初恋「青木」
「、…井田…」
ふわっ、と、まだ肌寒い風が、ピンクの花びらをのせる髪を揺らした。
「卒業、おめでとう」
「うん、…井田も、おめでとう」
ただのクラスメイトだった時よりも離れてしまったぎこちない距離を保ちながら、久しぶりに交わった2人の視線に、どくん、と大きく脈を打つ心臓。
"あの日"以来、だ。
青木と目があって、言葉を交わしたのは。
あんなに心地よかった沈黙も、わざわざ話すことのないようなくだらない会話も、今となってはただの過去になってしまった。
…それも、俺だけ、の。
「……あー、井田、京都、行くんだよな?」
「!あ、あぁ…」
青木の方から話題を振ってくれたのに驚きつつ内心喜んだのも束の間、
なんか、ごめんな、って気まずそうに目線を外して頬をかく青木の姿を見て、
明日からの生活に、青木はいないんだ、と、叩きつけられた現実。
「青木が謝ることじゃない…、大変だったのは青木なんだから」
結局記憶が戻らずに進路を断たれてしまった青木の方が辛かったと思うし、力になれなくて申し訳ないと頭を下げた。
「井田も謝らないでくれよ。仕方ないことだし…まぁ、うまくやっていくよ」
俺を安心させようと微笑んだその顔は、あの時別れを告げてきたあの笑顔と同じで、
ぐっ、と胸が苦しくなって、気づけばあの時と同じように抱き締めてしまっていた。
「わっ、ちょ、井田っ」
「ごめん、今だけ、今だけっ…」
「、……」
周りのお祝いムードのおかげで、男2人が抱き合っててもそれほど違和感はなく、
あまりにも情けなくでた俺の言葉に
強張った青木の肩も、諦めたように力を抜いてくれた。
深く息を吸うと、懐かしい香りが体の中にぶわっ、と、広がる。
目頭が熱くなって、鼻の奥がツン、てして、それで、それで、頭の中はもう、なにも考えられなくて、
ああ、青木だ。
何も変わらない、青木のにおい、かんしょく、おんど。
変わらない、好きだという気持ち。
「……いだ、…」
「あお、き…、」
その答えはわかっていた。
「………元気でな」
背中に回ることのなかった腕が、こたえていた。
「……、おう、青木も。」
「おう」
溢れそうな涙をぐっと堪えて、なんとか貼り付けた作り笑顔で平然を装って体を離せば、すっと冷たい風が胸を撫でていく。
再び気まずそうな笑顔を浮かべた後に、じゃ、と、短く別れを言い背を向けて親友のところへ駆け寄る背中を、ただただ見つめることしかできなくて。
覚悟を決めたはずだった。
今日、この日に、声をかけて。
おめでとう、とだけ、それだけを言おうと。
他に言いたいことなんて、なかった。
…今更。
よく晴れた青空を見上げると、無数の花びらが風にさらわれていく。
まるで、なくなってしまった2人の思い出を、どこか遠くへ連れて行くように。
望まない結末を、理解をしようとすればするほど、体の中心から想いが溢れ出て、
言葉にしないように必死に堪えると、そのまま喉に詰まって息が止まりそうになるほど苦しくて。
5年先も10年先も、もっともっと、その先まで、ずっと隣にいたかった。
ただ、一緒にいたかった。
くだらないことで笑って、時にはケンカして、愛し合って、ただそうやって、生きていたかっただけなんだ。
何度生まれ変わったって、きっと消えることはないと思えるほど。
恋をした。
こんな感情、知らなかった。
好きになることも失うことも、全部全部教えてくれた。
俺の全て。
「……あいしてる。」
俺の、消えた、初恋。