陰陽師パロアルバスはいい男だ。
出自は間違いなくよく、弁も武も立つ。そしてなにより見目がよい。ゲラートは自分が面食いだという自覚がある。美しく聡明な瞳、服の上からでもわかる鍛え上げられた肢体。受け取った文は繋げると鴨川に橋をかけられるという。
彼が参内すると、女房達が色めきだつのがわかる。顔は見えぬはずなのに、どこからか白粉の匂いがたつのだ。
簾の間から少しでもかの人の姿を拝もうと、女たちはわずかな隙間を押し合っている。大胆なものは、色鮮やかな扇子を美しく長い髪とともに少し覗かせたりもしている。かの色男、在原業平公も存命の折は同じように宮中の女を騒がせたことだろう。
当の本人はそれをひけらかすこともなく、それどころか作り笑いの下で少し迷惑に思っている節もある。そこがまた女心をくすぐるのだと、女官たちが口々に話しているのを、ゲラートは知っている。秘すれば花。本人にはかわいそうだが、火に油なのだ。アルバスが宮中の花たちから目を背ければ背けるだけ、女房達の白粉は厚くなっていく。
だがグリンデルバルド家の式神たちからの、アルバスへの評判はすこぶる悪い。
無理もない。ゲラートは、元は妖魔の式神を好んで使う。対してアルバスは妖魔を滅すのが生業だ。生き甲斐といってもいい。滅する者と滅せられる者。狼と兎の関係で仲良くしろという方が難しい。
女形の式神達は、アルバスの気配を察知するやいなや姿をくらますし、男形の式神達は苦笑してそそくさと退座を願う。おかげでアルバスと飲むときは冷めた肴に手酌だ。代わりの酒はいつのまにか廊下にたっぷりと用意されている。
「この家は礼儀というものをしらないね」
「知っていれば、君のような無骨者を家にあげたりはしないな」
そううそぶくが、日ごろ望みもしない歓待を受けているアルバスが不作法どころか礼を放棄したような扱いを好んでいるのを、ゲラートは知っている。
居心地が良いから、居つく。居つくから、式神達はますますアルバスを敬遠する。敬遠するから、居心地が良い。ここでも火に油だ。
全く世の中はうまく回っている。
「またいらっしゃるのですか」
「ヴィンダはアルバスのことが嫌いかね」
「私があのお方を嫌いなのではなく、あの方が私たちのことをお嫌いなの」
つん、と顔を背けるヴィンダに、ゲラートは苦笑する。その通りですわ、と周りの式神たちもヴィンダの味方する。ゲラートは笑って酒を煽るしかない。
「それにあの方がいらっしゃると、ゲラート様をとられてしまうんですもの。おつれの方もなく、いつもふたりでのんでばかり。おなじ顔をならべてよく飽きないものだわ」
「君のような花があれば、場にもいろどりが増すと思うがね」
「まあうれしいことを。アルバスさまの口からおなじ言葉をきけましたら、ご一緒させていただきます」
それはつまり、今後席を共にするつもりはないということだ。アルバスからそんな言葉が出てくることは天と地がひっくり返ってもないだろう。
「同じ顔か」
「ゲラートさま?」
「よい遊びを思いついたよ、ヴィンダ」
「いらっしゃいまし」
珍しく、笑顔で式神に出迎えられた。ヴィンダと言ったか。
「今宵は主人よりちょっとしたお戯れを用意しております」
またなにかつまらぬことを思いついたらしい。
「やあアルバス」
楽しそうなこの家の主人に迎えられた。たくさんの。
「せっかくいらしていただいたのですから、私達式神も、ぜひ同席させて頂ければと。ですが、ただ同席するだけではつまらぬもの。そこで主人の顔をお借りしました。なにせアルバス殿は大層わが主人を気に入られていらっしゃるようなので」
「べつに構わないが」
「ささ、どうぞお席に」
「それで、君はどこに座るんだい」
「はい?」
「別に君の家に式神がいくらいても今更気にしないが、ゲラート、肝心の君の席がない。この家は客を主人不在でもてなすのかね」
「アルバス様、なにを…」
「ゲラート」
「いつから気づいていたのか、聞いても?」
「軒先」
最初からではないか。
「最初はまた何の遊びかと思ったが、ああも同じ顔が並ぶと、悪い冗談のようだ。君は自分と同じ顔を見ながら酒を飲む趣味があるのかね」
「冗談のような顔で、悪かったな」
「そうでもない。だが君の顔は君ひとつで十分だよ」
「ああ、もう。私の負けだ。もういい、さっさと飲もう」
「結局いつもと変わらないな」
変わらぬものか。アルバスに一泡吐かせると思いあんなに楽しそうだったヴィンダは、すっかり姿を消している。あとで着物の一枚でも作ってやって、機嫌をとる他ない。