【行き先は自由】 人生を楽しむために必要なものは?
さぁね、そんな事いちいち考えない事じゃないかな
せわしなく進む今この瞬間を―
【行き先は自由】 Act.1 日常の延長
朝が来たとわかる明るさを背にスティーブン・A・スターフェイズは片付いた資料の山を見てひとりにやっと口角を上げた。
「終わった…終わったァ~」
解放されたと言わんばかりに万歳をすれば背中の筋肉が伸びるのがなんとも気持ちよく肩からは関節が動く音がした。
とりあえずこれから家に一回帰るか…いやでもその前に仮眠取って、あぁコーヒー飲みたい。でも自分で淹れるのめんどーだな
そんな事を思いながらスティーブンはふわぁっと柔らかいあくびをひとつこぼしていると事務所の扉が開く音がした。
「ちょえーっす」
「おや、少年」
「うわ、スティーブンさん」
少々驚いたようなリアクションを見せた人物―レオナルド・ウォッチにスティーブンはなんだよと怪訝な表情をして見せた。
「いや、朝からそんな顔せんでくださいよ」
「君だって来ていきなり何驚いてんだよ」
「そりゃ驚きもしますよ朝っぱらから徹夜したって丸わかりの顔で上司がいたら」
「やっと片付いたんだよ。ちょうどよかった少年、ちょっとコーヒー淹れてくれないか」
「あぁ、はい」
何か言いたげだったがスティーブンのリクエストにレオは素直にコーヒーを一杯、気持ち濃いめに淹れた。
その間にスティーブンはふらふらとソファのほうへと足を進めるとどかっと座ってそのまま天井を見上げるように背もたれに重心を乗せると「~」と意味もなく声を出した。
「今何時だ」
「朝の八時っす」
「早いなぁ~少年今日はバイトは?」
「休みっす」
「そうなのか、にしてはこんな時間に事務所に来るなんて何か用事でもあったのか」
「…別になんか目が覚めて家でぼんやり過ごすのもなって思ったんで」
言いながらレオは淹れたコーヒーをスティーブンの前まで持っていくと渡した。
「ありがとう」
顔を上げてコーヒーを受け取るとのぼる湯気を香るように吸い込むとはぁとため息を吐いてひと口飲んだ。
目元にできた隈と触ればざらざらとしてそうな伸びた無精ひげを見ながらレオはテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「~しみるなぁ~」
実に染みわたってくるというような声を出したスティーブンにレオは苦笑いするような表情を見せて
「俺が言うのもなんですけど根をつめすぎないでください」
「大丈夫だよ」
そう言いながらコーヒーをゆっくりと飲む姿もどこか絵になる雰囲気があるもんだとレオはぼんやりと思いながら手持ちぶたさに視線をふらつかせていると
「あの」
「なんだ?」
「あれなんすか」
レオの言葉と指さす先にスティーブンは顔を向ける二人が座っているソファの間にあるテーブルの端に見た事の無い鉢植えの植物がひとつぽつんと置いてあって
スティーブンはしばらくそれをじーっと見つめたままゆっくりとコーヒーの入ったカップをテーブルに置くと
「なんだあれ」
「いや俺が聞いたんですけど新しく買ったんですか?あんなの一昨日来たときは無かったと思うんすけど」
レオの言葉を聞きながらスティーブンはうーんと唸って目を閉じ考えた後
「あ、思い出した。クラウスだよ」
「クラウスさんが買ってきたんすか」
「いや買ったんじゃなくて譲り受けたんだよ。知り合いから、自分のガーデンに植えるスペースを整えないととかなんとか言ってたような」
「じゃあ今来てるんですかクラウスさん」
「あぁ行ってみたらいるんじゃないか?」
そう言った後スティーブンは大きなあくびをひとつした。
「見た事無い植物ですけどなんていうんだろ?まだ蕾だからこれから咲くのかな」
言いながらレオは興味深そうに植物をじっと見る。
「なんか変な感じあるか?」
「え?やばいものなんすか?」
「いやクラウスがここに置いてるんだ。そんなに危ないもんでもないだろ」
スティーブンのなんとも曖昧な返事にレオはもしかしたら危ない可能性もあるのかよと思いつつ目を発動させてその植物を視た。
ぶぉんと静かな音と共に青い輝きを見せるその瞳をスティーブンは少し離れた場所で眺める。
「特に怪しい感じはしないっすけど…なんか」
レオはそう言うと植物のほうへと近寄って
「うわッ」
「どうしたなんかあったか」
植物に近づいたレオの声にスティーブンは幾分の緊張を抱えて自分も植物のほうへと近づいたがそれはすぐに肩透かしを食らった。
「見てみてくださいスティーブンさんッこの植物葉っぱに石がくっついてますよ」
レオの言葉になんだと?と思いながらよくよく見てみれば太い幹から伸びる二枚の葉先に色が違う石がくっついていた。それは綺麗にカットされた宝石を葉先に埋め込んだかのようなもので
「こっちは赤いので、こっちは青だ…これ本物の宝石ですかね?」
「さぁ、どうだろうな少なくとも異界産の植物だという事はわかった」
スティーブンは言いながら本当に大丈夫なんだろうなクラウスと今頃この植物の為にせっせと準備しているであろうリーダーに思いを馳せた。
「ぶっちゃけガラスと言われればそう見えなくも無いし、少年こういうの判別できたりとかできないのか」
「いや、あいにく宝石見極める力は」
そういうのは無いっすよとこぼすように言ったレオにスティーブンはそうかとはなから期待はしていなかったように返事をするとその場でソファに沈んだ。
ふと、そういえばクラウスがここにこれを置きながら何か言っていたような気がすると思い出したが雑務のほうに集中していて話半分だったのと徹夜の影響で会話の中身が思い出せずスティーブンは眉間に皺を寄せるとうーんと唸った。
「どうかしましたか」
「いや、思い出したい事があるんだけど頭が働かんと思ってな」
「そりゃ徹夜で稼働した脳に荷が重すぎっすよ」
「でもコーヒー飲んで不思議とこう見えて目が冴えてんだ」
「それは一周廻って逆にハイになってる状態です。ヤベーやつです。仮眠室使ってください」
「こうなるともう逆に眠れないよな!」
「堂々と言う事じゃないっす!」
もうッと不満げな声を漏らすレオにスティーブンは短く笑って見せると
「まぁ少年のいう通り寝れる時に寝ておこう。悪いが少し休むから何かあったら起こしてくれ」
「わかりました。しっかり休んでください」
スティーブンはよっと立ち上がるともう一度背伸びをする。
腕を下ろした後植物へと視線を向けてじっと見つめているレオが視界に入って
「そんなに興味あるか」
「いや、なんか本当にこの石綺麗だなって思って」
そう言いながら手を葉先へと持っていき指先でその石に触れようとした瞬間、スティーブンは頭の中でクラウスの言葉が再生された。
『スティーブン、しばしここにこれを置いておくが決して』
「待てッ少年―」
『葉先には触れないように』
「え?」
ちょんと触れた指先に反応するようにぱぁっと石は光りそしてその光が収まった頃―
二人の姿はライブラ事務所から完全に消えていたのだった。
***
「バイト休みでよかったな」
「初っ端の言葉がソレっすか!?」
叫ぶようにつっこんだレオの言葉を流しながらスティーブンはうーんと眉間に皺を寄せた。
「ここどこですか?ってか何が起こったんすかッ!?」
「落ち着け少年。まぁなんというか今回は僕にも非があると素直に認めよう」
「なんすかそれ、あっ!なんか俺が触ろうとする前に言ってましたよね?もっと言えば思い出そうとして思い出せないって唸ってましたよね?!」
「こういう時の勘の良さったらないよなぁ少年」
ハッハッハッとわざとらしく笑って見せる自分の隣に立つ大人にレオは思わず殴ってやろうかと思ったがそこは言うても上司―しかもどちらかというと怖い上司―なのでぐっとこらえた。
石が光を放った瞬間にその眩しさに二人は目を閉じ、開けた時には事務所では無い白を基調とした部屋の中に並んで立っていた。
「君が葉先の石に触れようとした時に思い出したんだよ。クラウスが絶対にそこには触らないようにって、誰かが来た時は同じように伝えてくれって言い残してたの」
「そんな伝言っぽい事あんたすっぽり忘れてたんですか」
「申し訳ないと思っているよ。まさか植物に触ってテレポーテーションなんて」
「何でも起こるのがこの街っすよ。ていうか俺たちが今いるのHLなんすかね?」
何気ないレオの言葉にスティーブンは室内をざらっと見渡してある違和感を覚えた。
「少年、君の目で視てみてどうだ?」
スティーブンの言葉にレオは目を開く
「………何も、何もないです」
「という事はただの部屋か」
「いや、なんか」
レオは何か言いたげな様子で目を開けたまま部屋を見渡すようにその場でゆっくりと一回転した後
「この部屋外が見える場所が一個もありません」
「何だと」
レオの言葉に驚きながらもスティーブンは自分が感じている違和感が何だったのかお陰で気が付いた。
「何か違和感があると思っていたがなるほどな」
「いや、それだけじゃなくてそもそも視えないんです」
「…どういう事だ?」
「窓が無くてもこの目で視れば外の様子がある程度確認できるはずなんです。でもまったくそれが視えない」
「それって」
そこまで言ってスティーブンは思考する。
「ここは隔離されたような状態の場所」
「の可能性が高いっすね」
二人はしばし黙り込み静かな空間がただただその場に流れていった。
「あの」
沈黙時間を止めたのはレオだった。
「なんだい少年」
「玄関っぽいものも見当たらなかったんす。今更ですけど」
「なるほど、しかしこのままここに突っ立っているわけにもいかない、今からこの部屋を捜索するぞ。外に出られそうな場所が万が一でもあるかもしれない。とにかく気になるものがあれば逐一報告!」
「了解っす!!」
そうして二人は部屋の中を駆けずり回るがごとく捜索したがサニタリールームの扉以外、扉というものは無く
「完ッ璧な密室っすよォ!」
元立っていた場所に二人は戻ってきた後レオはそう叫びうぉーんと雄たけびを上げた。
スティーブンは元気な子だと思いながらそこから見える部屋の全体を改めて確認する。
自分達が立っているのはリビングの中央
L字型になっている仕切りの無いワンルームタイプって所か
L字の奥まった所にベッドがひとつ、一応あのスペースが寝室スペースとしているのか
リビングスペースとなるここには壁向きにシンプルなキッチンがひとつ、その前にテーブルと対に置かれた椅子。そして自分とレオナルド
の後ろにはベッドに背もたれを向けて平行するように置いてある白いカウチソファがひとつ―
確認し終わったスティーブンは隣で目に見えて落ち込んでいるレオを立たせると
「君、この部屋に見覚えあったりしないかい」
スティーブンにそう聞かれレオはしばし考えて首を左右に振った。
「こんな広い部屋に住めたらいいなとは思いますけど、もちろん窓と玄関付きで」
「うん、君のそういうなんだかんだで根が強い感じ嫌いじゃないぞ」
スティーブンはそう言うとレオの頭を撫でた。ふわふわとした見た目と違って意外とぱさぱさとした感触にトリートメントしてるのかと内心思った。
「僕自身も見た事が無い部屋だ。という事は少なからず。どちらかの記憶もしくは意識内から構成された物の可能性は低いな」
「…あッ!!」
急に大声を出したレオにスティーブンはびくぅと肩を跳ねさせた。
「なんだ急に大声出して」
「スマホ!」
そう言ってレオは自分のスマートフォンを取り出すと画面を確認して
「電波入ってます!」
レオの言葉にスティーブンも自分のスマホを取り出して確認する。確かに電波が入っていて
「連絡取るぞ!クラウスに電話だ!」
言いながらスティーブンは手早くクラウスの電話番号にかけたが耳に届いたのはツーツーというシンプルな音で
「つながらない」
「俺がかけてみます」
レオはそう言うと自分のスマホでクラウスへとかけてみたが結果は同じで
その後、ライブラメンバーに片っ端からかけてみたがどれも繋がらず
「メールはどうだ!?」
「さっき試しにやってみたんですけどダメでしたぁ」
泣きそうな声でそう答えたレオにスティーブンは短い悪態をひとつ吐くと頭を抱えた。
「でもこうして電波表示されてるって事はGPSは生きてる可能性が」
「どうかな電話もメールも繋がらないという状況からして特殊な電波障害を行っている可能性がある。それがGPS機能にも影響を与えているって事もあるし、そもそも僕らがいなくなった最終場所は事務所だ」
「あ、そうだった…」
レオはそうこぼすとうぅっと短い嘆きの声を溢した。
何もないのか、何かないのか
そう思いながら手に持っていたスマホの画面を眺めて、ダメ元でたまに使っている検索アプリを押してみるとあっさりと表示されて
「ス、スティーブンさんッネットが使えるっぽいです!」
「え?でもさっきメールは届かなかったって」
「でもこれ見てください検索サイトは開きましたよ!」
そう言ってレオは自分のスマホ画面を見せる。
画面を覗いたスティーブンは確かに表示されている検索画面を見た。
「どういうつくりなんでしょう」
「わからんが使えるならこれを使う手はない」
「それはそうっすけど、何を検索すればいいんすか」
レオの言葉にスティーブンは髪の毛をがしがしと雑に髪を掻きながら
「…植物だ。あの植物について検索かけてくれ」
スティーブンの言葉にレオは思いつく単語を入力して検索ボタンを押した。
いくつか出てくる候補をスクロールしながらそれらしいものはないかと見ていると
「あ、あった!」
ブラウザ百科事典というものに写真付きで紹介されていたそれはまさに事務所で見た植物そのものでレオは説明文を読んでいった。
「名称、キージュエリア。異界産の植物、太い茎と大きな蕾、そして葉は絶対に五枚以上は生えない特徴がある。葉先には色とりどりの宝石のようなものが埋め込まれたようにありその石の実態はまだ詳しく解明されていないが空間を持つとされている。その石に触れるとそこにいた者は石の中に閉じ込められてしまう」
レオが読む説明文を聞いていたスティーブンは
「つまりここはあの葉先についていた石の中って事なのかッ!?」
「空間に入ってしまった場合、植物の葉に現れる条件をクリアする事で蕾が開く。開花したその中に空間から脱出する為の鍵があるのでそれを使えばすぐに脱出できる」
「その植物が見当たらないんだが」
スティーブンがそう言った瞬間前方でごとんと何か固いモノがぶつかったような低い音がしたので二人で視線を向ければテーブルの上に事務所で見た植物―キージュエリアがあって
「いったいどっから…」
「さぁな、しかし概要が掴めた。その説明が正しいものならばこの蕾の中に鍵が入ってるって事だろう」
「そうですね…いや、待ってください。蕾の状態ではまだ鍵は無いみたいです」
「どういう事だ?」
スティーブンの疑問にレオは画面を見つめたままスクロールしていく
「鍵が入っているというより条件をクリアする過程を開花の過程とし、その過程で鍵を形成していくっていうのが正しい鍵の現れかたみたいです」
「つまり、このキージュエリアが出す条件を否が応でもこなさなければ俺達はここから出られないって事か」
「説明が正しければ」
レオはそう言いながら画面をじっと見ていたが不意に動きを止めたのでスティーブンは訝しそうな視線を向けて
「どうかしたか?」
「いえ、なんでも。それ以上の説明が無かったので」
「そうか」
スティーブンはふーっと息を吐いてから静かに深呼吸をすると
「葉に何か書いてあるか確認してみよう」
スティーブンの言葉にレオはごくりと唾を飲み込んで「はい」と小さく答える。どこか緊張しているような声色にスティーブンもなんだか静かに緊張した。
心臓が緊張でどくどくしているのがわかって少し息苦しい
そんな風に思いながらゆっくりと近づき見えた葉の表面に書いてある文字を二人は見て同じタイミングで首を傾げた。
《TALK》
「これは…どういう事っすか?」
レオは自分の隣にいるスティーブンに疑問を投げかけてみた。
「単純に考えれば話をしろって事だと思うが」
「俺とスティーブンさんとで?」
「あぁ」
「そんなの、さっきからしてるじゃないですか。え、それでいいんですか?」
「わからないが、とりあえず試してみないと正解が何なのかわからない」
「試すって」
「君と僕とで…会話、するっていう事」
戸惑いの空気が互いの間に生まれながらも、しかし他に方法は無いと二人は植物が鎮座するテーブルを挟んで向かい合うように座ると
「話をするぞ、少年」
「は、はいッ」
かくして、二人の思いもよらぬ閉鎖空間からの脱出劇が始まったのだった。