別グループでアイドルやってるイザナと武道がドッキリ企画の偽ホラー番組のリポートやって距離を縮める話アイドルグループ「黒龍」の11代目リーダーである花垣武道は人生で一、二を争うと言っても過言でないほど緊張していた。夏の終わり、有名な心霊番組での現地スポットからのリポートという大役にビビっているのもあるが、一番の原因は隣に凛と立つ、眉目秀麗の青年にあった。
男の名は黒川イザナ。黒龍とは事務所の異なるアイドルグループ「天竺」の不動のセンターである。艶やかな低音と僅かに掠れた伸びのいい声でロックからミディアムバラードまで定評があり、武道(ぶどう)に心得があるため体幹に優れていて、激しいダンスもそつなくこなす。神は人に二物を与えず。しかしこの男にはうっかり100物くらい積んでしまった。武道から見たイザナを言い表すとそういうレベルだった。
すでに辺りは日が落ちて暗く、照明も雰囲気を出すために控えめのはずなのに黒川イザナの周辺だけ輝いて見える。それくらい生き物としての格ってやつが違う気がして武道はブルっていた。推しが隣にいることへの歓喜と胃痛の武者震いである。
二人と撮影クルーは心霊スポットからちょっと離れた草むら近くでスタンバイしているのだが、周辺の蚊は神に愛されし男イザナをスルーしてみんな武道の周りを飛んでいるようで、実はもう10か所以上も刺されていた(実際は武道が超健康体かつ緊張で汗をかいているから寄ってきているという事情もあるのだが、武道は真のアイドルは蚊も寄せ付けないんだなと一人で納得していた)。
間も無くスタッフから合図があり、撮影が始まった。生放送ではなく収録なので、編集点をつけながらポイントを押さえつつリポートしていく感じだ。
「はい、それでは今日は『夏に行きたい心霊スポット決定版』ということで、実際に現地からリポートしていきたいと思います。黒龍(ブラックドラゴン)の花垣武道です。よろしくお願いします!」
武道はアイドルだがルックスや歌唱力、ダンスのうまさで抜きんでているわけではないので(自分で言うのも恥ずかしいが)、こういったバラエティや身体を張った企画に積極的に出演しており、アイドルとしてよりも一種の芸人枠としてお茶の間に定評があった。あまり芸能人に明るくないご婦人に「アイドルでもやっていけそうな芸人さんいるわよね」と言われるタイプである。しかも誰と合わせてもうまい具合の緩衝材になるということで、最近では歌って踊るよりもこういった撮影の仕事の方が圧倒的に多いような状況だった。
本人は黒龍の認知度が上がるならいいかなと思っているのと、キラキラカッコいいアイドル枠は九井と乾が受け持ってくれているので、自分には自分のできる仕事、人には人の乳酸菌ということで、あまりこだわりなくこなしていた。
「それで今日は俺だけじゃなく、実はもう一人、一緒にリポートしてもらう方がいます。すごい人ですよ…!こちらの方です!」
「……天竺の黒川イザナだ」
「……です!」
もはや武道は滝の汗をかいていた。これまでの経験をもってしても、この男のポテンシャルを引き出すことは難しいかもしれない。
さてこの企画『夏に行きたい心霊スポット決定版』は完全なる偽番組で、実はドッキリなのである。ところかわって現在、収録された二人の映像を見ながらスタジオでは天竺と黒龍がわいのわいのと盛り上がっていた。もちろん武道とイザナはこの場にはいない。
「ボス緊張してるなー」
「黒川は憧れだって言っていたからな」
「イザナやる気なさすぎじゃないか?」
「大将これでも頑張っている方よ」
黒龍は九井と乾、天竺はモッチーこと望月や灰谷兄弟、鶴蝶などがゲストとして登壇していた。
イザナと武道は事務所が違うこともあるが、イザナがこれまで一切バラエティに出たことがないため(他のメンバーは各々で出演したことはあるが)今回が初のバラエティとなる。プロデューサーが権力を使いに使って掴み取ったキャスティングらしく、一応ドッキリ番組の方のメインゲストも天竺という形になっている。
そこで相手に誰を持ってくるかという話になった際に、武道の名前が挙がったのだ。まずバラエティ慣れしていて人当たりもよいため大事故にはならないだろうということ。さらに番組の事前アンケートなどで武道が【尊敬するアイドル】によく【黒川イザナ】と書いていることも理由の一つだった。それならキャスティングに違和感はないし、例えドッキリを明かして雰囲気が悪くなったとしても、武道が尊敬している相手と現場リポできてよかったねという流れでうまくまとめられるだろう、という大人の事情もあった。
映像では「俺実はすげぇファンでして…もしよかったら『イザナくん』とお呼びしてもいいですか…!」(ファンの人たちの間ではイザナが苗字で呼ばれるのを好まないことから一般的にこう呼ばれている)「別にいい」「わァ…!(ちいかわ)」などのふわふわしたやり取りが流れている。武道は今日のギャラは全部コンビニで寄付しようと決めた。
しかしオンオフともに交流のない二人、武道はもはや推しと会える一般人状態だったしイザナは出たくないバラエティのしかもホラーというよく分からないジャンルに事務所命令で出演させられているので全く乗り気ではなかった。プロなのでその不機嫌さは表には出していないが、武道のこともあまり知らないので(グループと名前は認知しているが付き合いがないから個人としてはあまり関心がない)打合せやバスの中ではかなり気まずい空気が流れていた。武道もムードメーカーというより無茶振りを受け止めてなんとかすることに定評があるキャラだったので、正直自分が現場の流れをどうにかしないといけないという高い自主性の求められる仕事に最初の方は緊張でタジタジだった。
「では、これから例のスポットに入っていこうと思います(小声)。俺ビビりで余裕がないのでイザナくん、ちゃんと離れずに付いてきてくださいね…」
「ああ」
「本当ですか…いま後ろにいますか…??」
「いる」
しかし進めていくにつれ、態度はそっけないし一言二言しか返答はないが、イザナは意外にもコールアンドレスポンスがしっかりしていると分かった。これは武道にとってとてもありがたかった。人間、無視されるのが一番きついし見ている人も不安になるだろう。この調子なら武道が話していれば一応二人でのリポートの形式だけは達成できるかもしれない。
そして辿り着いた、曰く言い難いスポット。かつて孤児院だったらしい廃墟なのだが、昭和のコンクリート造りの建築で堅牢だった壁は剥がれて構造が露出し、蔦が絡まってやけにそれらしい雰囲気を醸し出していた。草木で雨水の排水が滞っているのか全体的にジトジトしていて「埃だか石だかの匂い?が結構しますね…」と武道は唾を飲み込んだ。
【ここにはかつてこの孤児院を経営していた院長の霊がいまも彷徨っているという…】(cv.立〇〇彦)
「じゃ、じゃあ入りますううううわああ」
「うわ、何」
イザナは完全に武道の声に驚いていた。「ホラーとかそういうものは別に大丈夫だけど実はびっくり系が苦手」とスタジオで蘭の解説が入る。
現場のカメラが武道の視線の先を辿ると、玄関扉の横にある小さなはめ殺しのガラス窓が映った。ズームしていくとガラスには白く楕円形の跡のようなものが残っている。
「人間の油の跡だな」
「めっっちゃ冷静」
しかもその跡は建物の内側から付いていた。ちょうどそれは、誰かが来訪者の様子を中から額をくっつけて覗いていたような場所だった…
VTRが一旦止まり、スタジオが騒然となる。
「これ普通にさ、怖くない?ドッキリだよね??」
「そのへんのホラー番組よりもホラーしてる」
「イザナも冷静だな。さすがだ」
MC「えーこの企画、実はとあるホラー映画監督が腕によりをかけて演出をして下さっているようですね!これからまだ色々あるみたいなんで、続きをどうぞ」
二人が中を進んでいくほどに奇妙な現象は重なっていく。カメラや照明の不具合で度々VTRが止まったりは序の口、機材調整中に誰も話しかけていないのにADが「あ、はい!」と返事をしてしまったり、映像の隅で度々影が翻ったり、通路突き当たりの扉が音もなく開いたり、極めつけは食堂に放置されていたコップに水が溜まっていて、中に成人男性のものらしき奥歯が沈んでいたりと戦慄の現象が次々と起こった。
なにか起こるたびに武道は「ッアーーーーーーなんすか!!??」とか「勘弁してほんと謝るんでほんとぉ」とか「入歯ってことにしましょうそれか見なかったということで」などと打てば響くようなリアクションでスタジオを沸かせていた。終いには「いやもうざけんなよこっちには天下のイザナくんがいるんだぞ分を弁えろや」などと普段はあまり出さない元ヤンが垣間見えて(ファンには周知の事実でソロ曲にもそういうテーマのものがある)あまりテンションの高くならない九井と乾が盛り上がっていた。そしてその日のSNSでは「天下のイザナくん」がトレンド入りしたのだった。
さらに虎の威ならぬイザナの威を借りて啖呵を切る武道に、後ろの方で不自然にそっぽを向いたイザナがクツクツ笑っているのをカメラは見事に抜いていた。
「おお、大将楽しそう」
「わかる、天下のイザナ様だもんな」
「花垣、意外とバイタリティあるな」
「すごいな、幽霊相手に喧嘩を売れるのか」
「鶴蝶わくわくしないで。絶対やらないでね本当」
映像内で次々起こるホラー映画監督による脅かし演出により、明らかに武道とイザナの距離感が縮まっていた。もはや演出よりも二人がどれだけ仲良くなるのかにスタジオは注目している流れだった。
気が付けば、前後に離れて歩いていた二人はぴったり寄り添うような形で歩いていた。それぞれに懐中電灯を持ち、うまく左右に分担して周囲を見回している。いつの間にか連携も取れていて本格的に廃墟探索の様相を呈していた。
「こっちは何もなさそうですね、倉庫みたいです」
「こっちも何もねぇな」
「じゃああとは上の階ですかね」
武道は元来がビビりなため、滝汗を流しながら普通にめちゃくちゃ怖がっていたし、イザナは実はこの時点でドッキリだということをなんとなく察知していたのだが(蘭とモッチーはそうだろうなと思って見ている)、指摘されたように急な物音などのびっくり系が苦手なタイプで、しかもホラー映画に明るくなかったために次に何が起こるのがセオリーなのか予測がつかず、結果的に警戒を強めていた。
武道の反応は見ていて面白いと思っていたが、一番イザナが驚かされているのも武道のリアクションだったので本末転倒なのかもしれない。
【我々はこの後、2階の演出を経てドッキリ大成功の札を二人に見せるはずだった…】(cv.立〇〇彦)
不穏なナレーションの後、二人は2階に上ろうと階段に差し掛かった。その時、突然上階からカン、ガラン、コン、ガラガラガラと大きな音を響かせて緑灰色の薬瓶が転がり落ちてきた。武道は心臓が飛び出て声にならない悲鳴をあげ、イザナは大きな音にびくっとなり、なんとつい武道の二の腕を掴んでしまった。
「えっ…」
「……あ、ワリ…」
つい近場のものを掴んでしまっただけなのでハッとしてすぐに放そうとするが、武道は別の緊張で一気に頭のネジが数個すっ飛んで行ってしまった。憧れの人からの初めての接触。いや深い意味はないけれど、初が素肌かつ自発的な接触だったために頭が混乱していた。嬉しいけれど心霊現象は怖いし撮れ高も心配で、ステータス異常の武道はつい離れていくイザナの手を遮るように制してしまう。
「イザナくん…よく聞いてほしいんですけれど」
「あ?ああ…」
武道は役に立たない頭を通さずに心の声に従って一息に言った。
「えろい話すると幽霊って寄ってこないらしいんすよ…」
神妙な顔の武道に、困惑したイザナはタイミングを逃して腕を放すに放せなくなった。何を言っているんだというのとちょっとの好奇心があった。あまりに真剣な表情だったので。この男こんな顔もするのかと意外に思ったりもした。
「二の腕って、ムネと同じ柔らかさ、らしいんすけど…」
「…」
続いた言葉で台無しだった。
しかし何を思ったのか、神の啓示か、悪魔の囁きか、イザナは武道の顔から二の腕にゆっくり視線を持って行った。 静まり返る周囲、固唾を飲むスタジオ。ホラー監督までもが監視映像を食い入るように見つめていた。放しかけていた武道の二の腕を、ゆっくりもう一度掴むイザナ。
「……やわらけぇ」
【こうして、二人のアイドルの距離は縮まった…】(cv.立〇〇彦)
~FIN~
MC「はい、以上、二人のアイドル初めてのリポートでした」
「いやいやいやいや」
「俺たち何を見せられたん??」
「なにオチだよ」
「ドッキリだって知らせてもねぇ」
「イザナの野郎、ボスの二の腕を…」
「落ち着けってイヌピー頼んだら多分触らせてくれるって」
「イザナが楽しそうだな!」
「え鶴蝶目開いてる?」
「ちくわ大明神」
「最後にぜーんぶ持ってかれたじゃん」
「見てよ監督泣いてるよ??」
「今誰か通った?」
スタジオは芸人もいないのに全員総立ちのてんやわんやだった。かつてこれほどドッキリがドッキリのていを成していないことがあっただろうか。二人がネタ晴らしされるところさえもカットされていたので、ただただ本当に二人が仲良く(?)なってちょっと怪しげな雰囲気になって終わってしまった。事務所は大丈夫なのか??
MC「事務所の方はok出ているみたいです」
「それもそれでどうかと思う」
MC「ちなみに最後の上の階から落ちてきた瓶と、コップの歯、ガラス窓の演出には監督は覚えがないそうです」
「いやそれは心霊番組にして」
ちなみにこの番組をきっかけに、イザナは武道との共演“限定”でバラエティへの出演をOKするようになり、二人のファンは非常にざわついたようだった。特別に仲がいいというより、なんとなく空気感が合うらしく、二人で出演しているとお互いにリラックスしているような雰囲気が徐々に人気となっていった。武道がアフリカの猛獣ハンターに加わったりした時にはなんとイザナがビデオレターで友情出演したりもした。武道はイザナの名前を愛憎含めて叫びながらクロコダイルに素手で餌をあげたりキリンの首と同じ高さの樹に登ったりしていた。しかも武道が絡むと天竺と不仲ともっぱらの噂の東卍のリーダーであるマイキーとの共演もあり、界隈は大いに盛り上がったのだった。
最終的に二人はプライベートでUSJに行ったところをパパラッチされたが、拗ねたマイキーを連れて翌週もUSJに行って目撃情報が流出した。これはさすがに事務所からお叱りがあったとかなかったとか。