《KNOW EYE KNOW》 自分の眼前を元は壁だった茶色い塊が通っていく
スローモーションでその塊と塵たちがはっきりと見えるのは直前に訳あって神々の義眼と視界を共有していたから
神々の義眼―それはこの世のすべてを視る事ができるもの
それを持つのは、異界と現世が交わる元・紐育だった街、今はヘルサレムズロッドと呼ばれている、この場所ではあまりにも平凡すぎて似つかわしくない少年、レオナルドウォッチ
「スティーブンさん!」
「大丈夫だ、ザップッレオを安全な場所へ」
指示を出しながら自分自身も安全な場所へと逃げる。その間に共有は消えていた。
この街には三分に一度、いや一分に一度…言い出したらキリがない程、やっかい事には事欠かさない。大なり小なり常に騒がしいのがこのヘルサレムズロッドという街
関わっていた狂騒が落ち着いた頃、スーツの汚れをはらいながら見えぬ空を見上げ、ふと物思いにふける。
彼はあんな世界を見ているのか
いつの頃だったか十代の時だったという覚えはある、読んでいた小説の中に恋人に対して貴方の世界が見えたらいいのにという一節があったのを思い出す。
あれはそんな事は絶対にできないとわかっているからこそ、相手への情の強さを伝える為の台詞なのだ。そう、本来ならばそんな事はできないのだ。
彼の見ている世界が見えるのは、彼の、その目が特別だから―
僕は、恋人の見ている世界を見る事ができるのだ。
*****
「今回も中々に大変でしたね」
ソファに座って小さく息をはいたレオナルドは濡れた髪の毛をタオルで包むようにしてわしわしと拭いていく。
「あぁでも予想より早く片付いてよかった。おかげでこうして君と一緒にいれる時間が増えた」
「そうっすね」
タオルに隠れてしまって見る事の出来ないその表情を惜しく思ったがきっと照れているのだろう。スティーブンはそんな風に想像しながら彼の隣に座るとペットボトルのミネラルウォーターをテーブルの上に置いた。
「水で良かった?」
「ありがとうございます」
かぶっていたタオルを首にやり「いただきますッ」ペットボトルを手に取ると勢いよく飲んでいくレオの姿を横で見る。しっとりとした髪の毛はいつもよりおとなしい印象を見せ、シャワーを浴びた肌はどこか無防備に感じた。
「ぷはぁ、あー気持ちいいー」
そう言って跳ねるように両足を一度浮かせはしゃぐレオにスティーブンは微笑みながらその様子をじっと見ていると視線に気づいたレオが「どうかしましたか?」
「いや、見てて飽きないなぁって思って」
「はぁ、」レオは疑問符を薄く顔に貼り付けたような表情を見せて「そうっすか」
「今日の仕事はさ」スティーブンは右人差し指をすっとレオのほうに向けて「君の、その目のおかげでスムーズに事が進んだ」
「それは、まぁ役に立てて良かったです。でも一瞬ヒヤッとしましたよ。スティーブンさんと視界共有してた時、がれきが目の前飛び散っていくんですもん」
「不思議な感覚だったよ、まるで映画のコマ送りを見ているような気分に一瞬だったけどなった」
スティーブンは足を組んで「あれが君の見ている世界なんだね」
そう言えばレオはきょとんとした表情を見せた後「いっつもあんなに物事がゆったり流れてるわけじゃないっすよ?」
「そういう事じゃなくて」スティーブンは小さく笑った後「共有してたって事は僕は君の見ている世界をあの時見ていたって事になるよねって話」
「……そう、っすねぇ」
「あれ?いまいち伝わってない?」
「いや、あの時どちらかというとスティーブンさんが主体としての視覚共有だったのでオレの、というよりスティーブンさんの見ている世界にオレの目の付加価値がくっついていたと言ったほうが正しいのではないかと」
レオの言葉にスティーブンはしばらく考えて「あ、そっか」今まさに真実に気が付いたという風な情けない声が出た。
「え、え~ほんと、そうじゃん。うわ、なんかショック」
「なんでですか」
「だって僕、あの時君が見ている世界を見れてちょっと嬉しいなとか思ったんだよ」
「なんすかそれ、そんなに視界共有したかったんすか」
「だってそんな事その目じゃないとできないだろう?」
「それはそうですけど」
「僕はさ」スティーブンは組んでいた足を直しそこに肘を置いて手のひらに顎を乗せると「君の見ている世界を見たかったんだよ」
「え、趣味ですか?」
「君なぁ」よくわかっていないという風な返事をするレオに不満げな表情を見せながら「好きな人がどんな風にこの世界を見ているのか気になったんだよ」
「……あっ!惚気られているッ?」
「その解釈もどうなんだろうと思うけどまぁ感覚的には近いと答えておこう」
スティーブンの言葉にレオは小さく口をあけたまま
「別に、おんなじですよ」
「だったら見せてよ」
「は?」
「君が今見ている世界を見せて」
そう言って面前に顔を近づければレオは驚いた顔で仰け反ってそのままソファに倒れてしまった。
「ッと……ちょちょちょッ!」
そのまま自分を抱きしめるように覆いかぶさってきたスティーブンにレオはわーわーと騒いで
「明日バイトだから今日はしないって約束したじゃないですか」
そう言って自分の腕の中でもぞもぞと体を動かすレオの耳元に「わかってるよ」と囁けばびくりと肩を震わして
「だからって君に触っちゃだめとは聞いてないけど?」
「ッ、揚げ足取りだ!」
「抱きしめる事すらダメなのかい?」
甘えるように囁けばぐぬぬと唇を真一文字に噤むような仕草が感じ取れた、もとより兄気質な性格は承知している。甘えられる事に彼は無自覚に弱い。
「あれもダメこれもダメなんて、せっかく恋人と一緒にいるのにそんなの寂しいよ」
スティーブンはそう言って「レオ」と相手の名前を優しく呼べばしばらく黙っていたレオの口からため息の様に息がこぼれた後
「抱きしめるだけですよ…あの、ほんと…するとバイトに響くのホントそれはだめですからッ」
「あぁ、約束は守るよ」
そう言ってぐりぐりと首元に額を寄せていると「あの」
「ん?」
「……一応、言っておきますけど、その、スティーブンさんとの、そのぇ、えっちが嫌とか、そういうんじゃねーですから」
ぼそぼそと最後は耳を真っ赤にしながらそう伝えてきたレオをスティーブンはぎゅうっと隙間をなくすように抱きしめればレオは「ぐぇ」と苦し気な声をひとつ出した。
「君は本当に、そういうとこだぞ」
「くるしい、っす」
力を緩めながらも、どうしようもなく溢れる感情にもどかしさを感じながら、我慢我慢とスティーブン自分に言い聞かせてレオのこめかみにそっとキスを落とし、今度はやさしく抱きしめなおした。