ちょっとしたあこがれ。仕事がひと段落し、休憩しようといつも通り
コーヒーにシナモンを入れていたマゼンタ。
何の脈絡もなくこんなことを思ってしまった。
(そういえば、何十年も生きてきて
これまで一度も遊園地に行ったことがないような…。)
そして、思い切ってカーマインに予定を聞いた。
目的は一つ。カーマインを遊園地に誘うためだ。
「その、カーマイン……?」
「はい」
「次の週のどこか、丸一日空いている日はないか?」
「日曜ならおそらく空いているかと。」
「では日曜日、私と一緒に遊園地に行ってくれないか?
実を言うと、私は遊園地というものに行ったことがないんだ。
だから一度行ってみたいと思って……その…。」
言っている途中で
何だか恥ずかしくなってきて、頬を赤らめる。
「えっ!?私なんかでよろしければ喜んで!!」
マゼンタと2人で休日を過ごせる嬉しさからか、
カーマインの口元は緩んでいた。
こうして二人は、初めての遊園地デートへ行くことになった!
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来る日曜日。
二人ともいつもよりカジュアルな格好をして、 遊園地へと向かった。
もちろん、カーマインの運転する車でだ。
ちなみに行き先は、最近出来たばかりの大型の遊園地である。
「すごい人混みですね……。大丈夫ですか、総帥。」
「ああ。これくらいで引き返すわけがないだろう。
それと一つ聞いてほしいんだが……。」
「?」
「『総帥』呼びは勘弁してくれ。
街に出たらその呼び方は不自然だろ?」
マゼンタは声を潜めてそう言った。
「確かにそうですね…。
では今日は『マゼンタさん』でどうでしょう?」
「ああ、それでいい。さてと、最初は何をする?」
「まずはジェットコースターに乗りましょう!」
「おい待て、何なんだその子どもみたいな発想は!」
「でも、私だって楽しみにしていたんです!」
「う……まあいいか。乗ろう。」
二人はジェットコースターに乗った。
しかし、あまりの速さに途中で気分が悪くなり、
悲鳴を上げるほどの余裕もなく、
降りてからもぐったりしていた。
「すまない、こんなことになるなんて……」
「いえ、私の方こそすみません……。
ひとまず冷たい飲み物でも買ってきますね。」
「頼んだ…。うぅっ」
それから数分後、
カーマインは近くのベンチに座っているマゼンタの元へと戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「うん。」
冷たい缶コーヒーでリフレッシュした2人は、
また遊園地デートへと戻る。
しばらくすると、なんだか園内が騒がしくなってきた。
辺りを見回すと、パレードがやって来たのが目に留まる。
「おお、パレードか……。」
「一緒に見ませんか?」
「いや、私はいい。」
「どうしてですか?」
「私の背丈じゃ、どうせ見えないだろう。だから見ない。」
『見ない』と言っておきながら、
マゼンタの目線はチラチラとパレードの方に向いている。
「あ、あの……!」
「ん?」
「その、私でよければ、
マゼンタさんの踏み台にだってなりますし肩車もします!
それでも、ダメですか……?」
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「恥ずかしいからやめてくれ!」じたばたするマゼンタを、
カーマインは抱き上げた。
すると、人混みの隙間からこの遊園地のマスコットキャラが
こちらに手を振っているのが見えた。
「これで見えますか?」
「あ、ああ…。見える。ありがとう。」
「よかったです!」
マゼンタは、カーマインの微笑みを見て胸が高鳴った。
そして同時に思う。
(この気持ちは何なんだ?まさか自分の側近に恋愛感情を……
いや…そんな訳ない!!)
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「綺麗でしたね。」
「そうだな。とても有意義な時間を過ごすことが出来た。
ありがとう、カーマイン。」
「こちらこそ!では次はどこへ行きましょうか。」
「うむ……。でも明日はまた仕事がある。
そろそろ帰らなくては。最後に土産でも買っていかないか?」
せっかくなので土産を互いに選び合おうということになった。
遊園地の土産なんて何を買えばいいのやら…と迷いながら
最終的に選んだものは……。
「これはどうでしょうか。」
「おお、いいんじゃないか?」
「ではこれにしましょう。」
カーマインは、
先のパレードで見たキャラが描かれたマグカップだった。
一方、マゼンタは……
「そ、それってまさか…」
「やはり遊園地土産といったらカチューシャだろ。」
「私が着けるのですか?」
「ああ、似合うと思う。」
「うーん……。」
「嫌か?なら仕方ないか…。」
「いえ、そういう訳ではないのです。
ただ、何となく恥ずかしくて。」
「そうか?私は恥ずかしくなんかないぞ?
試しに着けてみろ。ほら。」
勢いまかせに、
お揃いのカチューシャを着けさせられるカーマイン。
恥ずかしそうにする彼の姿を見たマゼンタは、
ふっと笑みを浮かべた。
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「ふぅ……楽しかったです。」
「ああ。私もだ。1日付き合わせてしまってすまなかったな。」
「いえ、いいですよそんな!…では、帰りましょうか。」
「ああ。」
出口に向かう最中、
カーマインはマゼンタと手を繋ごうとしていた。
しかしマゼンタに気づかれそうになると
あと少しで手が届きそうなのに手を引っ込めてしまう。
すると、それを察してマゼンタの方から
カーマインの手を握ってきた。
「……っ!?な、なんですか!?」
「手、繋ぎたいんじゃないのか?」
「それはそうですけど、その、あの…。」
とまどう彼をよそに、マゼンタは強引に恋人つなぎをしてきた。
指先から伝わる体温に、カーマインはドキドキしてしまう。
そして、その鼓動は彼にも伝わっていたようで、
マゼンタは悪戯っぽく微笑んだ。
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駐車場に行くまでの道中も、
遊園地デートの雰囲気は続いていた。
「カーマイン。」
「はい?」
「少し屈んでくれないか?」
突然のことに戸惑いながら、
カーマインは跪くようにしゃがむ。
マゼンタと目線が合ったと思った次の瞬間、
カーマインはキスをされた。
「そ、そう…すい……っ」
「今日はその呼び方はしないでくれと言っただろう?」
「あ、ああ……マゼンタさん……」
「よく出来ました。」
頭を撫でられると、カーマインの胸がキュンと締め付けられた。
「さっきの続き、させてくれませんか?」
「ああ。来い。」
マゼンタに先のものより深いキスをする。
「んん……ちゅ…ぷはぁ……!」
「マゼンタ……さん……!」
「カーマイン……!」
2人は互いの名前を呼び合い、もう一回だけキスをした。
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遊園地からの帰り道。
車内でマゼンタが後ろからカーマインに話しかける。
「カーマイン、その……また今度、一緒に来ないか?」
しばらく沈黙が続く。
カーマインは、マゼンタとこれ以上距離を縮めてしまって
本当にいいのか、と急に不安になった。
それでも、大切な人の誘いは断りたくない。
「ええ、是非ご一緒させてください。
今度はどこに行きましょうか?」
カーマインがそう答えた頃には、
マゼンタは疲れて眠っていた。
「ふふ、本当に今日はお疲れ様でした。」
そして、静かにアクセルを踏み込む。
次に2人の休みが重なるのはいつだろう。
そんな期待を胸に、カーマインは帰路を急いだ。