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    n_i7r

    @n_i7r

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    一次創作 凡人の博士が天才の所長に巨大感情を抱いていた話

    ミザワ博士とリー所長 一枚の写真がある。先日行われた政府表彰式典の際、出席した研究所の全員で撮った記念写真だ。真ん中に浮かんでいる大きな花束、いや、大きな花束を抱えた、金髪の小柄な女性がリー所長である。この国家を挙げた一大プロジェクトの指揮を先頭で取り、見事成果を示した。彼女こそ千年に一度の逸材、天才科学者である、と、国営メディアもこぞって書き立てている。そんな乱痴気騒ぎがお気に召さないのかもしれない。この孤高の科学者は眉を顰め、まるで花束に似合わない、ニコチン中毒の禁煙者みたいな不機嫌な面をぶら下げて写真に収まっている。
     そこから数メートルほど離れた二列目、右端。大柄な男性が背を丸めるようにして、遠慮がちにちょこんと映り込んでいる。顔はにこにこと優しそうで、敵意の欠片も無く、見るもの全員に安心感を与えるような印象があった。彼はミザワ博士と言う。特技は美味しいコーヒーを淹れること。
     ミザワ博士はリー所長の助手である。資料の整理や官庁への申請、出張の手配、実験のスケジューリング、疲労で肩腰崩壊寸前の彼女のために深夜にコーヒーを淹れる、等々の庶務を担っている。……ご指摘の通り、博士、との肩書の割にその仕事内容は雑用と呼んで差し支えないようなものばかりである。随分な扱いではないか?とお思いになるかもしれないが、事実を言えば、ミザワ博士も少し前まではこの研究所の研究員だったのだ。ある日不幸な事故に遭い、足と頭をほんの少し怪我してしまって、その職任を十分には全うできなくなったので、リー所長とミザワ博士自身がよく話し合ってこうすることを決めたのだという。

     「かわいそうなミザワ博士は、リー所長のために人体実験の実験体になったのだ」

     という噂がある。噂に過ぎない。以前、ミザワ博士を心配した同僚が直接それとなく聞いてみたが、ミザワ博士は笑って首を振るばかりだった。「そんなわけがあるものか。今だってこうして働かせてもらえて、僕は国家の偉業に携わることができて嬉しいんだよ」と、彼は穏やかに、それ以上の答えを拒絶し、事故以来悪くした足でびっこを引いて去っていった。そもそもリー所長の研究所は重大な国家プロジェクトの本営であり、(大きな声では言えないが、)人体実験など造作もないことであったのだ。申請さえすれば司法省から生きのいい受刑者を特別な許可の下「検体」として貸し出してもらえる。だからミザワ博士自身がその馬鹿馬鹿しい噂を否定するのなら、みんな、それもそうか、と受け入れるしかなかったのだった。
     リー所長は助手になったミザワ博士をよく気にかけた。ミザワ博士は足を悪くしたから、淹れたコーヒーを運ぶのにもびっこを引く。以前それで研究室で盛大に転んでしまったとき、真っ先に駆け寄ったのも彼女だった。即日研究所には配膳ロボットが一台導入された。共用のコーヒーマシンの横に紅茶のパックを置くまでには、申請に次ぐ申請のフローを遥々乗り越え二年かかったというのに、配膳ロボットの設置は、ミザワ博士の仕事に必要だというだけで実験機材の導入並に早かった。あの冷淡無情を絵に描いたようなリー所長がそんなふうに他人を気に掛けるなんて、研究員たちにとってはにわかには信じがたいことだった。ミザワ博士に弱みを握られているからだ、なんていう雑な邪推も生じ、結果先述のようなゴシップを呼んだのだった。
     ミザワ博士は頭と足を少し怪我したことによって、歩き方は少し下手になり、物覚えも少し悪くなった。代わりに人当たりは少し良くなって、淹れるコーヒーも少しおいしくなった。しかし、頭を怪我する以前のミザワ博士のコーヒーの味を知っている人間はこの世に誰もいないから、以前よりもさらにおいしくなっている、なんてことも誰も知らない。

     ミザワ博士がまだ両足で上手に歩けた最後の夜、彼はコーヒーを淹れていた。コーヒーマシンは使わず、自分で持ち込んだミルとポットを使っていた。その夜彼が淹れた最後のコーヒーは結局誰の口に入ることもなく冷め、翌朝、清掃員にちゃっと流しへ捨てられたが、本来は彼とリー所長のために淹れられたものだった。誰の口にも入らなかったのは、リー所長がコーヒーも飲めないほどに追い詰められていたからだった。
    「検体が間に合わない」と、リーは噛み締めた奥歯の隙間から漏らすように言った。「あと一つ、一つでいいからデータを取りたいだけなのに」
     リー所長の、いや、このプロジェクト全体の逼迫した状況を、当然ミザワ博士も理解していた。どうしても成果を間に合わせなくてはいけないこと、今から申請したのでは「検体」の提供に二週間はかかってしまうこと、それでは到底間に合わないこと、間に合わなかった結果に訪れる最悪の事態のことも知っていた。
    「……いっそ、私の脳を使うか」
     リーが呟くのを、ミザワはぎょっとして聞く。ミザワの気色を察してか、リーは掻き乱した前髪の隙間からミザワを鋭く睨みつけた。
    「少なくとも死ぬような実験じゃない。ミザワ。今頼めるのは君だけだ。内容を指示するから私を……」
    「賛成できかねます。リー、あなたは所長だ」
    「だからなんだ!」リーは悲鳴のように叫んだ。「他に方法があるのか!?お前に何ができる!?」
    「……」
    「何かあるなら教えてくれよ……!」
     ミザワ博士はリー所長の抱える幾人もの部下の一人に過ぎなかったから、このように一対一で対面することもたまたま今日が初めてだった。初めてだったからこそ、労をねぎらいたくて彼なりに度胸を振り絞った一杯は、触れられることなく、まだそこで湯気を立てていた。
     ミザワ博士は一歩前へと進み出た。おもむろにその場に跪き、リーの表情を覗き込んだ。ミザワの、木星の渦のようなヘーゼルの瞳に、憔悴しきって蒼白なリーの顔が映り込む。
    「ドクター・リー。検体なら、僕をお使いください」

     時はさらに遡る。これからするのはミザワ博士の半生からその最後にまつわる話である。
     彼が十二歳の時に生まれた妹は、六年も生きられずに病で死んだ。脳と神経系に異常を来し、最後には呼吸器が麻痺して亡くなる病だった。入学試験の面接の際も、また誰かに「どうして医学を志すのか」と尋ねられた時も、彼は妹のことを話した。「幼くして亡くなってしまった妹のような子供を救いたいのです」と言えば、およそ全ての人物は彼に同情し、共感を示し、敬意すら表するのだった。
     やがて彼は優秀だが凡庸な研究者となった。ちょうどその頃、リー博士の論文を読んだ。『脳神経組織の人為的再構築による身体機能の再定義について』と表題されたそれは、彼の妹のような患者を治療しうる技術について記されていた。センセーショナルな研究成果は世界からの注目を受けたらしい。一般向けの雑誌にもリー博士へのインタビューが掲載されていたのでざっと目を通した。
    「進行性の病を患う友人がいる。彼のために必ず実用化させたいんです。」
     新設される国立研究所の研究員にミザワ博士が応募したのはそれからすぐのことだった。

     麻酔のマスクをかけられながら、ミザワは案外眩しくない処置台の照明を見つめた。「何を馬鹿なことを言う」「その馬鹿を先に言ったのはリーではありませんか」「側頭葉の一部を傷つけるんだ、後遺症が残るぞ」「それこそあなたの頭に残ってはこの国の損失です」。十三分程度の押し問答の末、ミザワは根勝ちした。むしろリーの方が本音では負けたがっていることも、まだ聡明なミザワはちゃんと見抜いていたからだった。
    「これから麻酔をかける。……何か、最後にあれば、私が聞き届ける」
     逆光の中のリーが苦悶に目を細めた。何かあれば、とのことだったのでミザワは考える。
     後悔は特にない。この先もきっとしないだろう。凡庸な自分が生きながらえたところで、歴史に名を残すようなことは万に一つもないであろうことは自分でもよくわかっていた。むしろあなたには感謝しているんですよ、リー博士。僕はあなたになりたかった。
     あなたの論文とインタビューを読んだ時、「これは僕だ」と思ったのだ。実に滑稽だがそうなのです。僕がこれまでつき通した嘘と欺瞞でできた理想の姿がそこにあった。実を言えば幼い妹の顔なんかとっくに思い出せないのだ。特筆するような思い出もない。年が離れすぎて、妹が生まれたという実感もないままあの子は死んで僕の人生から去ってしまった。かわいそうだとは思う。しかし僕は自分に都合の良いように妹の存在とその死の傷を嘯いてきたに過ぎない。矛盾するのは苦しいことだ。例えば痛くもない腹を痛いと主張し続けること、組織の金を横領したのを黙っていること、老いた両親の思考能力を信じながら彼らの口に流動食を運ぶこと、あるいは恋を告げないこと、あなたは矛盾に耐えられるか?僕には無理だった。騙り続けるうち、僕は自分が妹をどう思っていたのかすら忘れてしまった。僕の心は曖昧なその部分をとてつもない喪失だったことにして扱いはじめた。妹のことを思うと涙が出るようになった。あんなに可愛かった妹がどうして、と無念でやり切れない思いになる。可愛い、だと?そんな思い出もないくせに。顔も思い出せないくせに。今や僕の虚言を僕の記憶と連続性だけが認知し、がなり、責め立てる。僕は精神の分離に苦しんだ。立って息をしているだけで僕は嘘をついていた。そんな中であなたを見つけた。あなたはその怜悧な微笑をたたえて「自分の研究で友人を救いたい」と、なんの忌憚もなく言ってのけた。だって僕と違って事実なのだろう。ああ、どんなに羨ましかったことか!僕はしばしば一人夢想した。もっと明朗な夢を見たくてあなたの傍に近づいた。あなたのその才能が、その生涯の道程が、もし僕のものであったなら。僕にも誰かを愛せたのなら。
     僕はあなたになりたかった。僕の凡庸で鈍い生涯に命を賭すべき意味があればと切望した、僕の生涯がどうあってほしかったかなんていう過去仮定法のレトリックに過ぎなかったけれど。感謝します。リー博士。ようやく僕はあなたの一部になれる。僕の頭は傷ついて、きっと今の僕の意識との連続性は一度絶たれるでしょう。救いだと感じる。僕はこの醜く浅ましい僕をやめて生まれ変わることができるのだ。
    「……ご友人が、どうかあなたによって救われますように。」
     それだけを遺言として述べ、ドクター・ミザワは目を閉じた。

     次に目を覚ました時には、彼はリー所長の自室のベッドで寝かされていた。朝の陽光は眩しく窓から差し込んで、部屋に漂う細かな塵を川底の砂金のように揺らめかせ、輝かせた。沈痛な表情でミザワを覗き込むリーのブロンドの髪が、朝日で半透明に透けていた。彼に混乱はおよそなかったが、意識は常にどこか白いもやがかかったようで、最後の瞬間まで思っていたことも忘れてしまった。難しいことを考えるのもなんだか億劫になっていた。はて、自分はどうして、この実験に体を差し出したんだったか。
    「ミザワ……」
     リーは目覚めた彼の手を握り、縋るように俯いた。枯らしきった声で何度も小さく「すまない」と呟いた。彼の手の甲に人肌の温度の水が落ちるのを感じたとき、それまで微睡んでいた心臓が微かに首をもたげるような、仄かな熱の一滴を胸の奥に感じた。
     自分はどうしてこの人に体を差し出したんだったか。その、実際ヒトとしてそう珍しくもない些細な共感の一種を根拠として、「この女のことを愛していたからかな」、と彼は思うことにした。

     ミザワ博士の脳は傷つき、彼は思考能力と記憶力と、あとは少しの歩行能力を失ったが、代わりにコーヒーを淹れるのが上手くなった。同僚にコツを聞かれたときは「お湯を丁寧に注ぐこと」だと答えた。「飲む人の顔を思い浮かべるんだよ。」とも付け加える。そのどれもが今のミザワ博士には容易いことだった。



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