25 エピローグ もはや朝の浴室に、ガラガラに枯れたレオナルドの声が響く。
「うわー、薔薇風呂だー」
それも棒読み。
湯船に揺蕩う花びらは湯をかけるとほろほろと湯を青く染めながら溶けていった。辺りにフローラル系の華やかな香りが広がる。
アンタそういうシュミでしたっけ? と言いたげにレオナルドは背後の恋人を見上げた。昨晩(もはや今日だが)は少々やり過ぎたようで、四肢の筋肉痛を訴えるレオナルドはやや機嫌が悪い。
「例の(アドベント)引き出しの、開けてない所に入ってたんだよ。肉体疲労にも効くってさ」
「あ、全部が全部いかがわしいブツって訳ではなかったんですね、あれ」
そういう事なら有り難く、と改めて湯に浸かる。
「ゴムとかもあったけどね」
これで正真正銘、アドベントも開け切ったんだよとスティーブンが言った。
「それで。初のクリスマスアドベントはご満足頂けましたか」
「お陰様でね」
「ならよかったっす」
「うん。レオには本当に頑張って貰っちゃったな」
「えへへ。ほんと、大変でしたよも〜」
軽い口ぶりでけろりと言ってのけるので、案外余裕だったのかな、とスティーブンが思っていると想像と違う苦労話が展開された。
「見られたら一発アウトっすからね、トイレ個室使うしかなくなるし。こんな時にあれですけど、ザップさんなんか俺の事、スティーブンさんのとこでご馳走食い過ぎて腹壊してると思ってますからね」
「……その辺は悪かったけど、しかし他人の腹具合まで……相変わらずよく分からん奴だな」
野生の本能で気になるんすかね、とレオナルド。こんな時に他の野郎の話をしていてもつまらないので話題を替える。
「そうそう、サンタが君のプレゼント、ツリーの下に置いていったぜ、後で見てみるといい」
プレゼントの中身は彼がこの前店先で眺めていた靴だ。最近リバイバルブームで旧モデルが復刻したのは嬉しいけど値上がりして複雑、と言っていたテクニカルスニーカー。幾分実用的すぎる気もするが、高価な物は壊したり失くすのが怖いから、と持ちたがらない恋人には丁度いいのかもしれない。ゆくゆくはスニーカーではなく革靴やスーツを見繕うつもりであるが、まずは。
「やったー! あ、スティーブンさんの分も届いてましたからね、後で一緒に開けましょうね!」
そう言って嬉しそうに振り向くレオナルドに、スティーブンは素直に不思議そうな顔をした。
「……え? 何で」
何しろインパクト最低のリクエストをしていて、しかも先程きちんと受け取ったものだから、スティーブンがこれ以上望むのは罰が当たるというものだろうと訝しむと、スティーブンだけの小さなサンタは贈りたかったからだと言った。
「だってその……プレゼントが黒魔術の材料みたいなのだけなのもこう……ねぇ」
「黒魔術……」
邪神の次は黒魔術と来たか、とツッコミのボキャブラリーの増加がどこぞのチンピラのお陰で留まることを知らない恋人のワードセンスにスティーブンが再び言葉を失う。
「プレゼントって記念でもあるでしょ? もう少し小綺麗に残したくなっても、いいじゃないですか」
それはそう。
しかし金銭に逼迫している恋人に余計な手間を掛けていては本末転倒も甚しい。スティーブンの目が泳ぐ。クリスマスを恋人と過ごすとなって如何に自分が浮かれていたかと思うと恥ずかしいし、きっとそうとは知りつつ付き合ってくれた恋人の愛情深さに目眩がしそうだ。
「……その、すまん」
「いや謝らんで下さい。スティーブンさんとアドベント出来て嬉しかったですし、色々と無二の経験と記憶になりましたし。これは俺の、気持ちの問題っていうか」
「ん。ありがとう」
スティーブンががばりと湯船の中で腕を広げてレオナルドを包囲したのでバスタブに大きく波が立った。もはやサンタの体は完全に吹き飛んでいる。
「いや、本当大したモンじゃないんでっ‼︎ 開けてがっかりしないで下さいよ⁉︎」
今更照れ始めたレオナルドが誤魔化すように声を張り上げている。
「する訳ないだろ! 本当に僕は……これだけ君に想われてるなんて、幸せ者だよ」
「……そりゃ、そう、ですよ」
そのままぶくぶくと湯船に帰って行きそうな程レオナルドは湯に沈み、声が小さくなる。
「これから惰眠貪って、食べ損ねたケーキ食って、ゲーム大会するんすからね」
覚悟しといてくださいよ、と言いながら一晩に及ぶ疲労で今にも船を漕ぎ出しそうなレオナルドのつむじをスティーブンは昨夜とはまた違う、穏やかに満ち足りた気持ちで眺めていた。
stloクリスマスアドベント小説企画『10drawers』完