シンクレアの部屋は彼の礼儀正しさを反映するかのようにすっきりと片付いていた。私が適当な椅子を持ってきてベッドの傍に腰を下ろすと、ベッドに横たわっているシンクレアが恐縮するように体を縮める。
「あの……すみません、付き合わせて。ご迷惑じゃないですか……?」
〈いや、構わないよ〉
足が痛くて眠れないのだと、シンクレアがそう訴えて私を訪ねてきたのは夜更けのことだった。外傷はなさそうに見えたが、内側が傷ついているのかもしれない。そう思って時計を回してみたものの、シンクレアの痛みが治まることはなく、私の能力が欠落してしまったのかと焦りながらファウストに診てもらえば、少し遅い成長痛との診断だった。
イサンの船酔いに関してもそうだったが、本人の体質から生じる苦痛に関しては、私の時計は意味を成さない。回せばその瞬間だけは楽になるものの、結局は原因を取り除くことができないのでまた新たに苦痛が生まれてしまう。私にはどうしようもないし、責任があるわけでもないのだが、彼らの苦痛を治癒ことができないというのはどうも申し訳なく感じてしまう。
だから、良ければ傍で擦っていてあげようか、と申し出たのだ。痛みは悪性のものではないと言われたが、事実としてシンクレアは痛みを感じていて、苦痛の中で過ごす夜はきっと心細いはずだ。
〈気にしなくていい。どうせ私はほとんど眠らないし、夜は大抵暇を持て余しているんだ〉
シンクレアは賢い子だから、私の言葉が方便であることに気づいているだろう。夜は静かで、書類仕事を進めるのには最適な時間だ。けれどそれは今夜でなくてもいい。シンクレアは今夜苦しんでいるのだ。
〈それとも、私がいると眠りにくいかな〉
「い、いえっ! ……そんなことは、ないです」
シンクレアが恥じらうようにシーツを口元に引き寄せ、ごく小さな声で囁いた。
「……ダンテさんがいてくださると、その、……すごく安心します」
〈それは良かった〉
まだ緊張を残しているシンクレアの肩を軽く叩き、楽にするように促す。シンクレアがふっと力を抜いて脚を伸ばした。痛みを訴えていた膝からふくらはぎにかけてをゆっくりと擦ってやる。
〈どう? シンクレア。少しはましになったかな〉
「……はい、少し……和らいだ、気がします」
シンクレアの眉間にずっと寄っていたシワがほどけ、幾分安らいだ表情になったから、私に気を遣って出た言葉という訳ではないだろう。ゆっくりと呼吸が深くなっていくシンクレアに、いつでも眠って構わないからね、と声をかけると、眠気でぼやけた声で「はい」と返ってきた。
シンクレアの眠りを妨げないように黙り込むと、沈黙の中にシンクレアの吐息と、私の針の音だけが響く。不意にシンクレアが首を傾け、今にも眠りそうなとろりとした瞳を私に向けた。ゆったりと瞳を瞼で覆い、はく、と呼吸のためでなく唇が開く。
「……、……はやく、……おおきく、なりたい、です……」
深夜でなければ聞き逃してしまっただろう声量でシンクレアが呟く。私に向けた言葉ではなく、ただ独り言だろうと感じたので、ただ黙って彼を撫でていると、そのうちに深い寝息が聞こえてきた。
夢の中には届くかもしれない程度の小さな声で、〈そんなに焦らなくてもいいよ〉と彼に囁く。彼は今も、充分に頼もしいので。