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    nagaimox

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    nagaimox

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    遊○王GXの二次創作(健全友情もの)
    最終話よりしばらく後、オーストラリアにいるジムとヨハンが会う話。同人誌の表紙を描いてくださった補水さんへのお礼として書いたSSですが、タイトルと「オーストラリアでヨハンとジムが会う」ということ以外は私が勝手に自由に書いています。自分の趣味で三沢が出てます。

    Have a nice trip「忘れ物は……ないよな」
     ヨハン・アンデルセンは旅行用のバッグを肩に掛け、狭い部屋の中を見回して呟いた。
     この地は気軽に往復出来るようなところではない。万が一大事な物を置き忘れでもしたら、大変なことになってしまう。
    「大丈夫。ベッドの下やシーツの中まで、全部確認したわよ」
     アメジスト・キャットはヨハンの独り言に対して明るく答える。そのしなやかな体で、部屋の隅々まで見て回ったらしい。
    「さすが。ありがとな」
     ヨハンは紫色に輝くアメジストの瞳を見つめながら屈み、彼女の頬を撫でる。短くやわらかい毛並みや張りの良いヒゲの感触を味わいながら、次にこうして彼女を撫でられるのはいつになるだろうかと考えていた。
    「どういたしまして。そろそろ約束の時間じゃないの、ヨハン?」
    「あぁ、そうだな。遅刻とかしなさそうだもんなぁ、あいつ」
    「時間は守らなければな」
    「ま、ここじゃ今が何時かなんてあまりわからないけどな」
     口を挟んできたサファイア・ペガサスとトパーズ・タイガーに微笑みを向けつつ、掘っ立て小屋の扉を開ける。
     そこには、先に外で待っているように伝えてあった他の家族たちが並んでいた。
    「アイツが向かってきてるの、さっき見えたぜ。そろそろ着くはずだ」
     空から観察したらしいコバルト・イーグルが翼を羽ばたかせながら報告してくる。
    「そっか。はあ、もう帰るんだよなあ」
    「なんじゃ、名残惜しそうじゃな? ヨハン」
     ため息まじりに呟くと、エメラルド・タートルが尋ねてくる。
    「まあな。何もない場所だけど、家族で過ごせて楽しかったし」
     エメラルド・タートルに答えてから、その横にいるアンバー・マンモスの一際大きな身体を見上げる。
    「次に来る時はおまえも一緒に過ごせるような、大きな家があるといいよな」
     ヨハンが数日の間寝泊まりしていた小屋は、人間が一人で過ごすことを想定した作りになっている。
     宝玉獣たちが数名も入ればかなり狭苦しくなっていたし、アンバー・マンモスはそもそも入口を通ることすら出来なかった。
    「それはなかなか難しい注文ではないかな。私は全然、気にしてないよ。こうしていつも通りにヨハンと話せるだけで十分さ」
    「そうかぁ? だって、せっかくみんなに実体があるんだからさ。近くで過ごしたいだろ」
     アンバー・マンモスに近付き、腕を伸ばして鼻先を撫でる。
     ざらざらしているが柔らかく温かい独特の感触を、ヨハンはここに来て初めて知った。
    「あっ、ヨハン! オレも!」
     振り向くとコバルト・イーグルがバサバサと慌てて近寄ってくる。
     普段はこんなことないのにな、と不思議な気持ちになりながら彼のくちばしにも手を添えてやる。
    「なんだよ、甘えん坊だな」
    「たまにはいいだろ!」
    「あぁ、もちろんOKだ。エメラルド・タートルもどうだ?」
    「わしはそんな……」
    「遠慮すんなよ、ほら!」
     躊躇っているエメラルド・タートルの甲羅に触れる。角のように尖る宝石は硬くひんやりと冷たいが、彼自身は瞼を閉じ、意外と心地よさそうにしていた。
    「ルビ……」
     ルビー・カーバンクルが、ヨハンの肩の上から己の存在を主張するかのように小さな声を出す。ルビーはヨハンが先ほどバッグを肩に掛けた時から、ずっとそこに乗っていたのだった。
    「はいはい、わかってるよ。ルビーもな」
     指先で顎の下をくすぐってやると、ルビー・カーバンクルは嬉しそうに目を細める。
    「……随分楽しそうだな」
     永久に続いてほしいとさえ思う家族の時間は、背後からかけられた声によって中断される。
    「わっ! あぁ、三沢か。ごめんごめん、つい楽しくなっちゃってさ」
     待ち合わせの相手であり、今回この世界にヨハンを呼んだ張本人でもある三沢大地がそこに立っていた。
    「まぁ、別に構わないさ」
    「大丈夫、準備は出来てる。いつでもいいぜ」
     ヨハンがそう言うと宝玉獣たちも無言で頷いて、カードの姿へと戻っていく。
     異世界で暮らす三沢が日夜進めている研究に必要なデータを取るために、今回ヨハンはこの世界に来て協力していた。
     ヨハンの目的は人間と精霊の架け橋となることであり、三沢の研究はそのためにも役立つことだと賛同出来たからこそ危険を顧みずに快諾した。
    「色々と協力してもらったが、行き帰りが一番危ないからな。油断しないでくれよ」
    「わかってるって」
    「よし。ではそっちに立っていてくれるか。さっそく始めるぞ」
     機械のセッティングを始めた三沢の背後には、茫洋とした景色が広がっている。ヨハンはつい先日再び相まみえたばかりのレインボー・ドラゴンの姿を、風景の広いキャンパスに思い描いていた。
     レインボー・ドラゴンとも一緒にのんびりと過ごせたらよかったのに、という発想も浮かんでくる。
     集中する必要があるにも関わらず、ヨハンの思考回路は散漫になっていた。

     *

     瞼を閉じて横たわっていた。
    「ヨハン。ヨハン?」
     自分の名前を呼ばれているのだから目を開けた方がいいと思いつつ、やけに心地良い気がしてしばらくまどろんでいたくなってしまう。
     声の主はヨハンの肩をそっと叩きながら、繰り返し呼びかけている。
    「息はしているよな」
     顔の近くでごそごそ動く気配がある。もしや救命の必要性を考えているのかと思い当たり、意識があるのに心臓マッサージでもされてはたまらないとヨハンは慌てて体を起こした。
    「生きてるよ!」
     目を開ければ頭も冴えてくるもので、自分が異世界から元の世界に帰るところだったのだと思い出す。
     ここは異次元ではなさそうだが、本来の目的地とは違う場所のように感じられる。
    「……あれ?」
     ヨハンの名を呼び、救命しようとしていた相手の顔も目に入る。
     深い蒼色の目が一つ、こちらを心配そうに見つめている。
     聞き覚えのある声だとは思っていた。
     それにしても意外な人物だった。
    「ジム? なんでここに」
     ジム・クロコダイル・クックに思わず尋ねると、彼は横向きにはねた髪の毛を軽く掻いた。
    「ワオ。それはこっちの台詞だな、ヨハン。ユーはどうしてここに……オレの研究室に来たんだ?」
    「研究室ぅ?」
     辺りを見渡してみる。天井まで届くスチール製の棚には本やファイルがびっしり並び、机の上にはパソコンの他に顕微鏡らしき物や撮影機材のようなセッティングがなされている。
    「ジムの研究室って……どこなんだよ、ここ」
     ヨハンが尋ねると、ジムは大学名と学部名、そしてこの研究室の長である教授の名前などをすらすらと説明した。
    「今度はこっちが聞く番だ、ヨハン。どうやってここに来たんだ?」
    「それがオレにもわからないんだ。さっきまで異世界にいたはずなんだけど」
    「異世界?」
     ヨハン自身にもわからないことだらけで、どこから説明すればいいのか迷いながら話し始める。
    「そう。三沢の研究に協力しててさ。帰るところだったんだ。本当なら一旦デュエルアカデミアに戻って、そこから家に帰る予定だった」
    「それがオレのところに突然降ってきたっていうのか?」
    「どうもそうらしいな」
     笑って答えるしかないヨハンに、ジムはオーバー気味に肩を竦める。
    「イッツソーストレンジ! 何か原因に心当たりはないのか?」
     何故ジムの目の前に飛ばされてしまったのか、ヨハンには思い当たる節が一つだけあった。
    「うーん……一個ある」
    「ワット?」
    「帰る直前に、オレがジムのことを考えてたせいかも」
    「……ミーのことを?」
    「そう」
     ジムが不思議そうに左瞼をぱちぱちとさせた時、無機質な電子音が部屋の中に鳴り響く。
     それはヨハンの旅行鞄の中にしまわれたPDAであった。急いで取り出すと発信者は知らない番号だったが、迷わず電話に出る。
    「はい?」
    「ヨハンか!? ああ、よかった、無事か! 今どこにいるんだ!?」
     電話の主はどうやら三沢大地らしかった。ただ、一体どんな手段で繋いでいるのか声は遠く音質も悪く、ラグも大きい。
    「ああ、オレは無事だぜ。えーと、場所は……」
     先ほど教えられたばかりの大学名をそのまま話し、ジムと一緒にいるのだと伝える。
    「な、なんだと!? どうしてそんな遠くに……いや、まあ、ジムが傍にいるというのは不幸中の幸いか」
     砂嵐のような音がざあざあと鳴り、その間に「うーむ」「そうか……」といった三沢の悩む声が挟まる。
    「いいかヨハン、よく聞いてくれ。そちらの世界で移動するか、一度異次元を経由するかはまだわからないが……絶対に何とかする。しばらく、そこでじっとしていてくれ。絶対に動くなよ」
    「え。出歩いちゃダメなのか?」
     人の研究室にずっといるのもよくない気がして……というより、ヨハンはせっかく訪れた知らない国を、ジムの通う大学を探検してみたい気持ちがあった。どうせなら楽しんでしまいたかったのだ。
     しかし三沢の語調は厳しい。
    「当たり前だ。不法入国なんだぞ」
     不法入国、と堅苦しい言葉を使われてようやく、自分がそれなりに危ない状況にあると自覚する。
    「あっ。確かにそうだよな。異世界行くのにパスポートなんか持ってきてないしなあ」
     それでもヨハンは冗談めかして軽く返すと、何秒か経ってから雑音に混じった三沢の深い溜め息が届く。
    「ジムがそこにいるんだよな。代わってくれるか?」
     相手を変えた方が良いと判断したのか、三沢はそんな要求をする。真横にいたジムに三沢の声は概ね聞こえていたので、すぐに交代した 。
    「ハロー、三沢。久しぶりだな」
    「ああ。すまないが少しの間、ヨハンをそこに匿っておいてくれるか」
    「オーケー。任された」
    「ありがとう。では、また連絡する」
     ジムと三沢の会話はスムーズに進み、通話はそのまま終了する。
    「彼なら必ず解決出来るさ。今は待つしかないな」
     端末をヨハンに返しながら明るく言うと、ヨハンは大げさに肩を落とす。
    「そうみたいだな。あーあ、残念」
    「疲れているだろう。早くベッドで休みたいよな」
     ジムは自分が使っていたであろうキャスター付きの椅子に座るようヨハンに勧めたが、首を横に振って断った。
    「いや、疲れてはいないよ。異世界には一週間くらいいたんだけどさ、前に行った時とは全然違った。寝泊まりする場所も結構しっかりしてたし、食事も用意してもらって快適だったぜ。楽しい家族旅行ってくらいだったんだ」
     こんな簡単な説明では伝わらないかとも思ったが、ジムはすんなり理解してくれたようで微笑みながら頷いた。
    「家族水入らずのバケーションか。それはナイスだな」
    「うん。だからちょっと名残惜しかったくらいで。それでジムのこと思い出したんだよな」
    「そう、それだ。どういう意味なんだ?」
    「異世界だとカードの精霊にも実体があっただろ。前の時はそれどころじゃなかったけど今回はのんびり出来る時間も長かったから、みんなでいられるのが楽しくてさ。実体のある家族と過ごせるっていいよなあ、帰るの寂しいなって思ったんだ」
     ヨハンが目線を落とすと、その場所にはルビーがいる。ルビーは大きな丸い目でヨハンをじっと見つめていた。
    「それがオレとどんな関係があるんだ?」
    「ジムが羨ましいなって。ジムはカレンといつも一緒だろ? そのこと思い出してたんだ」
    「Oh……メイクスセンス。いや、それが原因でオレのところに飛んできたっていうなら不思議だが、ヨハンの言いたいことはわかった」
    「他に心当たり無いんだよなあ。あれ、そういえばカレンは?」
     カレンの姿が見当たらないことに今頃気が付いて尋ねると、ジムは部屋の隅を指差す。
    「彼女ならあっちだ」
     そこはパーテーションで区切られており、覗き込まなければ見えなかった。 カレンの傍まで近寄ってしゃがみ彼女を見つめると、カレンは床でじっと静かに、鋭い目つきでヨハンをにらみ返す。
     私はずっとここにいるのに、何故お前がジムの隣にいるのか。そんな風に問い詰められている気がした。
    「何でこんな端っこに?」
     ジムは少しだけ眉を寄せる。
    「取り扱いがデリケートな物も色々あるからな。近寄らせないって約束なんだ。ここにいてもいいと許されているだけでもベリーラッキーだ」
     ジムはヨハンに説明しながら、カレンをなだめるような調子で頬辺りをポンポンと軽く触れる。カレンは気分良さそうにゆっくりと口を開き、また閉じた。
    「ふうん……なるほどなあ」
     カレンは暴れたり故意に物を壊したりなんてしないのに、とも思うがジム自身がこの状態を受け入れているのなら口を挟むこともない気がした。
    「確かにオレとカレンはいつも一緒だが、オレはヨハンの方こそ羨ましいと感じることもあるぜ」
    「え?」
    「カレンを連れては入れない場所も多い。留学の時は海馬コーポレーションパワーで渡航を許可されたが、ノーマルなシチュエーションなら国を跨いで船や飛行機に乗るなんて簡単には行かないさ」
     ヨハンの印象の中で、ジムはいつでもどこでもカレンを背負っていたから、それが許されない状況があるとは考えたこともなかった。
    「でも、カードならポケットに入れて、どこへだって共に行けるだろう?」
     ジムが微笑みかけると、ルビーはヨハンの肩の上から大きくうなずき、右から左へと元気よく歩き回る。そのとおり、良いこと言うねと全力で賛同しているのだと伝わってくる。
    「……一理あるな。一長一短ってやつか」
    「ザッツライト!」
     それにしても今は他に誰もいない様子なのに、律儀に約束を守ってカレンを隔離しているジムは真面目だなと感じた。それとも今にも誰かが出入りする可能性があるのだろうかと考えた時、のんきにしていていいものかと疑問が湧いてくる。
    「なあ、ここってジムだけの研究室じゃないわけだろ? オレがいても大丈夫なのか?」
    「Uhh…今日は皆帰ったから、しばらくは誰も来ないはずだ。トゥモローモーニングには誰か来るだろうな」
     単に遊びに来ただけだったならジムの大学での仲間に挨拶するのも楽しく有意義な時間になるはずだが、不法入国と言われてしまった立場ではそうもいかない。異世界や精霊の話は誰にでもしていいわけではないことくらい、ヨハンも理解していた。
    「それまでに何とかなると思うか? どこか移動した方がいいかな」
     ジムは静かに首を横に振る。
    「無理はしない方がいい。ノープロブレム。普段からここに泊まることは珍しくないからな、スリーピンググッズなら揃ってるぜ」
     そう言ってカレンの背後に積まれている段ボール箱を引っ張り出すと、中には寝袋やブランケットなどが几帳面に仕舞われていた。
    「別にそういう心配してるわけじゃ……まあいいか」
     現状としてジムを頼るしかないので、彼の言う事は聞いておくべきかと判断した。
    「とは言っても、寝る時間にはまだ早いな。ヨハン、アーユーハングリー? 何か食べ物でも買ってくるよ」
    「えっ。いいのか?」
    「Sure. オレもディナーはまだだから二人分だな。何かリクエストは?」
    「リクエストって……そうだなあ。ジムがいつも食べてるような物がいいかな。任せる」
    「Huh? OK,それならすぐ帰って来られそうだ。カレンと待っててくれ」
    「悪いな。よろしく」
     ジムは白衣を脱ぐとほとんど手ぶらで部屋から出ていき、ヨハンはカレンと共に残された。もちろん勝手に出歩くことはできないし、部屋の物を触るのも許されないだろう。しかもカレンと話せるわけでもないので、ヨハンは窓辺に寄っていきブラインドの隙間から外を眺めた。
     同じ大学の施設と思われる建物が周囲にいくつも並んでいるから景色が抜群とは言い難かったが、隙間から空は見える。
     異世界を出発したのは朝だったのに、外は日が暮れかかっていた。
     3階以上であろう部屋の高い窓から地面を見下ろすと植木や芝生なども目に入ってきて、自然豊かであると伺えた。
    「綺麗なキャンパスだなあ……」
     ぽつりと呟いた時、両隣に家族の気配が増えたのを感じた。
    「ヨハン、もしかして元気ないの? 大丈夫?」
     心配そうに話しかけてきたのはアメジスト・キャットだった。そんなつもりはなかったのに不安気な、か細い声になっていたかなと反省しつつ答える。
    「いや、それほどじゃないって。何とかなるだろ」
     するとサファイア・ペガサスからも励ましが飛んできた。
    「きっと上手くいくさ。待つしかないのは辛いだろうが……信じよう」
    「うん。ありがとな」
     家族と小声で会話をしていると、ふと視線を感じる。その主はカレンだった。
    「カレンにも見えてるのかな?」
     当然、カレンは何も答えてくれなかった。
    「すぐ帰ってこられる」というジムの言葉は事実だったようで、カレンとの間の少々気まずい沈黙は長くは続かなかった。
    「アイムバック!」
     元気の良い挨拶と共に、扉は再び開かれる。
    「おっ、早かったな。おかえり!」
     ジムの両手いっぱいにぶら下がっているテイクアウト用のビニール袋を受け取る。出さなくても伝わる程に温かいその食事が何なのか気になっていた。
    「ここに出しちまっていいのか?」
    「オーケー」
     ヨハンが袋から複数の箱とペットボトル飲料を取り出し、ジムは机の上を軽く片付ける。
     三つ四つと並べられたその箱の中身は、ひと目見て中華料理だとわかった。ヨハンにはメニュー名までは判別がつかなかったが、青椒肉絲やら炒飯やら餡かけ焼きそばなどがぎっしり詰め込まれている。
    「うまそう」
     どれもこれも美味しそうに見えて目移りしてしまう。ジムはにっこり笑ってプラスチック製のスプーンとフォークを差し出した。
    「ヨハンはライスやヌードルが好きだろ? それに異世界帰りならジャンクな物が食べたいかと思ってね」
    「さすが、よくわかってるなぁ。ジムもよく食べるのか? これ」
    「ああ。ニアーバイ、リーズナブル、アンドデリシャス!」
     そう言って親指を立てるジムを見て、ますます食欲が湧いてくる。ヨハンが炒飯の容器を手に取ってそのまま床に座り込もうとした時、ジムは部屋にある他の椅子を運んできてヨハンに腰を下ろさせた。
    「ありがとう。いただきまーす!」
     スプーンで大きな一口をすくって口に入れると、それだけで幸福感が体中を巡っていく。
    「うまい!」
     飲み込んですぐに感想を述べる。
    「グッド!」
     まだ食べ始めていなかったジムも簡潔に返事をしてから食事に手をつけた。
     二人きりで黙々と食べていると、何やら不思議な気持ちになってくる。わけもわからずジムのところに飛ばされてきた時点で不思議なのだが、ジムと会っていること自体は何もおかしくない。遊びに来て、大学構内を見学させてもらうことだって充分にありえる話だ。しかしこの研究室の中で食事するのは、普通に観光しに来たのならまずありえなかっただろう。
    「なあ。この店ってテイクアウトだけなのか?」
    「いや。むしろ店内の方がメインだな」
    「そっか。じゃあ、次来たら店にも行ってみたいなあ」
    「次?」
    「そう。無事に帰れたらさ、今度は飛行機のチケット買って、普通に来ようかと思って」
    「Really」
    「オレ、アカデミア卒業してから色んなとこ行ってるからさ。ジムがいるこの国にも前から興味はあったんだ。本当だぜ」
    「それだったら他にももっと良い店がある。レストラン以外にも、見せたい場所だってたくさんある。ネクストタイムのお楽しみだな」
    「やった。期待してるぜ」
    「それにはまず、一旦家に帰らないとな」
    「まあ、何とかなるって。あ、こっちの最後の一口、食べていいか?」
    「オフコース!」
     山盛りと呼べる程の量だったのに、二人で食べきるのに時間はかからなかった。
    「ごちそうさま。おいしかった」
     ゴミを片付けている最中に、ジムは不意に神妙な面持ちになる。
    「なあ、ヨハン。オレ、今日中に進めなければならないアサインメントがあるんだ。退屈だろうが少し待っていてくれるか?」
    「えっ? もちろん、いいよ。そうか、やることあるから皆帰ってるのに残ってたんだ」
     言われて納得したし、嫌だと言うはずもなかった。
    「ああ。そうだ、この辺りのブックなら自由に読んで構わない。寝ていてくれてもいい、ブランケットの場所はさっき話したとおりだ。好きに使ってくれ」
    「わかった。正直言って全然眠くないけど……まあ、気にすんなよ。急に押しかけたの、オレだしさ」
    「ソーリー」
     ジムは軽く頭を下げると机に向かい、端に寄せていたノートやテキスト類を元に戻して何某かの作業を始める。
     ジムが先程指差した本棚の背表紙をざっと見てみても、当然ながらジャンルは偏っておりヨハンの興味を引く本はほとんどなかった。
     何冊か手にとってみたものの、専門知識が必要そうな内容ばかりだ。読書家でもないしなあ、と独り言をつぶやきそうになる。
     写真の多そうな本を選んでめくってみると多少は気が紛れたものの、すぐ近くに専門家がいるのに説明してもらえないのは歯がゆくて物足りない。
     結局それ以上することも思いつかず、ジムの後ろ姿をぼんやり眺める。
     知らない土地を一人で彷徨う可能性もあった中で、ジムがいてくれるのはそれだけで有り難い。彼にやるべきことがあるならそちらを優先するのが当たり前だと感じる。
     しかし今はそれで済むとしても、明日の朝になっても状況が変わらなければどうなるのか。
     迷惑をかけっぱなしで、漫然とここに居続けて本当にいいのだろうか。更に厄介なことに巻き込んでしまうのではないか。
     三沢からの連絡はヨハンのPDAに来るとみていいのだから、やはりここから一人で離れるべきではあるまいか。
     そんなことをしたら余計に心配をかけるとわかっていても、ついあれこれ考えてしまう。
     ジムは課題に集中している様子で、もしかすると今なら見つからずに抜け出せるかもしれないと悪い発想が頭をよぎる。
     ヨハンは足音を立てないようにして出入り口のドアにそっと近づいて行く。
     どこにでもあるような素っ気ないドアノブを静かに動かすための力加減を想像する。
    「ヨハン」
    「ぅえっ!? な、何だよ?」
    「そこのシェルフの上にボールペンないか? プリーズブリングイット!」
     慌てて振り向くと、ジムは机に向かったままでヨハンの方を見てすらいなかった。
     後ろに目がついてるのかと疑問になりつつ、言われたとおりに棚を探してみる。ヨハンの腰より少し高いくらいの棚の上は雑然としていたが、ペンらしき物は一つしかなかった。
    「ボールペンってこれか?」
     拾い上げて手渡そうとした時、ジムは椅子をぐるりと回してヨハンと目を合わせる。
    「イエス! サンクス、ヨハン!」
     ジムがにこやかに受け取ったそれはありきたりな文房具ではなかった。
     ペンの上部にはカンガルーの上半身がくっついていて、その両腕にはボクシンググローブらしき物がはまっている。
     背中についている突起を押すと、カンガルーが鋭いパンチを繰り出す仕組みだ。
    「……なあ、何でこれが必要だったんだ?」
     ボールペンというよりおもちゃに近い。見たところジムの机にもペンはあるようだし、どう考えても今すぐ使う物とは思えなかった。
    「ノー・ビッグ・リーズン。こいつのパンチを眺めたくなっただけさ」
     ジムは親指をカチャカチャと動かし、カンガルーは虚空に連続パンチを仕掛ける。
     そんなはずない、何もかもお見通しで、ここから出るなと釘を差してきたに違いないとヨハンは直感する。
    「あのさ、オレ、ヒマだから抜け出そうとしたってわけじゃないぜ」
     つい出てしまった言い訳がましい一言に対して、ジムは首を傾げた。
    「ん? 何の話だ? 困った時は助け合うのがフレンドだろ。これ、とっても助かったよ。Thanks a lot」
     完敗だった。自分はきっと、ボールペンのカンガルーが放ったパンチにノックアウトされてしまったのだ、なんて妙なイメージが浮かんでいた。
    「……そうだな。ありがとな」
     ジムの主張する文脈からすればヨハンがここで礼を言うのは噛み合っていないはずなのに、彼は何も言わず笑顔だけ返してきた。
    「じゃ、ジムは引き続き課題頑張れよ。オレはどうしよっかなあ」
     と言いつつ、部屋の中でじっとしている以外にないんだと悟ってしまったヨハンは仕方なしにカレンの背後に置かれた箱から寝袋を取り出す。悠々とは言えないが広げられるだけのスペースは一応あるので、ひとまずその中に入ってみる。
     眠気は全く訪れない。
     課題に取り組むジムには話しかけられないし、家族と会話しても邪魔になってしまうだろう。
     照明がついたままの天井を無意味に見上げていると、その視界をルビーが遮った。
     真紅の大きな瞳を輝かせ、することが無いなら遊ぼうと誘うように見つめてくる。
    「今はダメなんだ。後でな」
     小声で呟き、指で鼻先を撫でるように動かす。ルビーは聞き分けよく、ヨハンの頭の上を飛び越えていった。
    「はー……」
     長い息を吐いた後、形式的に目を瞑る。寝るなんて無理だと思っていたのに、自覚していた以上の疲労があったのか、寝袋のほんのりとした温かさに包まれていつしかうとうと眠ってしまった。
     夢の中でジムとデュエルしていた。かなり苦戦していて、それでいて凄く楽しくてワクワクしていた。そのくせ今の状況は夢だって認識もうっすら持っていて、これが現実だったらいいのになんて考えている。
     いや待て現実なら、目を覚ましてもう一度やれば、こんな不利な状態にはならない、もっとずっと上手く、圧倒してやれるはずだ……
    「……ん」
     ヨハンが目を開けると部屋の中は薄暗くなっていた。天井の電気は消えており、窓とブラインドの隙間から光が漏れている様子もない。ただ一つだけ白い光源があって、どうやらそれはジムの机の電気スタンドらしいと把握した。
     寝袋から這い出ると顔のすぐ前にカレンの頭が出現していて、あまりの迫力に一瞬息が止まったが、よく目を凝らしてみると彼女も眠っている様子だった。ほっとしつつも、睡眠の妨げにならないようにゆっくりと立ち上がって離れる。
    「あれ?」
     てっきりジムは自分のために明かりを消して課題を継続しているんだと思ったのに、当の本人は机の上に突っ伏し、小さな寝息を立てていた。
    「……途中で寝ちまったのかな?」
     覗き込んでみたところで、課題が完成しているかはヨハンには判別出来ない。とはいえ起こすつもりは全く無かったので、寝袋が入っていた箱からブランケットの方を出し、寝落ちしている友人の肩にかけてやり、電気スタンドのスイッチもオフにした。
     眠気はすっかり失せてしまい、暗い部屋の中で暇を持て余し寝袋を丸めて片付ける。ブラインドを開いてみると外は徐々に白み始めていて、浅い眠りだったはずなのに既にそんな時間になっていたのかと驚いた。
    「もう朝か……」
     残っていたペットボトルのお茶をちびちび飲みながらぼんやり考えていると、電話の呼び出し音が静寂を終わらせる。
     待ち望んでいた連絡とはいえ、息が止まるような緊張感が走った。
    「はい。三沢?」
    「ああ。大丈夫か? 変わったことはないか?」
     相手の音質は相変わらず最悪だったが誰が何を言っているのかはわかった。
    「そうだな、何も問題ない。で、どうなってるんだ?」
    「時間がないからよく聞いてくれ。今、迎えのヘリがそちらに向かっている。それに乗ればデュエルアカデミアまで帰れる手はずになっている」
     三沢から伝えられた情報は、想像していたよりも遥かに良い知らせだった。
    「ほんとか!? よかった」
     電話が鳴った瞬間にこわばった肩の力が一気に抜けていきそうになる。
    「ただ、絶対に遅れずに乗るようにしてほしい。集合場所に急いでもらいたい」
    「了解。場所はどこなんだ? 時間は?」
    「その大学の3号館前の広場。時間は今から10分後だ」
     その言葉を聞いた途端に、落ち着きかけていた心臓がやかましく騒ぎ出す。
    「は!? 10分?」
    「そうだ。連絡が遅れてすまない。少々トラブルもあってな……ヘリを一台手配するだけでもなかなか大変だったんだ。確実に着くようにしてくれ」
    「つーか、3号館ってどこなんだよ」
     知らない土地で知らない場所を指定され、10分以内に辿り着ける気がしなかった。冷や汗まで垂れてくる中で、背後から肩を軽く叩かれる。
    「そこはオレに任せてくれ」
     自信に満ちた表情で立っているジムはいつの間にやら着替えを済ませており、カレンまでしっかりと背負っていた。帽子とカウボーイ・スタイルの見慣れた姿に何だか嬉しくなったが、喜んでいる場合でもない。
     ヨハンはすぐさまジムに端末を、三沢との通話を託した。
    「ハロー。話は聞いたぜ、随分とラウドボイスだったからな。Lawn Squareでいいんだな? 3号館前の」
    「ジムか。そうだ、間違いない。頼んだぞ」
    「ノープロブレム!」
     ジムはあっさりと電話を切ってしまうと、ヨハンに端末を返す。
    「さあ、急ごう。テンミニッツ……いや、ナイン? エイトかな。走らないと間に合わないぜ」
    「お、おう!」
     中身を出すこともなく置きっ放しにしていたバッグを片手で掴み、転がるようにして部屋から出た。
    「This elevator is old and slow 階段で行こう」
     そう言われて非常階段を駆け降り、ようやく外気を浴びることが叶う。
     早朝の空気はやけにおいしく感じられ、こんな時でもなければゆっくりと深呼吸したいくらいだった。
     正規ルートなのか近道なのか、細い道の角を何度も曲がる。ヨハンにとっては相当複雑に感じる道のりだった。
     上空にヘリコプターが飛んでいる気配が無い以上まだ大丈夫なのだろうと信じて、とにかくジムについて行く。
    「OK,ジャストインタイム! どうやら間に合ったようだ」
     何分経っただろうか、気がつけば芝生が綺麗に揃った広い空間に出ていた。3号館前の広場とやらはこの場所らしい。
     朝早いため人の気配はなく、聞こえてくるのは自分の荒い息遣いくらいだった。ヘリコプターが訪れる気配も、今のところなさそうに見える。 
    「はぁ、そうか。ありがとな。結構早く着いたな」
    「いや、ヨハン。向かってるみたいだぜ」
     返事をしたのはジムではなく、いつのまにやら上空を飛んでいたコバルト・イーグルだった。彼の目はヘリコプターを捉えているらしい。
    「あっ。ほんとだ。来てる」
    「Oh,イッツカミング!」
     ヨハン達の肉眼でも確認出来るまで時間はかからなかった。
     機体はみるみるうちに大きくなっていき、高度を下げ、空中でドアが開かれる。
    「ヨハン!」
    「え、三沢!?」
     ドアの中から顔を出したのは三沢大地だった。
    「何でここにいるんだよ?」
     三沢はそのまま異世界にいて、通信で誰かに指示しているとばかり思っていた。もちろんヘリの運転手は別にいるようだが、まさか三沢が自ら乗り込んでいるとは想定していなかった。
    「色々と理由はあるが……まあ、オレの責任だからな。無事で良かった」
     さっぱりと言い切る三沢は明るい朝の日差しを浴びてなお顔色が悪く、恐らく禄に寝ていないのだろうと想像出来てしまう。
    「三沢のせいじゃないだろ。オレが悪かったんだよ。多分」
    「まあ、なんでもいい。早く乗ってくれ」
    「おう」
     無事に帰れたら、もっとしっかりお礼をしよう。三沢に何をしたら喜んでもらえるのかちっともわからないが誠意を尽くそう、と心の中で決める。
     はしごを登りきる前に一度振り向く。お礼をすべき相手が、そこにもう一人いるからだ。
    「ありがとう。何から何まで世話になっちまって」
     ジムは長い腕を大きく振り、ニコニコ笑っていた。
    「Have a nice trip」
    「いやいや、あと帰るだけだっての!」
     思わず大声で突っ込んでしまったものの、明るく送り出してくれる気遣いはありがたい。
     次第に小さくなっていく友の姿を眺めながら、また必ずここに戻ってこようと、決意を新たにした。



     終
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