登だ。どうやら彼も自分と同じく前世の記憶とやらを持っているらしい。先程は駅員が来て話が中断してしまったが猿叫混じりで文句を言われたところを見ると彼の記憶は自分のものよりもはっきりしているのだろう。帯刀が禁止された現代で良かったとつくづく思う。きっと彼が刀を持っていたら今頃三枚下ろしにされていたはずだ。
     家まで送るという鯉登の言葉に頷いたのは気まぐれだった。このまま別れるにはお互い腹の中に抱えたものが多すぎる。同じ記憶を有したいわば同胞に生まれて初めて会ったのだ。もう少し深い話をしてみたいと思うのは当然のことだった。
     それに今自分は命綱というべき白杖を持っていない。落下してきた鯉登を受け止めた時にどこかでぶつけて折ってしまったからだ。弁償すると言われたが家に帰ればまだスペアがあるからと断った。ここから自宅までは電車に乗ってしまえばそう距離はないけれど元上司を自分の目の代わりにしてやるのも悪くない。そう思って手を伸ばし鯉登の腰を抱えたのだ。自分が怪我を負わせてしまったという思いがあったからか鯉登はその手を振り払うことはしなかった。ゆっくりとこちらの速度に合わせ事細かに周りの説明をしながらエスコート役に徹してくれる。その間自分は鯉登の細い腰の感触を思う存分堪能した。まだ大学生と言っていた。背はどうやら自分より少しだけ高いようだがまだまだ横幅は高校生並みだ。昔のような逞しさはない。そう比較して馬鹿な事をと自嘲した。当然だ。今は平和な世の中だ。不必要に体を鍛えることなどしなくても十分生きていけるのだから。
     優秀なナビはなんの問題もなく自宅のマンションまで送り届けてくれた。入り口のセンサーに手をかざせば音もなくガラスの扉が開いて横から感嘆の声が上がる。子供みたいなはしゃぎ様に口の端を上げながらそのまま同じように自室の扉を開けた。このマンションのセキュリティが気に入り入居を決めたのは大学を卒業してからだった。過保護な両親には何の非もないがあまり構われるのは好きじゃないからこの一人暮らしは快適そのものだ。
     部屋の中央に居座る大きなパソコンが目に入ったのか、鯉登は付けても良いか? と尋ねてきた。機械に興味があるのだろう。良いぞと言って電源の場所を教えればスリープになっていたのか今朝まで使っていた画面が出てきたようだ。大画面いっぱいに表示されたのはイタリア語だ。読めるのか? と聞いてきたから俺は翻訳家だと教えてやった。
    「とは言ってもテープ起こしから映画の字幕まで色々手がけるフリーランスだがな。他にもスペイン語や中国語、その他数カ国語はいける」
     そう言ったら凄いなと感心された。どうやら大学の第二外国語でイタリア語を選択しているらしい。まだ基礎も基礎だが慣れずに手こずっているらしい。自分も通った道だ。まあ頑張れと言って手近なソファに鯉登を座らせた。
     慣れた自宅の中ならば杖も介助も必要ない。キッチンに向かいコーヒーメーカーの電源を入れたのだがすぐに横から手が伸びて自分がすると鯉登が言い出した。言動からあいも変わらずおぼっちゃまをしているのだろうと思っていたのだがどうやらコーヒーを自分で淹れることくらいはできるみたいだ。ミルクと砂糖の好みを聞かれ事細かに説明すれば寸分違わぬ配合で目の前に給された。カップの持ち手もご丁寧に左向きにされていた。豪快に見えて案外気を遣えるところは昔と変わりはないのだろう。
     しばらくコーヒーを楽しみようやくお互いの記憶のすり合わせをする。鯉登は途中で戦線離脱した自分と違い最後まで戦い切ってこの日の本を平和に導いたらしい。あれだけの騒ぎをまとめ上げるとは優秀な将校様だ。けれど何故か歴史書を紐解いても歴代の師団長に鯉登の名はなかった。同じくその前に第七師団を率いていたはずの花沢幸次郎の名前もない。当然その他諸々の所属隊士にも見知った名前は残されていなかった。過去の歴史が変わっているのかと疑問に思ったがそれ以上調べるすべもない。ただ今が平和に過ごせているのならば今更言及することもないだろうとお互いそれ以上踏み込むのをやめたのだ。
     俺を殺したいですかと嫌味まじりに尋ねてみれば渋い声ながらもいいやと否定された。
    「憎んでいるのは山猫と呼ばれた尾形元上等兵だ。お前じゃない」
     あの時の尾形百之助と自分は別物だと言われ思わず吹き出した。なんだと憤る鯉登に向かって顎を突き出しサングラスをむしり取ってから見せつけるように顎の傷を指差した。そこには今もなおかつての尾形上等兵と同じ傷跡があるはずだ。これを見ても鯉登は別物だというのだろうか。
    「両顎には手術跡。目も光を感知するのがやっとの状態だ。それでもあんたはそう言い切るのか?」
     神様なんて一度も信じたことはない。けれどこれが過去の因縁でなければ何というのだろう。罪を悔い改める為に地獄をさまよっていたはずだが何かの手違いで早く生まれ変わってしまったのだろうか。だから神様は代わりに目を奪ったのだ。そうとしか思えない。
    「今からでも一太刀浴びてみせましょうか?」 
     まだ何か武道をやっているんだろうと言ったら分かるのか? とびっくりされてしまった。先程エスコートされた時に散々体を触りまくったからそれくらいは分かる。見る能力が弱まっているからその他の事で補うしかないのだ。この目と付き合ってもう二十年以上だ。常人よりも耳は良いし気配にも敏感になっている。
    「ついでに俺たちの後ろから後をついてきた気配が一つある。気配を消すのが上手いやつだ」
     心当たりは? と尋ねたらボディガードが一人ときたものだ。やはり現代でも鯉登はおぼっちゃまなのだろう。
     ならばこんな怪しい人間に関わるべきじゃない。そう言って玄関を指差した。
    「もう良いでしょう。あんたが俺のところに落ちてきたのは故意じゃなく偶然だ。怪我だってしばらくすれば治るだろう。治療費を請求するつもりもない」
     だからもう帰ってくださいと言うのに鯉登は暫し無言で何かを考えているようだった。やがて何かを決心したのか、こちらに近づき目の前に立ちはだかって「尾形」と改まった声を出したのだ。けれど続く言葉は突拍子もなくてこちらを驚かせる。
    「冷蔵庫の中身が空っぽだったが、普段は何を食べているんだ」
    「はぁ?」
     何故に冷蔵庫? そう思いつつ簡単にレトルトとか固形の栄養補助食品などを食べていると言ったら馬鹿者!と厳しい叱責を受けてしまったのだ。
    「貴様一人暮らしをするのならば料理の一つぐらい覚えんか。そんな生活を送っていたら早死にするぞ」
     だからこんなに顔色が悪いのだと乱暴に頬を撫でられびっくりして目を丸くする。
    「まともな家に住みしっかりした職業についているのは褒めてやる。だがそんな生活を送れるのも若いうちだけだ。今にあちこち不調が出て取り返しがつかないことになってしまうからな」
     そうなった時に頼れる者はいるのか? と諭されて答えることはできなかった。一応両親はいるが自分の性格上助けを求めることはしないだろう。仕事に関してはコーディネーターに協力を求めるが彼を私生活の中にまで入れるつもりはない。どうせこんな男一人野垂れ死んだって世間はなんとも思いやしないと突き放した気持ちでいるのが伝わったのだろうか。鯉登はやがて大きなため息と共に『決めた』と言って高らかに宣言したのだ。
    「怪我をさせた詫びにしばらく身の回りのサポートをしてやる。その間に少しでもまともな生活習慣を身につけろ」
     まずは食生活からだ!
     
     そう高らかに言い放った鯉登は呆然としたままの俺を残し去っていったのである。
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    1405Barca

    REHABILI現パロ尾鯉のギャグです。赦して。
    別に無趣味というわけではない。
    私大入学を機に都内に越してはや一年、灰の降らぬ生活にも慣れた今日この頃。ゼミに定期的に顔を出し、アルバイトも適度にこなし、サークルに入らない代わりにと近場の道場に度々足を運ぶ日常は同世代から見ても怠惰ではない。しかしながら大学生活二度目の春を迎えた鯉登音乃進にとって、それは惰性と断じる他ない日々だった。
    そもゼミ活動が本格化するのは3年次からであって、今は文献の読み方・引用のやり方など基礎的な学習であるし、アルバイトは音乃進と同じく進学と共に上京し、今では大手の営業職に就く兄から紹介された家庭教師をそれなりの頻度でこなすだけ。幼年から続けてきた示現流も、人目の多い都会の道場で猿叫することは叶わず。つまるところ、どれも時を忘れて熱中できるほどのものではないのだ。あと一年待てばゼミも本格化し憧れの鶴見教授と個人面談もあるのだが、彼のよかにせ教授は現在ロシアで調査発掘に勤しむ多忙な日々を送っていると聞く。院生でも声を掛けにくいと聞く熱中状態の鶴見教授に、ほやほやの一年目ゼミ生がアクションを起こせるはずもなく、画面びっちり敬愛と近況で埋め尽くしたメールを削除して、肌寒い春の夜風に撫でられながら音乃進は自室のパソコンの前で小さくキェェと鳴いた。
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