上司の噛みグセが酷いあぁ、最悪だ。
先日捕まえた宝盗団から、この遺跡に隠したとされる何らかの文書を回収する為に私と上司であるガイアは駆り出された。回収だけならサクッと終わるだろうと2人だけで乗り込んだはいいものの、1番奥の部屋で目当ての文書を手に取った瞬間に通ってきた扉は閉ざされ、蔦まみれの石壁は崩れ落ちて奥から遺跡守衛が何体も出てきた。不味いことに私達は近接型で、高い位置にある相手の弱点を突くことは難しい。ひたすらに剣を振るうことしかできなかった。1体、また1体とゆっくりだが確実に仕留めていく。これならなんとか全部破壊できそうだと息を整えながらガイアをちらりと見て状況を再確認したその時、事件は起きた。
ごぽり、ごぽり。
部屋の中央に設置してある丸い台座から、溢れんばかりの水が流れ出てきた。それに続くように壁に開けられた穴からも滝のように出てきている。足首程度だった水位はどんどん上がり、膝までくれば戦いに支障が出ると判断したガイアは辺りに氷の膜を張った。彼に倣って私も氷の上に上がる。彼はこんな芸当もできるのかと感心しながら足元を見た。強度をあげるためか範囲は狭く、水温がやや高いのか溶けるのが早い。定期的に張り直さなければ沈んでしまいそうだ。
圧倒的にガイアへの負担が大きいそれは長くは持たないし、天井まで水位が上がれば敵諸共私達は溺死してしまうだろう。目に見える限界を睨みつける。とにかく急いで倒さなければと、水を掻き分けてこちらに襲いかかる遺跡守衛へ攻撃を繰り出した。
「…厄介ですね」
「あぁ、そうだな」
「元素がそろそろ溜まるのでガイアさんは距離を取ってください。ここで…っ!?」
「なっ!おい!」
部屋の半分まで水位が上がった頃、残りの数と位置を確認しようと一歩踏み出した瞬間、足裏につるんとした硬いものが当たった。ぐらりと揺れる視界に慌てた顔のガイアが映る。どうやら私はバラバラになった敵の部品を誤って踏んでしまったようだ。踏ん張ろうとしたが滑りやすい氷の上ではそれは叶わず、変に体重がかかり足首がグキリと鳴る。
バシャン───
バランスを崩し、大きな水音を立てて氷上から落ちた私に向けてミサイルを発射しようと構える遺跡守衛。もうここでやるしかないと手に力を込める。覚悟は出来ていた。
「離れて下さい!」
自分の剣を奴らに投げつけ、それを避雷針代わりにありったけの雷を撃ち落とす。氷上にいる彼には当たらないことを願い、こちらに迫る雷の波によって私は意識を失った。
「おい、起きろ」
頬を叩かれる感覚で私は目を覚ました。覚醒と共に込み上げてくる水を吐き出せば、自分たちが置かれていた状況を思い出す。
顔の横にもふもふとしたものが見えるので恐らくガイアのマントが枕になっているのだろう、起き上がろうと体に力を込めればビリッと身体中に強い痺れが走った。
「大丈夫か?あぁ、無理に体は動かさなくていいぜ」
「すみません、まだ身体に雷の元素が残っているようで」
申し訳なさそうに呟けば気にする事はないと上体を起こされ、壁に寄りかからせれくれた。彼越しに辺りを見渡せば満杯だった水は引き、大量の敵の残骸があちこちに散らばっていた。
「お前が雷を落とした後、敵は全滅して一気に水が引いてな。助かった…ただ、な」
「何でしょう?」
「あの戦い方はもうしないでくれ、流石の俺も肝が冷えたぜ」
「でも、あの状況ではああするしか無かったでしょう。」
「自己犠牲も大概にしろ、1人じゃないんだ。もっと俺を信用してくれてもいいだろう?」
「明らかに貴方の負担の方が大きかったでしょう。それに私だって騎士です、ましてやあなたは上司。如何なる状況でも自分が守り手でなければ。」
「いくら神の目があるとしても、性別による体格や腕力の差には抗えないだろ」
「は?同じ男でしょう、特に差はありません」
「…お前まさか気付かれてないとでも思っているのか?」
自分の身体を見てみろと言わんばかりに刺された指、下を見れば上着は纏っておらず、寛げられたインナーからは胸元ががっつり見えていた。
「なっ…!!」
身体を隠すように身を捩りたかったが、痺れが残っている為に上手く動けず、倒れそうになった私を受け止めるガイア。どうしよう、私が女であるとバレてしまった。
「前から男にしては体の線が細いとは思っていたんだが…」
「すみません、私が男装していることは内密にして下さい。」
「他に知っている奴はいるのか?」
「リサさんくらいです」
なるほど、と顎に手を当ててこちらを見つめる彼は私の体を上から下までゆっくりと眺め、それから分かったと呟いた。
「この事は黙っておくが、そうだな。見なかったことにはできない、1つ条件を出してもいいか?」
「条件…?私に出来ることであれば」
雑用や書類作成の肩代わり、お酒の調達、はたまた危険な任務。言い渡される条件を想像しながら彼の言葉を待った。
「これはあんまり他人に頼むようなことじゃないんだがな…暫く人肌を借りたいんだ」
「いや、え…は?」
「まあまあそう身構えるな、ただ抱き締めさせてくれればそれでいいんだ」
意味がわからない、いや何時だってこの人の考えていることは分からないのだが。人肌?人肌って言った?この人。人肌なんてそこら中にいるだろうに…モテモテなあまりに1人に絞れないとか…、いや有り得るな。
「正気ですか?」
「至って正気だ、条件を飲んでくれたら何があってもバラさないしサポートもしてやろう」
「……はぁ、分かりました。男装すると決めてから覚悟は出来ています。ただ、身体は他の女性より圧倒的に硬いので抱き心地は保証できませんよ」
本当にいいんですね?とジト目で見ればガイアは安心したように笑う。そんなに人肌が恋しかったのだろうか、氷元素の人だからなのか…?と根拠もない憶測をすれば支えられていた腕をぐっと引かれ、彼の胸元に寄りかかった。
「大丈夫、お前はただ俺に身体を委ねてくれればそれでいい」
ぽんぽん、とあやす様に背中を叩かれて漸く恥ずかしさが込み上げてきた。顔が熱い。もう帰りたい。
「上、脱がしていいか」
爆弾発言にギョッとしてガイアを見た。が、想像以上に真剣な表情で提案をするものだから、ふざけているのかと言えず口を噤んでしまった。そんな私を見て、沈黙は肯定とみなしたのか悪いな、とインナーを脱がしていく。素肌が指を掠める度にピクっと反応してしまい、それを気付かれたくなくて奥歯をかみ締めた。
私が大人しくしている…というか動けないのをいい事に好き勝手しているガイア。痺れよ取れてくれ、と思いつつも体が自由になったとして私は条件を前に抵抗はできないため結果は変わらないのだ。寧ろ今動けない理由があることに感謝すべきなのかもしれない。
下着諸共全て剥ぎ取られてしまい、寒さで立ち上がる乳首がこれ以上なく恥ずかしい。見られたくないという気持ちで少し猫背になった。早く人肌でもなんでも存分に感じればいいじゃないか!と睨みつければ彼は自分の服も脱ぎ出していた。
「っえ?!」
「ん?あぁ、俺も脱がないといけないだろ?」
いや、そんなことないと思いますが。心の中でツッコミを入れつつ、装飾の多い服が床に落ちていく様を目で追えば、彼も脱ぎ終わったのかよし、と声が降ってきた。胡座をかいたガイアの上に跨るように座らされれば、鍛え抜かれた肉体が目に入って羨ましく感じてしまう。あぁ、私が男だったら良かったのにな。と場違いな感想は今は置いておこう。
「5分か10分でいい、悪いが我慢してくれ」
そう言ってガイアは私を強く抱きしめる。ぐにゅりと潰れる胸が苦しい。顔を私の肩口にぐりぐりと押し付けている様は普段の雰囲気とは違い、可愛いところもあるんだなと今の状況を忘れて微笑ましく思った。よく弟にもこうやって抱きしめられていたなと遠い記憶がうっすら蘇る。彼の少し冷たい体温がじんわりと私の体を伝って溶けていった。
ゆっくりと脈を打つ鼓動を肌で感じながら目を閉じ、深く息を吸っていたら突然首元に衝撃が走った。噛まれた…?!思ってもみなかった痛みにびっくりして痛いと声をあげれば彼はそれを無視してあちこち噛み始める。
噛むのはオプション外じゃないんですか?!必死に抗議しながら身体を動かそうとするがビクともしない。力が!強すぎる!
暴れる私を無視して鎖骨、肩、項、と好き放題噛み続けるガイア。甘噛みでは済まない力で噛みつかれ、目じりに涙が溜まる。歯を立てられた箇所がジンジンとヒリつき、じくりと熱を持ち始めた。
両腕を拘束するように抱きしめられたまま、私は耐えた。もしかして胸も噛まれるのか…?とぶるりと震えれば思考を読まれたのか、ガイアは胸元に顔を埋めた。あぁ、大層痛いのだろうなと目を瞑ればいつまで経ってもそれは来ない。恐る恐る目を開ければ動かないガイア。大人しくなったことに安心してしばらく見ていると谷間で大きく息を吸ったと思えば、ぼそぼそと何かを言っているようだ。どうしたんだろうと顔を寄せるとタイミングを測ったかのようにガバッと勢いよくガイアは顔を上げた。鼻がくっつきそうなほど急接近した顔に思わず仰け反る。
「うわ!びっくりした」
「すまんすまん、もういいぞ。助かった」
「はぁ…終わりですか?なら早く解放してください。身体中ヒリヒリして痛いです」
「悪かったって。お詫びに明日酒を奢るから、そう拗ねないでくれ」
開放された私は噛み跡を見ながらここにも、ここにもあると確認していたら頭をクシャりと撫でられる。恥ずかしい上に痛い思いもしたのだからきちんと約束は守ってもらいたいものだ。
しかし、翌日私は風邪をひいて寝込んだ。この恨みは覚えておこう。