剣戟と云う戯れかつん、かん、と、木のぶつかり合う音が響く。
ロジェールとDは枝を各々の得物に見立て、模擬戦を行っている最中だった。
ルールは単純。剣技のみを使用し、相手の身体に三度触れさせた方の勝ちだ。
「ふっ……!」
ロジェールが鋭い息を吐き、連撃がDの腕を掠める。ぱちんと音を立てて枝がしなり、Dは咄嗟に飛び退いて距離を取った。
「くっ……」
「今ので二撃目。後がないね、D?」
「……『まだ』二撃目だ。調子に乗るな」
軽口に挑発を返すと、Dは腰を落として得物を構える。ロジェールは自身の武器を構え直し、密やかに息をついた。
距離を取って逃げたように見せておきながら、Dは完璧に自らの間合いを保っている。
僅かでもタイミングを見誤れば彼はたちまち得物…この場合は大ぶりな木の枝なのだが…を振るい、ロジェールの脇腹を打ちすえるだろう。
でも、とロジェールは考える。普段の彼の得物は大剣、その力強い剣圧はロジェールもよく知るところだ。
だが、得物の大きさゆえに一撃ごとの隙が大きい。相手に武器を当てれば良いというルール上、初撃をかわしさえすれば手数で勝るこちらが有利だ。
振らせて取る、それで勝てるはず。瞬時にそう判断し、僅かに剣……枝先を下げる。Dは即座に反応し、大枝を握る指に力がこもるのが見て取れた。
踏み込む足を僅かに遅らせ、武器を振り切った彼の鎧を纏わぬ腕を狙う。計算通りだと勝利を確信した刹那、D はくっと頭を下げた。
ざり、と砂を擦る音。ロジェールの視界からDの姿が消え、見えなくなり……直後、背中にぱちんと枝がぶつかる。
「……う、わ、!?」
Dは自身の武器を振り切った瞬間、身体を丸めてロジェールの死角へと滑り込んでいた
衝撃にたたらを踏んだその直後。
こつん、と頭頂部に乗せられた枝の感触に、ロジェールは大袈裟に両手をあげてみせた。
「やれやれ……今日は勝ったと思ったのに」
「そうして油断するから肝心なところでしくじるんだ、お前は」
ひょい、と枝を退かしながら、Dが浅いため息をついた。
筋肉の火照りを心地よく感じながら、ロジェールも枝を放り出す。
「最後の一撃、あれはいつもの君ならほぼやらない動きだったじゃないか」
「鎧を着ていなかった分、速く動けた。相手が無茶な踏み込みをしてきたことも大きいがな……体力切れが近かったのか」
「それは言わないでくれないか。勇み足だったのは否定しないけれど」
剣のみとなるとややロジェールが不利だが、それでも勝率が低いわけではない。半々とまではいかぬまでも、勝負のうちの四割ほどはこちらが勝利をおさめているのだ。
「とにかく、勝負はついたからね。火起こしから後片付けまで、まるごと全部僕の担当だ」
「……別に、罰など要らんと言うのに」
「ペナルティがあった方が張り合いが出るだろう」
「……ハァ」
譲る気のないロジェールを見て諦めたのか、Dは先程よりも深いため息をついて踵を返した。
せめて追加の薪でも拾ってこようというのだろう、こちらも止めるつもりはない。
ゆっくりと歩み行く背を見送りながら、ロジェールはさてと腕まくりをした。