デートお互いに“お友達”ではないと自覚した夜。
会話の切れ間に頭の後ろに手を添えて引き寄せようとすれば、腕を突っ張って抵抗された。
「で、デート!デートしましょう!」
「……は?」
赤い顔をした肇が捲し立てるように続ける。
「恋人になったらすることといえば、まずはデートです!ですよね!?」
「はあ……」
「そうと決まれば計画を練らなきゃ……直治さんはどこに行きたいですか!?ここはやっぱり映画……?動物園や遊園地は初回って感じはしないですよね?」
「……任せるわ」
じゃあ俺ちょっと帰って調べるんで!とバタバタと帰り支度をして、碌に目も合わせないまま俺の家を飛び出して行く肇の後ろ姿を見送る。
そんなムードもへったくれもない騒がしさにすっかり興は削がれたが、明らかに意識している慌てふためきようが面白くもあった。
翌日の昼には計画らしき長文のLINEが届き、日付だけ確認して了解の旨を短文で送る。
案の定すぐに着信があり、ちゃんと読みましたか!?と問い詰めてくる肇にお前と一緒なら何でもいいと返すと通話越しにでも動揺しているのがわかった。
俺相手にこんな風に照れる肇は新鮮で、正直そそられる。
友人相手に邪まな気持ちを自覚した当初はそんな自分に対して抵抗もあったが、“恋人”となった今は遠慮は不要だろう。
あの肇相手にそういった雰囲気になるかは謎だが。
*
当日。
今日は所謂デートスポットと呼ばれる街まで少し足を伸ばして買い物とメシに行くらしい。
待ち合わせ場所に着くと当然のように既に肇が待ち構えていた。
「直治さん、遅刻ですよ!」
「わりぃわりぃ」
「そうやっていっつも直治さんは……あ、違う!間違えた……」
「あ?」
「えっと……ううん!俺も今来たとこ!です!」
「……どうせ15分前にはいたんだろうが」
「な、なんでわかるんですかぁ」
「いつもそうじゃねーか」
わかってないなぁ、と肇がびしっと人差し指を立てて話し出す。
「こう言うのが作法というか礼儀というか、とにかく恋人らしいんですよ」
「本当は待ってたのに今来たところだって言うのが?」
「はい!」
「……お前付き合った女いたよな?
「え!?え、ええ、いましたけど?」
「そりゃ続かねーわ」
「ええ!?何でですか!?」
「あー、何でもねぇよ。ほら行くぞ」
「あ!は、はい!」
また変な方向に真面目さを出してきたもんだな、と思いつつ促すと肇が張り切って案内を始める。
事前に調べたのだろう、時々スマホを見ながらたぶん効率の良い道順で進む。
服にはそんなに興味はないが、洒落た雑貨屋やベタな土産物屋を二人であーだこーだ言いながら冷やかすのは面白かったし、行く先々でくるくる変わる肇の表情を見るのは楽しかった。
学生が集まっているフォトスポットでの記念撮影を勘弁してくれと回避したり、犬だかクマだかよくわからない動物のぬいぐるみを買うか買わないか悩む肇に付き合っているうちに時間が過ぎていく。
そろそろ夜に差し掛かるかという頃、混まないうちに夕飯にしましょう!という肇に連れられて行った店のドアには『本日貸切』の文字があった。
「そんなぁ……」
ドアの文字を信じられないように見つめながら肇が肩を落とす。
心なしかいつもはぴょこんと立った頭のてっぺんの髪の毛までも萎れて見えた。
「ここ、すごくおいしいって評判で……雰囲気も良さそうで……デートに最適って思ったのに……」
「あー……そんな落ち込むな」
「でも……」
あからさまにへこむ肇を宥めながら周りを見回すと、少し先の路地の入り口にある店に目が溜まる。
地味な外観ではあるがそこそこ人も入ってるようだ。
「肇。ほら、あの店行ってみようぜ」
でも……とぶつぶつ言う肇の肩を引き寄せ向かったその店は適度な賑わいで居心地が良く、いくつか頼んだ料理はどれも旨かった。
最初はしょぼくれていた肇だったが、食べ進むにつれていつもの調子を取り戻し話も弾む。
一通り食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいると、少し改まって肇が話し始めた。
「さっきは取り乱してすみません……」
「あ?」
「予定が崩れたのもそうですけど、予約取っておけばとか確認しておけばとか色々考えちゃって……すみません」
「別に謝ることなんてねーよ……まあ、それだけ一生懸命考えてくれたんだよな。ありがとな」
「え!いや、考えはしましたけど……」
元から真面目な性分とはいえ、今日のこの計画は間違いなく俺と過ごすことを想像して立ててくれたものだ。
ああでもないこうでもないと悩みながら“デート”の計画を立てた肇を想像して頬が緩む。
「お前可愛いな」
「はい!?」
「でもまああれだ、頑張りすぎないって決めてんだろ?せめて俺とか類といるときぐらい肩の力抜け」
「そう、ですよね」
「計画通りじゃないのもたまにはいいだろ?」
「……確かに」
このお店もすごくおいしかったですもんね、と言いながら安心したように笑う肇はやっぱり可愛かった。
*
店を出たら辺りはすっかり暗い。
最後はここです!と言われ夜の街を抜けてたどり着いたのは、海と夜景の見える公園だった。
これはまたわかりやすく恋人らしいデートコースだなといっそ感心してしまう。
薄暗い園内には平日の今日でもちらほらとカップルの影が見えた。
しばらく園内をぶらついていると、横を歩いていた肇が急に静かになったかと思えば俺にぴたりとくっついてきた。
体は正面に向けたまま、俺の左腕にまるでしがみつくようにくっついている。
「こ!……こ、恋人同士なので、くっついてみました!」
こちらを見ずに肇が言う。
触れたままの体から伝わってくる体温がほのかに温かい。
「へー……」
そっちがその気なら、と肇の方を向き直りぐいとそのまま抱き寄せた。
え!?と慌てだす耳元に顔を寄せ、
「じゃあこういうのもお前の言う恋人らしい、か?」
と言うと腕の中の肇がぴたりと動きを止める。
耳元から体を起こし顔を覗くと、遠くの街灯の淡い光しかない中でも真っ赤に染まった頬が見えた。
そのまま数日前と同じように頭の後ろに手を添えると肇が赤い顔のまま見つめ返してくる。
「今度は抵抗しないんだな」
「で、デートの、最後にするのはとても恋人らしい、と思います……」
「ふーん……じゃあさ、」
鼻がくっつきそうなくらい顔を近付ける。
「恋人らしい恋人はデート何回目でセックスすんの?」
「セッ!?」
「しねーの?するよなぁ、恋人同士なら。セックス」
「そ、それは一概には言えません!性行為を必要としない人だっています!」
「あ〜……、まあそれはそうだ。確かにな。そこは訂正するわ。で、俺はせーこーいを必要とするタイプだけどお前は?」
「それ、は……」
「いる?いらない?」
「そん、そんなの急に、そういうのはお付き合いをし、ん……っ!」
ぐるぐると考え出した肇に構わず唇を重ねる。
想像よりも柔らかい唇を少しの間堪能して顔を上げると、切なげに眉を寄せたいじらしい表情でこちらを見上げてきた。
「答え出たら早めに教えてくれ」
「は、は、い……」
「で、キスは?」
「……はい!?」
「一回目のデートでキスは何回していいんだ?」
「え?ええ!?そんなことまで考えてませんよ!」
「キスする覚悟はあったのに?」
「それは……」
もごもごと口籠もる肇をそのまま問い詰める。
「で、何回?三回?五回?一回だけってのは勘弁な」
「……ちょっと待ってください。直治さん、意地悪してますよね!?」
「はは、気付かれたか」
「ひどいですよ、もう〜!」
面白がっているのがバレてしまったが、一回だけが勘弁ってのは本音だ。
庇護欲と加虐心を同時に刺激される涙目で抗議してくる肇の頬に手を添え、もう一度顔を近付ける。
「じゃあ一般論はいいわ。肇、お前はどうしたい?」
「ええ!?」
「俺は何回でもしたいけど?」
あんまり悩むならまた返事を待たずにキスしてやろうかと思ったが、数秒の逡巡ですぐに肇が口を開く。
「俺、も……」
「俺も?」
「何回でも、したい、です」
そう肇が言い終わると同時に、お預けを食らっていた分を取り返すべく貪るように口付けた。
END