その先の光私は成すべきことを全てを終わらせたようだ。
休む間もなく体が先に動いて、導かれるようにラノシアから船に乗った。抜け出した里に帰るのは危ないだろうからその近辺だけど…何となく故郷の景色を見たくなった。
あれから何年、何十年経っただろう。
「…ミサト」
彼の名前はずっと頭の片隅にある。ゴルモアへ発った彼のその後を私は知らない。事実として知っている事はこの旅で得た世界の情勢と歴史、そして当時…あの時の戦いでダルマスカが帝国の属州になったこと。
私達が暮らしていた里は位置が遠かったから大きな被害はなかったけど、そこで何が起き、どんな惨状が広がっていたのかをこの目で見た訳ではない。
私が今ここに立っている理由は一つ。彼の、自由…世界の豊かさを求めるあの眼差しだった。私に向けられたものではない。血にも塗れていた。でもあの目には私の心に訴えかける何かがあった。あの時ははっきりとわからなかったけど…。共に過ごした子供に、私は授けてしまったのだと思う。
私に、里を出る彼を咎める気持ちなんて何一つなかったのだから。
ミサト、ごめんね。君は人をそんな風に殺める必要は、本当はなかったんだよ。
同じ血族であれきっと手を差し伸べ、守るべきだったのは私だ。そんなことさえわからなかった。
私に君のことを想う資格なんて本当は…。
その後里を抜け出した時、私はどっちへ行くべきだったのだろう。
「ミサトは、否定しないだろうね」
俯いて船の中、不意に口からそんな言葉が零れた。
「あの、今、」
「…え?」
先ほどまで隣で眠っていた男性に突然声を掛けられ私は驚いた。珍しいと思っていた、自分と同じヴィエラだ。しかも、ただでさえ山脈の付近へ向かっているというのに…。きっと故郷に帰るとか、何か目的があるのだろう。
朝方であれ私の声で起こしてしまったのかもしれないし、謝らなくては。船内は皆眠っているから静かだし、耳の良い、ましてはヴィエラであればよく聞こえる程度の大きさだったかもしれない。
「ごめんなさい。眠りを妨げたようで…」
「いや、違う。…突然すまない。貴女がヴィエラということと、その…馴染みのある名前が聞こえて」
小声だけどやや食い気味な様子と、話された内容に私は思案した。
「馴染みのある…?それは…」
「ヴィエラの男だ。緑の、目をしていた…薄い、金髪の」
「………」
よく見ると白髪の男性は剣を携えていた。まさかそんなことが、あり得るのか…?
「……ここじゃあなんだし、外で話しましょうか」
「ああ、」
私たちは外に出て船首近くの階段に腰を掛けた。
近くにオサードの大陸が見える。…時刻は五時頃といったところか。空がオレンジ色に薄白く、明るい。船がゆっくりと進んでいて、冷たくも心地良い風が凪いでいるようだった。
白髪の男性は身に纏っている物を見るに冒険者の騎士だろう。私と同じように金具や鎧に沢山の傷があり、戦いに晒された時間を身近に想像できる。
少しの間を置いて、彼は自身を落ち着かせるように一息ついた。先の表情から何となく察せられたが、ひしと真剣さが伝わってくる。
「…不躾に、こんな早朝に声をかけてすまない。時間を割いてくれてありがとう。ああ…名乗っていなかったな、俺の名前はトモヨだ」
「……っ」
私は衝撃を受けた。ここにきて、名前が似ているという点がどうにも偶然だとは思えない。
「トモヨ……さん。あなたが気にする必要はないの、私は早く目覚めていただけ。それに、私にとっても恐らくそれは…知りたいことなの」
「そうか。…えと、名前を伺っても」
「……トモエ、と呼んでくれれば」
「……………トモエ、さん」
向こうもきっと同じことを思っているだろう。お互い視線を逸らせず、言葉を選んでいる。何から言えばいいか私から答えは出ず、そのまま少し間が空いた。先に口を開いたのは彼の方だった。
「…剣は、達者だったか?」
「達者、でしたよ、すごく。見ていることしか、…私には出来なかった」
自分の手が震えているのが分かる。どんどん頭の中が真っ白になって、それでも片隅にあの光景が浮かんでいる。分からないまま私は言葉を紡ぐ。
「…必死に、訴えていたよ…。きっと、対峙した彼や…彼らにだけでなく、…全ての人に届けるくらい、それくらい強く…強く、力がこもっていたと…思う。ぶつかった剣の音にも…」
「…………」
「…強く、訴えていたし、それと同じくらい願っていたと…あの時私に、彼をそうさせた自覚はなかった…。けれど、彼は間違ってなんかない。それは今の私にとってとても、とても強い光だった。だからここまで歩みを止めずにいられた…。私にこんなことを言う資格、ないと思う、でも…」
私はもう一度トモヨさんの目を見て、それが確信に変わった気がした。
「彼は…、ミサトは自分の手で真っ直ぐに道を歩んでる。覚悟さえなく…そして独りにしてしまったと、私はずっと悔やんでいたけれど…どうやら、………ふふっ、独りじゃなかったように思うわ」
涙とともに自然と笑みが溢れた。トモヨさんの様子を見ていて、きっともう彼はこの世にいないのだろうと何となく察せられた。けれど私の中で、きっとトモヨさんの中でも……生きてるんだよ。
たとえ受け止め方が違ったとしても受け継いだ人は確かにいる。ここに。
ミサト…言わなくても、わかっちゃうよ…。
「…ああ。………そして、むしろ兄は…里を、…俺を独りにさせなかったと、………この剣が証明してる…、っ……、」
朝焼けが海面と私と、彼の涙を煌めかせる。
「……、っ……、」
「ふ、ふふ…っ」
私は鼻水まで垂れてるのに俯かず、視線を逸らさずに号泣してるトモヨさんを見て、可笑しくて笑った。すると感情でいっぱいになった彼は口調を崩しながらも口を開く。
「う゛……、……っ関係が、ぎになる、、っ」
「ふっ…気になるよね?子供の頃に遊んであげた、ただのお姉ちゃんだよ」
「………ほ゛んどがよ〜っ、、゛」
「うるさいなぁこいつ、ははは…っ」
私もいつの間にか口調が砕け、なんだか懐かしい気持ちになった。
「トモヨ、これから何しに行くの?」
「…、、兄さんの、墓にいぐ…」
「…そっか」
お墓、ちゃんとあるんだな。…もう、後ろを見なくてもいいんだな。
清々しい気持ちだ。トモヨと出会ったこの偶然に感謝しないと。
ありがとう。
ありがとう、これからも私歩いて行くよ。
もちろんミサトの分までね。
「私も一緒に会いにいっていいかな?」
「………いいなら、一緒に」
その剣を通して何が見えるだろうか。
君の想いはどんな風に、これから紡がれていくのだろうか。
「ありがとう」
★おわり★