【行き先は自由】Ⅳ 子供の頃の記憶、思い出というにはひどくおぼろげなもの、
自分がいくつの頃合だったかも曖昧なくらい。
暖かくて、上着を羽織る事無く外にいても気持ちのいい風を受けていたのは覚えている。
太陽の日差しが歩く道を左右に伸びた樹々の葉の隙間から照らす。
空を隠すように茂る葉の形に影を作り出して道を模様づけているのを眺めているとふと目に止まったのは死んだバッタが動いている様子だった。
そのバッタが死んでいるとすぐにわかったのはカラダが横向きになっていたから、違和感を覚えたのはそんな体勢でそれが動いていたから
立ち止まってじーっと見て、それは死んだバッタが動いるのではない。動かしている者がいるという事を認識した。
それは小さな蟻だった。バッタよりも断然に小さい体の蟻がバッタの死体を引きずっている―
これだけあれば食べるに困らないのか、いやそもそもこれは食べる為に引きずっているのか。他に用途する事があるのか―
*****
離れた場所から水洗トイレが流れる音が聞こえ自分がいつの間にかぼんやりと何を考えるでもなく思考の中に沈みかけていたのだとスティーブンは数度瞬きをした。
久しぶりに子供の頃を思い出したな
スティーブンはそんな風に思いながらばたんと扉が閉まる音にソファに座ったままサニタリールームのほうへ背もたれに腕を乗っけるような体勢を取って見た。
のそのそとした足取りで何を考えているのか何も考えていないのかわからない表情でこちらへと歩いてくるレオを眺めていると不意に下方していた視線が上がってスティーブンを認識した。
「どうかしましたか?」
「いや、ただ見てただけ」
「人のトイレ後をっすか?」
「暇だから」
だからってそんなん見ても面白くもなんともないだろうにとレオは思いながらなんとなく感じた気恥ずかしさに幾分か歩みを速めてスティーブンが座っているソファに間を空けてレオも座った。
「すっきりしたか」
「そういう事いちいち聞かんといてください」
「ここは君と僕で会話しないと出れない空間だぞ。塵も積もればなんとやら」
「数撃ち作戦ですか?」
「黙っているよりマシだろう?」
スティーブンはそう言うと少し座りを直して背もたれに重心を置いた。
レオはスティーブン越しにダイニングテーブルに鎮座している植物・キージュエリアを見てみる。最初よりも緩やかに開いているように見える蕾だがまだまだ鍵を取りだせそうには無い。
いったいどのくらい会話をすればあの花は開くのだろうか
レオがそんな事を考えながら植物を眺めているとその視線に気が付いたスティーブンも同じように視線だけを植物に投げた。
「あとどのくらいで開くんだろうな」
「先は長そうな気がして」
ほんの少しうんざりだというような声色を出すレオにスティーブンは無自覚に眉を寄せた。
「まぁあれだ。バイトに間に合わなかったらなんか奢ってやるよ」
「別にいっすよ。今回の事は自分にも非がありますから」
そう言ってばふっと背もたれに背中を預けて両手を上にレオは背伸びをする。背中の筋肉がいい感じに伸びる感覚に唸るような声を出した。
「君は、」
呑気なもんだよなぁと言おうとしてスティーブンは途中でやめた。
「なんですか?」
「いいやなんでも」
なんとなく、言わないほうがいいという気がしたのだ。こちらを不思議そうな視線を向けていたレオだったがすぐに「そっすか」と短く言うと視線を外した。
「今頃、クラウスさんとか気づいてますかね?」
「どうだろうな、気が付いたところで外から出られる手立てがすぐに見つかるかどうか」
「確かに」
「まぁどちらにしてもこっちはこっちで出来る事をする他無い」
「する事」
「そ、君と僕が会話する」
人間とは不思議なもので普段生活で何気なく出来ていた事がいざこれをしなければならないと指定されると出来なくなってしまう事がある。
きっと今がその状況なんだろう。互いに無意識に意識して、とにかく話さなければという見えない圧を掛けている。
―力みを解かなければ
スティーブンはそう思いながら、その為にはどうするかと考えて
「なぁ、レオ」
「はい?」
「君、好きな人とかいないのか?」
「……………は?」
「いや、こういう時の会話の王道ってなんだろうなと思って考えてみたんだよ。あれだよあれ、えっとコイバナ?って言うんだっけ?」
スティーブンがそう言って顔を向ければ少々怪訝さを纏った顔のまま固まっているレオにもしかして聞いちゃまずかったのだろうかとスティーブンは静かに焦った。
「すまない、答えたくなかったらかまわないんだ。プライベートな事だもんな」
選択を間違えてしまったな、としたら次は何を出すか―
そんな風にスティーブンが考えを巡らせていると
「いますよ」
「ん?」
「好きな人、います」
それが先程の問いかけの答えだという事をひとつ間を開けてスティーブンは気が付いた。
「そうなのか」
「はい、おかしいですか?」
「まさか、全然」
「そうっすか」
正面を向いたまま黙ってしまったレオにスティーブンはなんだか気まずさを感じてしまう。
「スティーブンさんはいないんですか」
「え?」
「付き合ってる人とか、好きな人とか」
「いやぁ、生憎そう言う相手はいないかなぁ」
「そうですか」
ふと自分を見てきた視線にスティーブンも視線を動かす。ぼんやりとした感情が読めない表情で自分を見つめるレオにスティーブンは「どうした?」と声を掛ければ
「あの、前からやってみたいなって思ってた事があるんすけど」
「何?」
「その、」
そう言ってスッ、と指を自分に向け差してきたレオにスティーブンは何だろうかと戸惑っていると
「頬の傷に触ってみたいと思ってたんです」
思ってもみなかった要求に不意を突かれたがなんだそんな事かと拍子抜けしたような気持ちもあって
「なんだ、別にかまわないよ。今触る?」
「いいんですか?」
「あぁどうぞ」
そう言って顔をレオに近づければそれに反応するようにすいっと頭を一瞬引いたレオだったが興味が勝ったのかすぐに元に戻って
「じゃあ、触りますね」
そう言ってぴとっと遠慮がちに当たった指先は想像よりも冷たくて
上から下へなぞるように傷に触れる指先の動きに目を伏せてじっとしていれば遠慮がちだった指先の触れる面積が増えたのが感触でわかった。
「気になってたの?」
「はい?」
「僕のこの傷、いつから気になってたんだろうなって」
「う~ん、気が付いたらって感じですかね」
そう答えるとレオは触れていた指を離して「ありがとうございました」とお礼を一言。
「もういいの?」
「はい」
「そう」
「…あの」
「何?」
「痛いとか、あったりするんですか?」
「これ?いや特に無いよ。最初の頃は違和感というか、うん、そういうのも少なからずあったけど今はなんとも」
「そうですか」
そう言ってふっと、どこか安心したような表情を見せるレオにその表情にどんな意味合いがあるのだろうかと考えながら自分の思い過ごしだろうかなんてスティーブンは考えを流す。
先程まで彼が触れていた頬に自分の指を添わせてみれば、気持ち分冷たい気がして指先でさすって先程の感触を思い出す。
伏していた視線を上げてみればそんな自分を見るレオと視線が合ってぱちりとスティーブンは瞬きをした。
「どうかした?」
「……いえ」
ふいっと顔を背けたレオにスティーブンは首を傾げながら手を膝の上に戻すと
「僕も触っていい?」
「はい?!」
「僕は君の髪の毛に触ってみたいな」
スティーブンがにこりとそう告げればレオは驚いて開けたままの口を閉じる事無くスティーブンを見つめて
「だめか?」
「いや、だめでは、ないですけど」
「けど何?」
「そんな、触っても特に面白みないっすよ」
「それは僕の頬だってそうだっただろう?」
スティーブンはそう答えるとレオの口がぎゅむっと閉じた。
言い返せぬ悔しさを口の中にとどめているような唇にスティーブンは静かに笑う。
「特に嫌じゃなければ触っちゃうぞ」
「まぁ、触るだけなら」
どうぞとつむじを見せるように自分の頭を出してきたレオにスティーブンはぽすんと優しく手を乗せる。
思っていたよりもふわりとした感触はなく、どこかざわざわとした手触りにスティーブンはひとふさ指の腹に乗せるようにして触ってみる。
「きちんとトリートメントしてるか?」
「一応は。ま、見ての通りの癖ッ毛なんで洗ってすっきりできりゃいいんすよ」
「あのなぁ、ちゃんと気を使えば変わるもんだぞ。そうだ、今度僕の使ってるやつやるよ。今ストック溜まってるから」
「えぇッ」
スティーブンの言葉に怪訝そうな表情をしたレオを見て、ちくりと胸の内が小さく痛むような感覚にスティーブンは動かしていた手が止まって
頭上に乗せられた手がやけにリアルな重みを感じさせてきてレオは押し上げるように頭を上げると
「スティーブンさん」
「…あぁ、すまん」
名前を呼ぶレオの声に、現状に気が付いたスティーブンは慌てたように手を離せば急に軽くなった頭に妙な浮遊感を感じながらレオは顔を上げた。
「急に押し付けないでくださいよ。潰す気ですか」
「まさか、乗せてただけだよ」
「どうかしたんですか」
「いや、君が思ったよりも嫌な顔してたから」
「…………」
黙ってしまったレオに対してスティーブンは気まずいなと思いながら
俯いたまま表情が見えないレオに声をかけようとかと考えていると
「さっきの話ですけど」
「うん?」
「好きな人の話です。いるかいないか話したでしょう?」
「あぁ…それがどうかしたのか?」
「もし…俺の好きな人がこんな風に俺の頭に触った時、やっぱ髪の毛が軋んでたりしたらがっかりしちゃうもんなんすかね」
「それは、」
どうだろう、人にもよるんじゃないだろうかとありきたりな答えを言おうとしてスティーブンは言葉に詰まった。ふと、そんなにも彼は彼の思い人と距離が近い存在なのだろうか。
頭に触れるなんて、いや存外でもなく彼は他人に対して距離感は近いほうだから―
「スティーブンさん?」
俯いていた顔が静かに上がってその表情が見える。
何を考えているのかわからないのっぺりとした表情にされどスティーブンはひどく自分の心がざついた。
「スティーブンさんさっき触ってみてあんま良くなかったんすよね」
「ま、まぁそれは」
確かにそうだけどと尻すぼみに言いながら自分の手のひらを見てみる。
特に変わった所も無い己の手のひらが目に映る。
「君の好きな、その相手っていうのは君の頭を撫でられるぐらい距離が近いのか」
「そうですねぇ…一度触ってもらいましたし」
レオの言葉にスティーブンは驚いて目を見開く
「触ってもらったって?」
「えぇ、頭を」
自分の頭を指さして見せるレオにスティーブンは自分がとんだ勘違いをしてしまったのだと気づいて恥ずかしさで少し顔が熱くなった。
「…あの、もしかしてですけど勘違いしましたね?」
レオにツッコまれスティーブンはぐぬっと言葉を詰まらした後「悪かったな」とぶっきらぼうに謝りの言葉を投げた。
「いえ…ふふふ、そうですか、ははは」
「なんだよ」
不意に笑いだしたレオに、訝し気に視線を流せば気が付いているのかいないのか気にする様子も無く笑い終えた後ひとつ息を出した。
「そういう触り方をしてもらっても構わないんですけどね」
「ッ」
スティーブンは驚いた。自分の中にあるレオに対してのイメージは、なんというかそう、思ってもみなかったというのが正直な気持ちで
「君、そういう事言うんだな」
「そういう事?」
「軽めの下ネタとも取れるぞ」
「えぇ今のがですか?」
片眉を動かしてどうだかぁというような表情をして見せたレオは
「スティーブンさんは言ったりしないんですか?苦手ですか」
「時と場合による」
「なんだそりゃ」
よくわからんと唇を突き出してソファに座りなおすレオを眺めながらスティーブンも足を組みなおす。
「……別に相手に触ってもらおうとしなくたって、距離が近いんなら君のほうから仕掛けてみたらどうだ?」
「俺のほうから?」
「そう、君が相手を触ってみるとか」
言いながらやけに喉が渇くような気がしてテーブルに置きっぱなしにしていた水を飲んだ。冷えた水が喉に通っていく感覚が気持ちがいい。
「触ってはみたんですがいまいち反応は薄くって」
これまた予想外の言葉にスティーブンはむせてしまった。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫…なんだ、君なんだかんだで仲良くしてるんじゃないか」
「そう、ですかね?相手の反応薄かったんですよ。望みも薄いって事じゃないですか?」
「いやぁその辺は」
当人同士の様子を見てみないと何とも言えないと内心思いながらスティーブンはもやもやとする胸の内を誤魔化すようにスーツの襟を意味も無く正した。
「どんな人なんだい?君の想い人って」
そう問いかければレオは「え、」と言ったまま黙ってしまって
「いや、言いたくないなら構わないんだけど」
「たぶん、この思いが成就する事は無いので言いません」
「は?」
「相手と恋人同士になる事がひとつのゴールとするならば、その可能性はほぼ無いので」
「なんでそんな事言えるんだよ」
「あまりにも不釣り合いな人に俺は惚れてるんです」
そう言ってレオはほんの少し自嘲するような顔で笑みを浮かべて
「俺よりも仕事ができて、俺よりもかっこよくて、俺よりもすべてが優れている…憧れじゃないのかなんて思ったりしましたけど、憧れる相手に対して欲情したりしないでしょう?」
「欲情、するのか」
「俺もこう見えて一般的に性欲を持て余す成年男子なので」
「そっか」
「スティーブンさんは―」
そう言ってレオは動かした視界にふと映ったキージュエリアの花弁の開きに「あっ」と声を上げた。
「どうした」
「花が開いている」
「え?」
その言葉にスティーブンも振り返るようにキージュエリアを見てみれば花弁がふわりと開いている様子が目に入った。
「もしかしたら鍵が取り出せるかもッ!」
レオはそう言って勢いよく立ち上がるとそのままの勢いでキージュエリアのほうへと行こうとして
「これで、お―」
勢いよく出した足先がスティーブンの足に当たって前につんのめりそのまま顔面から床へ倒れそうになってレオはやばいと思ったがどうする事もできずにいるとスティーブンが咄嗟に腕を掴んで自分のほうへと引っ張った。
ぐわんと重心がぶれる感覚、声も出ずに目を閉じたまま全身に力を入れて固くなっていたレオはそんな自分の頬に感じた温かさと感じない痛みにゆっくりと目を開けながら体の緊張を解いていった。
「慌てすぎだ。自分の足元ぐらいちゃんと見ろ」
頭上に降った声に顔を動かせば自分を間近で見下ろすようにして見ているスティーブンの視線がぶつかってレオは一瞬頭が真っ白になって固まってしまった。
「レオ?大丈夫か?」
おーいと声を掛けながら頬を軽くつまんできたスティーブンにレオは仰け反るように立ち上がろうとしたがまた体勢を崩しそうになってスティーブンの胸にぼすんと舞い戻った。
「すんません…」
情けなさそうに謝罪の言葉をこぼすレオを自分の胸元に見ながらスティーブンはそのまま彼の背中に腕を回して抱きしめた。
「………へ?」
戸惑いの声がくぐもって聞こえスティーブンはまぁそうだよねと思いながら
「あの、いったいなにを?」
「いや、せっかくだから、うん…なんか」
何をしてんだろうなと自分でも段々と訳が分からなくなってきたスティーブンだったが腕は解く気配を見せず、そしてレオも逃げるつもりがあっても逃げれないのか、そのつもりは無いのか、スティーブンの胸の中でじっとしていた。
「俺も抱きしめてもいいですか」
「え?」
「せっかくだから」
「あ、あぁせっかく、うん、いいよそりゃ」
思っても見なかった言葉にスティーブンはなんだかドキドキとして自分の背中に感じた手の感触に小さく体を震わした。
「人って、ハグするとストレスが軽減されるらしいっすよ」
「へぇじゃあ僕達今お互いに癒されてるって事だね」
「そうっすね」
ぽつぽつと短い会話をしながら、心地は良くて
もう少し、もうちょっと、あと少しだけ
そんな風に思いながらお互いを抱きしめ合ってしばらく経った後―
「花、見てみないと」
レオの言葉ともぞもぞと自分から離れようと体を動かすその仕草にスティーブンは惜しく思いながらも言葉と態度には出さず彼を解放すると互いに立ち上がってリビングテーブルへと向かった。
*****
「開いてる」
幾重にもなる花弁が開いた状態でその中央に金色の鍵がひとつ。
「これでここから出られる―」
レオの言葉に「はずだけど」とスティーブンは言うと
「だが、気になる事がある」
「なんですか」
「俺達がここに来てすぐに行ったのは外に出られる扉があるかどうかの確認だった」
スティーブンの言葉にレオは静かに顔を青くするとわなわなと唇を震わした。
「鍵があっても挿すところが無ぇ!!」
「いやぁ今の今まで気が付かなったなぁ」
そう言ってわっはっはと笑うスティーブンにレオは腕を掴んでぶんぶんと揺らした。
「笑ってる場合ですかッせっかく出られると思ったのに、ていうかなんで最初に気が付かないッスマホ繋がってる時にもっとちゃんと読んどけばぁぁぁ」
レオはそう言ってうわーんと後悔の念を吐き出すように天井に向かって叫んだ。
「まぁまぁ、とりあえず鍵はゲット、と」
言いながらスティーブンは花弁の中にある鍵を掴んで取り出す。
人差し指程の長さで頭はコインがくっついているような造りのそれの上下を指で挟むように持って見てみたが特に代わり映えの無い、強いて言えばアンティークのような鍵で
「これはどこに挿せばいいんだろうな」
「キージュエリアがぽっと出てきたみたいに出口もぽっと出てこないんですかね」
「どうだろうなぁ」
「もしもこのまま鍵だけで出口が出てこなかったら」
「改めて室内の詮索と、いろんな可能性に賭けてみるしかないな」
「結局このまま出られずじまいだったら…」
「君と二人っきりで生活か」
「ヤダァー!!」
はっきりと言われた拒否の言葉にスティーブンはぎゅっと苦しくなるような感覚に眉を寄せる。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ」
「スティーブンさんだってこんな所早く出たいでしょ?残りの仕事だって―」
そう言いながら見たスティーブンの表情にレオは言葉が止まった。
「……どうか、したんですか」
「何がだよ」
「いや、」
無自覚、なのか?とレオは思いながら外した視線を改めて動かしちらりとスティーブンの表情を見ると元に戻っていて
「錯覚?」
「何がだ」
「いや、なんか―なんでも無いです」
「何だ何か気になる事でもあったのか」
「いや、これはめっちゃ個人的な事なんで、この件には関係の無い事なんで」
そう言ってぶんぶんと首を振るレオに隠し事をされたような気がして
「気になるな、言え」
「えぇ~」
「もしかしたら出られるヒントになるかもしれないだろ、ほら言え!」
「じゃ、じゃあ言いますけど…さっきスティーブンさん泣きそうな顔してたんでなんでかなぁっと思って」
「……は?」
僕が?泣きそうな顔を?
スティーブンは自分の中で疑問を浮かべながらそう告げたレオの、なんとも言えない気まずそうな表情を見つめていると不思議な気分になってきて
「さっきから、変なんだよ」
「どうかしたんですか?」
「君と話してると時々胸が苦しくなる」
「ん?」
「ストックをあげると言ったら断った時、何か奢ってあげるって言った時も断って、その時だって、いやもっと前から―」
自分で自分の感情が良くわからないようなこの感じは一体
「なんかもうちょっと甘えてくれたっていいじゃないかって思ったりもするし」
「なんすかそれ…俺に構ってもらいたいみたいな感じに聞こえますけど」
そう言って、なんちゃって冗談ですよという意味合いを込めて「ははは」と軽く笑いをこぼしたレオは次の瞬間すっと息を呑んだ。
見た事無い程スティーブンの顔が赤くなっているのを見て、
「え、えぇ!?ええッ?」
思ってもみなかった反応にレオは驚きとつられて自分も顔が赤くるのがわかって自分で自分の頬を挟むように触れた。
「そんなに驚くなよッ」
「いや、だって」
「くそッ今自覚した!」
「何がですか」
「君が好きだって、今、自覚した!!」
「………はぁッ!?」
瞬間、視界が白に近い程眩しい輝きに包まれて反射的に目を瞑れば体が地に足着いたまま浮き、そして重力が戻る感覚
目を開ければ、そこには見慣れたライブラ事務所内が映っていた。
*****
「スティーブン!レオナルド!」
聞こえた声に二人は振り向けば今にも泣きそうな顔をした大柄な男―クラウスが二人に向かって突進するかのように近づいてきて
「あぁッ良かった!!」
そのまま両腕にそれぞれを抱き込むようにハグされレオとスティーブンはそれぞれに小さく呻き声を出した。
「すまない、私が安易に此処にこの植物を置いていたばかりに」
そう言って詫びながら抱きしめる力にどんどん力が入っていくクラウスに「とりあえず離してくれッ締まってる!」
スティーブンの言葉にクラウスは慌てて二人を自身の腕の中から解放した。
「熱烈な歓迎をどうも、どうやらちゃんと戻ってこれたみたいだな」
けほっと息苦しさを出すように乾いた咳を出してスティーブンは室内をぐるりと視線を動かして見た後、安心したように息をはいた。
「今何時だ。ていうか、今日は何日だ」
「今は11時前になる」
「時間的にはこっちのほうが進んでいるのが遅いのかもしれないな、あっちではもう少し長く過ごしていたような気がする―」
さすがスティーブンさん、すぐに状況を冷静に判断しようとしている。
レオはそんな風に思いながら隣でクラウスと話し込むスティーブンを見上げる。
『君が好きだって―』
「で、結局この植物どうするんだ?」
「上で育てるつもりだ」
「大丈夫なのか?」
「肥料によってその効力を無効化させるものがある。無効化するまでは充分に気を付けるつもりだ」
クラウスはそう言うとレオのほうへと顔を向けて
「君にも迷惑をかけてしまった。すまない」
「いえそんな。こんなのこの街にいたらよくある事のひとつっすよ」
そう言って笑うレオにクラウスはすっと頭を下げて
「君の芯の強さには称嘆痛み入る。レオナルド君」
「そんな、全然ッ」
謙遜を見せる相手をクラウスは褒め称えながらレオと会話を交わし、そんな様子をスティーブンは隣で見つめる。
『たぶん、この思いが成就する事は無いので―』
「二人が無事に出てきたので植物を移動してしまおう。ギルベルトにお茶を入れされるからゆっくり休むといい」
クラウスはそう言うと、キージュエリアを持つとそそくさと部屋を出て行き
二人きりになったレオとスティーブンは顔を合わせるでもなく声を掛けるでもなく
静かな時間がどれほどだろうか経った後―
「君、言ってたよな」
不意にスティーブンの声が室内に静かに響いてレオは小さく肩を震わした。
「自分の恋が成就する事は無いって」
「ッ」
その言葉にレオは反射的にスティーブンを見れば自分を見つめるスティーブンの視線を見つけて
「僕にそれをくれないか」
「え―?」
「自覚したからには僕は引く気は無い。今の恋が成就しないと諦めているなら僕は平然とそこに漬け込むぞ」
「………自分で結構えぐい事言ってるの自覚してます?」
「してる。それでも君を諦めない」
スティーブンはそう言うとレオを改めてまっすぐに見直して
「面倒な男に好かれたなと思うだろうが後悔はさせない」
はっきりと告げたスティーブンにレオはしばらく黙っていたが
「撤回します」
「何を?」
「俺の、恋が成就しないって言った事」
レオの言葉にスティーブンはどういう意味だとしばらく考えて、点と線がつながった瞬間、自分の顔がぼんっと熱くなって
「そ、それって」
「だってッこんな事になるとは思いもしませんよ!!なんなんすかッ」
そう言ってレオは自分の顔を手のひらで覆う。
「こっちは諦めようと思って最初で最後に触っておこうって覚悟して」
くぐもって聞こえた声にスティーブンはレオの手首を掴んで
「顔見せてよ」
「嫌ですよ」
「こっちはこっちで、君のその行動のおかげで自覚したんだ。自分で言うのもなんだけど大人の恋のこじらせ舐めるなよ」
「こえぇぇぇ!こえーよぉ」
なおも顔を見せないレオにスティーブンはぐいっと手首を引っ張って
「ぅぅ」
真っ赤な顔で恥ずかしがるレオにスティーブンはごくりと喉を鳴らす。
「好きだ。君が、好き」
ストレートな言葉にレオはどくんと自分の心臓が跳ねるのが分かって
「君の返事を聞きたい。ちゃんと言葉にして、欲しい」
これは夢なのだろうか。レオはそんな風に思ったが自信の手首に感じる温度に圧に、小さな震えに、現実なのだと自覚して
「好き、です。貴方が好き」
そう言って閉じていた目をゆっくりと開けば、見えた笑顔に、そしてそのまま抱きしめられた温度に、レオも腕を回して抱きしめ返した。
満たされるようなこの感覚は何だろう。
開かれた扉の先は
きっとどこまでも自由なのだ―
終