来年も。首元を撫でる冷たい風にコートの襟元を合わせる。
道行く人々の年の瀬特有の忙しなさに、もう今年も終わりなのだと実感させられた。
「あ、智衣くん」
見慣れたマフラーをした智衣くんが駅の階段を降りて来る。
ついでに見慣れた眉間の皺も刻まれているのは何かあったんだろうか。
そのままスタスタと目の前まで歩いて来ると、ぐい、と顔を近づけて覗き込んできた。
「あんたねぇ、ここどこだかわかってやがるんですか?」
「え?えっと……」
キョロキョロとあたりを見回す僕に、はあ、と深いため息をついてスマホを操作する。
「約束したのは反対口。LINEにちゃんとそう書いたじゃねーですか!」
目の前に突き出された画面を見れば、確かにそこには反対口で待ち合わせの約束をしているやりとりが映っていた。
「あれ?間違えちゃった……?」
「いつも僕の方が遅いから明日は早めに行くよ、なんて張り切ってた割に居やがらねぇと思ったら案の定ですね」
「ご、ごめんね、智衣くん」
「まったく!あんたはいい歳して待ち合わせのひとつも出来ねーんですか!」
智衣くんがそう言い終わると同時に、ビュンと一際強い風が吹いた。
うわ、と二人して身をすくめる。
「……あんたのいつものポンコツのせいで風邪引くのは嫌なんで、続きはまた後にしてやります」
「だね、どこかあったかいところに入ろうか」
「買い物が先です。先に用事を済まさねーとどっかのポンコツがまた何かしですかもしれねぇんで」
「う……」
思い当たることがいくつか頭に浮かんでしまって否定出来ない。
せめてと思い、歩き始めた智衣くんに遅れないよう足を早めた。
横を見れば視界にはいつもの光景。
綺麗な茶色の髪が時折吹く風に揺れている。
と、視線に気付いたのか智衣くんがこちらを向いて口を開く。
「何ニヤニヤしてやがるんですか」
「え?えっと……智衣くんだなって」
「はあ?何言ってやがるんですか。当たり前のこと言わねーでくだせぇ」
「うん……智衣くん、今年もたくさんありがとね」
「……改まって何ですか」
「……年末の挨拶?」
急ですね、と訝しげにこちらを見つめる澄んだ水色に僕が映る。
「その、また迷惑を掛けちゃうこともあるかもしれないけど、」
「へぇ」
「来年もよろしく、ね?」
「……別にあんたのポンコツには慣れてるんで、来年も隣にいてやりますよ」
「うん。ありがと」
ほら、行きますよ!とぶっきらぼうに言って智衣くんが歩き出す。
耳が赤いのは寒さのせいか、それとも。
「あ、待ってよ智衣くん!」
冷たい風の中、智衣くんから貰った温かい言葉を胸にその背中を追いかけた。
END