地面を叩きつけるように降り注ぐ雨の音がうるさい。翠雨の節とはよく言ったものだ。曇天から落ちる雨粒は青葉を枝からもぎとらんばかりに暴力的で、とても豊穣を呼び起させるような美しい類のものではない。まだ昼間だというのに厚い雲に覆われた空は光を通さず、自然光を頼りにしている自室は薄暗い。ただ部屋の隅に立てかけた異形の槍が、未だ自分の残渣を反芻するかのようにゆらゆら光を放ち小刻みに蠢いている。この槍の持ち主はお前なのだと、そう詰められている気がして、くそったれと低く吐き捨てた言葉も止まぬ雨音に消されてしまった。
「シルヴァン、大丈夫?最近顔色が悪いようだけど」
実兄の討伐任務を終えて数節、訓練場から寮へ帰る道すがら担任教師から声を掛けられた。振り返ると変わらぬ鉄仮面がわずかに瞳を揺らしてこちらを見ている。
「いやあ先生、心配していただいてありがとうございます。大丈夫ですよ。最近鍛錬を真面目にやっているせいですかねえ、ちょーっと疲れてるのかも」
いつものように人好きのする笑みを浮かべて適当に手を振った。正直この教師は苦手だ。無表情で何を考えているのか分からないくせに、生徒に対する思いは真摯であることが感じ取れ実際彼女を信頼している級友は数多い。気を抜けばすべて彼女の手の内に入れられてしまいそうで、怖かった。心配無いと笑うこちらの顔をじっと眺めて教師が口を開く。
「そう……。ところでシルヴァン、このところ出撃の度に破裂の槍を持っているけど……正直あれほど強力な武器は今の課題では必要ないよ。本当にやむを得ない状況になったら私が指示を出すから」
「ええ、おっしゃる通り強力な武器なんだし、逆に使わない手もないでしょ」
「でも……英雄の遺産は使用者の身体と精神を蝕むものだと聞いた。使わなくて良いのであればそれにこしたことは」
「だあから。大丈夫ですって、気にしないでください。実家に戻ったら嫌でも振るうことになるんだし……今のうちに慣れといてもいいかなって思ってるんで」
こちらの中身をすべて見透かすような真っ直ぐな目から早く逃げ出したくて、遮るように言葉を返す。担任教師はまだ何か言いたげな顔をしつつ、こちらが会話を続ける気がないことを察したのか、「……分かった。でもくれぐれも無理はしないように」と釘を刺して踵を返した。淀みない背中を見送って自らも寮の自室へ歩き出す。大丈夫だなんて嘘だ。あの日から。兄上をこの手に掛け、槍を握ったあの日から、割れるように痛む頭がすべての思考に靄をかけている。