洋菓子店パロ幼い頃からケーキが好きだった。
きっかけはなんだったかは忘れたが、たまに仕事終わった後にケーキ屋に寄って家でケーキを食べている。
スイーツと紅茶を昼下がりにいただくのは至福の時間だ。上司に怒られた時、仕事相手に唾を吐きかけられた時、ありもしない噂がたち、後ろ指を刺された時…むしゃくしゃしてはスイーツを食べた。スイーツを食べることは俺にとって、嫌な事を忘れ、気持ちを切り替える大事な作業だった。
美味しいケーキを毎日食べることが昔からの夢だった俺、アーサー・カークランドは、勤めていた会社の営業を辞めて、ケーキ屋を営むことになった。が、料理を作ることが好きなのだが、その、なんというか、下手くそすぎるのだ。自分的にはいい出来なのだが、人に食べさせるとなると、相手に嫌な顔をされてしまう。そこでこの前、作ることは出来ないが、ケーキを売ることならできると考え、自分の店を作ると決めた。そして、自分の店で働いてくれるいいパティシエを探していた。
「いねぇーー…」
俺は頭を掻きむしった後、店のテーブルに突っ伏した。募集のチラシを店のテナントの周辺のお店に貼ってもらったが、誰も来てくれなかったのだ。よく考えたら当たり前だ。そこら辺にパティシエなんているわけない。そんな簡単に見つかっていたら、街中がスイーツ店だらけだろう。俺はそれはそれで嬉しいが。店だけあってもパティシエがいなかったら仕方がない。
そこで自身の数少ない友人である、日本在住の菊に連絡をとった。菊は、俺が店を開けるに当たって色々相談してきた相手だ。時差を計算して、今なら大丈夫かな、と考えながらスマホを取り出した。菊は元々自分と同じで友達が少なかったが、最近インターネットなどを通じて他国の共通の趣味の友人が増えたらしい。彼は洋菓子は作れないけれど、誰かの当てがあるなら…そう信じてスマホを操作した。3コール後に聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「申し申し」
「菊!ちょっといいか?」
「ああ、アーサーさんではないですか。どうしたんですか?」
「俺の店で働いてくれる人間が居ないんだよ…なかなか見つからなくて…」
「あら?その店周辺で従業員を探すって言ってませんでしたか?そのほうが雇う方も楽だって…」
「俺のやり方も悪いと思うんだが、やっぱり見つからなかったんだ。どこに住んでるやつでもいいから知り合いでパティシエがいたら教えてくれないか?」
俺は焦りながらそう言った。
「うーん、私の知る限りでお菓子に関わるお仕事をしているのは、1人しかいらっしゃらないのですが、それでもよろしいですか?」
「いるのか?頼む、教えてくれよ!!」
俺は食い気味で頼んだ。
「わかりました、ちょうどその方は働き口を探しているそうですよ。連絡先を送りますね。」
「最高じゃないか!俺は運がいいな!………………ありがとう、菊」
俺は目を輝かせながら、はやる気持ちを抑えてそう言った。最後の感謝の言葉は小声になってしまったが、きちんと聞こえているだろうか。
「はい、では後ほど。」
俺は興奮のあまり妖精達と嬉しさの共有をした。
そんなことをしていると、菊からその人物の連絡先を送られていた。
後日俺の店に来た人間は、俺のようなボサボサではねやすい髪とは真逆の、ふわふわとした肩まで伸びた触り心地の良さそうなウェーブのかかった金髪で、今にも吸い込まれてしまいそうなアメジストの目をした―
髭の生えた男だった。
俺は、女だったらタイプだったのにな…と心の中で舌打ちをした。そう、昔会ったあの子のような―
「Hello.ええと、俺はこの店のオーナーになる、アーサーだ。君の名は…フランシスだよな。よろしく。」
「あぁ、Bonjour.よろしく。」
2人は軽く握手を交わしたあと、店の椅子に腰掛けた。
「突然だが、実は俺は君が来るまで、君のことを調べさせてもらったんだ。君は、フランスの有名な洋菓子店で働いていたそうじゃないか。なぜそのような実績があるのにこんな小さな店のうちに来たんだ?」
「…」
「お、おいどうして黙ったんだよ、もしかして言いたくない事だったのか?そしたら悪かっ」「俺がモテすぎるからだよ!!!」
そうフランシスが叫んだ。俺は
「は?」
とつい間抜けな声が出てしまった。何を言っているんだこの男は。
「俺が男女問わずモテすぎるせいで従業員2人が俺を取り合って暴力事件を起こしたり、店長と深い中になって嫁が職場に怒鳴り込んできたり、バイトの女子学生が俺に焦がれるあまり自殺未遂をしたり…
毎日夜過ごす相手を取っかえ引っ変えしてたらこんなことに…俺は地球上の全ての人間から愛される運命なの。きっとすぐお前も俺の美しさに酔いしれるよ、ああどうしよう…
俺って………罪……」
俺はしばらく固まったあと、ひとつ咳払いをして話し始めた。
「えーと、聞いて悪かった。うちは小規模経営でやってくつもりだから。あと大丈夫だ、俺はお前に惚れたりしない。」
「いや…俺に惚れなかったやつはいないから。お前も俺にすぐに夢中になる」
と言って、フランシスは俺の顎をすすす、と人差し指で撫でた。
「いいいきもちわりぃっっっ!!!!やめろよ!!!!」
俺は猫のように髪を逆立たせて、椅子から立ち上がって店の端まで後ずさりした。
「まぁでもお前は俺に惚れなくていいよ。顔はいいけど性格は全然俺のタイプじゃないし。」
「なんだよ好き勝手言いやがって!!」
「だからいいでしょ。俺はお前のことタイプじゃないし、お前は俺に惚れないから一緒に寝ることはないでしょ。」
「は?どういうことだよ」
「もし今俺を不採用にして、他に当てあるの?」
「…ないけど」
「でしょ?俺ももう働くとこないから採用にしない手はないよ」
つまり、店内でトラブルが起きないから俺がこいつをクビにして人手がいなくなることも、こいつがやめて俺の職がなくなることも無いというわけだ。このことはお互いにメリットがあるため、俺は何も言い返せなかった。
「わかった…まぁいい。なにか俺に作ってくれよ、その荷物、材料が入ってるんだろ。採用試験だ。」
「はいはい、仕方ないなぁ。」
「なんだよその態度!!」
怒った俺を後目に、フランシスは制服に着替え、厨房に入り、それはもう文句無しの手際で菓子を作り上げた。
「はい」
「なんだこれ」
「フロマージュ・クリュ。チーズケーキみたいなもん。いいから食べてみろって」
「……ふわふわしてて美味い。」
滑らかなクリームチーズとちょうどいい焼き加減のタルト生地が相まって美味だ。白いクリームの上にブルーベリーが乗っているのがよく映える。舌触りも文句無し。
「だろぉ?じゃあ返事はひとつだよね」
「仕方ねぇな、採用」
朝目が覚めたら、1杯の紅茶を飲んでからすぐに着替え、車を出した。今日はついにオープン初日だ。ここまで来るのに長かった。大学で経営学を学んだ後、いいテナントを探し、(ちょうど)いいパティシエにも恵まれた。女性の教授の胸が大きくてじっと見てしまい授業に集中できなかったり、店に出すメニューの試作品をフランシスに勧められ、食べたが「これは美味いな!」「上出来だ」くらいしか感想が言えず、「なんの味だかもわかってないでしょ、この味オンチ!」と怒鳴られたりしたな…と、過去を振り返り涙ぐみながら車を走らせると、いつの間にか店に着いていた。車を店の裏の駐車場に停め、中に入りギャルソン服に着替えていると、フランシスが「Bonjour」と、店に入ってきた。
「そろそろ店開けるから準備しろ」
「はいはーい」
フランシスが着替えている間、アーサーは店内を軽く掃除し、開店に備えた。
店の外に出て、2人で外装を見つめた。
「ついに開店だな。これから頼むよ」
「わかってるって」
「お前じゃ頼りない気がするけどな」
「それお前が言うか!?!?」
こうして俺とクソ髭…じゃなくて、フランシスとの経営が始まるのだった。
ちなみに、パティシエ1人で店を回すのは難しいので、俺はオーナー兼ギャルソンとして働くことになった。悔しいが、キッチンを手伝うことは出来ないからな。フランシスにも、「眉毛はキッチンは立ち入り禁止だからね!」と念入りに注意された。
どうやら菊からも俺の味音痴ぶりは聞かされているらしい。
「こんにちは、中いいですか?」
「はい、いらっしゃいませ」
初来店のお客様は20代位の女性2人だった。
「素敵なお店ですね、内装も綺麗で」
「ありがとうございます。今日開店したばかりなんですよ。こちらメニューです」
「そうなんですか!あら、どれも美味しそう……じゃあアフタヌーンティーセット2つで」
アーサーは厨房に向かった。
「オーダー入ったぞ、アフタヌーンティーセット2つ」
俺は厨房に向かってそう言ったら、
「りょーかい」
フランシスは顔を出して返事をした。
すると、
「ねぇみて!あのパティシエさんすっごくかっこいい!!!」
「ほんとだわ!!髭がとってもセクシー………」
2人の女性はうっとりとした顔をしてフランシスを見つめた。
つまらない。とてもつまらない。
俺は厨房に向かった。
「何?なんか用?」
「まぁおモテになることで」
「まーね。俺は老若男女に愛されるお兄さんだから。お前は童顔だから好かれるのはせいぜい熟女か男だろ」
嫌味ったらしく言ってやったのに余計な一言を交えて突っ返された。