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    nmhm_genboku

    @nmhm_genboku

    ほぼほぼ現実逃避を出す場所

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    nmhm_genboku

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    3/4の世界で息をする

    ##偉人の言葉シリーズ

    お前に出会わなければ良かった◆武夏風味からタケひな
    ◆真一郎とマイキーが5歳差
    ◆真一郎くんも、マイキーくんも、イザナもちゃんと和解はしているけれど、それとこれとは別
    ◆壮大な兄弟喧嘩を繰り広げる三天
    (黒龍、東京卍會、天竺)
    ◆真一郎くんはマイキーくんが闇落ちした未来から来たタイムリーパー
    ◆九条夏樹=魚(深海魚)
    ◆この話は半年前に考えた作品です。しっかりとした知識もない状態で書く事が出来なかった作品を手に掛けることになるので、誤字脱字の添削報告はしなくて大丈夫です。私が読みたい私だけの話なので後で完結後、個人用の本にするとき行います
    ◆全部で10話前後で終わります。ヤバいと思ったら速攻で逃げてください。
    ◆作者にしか配慮しない話です。
    ◆九条夏樹以外幸せになる死ネタです






    花垣武道は、初めて“目の前が赤く染まる”という現象を体験していた。
    消えてしまいそうな命の灯に恐れを抱いたからか、その存在を失う事に恐怖を抱いたからか。分からない。分からないけれど、それははっきりと整頓出来ない感情で、それははっきりと言葉に出来る感情だった。
    “怒り”という、感情だった。

    雨が強く、降っている。目下で倒れている九条という海に住まう魚を早く病院へと連れて行かなければ、と思う反面、言いようのない理不尽さに腸がぐつぐつと煮えたぎる。

    「キヨマサ、君」

    ぱたたっ。癖のある髪の毛先を雨が躍る。ギロリと睨みつけたその青い瞳に、武道は敵を写し込んだ。

    夏樹が放つ武道の瞳は、“夏の空”という言葉がピッタリだった。綺麗な晴天のような青い空を、小さな少年の瞳にはめ込んでいる。そう、言わしめていた。それなのに、今の彼の瞳はどうだろうか。

    濁る。目の前で自分を見初めてくれた存在が、地面に這いずり倒れたその姿を視界に写したその瞬間から、彼の心は怒りに満ち溢れていた。目の前の、人波という名の海の中を悠然と泳ぐ深海魚ではなく、彼が倒れた元凶を作った、男、キヨマサに。

    ニヤニヤと下卑た笑みを目の前のパンチパーマの男は見せる。
    だってこちらを睨みつけている男は、自分の奴隷だった男だ。弱いのもわかっている。さっさとぶっ殺してやるよ、そう言って1歩、足を前に出した瞬間、油断していたその顔面目掛けて、助走を加えた武道の拳が、ぶち当たった。獣の呻き声のような、そんな声が雨に濡れた地面を這う。

    べぎょ、と拳と頬骨が嫌な音を立てて響く。ゴッ、ゴッ、とマウントを取った武道の無表情を纏わせるその顔に、ぞわりと背筋が震え、肌が粟立つ。顔面を重点的に殴りつけ、時折反撃のために動かされる手を払い、鳩尾辺りに拳をぶち込まれ、為す術なく殴り続けられるキヨマサの、謝辞を混ぜつけた呻き声すら、武道は聞く耳を持たなかった。殺してやるという悪意とも呼べる怒りが、彼の腹の中を渦巻いて渦巻いて、仕方がなかった。一方的な蹂躙を、その場にいる人間全員が、見ていることしか出来なかった。そんな全員の唖然とした空気の中、意識を一時的に取り戻した男は、ゆっくりと、目を開ける。獣の呻き声に、呼ばれた気がしたのだ。

    「た、けみち…」
    「!!、なっち!!!」
    「武道、帰って、こい…ッ」

    ごふ、と吐き出す息が真っ赤な液体を引連れる。肺に空気がまともに行かない。ゴホゴホと端的に咳き込み、立ち上がろうと芋虫のようにモゾモゾと動く九条に、ドラケンは肩を貸そうと膝を着けば、バイクの排気音と共にやってきた東卍の仲間と、黒龍の彼らを、視界に入れた。

    「…この作戦、シンイチローくんの作戦ですか?」
    「ここまでやれなんて、言ってねぇよ…ッ」

    ぱちゃん。弾く雨音、びちゃりと落とされる鮮血。これ以上殴り続ければキヨマサが死んでしまう。そう、九条は思った。
    怒りで我を忘れている武道を止める術など持っていない。彼のそばに行かなければ、今の彼は自分の声をその鼓膜に届かせてくれない。

    まずいことになった。そう思考を落としながら、膝を着いたドラケンの太ももに手を置いて、息を整える。チャンスは1度きり。もし、途中で倒れたら、自分はきっと彼の4分の1すら手に入れられないまま死ぬ事だろう。

    「(それだけは、絶対に阻止しなくては…)ストーカー、さん」
    「ッ…!」
    「俺、やっぱあんたのこと、嫌いです」

    そう言って、九条は弾いた。雨を、空気を、止めに来る、悲痛の声を。

    「た、けみちッ…」
    「ッ!!!なつ!!」

    ちかり。抱きついた男の目が、日食によって陰る夏の空から、美しい晴天のような夏の空へと戻る。あの浅瀬のような爽やかな海に戻ったことを視認して、今度こそ、蒼を滲ませた黒々とした夜の海は、瞼によって閉ざされた。

    「そこから先は阿鼻叫喚だった」
    「ウケる」

    ケタケタと笑いながら、お見舞いの品を食べる九条に、笑い事じゃないんだよなぁ、と武道は声を上げた。

    あれから数日後、無事病院に運ばれた九条は生死の境を彷徨いながら、勿体ないという感情だけでこの世界に戻ってきた。
    まだ自分の欲しいものを手に入れられていないという、後悔だけで、彼は戻ってきたのだ。ただまぁ、予想外だったのは…

    「まさか宣戦布告するとはなぁ…」
    「…俺は間違っていないと、思ってるよ」
    「まぁ、俺もそういうのはするから分かるけど、俺的にはまさかお前がするんかっていう心。怖くなかったの?」
    「怖いっていうより、お前を殺してでも仲間に入れようとする彼らの感情に憤りを抱えていたから」

    あの時は、そういうの分からなかった。そう言って九条の手にある塩大福をかっさらって、武道はその小さなお菓子を口に含む。もしかしたら目を覚まさないかもしれないと言われた時は、どうしようかと思ったけれど、ちゃんと起きてくれたので。武道は怒りたかった自身の心を置いておいて、九条のことを許してやろうと思った。

    「近頃の人は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、人格の奥行きと見せかけたりしているが、そんな老成ぶった振る舞いを若い奴らが真似するに至っては言語道断じゃ。若い者は、怒らにゃいかん。もっと怒れ、もっと怒れ」
    「…なにそれ」
    「吉川英治の名言。なぁ、タケ」

    お前はもっと俺に怒ってもいいんだよ?緩やかに笑いながらそういった九条の顔を見ながら、武道はお前に怒る時はお前が死んだ時だよ、と辛そうな顔持ちでそう答えた。

    「と、いうより、なつってそういう名言好きだよな」
    「人生を生きるために必要な知識みたいなもんだからね。人は人の言葉で優しくも、残虐にもなれるんだよ」
    「なんだそれ」

    訳わかんない。とぽとぽと急須からお茶を注ぎながらもしかめっ面でそう答えた武道に、九条は今は分からなくてもいいよ、と優しく声を上げた。その返答にそういうもん?と尋ねられながらも、ことん、と無機質同士がかち合うその音を横目に、九条は寝るわ、と身体をベッドへと沈ませ目を閉じる。その姿を見て、武道は明日はあっくん達と来るね、と彼の睡眠を邪魔しないように立ち去ろうとすれば、目を閉じたまま九条から、明日は作戦会議だからな、と答えられ、小さく笑った。

    夏の空のような瞳が、九条を視界に捉えながら、キラリ。薄く眼球の膜を光らせ泳ぐ。死なせないから、長生きしようね、なんて。そんな言えもしない言葉の羅列を喉奥に詰めて、武道は静かに病室を立ち去った。

    そんな会話をして、約2時間後。コン、コン。と薄いドアを叩く音に、九条は目を覚ます。再度コン、コン、と叩かれるドア。だれっすか?と尋ねれば、息を飲む声音と一緒に、なっち、と掠れた音がドア越しに夏樹の鼓膜に駆け寄った。

    「佐野くんですか。1人っすか?」
    「うぅん。ケンチンもいる」
    「他は?」
    「呼んで、無い…」

    なら入っていいっすよ。そう答えた夏樹の言葉を理解していながらも、その扉は空くことなく、ただその壁を隔てながらも、僅かに聞こえる声が、ごめん、と呟いた。

    「なっちのことも、タケミっちのことも。全部、俺があの日会ったせいで、なっちは兄貴に見つかったし、タケミっちはあの日あの男を殺しそうになった。俺が…」
    「いや、自意識過剰すぎません?」

    ガラッ、となんの抵抗もなく開かれた扉に、気鬱した顔が驚きのあまり弾くように上がる。キラキラと日差しを浴びて弾く銀髪が、蒼を滲ませた黒々とした瞳が、とても美しかったのだと、マイキーはずっと語るだろう。そんな、彼の姿に、びっくりしながら、歩けたの?と声をあげられ、夏樹は首を傾げながら、撃たれたのは腹だと答える。会話が噛み合わないのは、仕方ない結果だと、思った。

    「怪我人歩かせちまったな。すぐ帰る。これ、見舞いの品」
    「たい焼きじゃん。お茶入れるわ」

    ガサリと音を出して慌てて見舞いの品だけ渡して帰ろうとするドラケンを尻目に九条はマイキーの服を掴んで病室へと引きずり込んだ。

    「お、俺もケンチンも、もうなっちには会わないつもりで!!」
    「あ、熱い茶でもいい?たい焼き食べるっショ?」
    「うん!あ、違う!そうじゃなくて!!」

    別に佐野くんのせいでも、龍宮寺くんのせいでもねぇでしょ。そう言ってパイプ椅子を適当に投げ置いて、九条はベッドへと居を構えた。

    「ほい、たい焼き。龍宮寺くんも」
    「あ、ありがとう?」
    「…貰うわ」

    ガサリと手を突っ込んで美味そうな甘い香りを放つ魚を彼らに渡し、九条は自分の分を取り出してその魚の背中を口で食みながらお茶を入れ、大体さ、と小さな食べ後をつけながらたい焼きを奇妙な食べ方で食し、声を上げた。

    「あれ悪いの君の兄さんじゃん」
    「それでも、キヨマサは東卍に所属していたから…」
    「えー?そんなんで責任取るとか、実は佐野くんバカ?」

    あ?とたい焼きと茶を片方ずつに持ちながらこちらを睨みつける佐野くんに、だってそうでしょ、と声を上げる。こちらを見ながら、頭から食べ進めていく龍宮寺くんは、何も言わない。多分試されているか、口を出す気がないだけか。まぁ、どうでもいいと思考を落とし、だってさ、と声を上げた。

    「俺のこの原因を作った人間に時間を割くほど、優しくないよ」
    「、は…」

    緩やかに細められた瞳と、マイキー達を見る九条の穏やかなその表情が、全てを語る答えだったのだと、後に彼らは知るだろう。今は分からなくてもそれでいい。けれどいつか、歳を重ね、昔を思い出そうとした時、この言葉を彼らが思い出してくれればそれで、九条にとっては満足なので。

    「それにタケ、君らが来ること知って帰ったからね。ちゃんと許されてるよ、お前らは」

    これが君のオニイサンだったらまだ居ただろうからね。そう言ってパクリとたい焼きのしっぽを口に含み、ズッと音を立てながら茶を飲む九条に、マイキーもドラケンも、ポカン、と口を開けて会いたくないわけじゃねぇのかよ、と尋ねた。その問いの答えなんて、ここのにいる3人誰もが分かることだった。



    九条夏樹(♂)
    まだ!!武道から4分の1を貰っていない!!という執念だけで目を覚ましたある意味アタオカな子。未練は未練なので、必死。

    花垣武道(♂)
    東卍と黒龍に宣戦布告した子。
    冷静になってスッ、と真顔になったあと、目を覚ました九条に土下座するという一連の流れがあった。因みにアッくん達の携帯にその行動は動画と写真で残されている。

    マイキー&ドラケン
    たい焼き(お見舞いの品)を装備に彼の元に行き、もう会わないという言葉を届けようとしたらまさかの許されている事に宇宙をさまよう猫ちゃんになる

    マイキーの兄と愉快な仲間たち
    武道から中指立てられながら接触禁止令を突きつけられた18↑の大人たち集団。
    Q、たい焼き装備したら会える?
    A、お帰りはあちらです
    (部屋とは反対の窓を指さす)

    吉川英治
    歴史をテーマにした日本の作家
    彼の世界観はどきどきとハラハラで読み飽きない言葉が踊る。
    是非読んで欲しい作家の1人。





    「え!?カクちゃん!?」
    「タケミチ!?」

    【速報】神奈川の中華街で観光してたら相方の幼馴染に出会った。

    脳内でそんなスレッドを立ち上げながら、九条はちらりとイザナを見やる。すると、彼も九条に視線を送っていたので、武道には悪いけれど、別行動することにした。こんなチャンス滅多にないと、九条は思ったから。

    「ちょっと話そうぜ」
    「…、いーよ!」

    まぁそれは相手も同じだという話。

    「お前の飼い主が、マイキー達に宣戦布告したんだって?」
    「らしいねぇ。まぁ、どうせあの男にも言うだろうから、俺は言わないよ」

    そう言って纏うバンカラマントを翻し、歩き始める。小さく揺らめく銀の髪の毛先が、イザナを誘う。

    「息を吐くように、君らは喧嘩をする。それは、何故?」
    「あ?気に入らねぇからだよ」
    「なるほど」

    コツコツと賑わう繁華街を2人は歩く。こちらを気にする人など居ない。楽しげに笑う他人を横目に、九条はイザナに家族仲は悪くないんだな、と声を上げた。

    「エマが…」

    エマが、喧嘩するなら家から追い出すと言ったから。そう言って小さく笑うイザナの顔を見て、稀咲を潰さなくても良かったな、と犠牲にしてしまった男を脳裏に浮かばせ、まぁ、どうでもいいか、と思考をイザナに戻した。

    「なんで君ら喧嘩すんの?」
    「先に喧嘩しかけて来たのは真一郎だから」
    「へぇ?彼が?なんで?」
    「知るかよ。いつだったか?俺らを見て反社にさせてたまるかって」

    俺らもわかんねぇよ。そう言って舌を打ったイザナの言葉を聞きながら、夏樹は、は?と声を上げた。

    「え、なに?そんなこと言ったの?」
    「有り得ねぇみたいな顔すんなよ。俺らもそう思ったんだから」

    でも、真一郎が黒龍を再結成させたのを見て、俺らも負けてたまるかって、そう思った。キラキラと日差しに当たる銀髪と、スパイシーな肌の色。少しかげるアメジストの瞳を見ながら、九条は言葉を使うことを知らねぇ子供かよ、と呆れたような声を上げた。その言葉に、イザナはそんなことしなくても拳でやりあえば十分だろ、と言葉を投げる。

    「それに、俺らはもう話し合うようなガキには戻れねぇよ」
    「…そうだろうか?」

    揺らめく銀の髪が、夏風に揺れる。美しい晴れやかなる空を見ながら、九条はもう一度、そうだろうか、と声を上げた。

    「君らは簡単なことを忘れている」
    「簡単なこと?」
    「“ソレ”は確かに見えないもで、“ソレ”は確かに今の君らには邪魔かもしれない」

    けれど、“ソレ”は確かに君たちを“幸せ”にしてくれる唯一のものだよ。

    九条の核心を突くその言葉を聞いたイザナは、彼と同じ感覚で歩いていた足を、少しだけ乱した。こつ、ン。音が、まるで心境を写したように揺らぐ。真実を発するその喉を睨みながら、見えないその存在を認めろというのか、とイザナは声を上げた。

    「“ソレ”が何か、は分かっていないくせに、“ソレ”の気配は感じてるんだ」

    面白いね。カラリ。嘲笑うような声で笑いながら音を吐いた。九条夏樹は“ソレ”の正体を知っている。今の彼らにとって邪魔で、後の彼らにとっては必要な“ソレ”。一時期黒川イザナが固執していたもの。

    「君はいつから大人になってしまったのだろうか?」
    「…は?」
    「いちばんたいせつなことは、目に見えないと君は知っていたのに。なんでもう見えなくなってしまったのだろう」

    そんなに早く大人になって、どうするつもりなの?そう言って小さく笑ったその顔に、イザナは何も言えなかった。

    ☆☆☆

    「なつ!」
    「タケ、お帰り」

    楽しんだ?そう尋ねた夏樹に、武道はニッコリと笑って楽しかったと答えた。その顔を見て、九条は笑う。楽しかったならいいよ。そう言ってバンカラマントを翻す。

    「それじゃぁね」

    また会ったら話そう。そう言って武道を連れて東京へと帰る魚と虎を、イザナはジッとその後ろ姿を見つめるしか無かった。

    「イザナ」
    「…なんだ」
    「タケミチから言われたよ」

    覚悟しとけ、だとよ。
    そう言って濁る左の瞳をキロリと動かし、何を話していたんだ?とイザナに尋ねた鶴蝶にイザナは眉間に皺を寄せ、見えないたいせつなものってなんだと思う?と質問を返した。

    「見えないたいせつなもの?」
    「アイツ。あいつが、一番大切なものは目に見えない、と言っていた」
    「なんだ、それ」
    「知るかよ」

    分からないその答えに、イザナは気持ち悪さを持ちながら、何故かその答えを知っている気がして、無意識に舌を打った。





    九条夏樹(♂)
    ちょっとだけイザナと話して終わった。
    次回、三天(東卍、天竺、黒龍)戦争に殴り込みに行く。

    黒川イザナ(♂)
    話そうぜって言ったくせに、九条の質問しか答えていないということに気づいたのは帰ってからである。
    どんまい☆

    たいせつなものは、目に見えない
    フランスの飛行機乗りであり、作家
    サン・テグジュペリの名言。
    黒川イザナの目に見えないたいせつなものとは、なんだと思う?




    海の波打つ音が、足元を這いずって、男達の声を攫った。夏の暑さを忘れさせるほどに空から一心不乱に落ちる大雨。盆時期のこの日、僅か6人の男達が、雷雨降りしきる決戦の場所で、轟雷を従えて天高々と頭(かしら)の男の声を引き上げた。

    時は前日まで遡る。
    佐野真一郎は、一人の男に呼び出されていた。蒼を滲ませた黒々とした夜の海を埋め込んだその瞳に見つめられながら、男は1歩、廃工場へと、歩を進める。

    「ストップ。あまり近づくと海に溺れるのでこの距離で話しましょう」
    「…すぐに済む話なら、問題ねぇんじゃねぇの?」
    「すぐに済む話かどうか、俺にはわかり兼ねるので」

    それに、ここはもう既に海だ。
    そう言って、猫背気味の背を前に倒し、膝と肘を合わせて質問に、答えてくれ。まるで大人のような声色で、九条はそう訪ねた。その声に、佐野は従う。ガコ、と近くの丸椅子を掴んでそれで?と尋ねる男を見て、九条はスッ、と視線を地面へと移した。

    「お前、タイムリーパーだろ」
    「…もし、ちげぇって言っても納得しねぇよな?」
    「証拠は幾つかあるから、否定を受け止めんのは…無理だな」
    「ふぅん?それで?お前はそれを理解してなんになんの?」

    言っておくけれど、黒龍の奴らは既に知ってるからな、と前置いた佐野真一郎に、九条は、別に内部抗争とか考えてねぇよ、と言葉を投げた。

    「俺もタイムリーパーだから、お前がしたいことは何となく分かってる」

    佐野万次郎の闇堕ちを防ぎたいんだろ?そう言って上半身を起き上がらせ、ぎぃ、と立て付けの悪い椅子を鳴らした。

    「お、前が?」
    「正確には、武道もだけどね」
    「は?じゃぁなにか?お前もあの子も、俺の弟が闇落ちした世界から来たってことか?」
    「んー…まぁ、結末はそうなんだけれど、ちょっと違うかな」
    「…は?」

    どういう事だと立ち上がり胸ぐらを掴もうと九条の元へと1歩足を振り見れた瞬間、どこからともなく海のさざ波が聞こえ、思わず真一郎は1歩、足を引いた。

    「そこから動かないでって言っただろ。ここは海で、お前のところは陸なんだよ」

    まだ距離があるから溺れていないだけで、ここは既に俺のテリトリーと同じだ。
    そう小さく答えた九条に、真一郎はひくりと口端を痙攣させ、また丸椅子へと座り直した。小さく囁く声が反響していると思ったけれど、そうではなく。海が彼の声を連れてきていると分かったから。

    「違う、とはどういう事だ」
    「武道の未来は、東卍の佐野万次郎だけが生きる世界。俺の未来は、東卍全員が反社に降った世界。来た道が違う」

    俺が彼の来た世界と同じであれば、同じように誰かと握手をすることで帰れるし、お互いの知識を共有できるが、それが違うと分かっている今、俺の世界が正解なのか、それとも彼の世界が正解なのか、判断がつかない。だからこそ、彼を、自分はここに呼びつけたのだ。
    そう説明されて、真一郎はそうか、と声を閉じた。じっと見てくる夜の海の瞳を見ながら、俺の世界は、と真一郎は口を開く。

    「マイキーが、反社の世界で生きている。傍らには“稀咲鉄太”という男を従えて」
    「握手で戻れる?」
    「あ、あぁ…。でも最近、忙しくて未来には帰っていない」
    「そう。多分、お前は武道と同じ世界から来たと仮定して話そう」

    お前は明日、死ぬ
    そう言ってゆっくりと九条は立ち上がった。海底から魚が浮かぶ。ぱしゃん、ぱしゃん、と飛び跳ね、浅瀬(真一郎がいる場所)へと近づいてくるその姿に、コポリ。見えない水の膜を男の全身を包んだ。

    「よく聞け。お前は、弟に殺される。不慮の事故。お前を殴ったマイキーの力が予想以上に強く、お前は地面へと頭を強い力でぶつけ、死ぬ」
    「…死因が間抜けすぎねぇ?」
    「お前はそういう男だろう?」

    詳しくは知らんけど。そう言って目の前を横切り、聞きたいことは聞けた、と言って立ち去った九条に、真一郎はポカンと呆けた顔で彼の姿を見送った。

    夏の廃工場内は、普段と違って涼し気な風が磯の香りを運んでいた。

    「あなたが明日出会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みを叶えてやるのが、人々に好かれる秘訣である」
    「また名言?」
    「んー…まぁね」

    人を陥れるために必要な世界はどれほどか。

    「花垣武道」
    「…なつ?」
    「人は、人である限り欲があり、望みがある。武道」

    ちゃんとお前の望み、叶えてやるからな。
    優し気な顔で笑う夏樹のその顔を見て、武道は言いようのない心のまま、騒ぐ廃車場へと足を進めた。

    「俺ら弱いからな!?夏樹マジで頼むよ!!?」
    「カズは弱気だなぁ。強い奴らはボスと一緒にいるヤツらが主なの。その他は有象無象なんだよ」
    「えっ、そうなの!?」

    まぁ、嘘だけど。ぼんやりと脳裏に言葉を投げ捨てて、まぁ、こういうのは思い込みが大事だからな、という理由でそういうもんだよ、と言葉を投げた。彼らを落ち着かせるためでもある。

    「さぁ、反撃ののろしをあげよう!」
    「お前ってポエマーだよな」
    「あっ君はリアリストだよなぁ」

    悪いかよ。そう言ってくっ、と笑うその姿を見て、悪くねぇよ、と九条は声を上げた。6人が廃車場の入口で各々話し、騒ぎ立て、喧嘩をする三天の彼らを見据える。到着は少し遅れてしまったけれど、まぁ、遅れても十分だろう。

    「ちょっとまったぁァァァあ!!!」

    雨の中、喧騒を遮るその叫び声に誰もが止まる。風になびく桜色の内布を翻しながら、バンカラマントを着た6人が、目の前の数千にも登りそうな男達を睨みつけていた。

    「なんだ、お前ら」

    誰かもわからぬ声が響く。その声に、武道はこの抗争を止めに来た、と声を上げた。

    「こんなくだんねぇ兄弟喧嘩を、止めに来た!!」
    「ンだとゴラァ!!!」

    ザワりと揺れるその空気を、ギッ、とあの夏の空を滲ませる瞳で睨みつけ、目の前にやってきた男達を拳で武道は沈めた。

    「止めに来たッつってんだろ」

    その声が開戦の合図のように、三天の彼らは、まず邪魔者を潰すために走り出した。それをまるで予定調和のように、武道達はぐっ、と腰を下ろして声を上げた。

    「行くぞ、お前ら!!」
    「「「「応!!!」」」」
    「なつ、頼んだよ」
    「もちろん」

    そう言って、九条はゆら、と体を揺らめかせ、一気に駆け出す。ぱしゃん、と魚が海へと飛び込む音が、喧騒の中静かに響いた。

    「ちっ、やっぱり来やがったか…」
    「うっわ、魚やべぇ速度でやってくんじゃん」
    「マイキーお前の友達だろ、どうにかしろよ」
    「いや、アレどう見ても手遅れじゃん」

    パッ、と雨で弾かれる水を纏い、蒼色のバンカラマントを靡かせて、目の前の襲い来る男どもをなぎ倒し、中心部へと躍り出た魚に、マイキー達はゆっくりと口角を上げた。

    「たった1人で、こんな人数相手にすんの?」
    「今日は雨だからな」

    俺のステージだ。そういった夏樹の言葉の後ろで、海のさざ波が聞こえる。揺れるマントが雨で酷くくらい色を見せる。

    「…遅かったね」
    「お前が!!早いだけだから!!!」

    ぜぇぜぇ、と息を弾ませながら、少しボロボロの顔を見せる武道にそれはそれは、と夏樹は笑いながら声を上げた。

    「周りは任せろ」
    「うん」

    ボスはボスどうしで話し合いな。
    とんっ、と武道の背中を押し、彼ら3人の方へと歩を進めさせる。

    「ボスが話し合ってんだ。話が終わるまで遊ぼーぜ、にぃちゃんら」

    海に溺れる感覚を、その身に体験させてやるよ。そう笑って挑発をかける夏樹の姿を見て、カクチョーと、ドラケンと、明司が前に出る。

    「総長との話し合いっつーんなら、おめぇは俺らを相手にしな」
    「ハッ、いーぜ?海底奥深くまで沈めてやるよ、クソガキども!!」

    ばさり。雨に濡れ、重たいはずのバンカラマントを軽々しく払い、空気を含ませ身を沈める。遠いどこかで波打つ海の音が響いた。

    花垣武道は、彼らの前に来るまでに少しだけ躊躇っていた。本当に未来を変えられるのか、不安だったのもある。いつしか厄介な存在になる男の痕跡が消え、いつの間にか大人になった直人からついに稀咲を殺したんですね!と言われて、そんなことをしていないと否定しても理解して貰えず、今度は九条夏樹が死ぬという不可思議な結果になっていたから。
    自分の知っている未来が、一瞬で消え去って、知らない未来になった。そんな不思議な体験に戸惑いながら、彼が死ぬ未来が分からなかった。
    あの魚が、容易く死ぬなんて、分からなかった。けれど、自分のただの油断で男を死なせようとなっていたなど、武道からすれば過去を変える以前の問題だったのだ。

    あの時、怒り狂ってしまったのは、自分の甘ったれた考えで、自分を救ってくれた男を死なせてしまう恐れが、かの魚を、欲しいと言っておきながら手に入らなければ殺そうとする男がいると知ったから。…自分の生ぬるい考えが引き起こした結果に、吐き気を覚えたからだ。

    「マイキーくんも、イザナくんも、真一郎くんも、なんで喧嘩してるんですか?」
    「あ?そんなのテッペン取るためなら避けて通れねぇ道だろ」
    「それで家族を悲しませても、いいって言うんですか?」
    「は?何、言って…」
    「エマちゃんが、言ってましたよ」

    君たちがまた仲良くしてくれるなら、自分はどうなってもいいからって。
    そう言って落としていた顔を上げる。
    ほの暗い、夏の静けさを孕んだ美しさが残る青い瞳だった。

    「家族なら、自分たちのたいせつなモン護るためだけに力を使えよ!!!」

    カッ、と轟く雷鳴が、その言葉を彼らの心臓目掛けて届けさせた。

    九条夏樹は自分のことをよく知っている。自身の言葉は紙切れのように届くことはないと、よく知っている。だから力に頼った。強ければ強いほど、人を従えられると、そう思っているから。カリスマ性がなくても、強さで人を惹き付けれていけばいいと、そう思っているから。

    だからこそ、ここで負ける訳にはいかなかった。3人の男たちの猛攻を避けながら、確実な一撃をぶち込ませる。けれど、攻撃を受けても、避けられ、圧倒的な実力の前でも、彼らは膝をつかない。焦りが出る。どんなに強さを見せても、彼らは諦めるという言葉を知らないというように、こちらへと向かってくる。厄介だ。

    「厄介だ…」

    ぽたん。雨に濡れた髪から落ちる水が、焦りを見せる。予想よりタフだ。これがタケだったなら。そう不純な思考が脳裏を掠めた瞬間、背後から振り落とされた警棒が九条の側頭部を仕留める。

    「チンたらしてんなよ、カクチョー」
    「灰谷!!」
    「たった1人相手になァに手こずらせてんだぁ?」

    トントン、と笑いながら肩に警棒をうちあて、笑う仲間に、鶴蝶は逃げろ!と声を上げた。波が、男が攫う。

    「ぐっ…!?」
    「今ァ時間稼いでんだよ、手ぇ出してんじゃねぇぞクソガキ」

    ゴギンッ、と肩の関節を外してそう言葉を吐いて灰谷蘭の首を絞める九条に、今度は竜胆が走り出す。兄を助ける為の行動だった。それをスパンッ、と繰り出された蹴りが、脳を揺らし、ズザッ、と倒れた地面を滑った。

    「あーっ、くっそ…」

    ぶるりと頭を振って、ちろりと彼らの背後でまだ話をする武道を見て、息を吐く。立ち上がれないように灰谷蘭の足の骨を踏みつけることで折って、叫び声を響かせながら、目の前でボロボロのドラケン達に今度は視線を向けた。

    「タフネスな男は嫌いだ」
    「言ってくれんじゃねぇか」

    くっ、と喉を鳴らし、笑う龍をしたがえる男を見て、また男たちの背後へと視線を向ける。殴り合いが始まった様で、九条は思わずはわわっ、と声を上げた。

    「話し合いで終わんねぇとかどういうことなの!?」
    「あ?拳で語り合うもんだろ、普通」
    「普通ってなに!?」

    嘘じゃん!!!そう言って視線を武道達へと向け続ける九条に、明司はあのさぁ、と言葉を吐いた。

    「おめぇさん何しに来たんだよ」
    「あ?ンなのタケがアイツらと話し合いたいっつったから連れて来ただけだわ」

    別にお前らに興味なんてない。そう言って雨が降る天を見据える。ここに来るまでにある程度は倒してきたから、雑魚はあっ君達が倒しながらもこちらへと近づいてきている。俺らは1人も欠けてない。ここにいるマイキー達3人以外はちょっと手こずるけれど、倒せる自信も、まァ無きにしも非ず。そう計算を終えて、九条はぐっ、と背伸びをして、小さく息を吐いた。

    「別に喧嘩してもいいんだけど…多分お前ら今息苦しいだろ」
    「あ?ンなわけねぇだろ」
    「いや、虚勢はいいわ。足元さっきからふらついてっし」

    離脱すりゃ良かったわ。そう言って眉間に皺を寄せる九条に、彼らは困惑の顔を見せる。まるで、興味のない世界だと、言われているような、そんな気分だった。

    「お前、なんでアイツらと手ぇ組んだ?もっと上に行ける連中と手ぇ組んでここに来る方法なんていくらでもあっただろ」
    「…君らは、海に溺れてしまうだろ」

    俺の世界は、変えられない。
    そう言って小さく目を細め、九条はそれに、と声を上げた。

    「好きな男の為に手ぇ貸すぐらいの甲斐性しか持ってねぇからなぁ、俺は」

    彼が自分と共に居た男ではないにしても、魂は同じなのだから。彼が幸せなら、自分はどうでもいいのだと、九条はそう答えた。

    「知っているか?人は誰でも、他人よりも何らかの点で優れていると考えていることを忘れてはならない。相手の心を確実に掴む方法は、相手が相手なりの重要人物であるとそれとなく、あるいは心から認めてやることである、ってさ。武道がお前らを大事だと思うように、橘ひなたが大切だと思うように、そんな男の思い全てを全部まとめてでもあまり有る愛が、俺には花垣武道という男にあるの」

    だからお前らを海に溺れさせることもしていないだろう?ゆるりと笑ってそう言ってみせる九条の言葉通り、彼は海底まで沈めると言っておきながら、海のさざ波も、潮の香りもさせておきながら、のみ込むまではしていない。溺れるか、溺れないかの中間地点。意識を戻せばたちまち帰って来れるような、そんな感覚。

    「俺は、海を引き連れていると言われているけれど、本当はお前らがその言葉に惑わされているだけにすぎない。タケは…それを分かっているから、俺と会話をしてくれる。ただの“深海魚”ではなく、一人の“人間”として、そばに居てくれる」

    それがどれほど幸せか、君らは分からないとは言わせない。緩やかに、そう言葉を繋いで、ジッ、と彼らを見る。倒されても、倒されても、何度も立ち上がり、拳を振るう男の後ろ姿を、目に焼きつける。

    「俺は、アイツが勝てると思ってる。既に落としてきた感情も、思いも、全部大事に拾って、返してくれるあいつなら、きっと」

    ぽたん。雨水が、九条の銀の毛を撫で付け落ちる。立ち上がるその後ろ姿のなんと力強いことか。ゆったりと眩しいものを見るかのように細められたその目を、誰もが見て、誰もがその先を見る。強く逞しい、声を張り上げ果敢に立ち向かう漢の姿が、そこにいた。

    「さぁ、フィナーレだ」

    遠くから響く少女たちの声が、海の波を引き割いて、彼らを静止させた。



    九条夏樹(♂)
    大好きだったよ、で終わらせない男。それが九条夏樹である。

    花垣武道(♂)
    一気に未来が変わって不思議に思ったけれど、それだけでは終わらないのがこいつ。夏樹が死ぬと聞いて助けに戻ったし、彼が生きたのを確認した後に帰ってきたら何故かまた未来が変わって橘ひなた死亡するという世界。なんでやねん!!!と困惑しながら、三天を止めれば全てが上手くいくということが分かったので頑張ってる。
    因みに喧嘩は夏樹のスパルタ塾のおかげで少しだけ強くなった。

    デール・カーネギー
    アメリカの作家/自発啓発書の原点
    名言のクセが強い。
    でも何故か納得出来てしまう。
    彼の著書は面白いのも多くあるので読んでみてね!!!



    フィナーレだ。きっと、彼らは彼女達の言葉を聞いてくれる。
    九条夏樹には確信があった。自分が全てを賭けなくても、花垣武道という男が間に入り、佐野エマが言葉を繋げればなんとかなるだろうという、確信があった。そしてその彼女を連れてくるのが、橘ひなたであると、九条は確信していたのだ。

    だからこそ、なるべく東卍とのパイプを捨てたくなかった。橘ひなたが佐野エマと接点を持たない世界になるのは避けたかったから。

    「こうしてみると妹に弱い兄ちゃんって感じだわ」
    「言えてる」

    はぁ、と小さくため息を吐いて、九条はなんだかなぁ、と声を上げた。目の前の家族の姿に、なんだかすごく安心を覚えたのだ。死ななくてもいい命が、しっかりと形をもって、根を張り、そこにあるような、そんな気がしてならなかった。

    「後片付けはそっちでやれよ。面倒事に突っ込んだのは俺らだけれど、面倒事にしたのはお前らなんだから」

    なんでこんなことになったのか知っている。知っているし、その元凶も実は理解している。だからこそ、ここで俺は彼らと接触するのは最後だと、言い聞かせた。これ以上一緒にいることも、生きて未来を見ることも、ないのだ。

    「好きだったのになぁ…」

    なんで、お前はここにいないんだろうね、武道。そんな言葉を、喉の奥に詰め込んだ。

    結果的に言えば三天抗争と名付けられたその抗争は、俺たち“六桜”がトップを取った事で幕を下ろした。まぁ、よく言えば彼らへの引退の足がかり、悪く言えば利用されただけの存在。でもまぁ、どうでもいい結果だと、俺は思っている。

    「うーみーはひろいーな、おぉきぃなー、月はのぼるし日は沈む…」

    ざぷん。波の音が深い夜に木霊する。
    やることは、やった。
    原作を生きる花垣武道の未来を最高のものへと変えたし、巨悪へと向かうはずの彼のお兄さんも死んでない。
    全員が生きているし、全員が、死なずに明日を生きている。

    「幸せなら手をたたこう〜」

    ぱんぱん、と小さな手拍子。本当に、幸せになれたのか。自分以外は幸せだろう。ここには、俺の愛した花垣武道はいないけれど、俺が恋をした花垣武道はいたのだから。

    「さて、と…」

    精算しなくては、ならない。花垣武道が、九条夏樹という存在を、嫌いになってもらわなくては、ならない。悲しむことは許されない。喜ぶことも許されない。ただ一身に、俺が死ぬことに怒りを感じてくれないと、俺がこの世界に来た意味がないのだ。

    「好きだよ、タケ」

    だからもう少しだけ、待っててね
    緩やかに、目を細めてそう言葉を繋いだ夏樹の言葉を、朝日を受ける夏の海が、ちかりと美しく反射した。

    「なつ、また未来でな」
    「ん、バイバイ」

    未来で俺のわがままに、お前が怒ってくれることを、俺は切に祈っているよ。

    2005年、8月18日。
    あの抗争から5日後の今日、武道は未来へと、帰って行った。

    橘直人と握手をした後、俺の顔を見てキョトンと呆けた顔を見せたこいつは、本当にこの時代の武道だと分かった。何かが、消えたような、そんな感じ。

    「花垣武道。少し、話をしよう」
    「えっ、あ…、うん」

    訳の分からないような、そんな表情を浮かべる男の顔を見て、夏樹はゆっくりと、目を細める。何も知らない男に、未来を託すのは、なんだか申し訳ないと、思ったから。

    「お前にとっては訳が分からないと思うけれど…」

    そう言って話し始めたその言葉に、彼は大きく目を見開き、またか、と声を上げた。

    「そう。また、だよ」
    「えっと…」
    「九条夏樹。今日限りのお友達だと思ってくれて良い。俺は君のことを話す義務があるから…、こうしてやってきたに過ぎないよ」
    「そっ、…か、うん、ありがとう」

    また知らない間に大変な事になっているけれど、まぁ、仕方ないしな、と声を出した武道に、夏樹は目を細める。

    「諦めるの?」
    「は?」
    「なんでこんなことになったのか、知りたくはないの?」
    「知ってもどうせ意味ねぇし…」
    「ふぅん?」

    随分とまぁ、自分のことなのに知りたがらないんだね。そう言って至極つまらなさそうにそう答えた夏樹に、武道は俺がした訳じゃねぇから、と答えた。

    「つまんねぇの」
    「ッ…!」
    「お前の人生が負け犬なの、何となくだけどわかった気がする」

    諦めが早いから、あんな未来にしかなんなかったんだな。そう言って小さく鼻で笑った夏樹に、お前に!と武道は声を荒らげた。お前に何がわかる、と。

    「俺の知らねぇ間に大変なことになってて、俺の知らねぇ間に全部解決してる!!俺は当事者のようで、ちげぇんだよ!!」
    「はて?本当に?」
    「はぁ!?だってそうだろ!!やったのは俺でも、その功績は俺の、今の俺の功績じゃねぇんだよ!!!」
    「だけど、それを信じれる人間なんていると思う?」

    だって、お前はその功績に今あやかっているに過ぎないんだから。そう言ってクツクツと喉を鳴らす。

    「面白いことを言うね、花垣武道。お前がここまでやったんだよ。三天のボス、黒川イザナも、佐野真一郎も、佐野万次郎も、お前が止めた。お前が、その身をボロボロにしながら諭したんだ。それをやってないというのは、ふふっ…。なんと浅はかな答えだろうね」
    「黒川…?さっき壮絶な兄弟喧嘩って」
    「あぁ、気にしないで。きっと君は、彼のことなんて全部は知らないだろうから」

    黒川イザナ。家族の絆という目に見えないものを欲しがった男。結局彼はその答えにたどり着けなかったけれど、それはそれでどうでもいい話。

    「はっきり言って、君には絶望したよ。もう少し…」

    賢い人間だと思っていたのにさ。
    自分が知らないところで終わったことだけれど、やったのは自分なのだから、それに胡座をかいてもいいと俺は思うよ。まぁ、君はそんな度量なんてないと知っているけれど。そう言って九条はゆっくりと足を止めた。

    「花垣武道」

    お前は1つ、勘違いしている。ゆっくりとそう言って、夏樹は武道の顔を見た。お前に何がわかると言ったあの怒気を滲ませる顔のまま、武道は夏樹を睨みつけている。その顔を見て、お前の未来は、と声を上げた。

    「お前の未来は、こんな不思議なことが起きなければ、ずっと地面に横たわる芋虫のようにクソみたいな人生だったんだよ」
    「ッ…!」
    「人に流され謝り続ける人生。お前はさ」

    誰かのヒーローにすら、なれない人生だったんだよ。そういった夏樹の頬を、武道はぶん殴った。分かっている。分かっていたのだ。自分はどうしようもない人間なのだと。それが未来に繋がっていくことも、武道だって分かっていた。知らぬ間に東卍の奴隷になっていた。知らぬ間に体はボコボコにされて、けれど気づいたらそれが終わっていて、平穏な時間が来ると思えば知らない間に東卍の総長と仲良くなっていて。全部知らないうちに始まって、全部知らないうちに終わっていた。

    今回だってそうだ。ボロボロの痛む体が、それを全て物語っている。知らぬ間に、関東の頂点へと、君臨してしまった。それが怖くて怖くて仕方がなかった。それが、恐くて恐くて、逃げ出したかった。

    どうしようもない、そんな心の内側でも、いい思いをしたかった。だって…

    「弱いなぁ、花垣武道」

    彼の言うとおり、自分は弱かったから…。

    「まぁ、俺にとっちゃお前のこれからなんてどうでもいいや。せいぜい千堂たちとどうするのか、話し合いな」

    それじゃ、俺はこれで。
    そういった夏樹の背後で、武道は海の波打つ音が、聞こえた気がした。

    「落ち着いて聞いてください、武道くん」

    未来に帰った男は、その言葉を聞いて、あの日九条夏樹が放った言葉を思い出した。

    海のさざ波を引き連れて、九条夏樹が海の底へと消えたのは、奇しくも花垣武道が未来へと帰った、8月18日の未明だった。

    開かれることの無い手紙を後生大事に取っていた花垣は、その日、すぐに手紙を開いた。たった一言、その一言に、怒りが湧き上がって、悲しみも、苦しみもなく、膝を着いてその衝動を抑え込むしか無かった。

    お前に出会わなければ、良かった

    そのたった一言が、九条夏樹の全てだと、何故か武道は思ってしまった。過去を変えることが出来なくなってしまった今、彼を取り戻すことなど出来はしない。

    「俺も、お前に出会わなければ良かったッ…!!」

    そう呟いて打ち付けた拳が、酷く弱々しい音を立てて、アパートの床へと吸い込まれていった。







    お前に出会わなければ良かった
    これにて終焉。
    以下あとがきと、それなりの解説。




    人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。しかもその間の期間の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人生は短い。
    ジャン・ジャック・ルソー

    この言葉を、九条夏樹の人生に当てはめた時、苦痛や束縛のなかで、彼はどう生きてくれるだろうか。そう思った。
    彼は生きているだけで、海の中を連想させた。それが前作、1/Fのゆらぎに答えがあるように、海のさざ波に心を落ち着かせる人が多い反面、海は容易く、人の命を奪う。睡眠とは、永遠か、間隔的かの違いなのだと私は思っている。
    労働は学生だからないにしても、彼は不良の世界で生きている。もし大人になったら、彼はどう生きるだろう。それが私の初期に書いた、海に身を委ねる。
    苦痛は?溺れる魚を思い出して欲しい。彼は、海に還るまで、どう生きて、どう死にたかったのだろうか。
    この作品は、九条夏樹という人間を、東京リベンジャーズという作品のひとつのパーツとして当て嵌める為に考えた、私だけが知り得る彼への“束縛”をテーマにした作品です。

    九条夏樹以外は幸せになって欲しい。それは、九条夏樹はこの世界では真っ当に生きては行けないと思っているから。だって彼は、地球という青く丸い惑星が誇る4分の3の世界を知る、海に生きる生物だから。

    この作品の中で出てくる多くの名言は、全て九条夏樹というキャラクターへ送りたかった言葉でもあります。

    1話。世界は理不尽で出来ている。
    九条夏樹の全ては、あの日溺れながらも、1時間だけ話してくれた、花垣武道に委ねられた。けれど、九条夏樹が大好きな花垣武道は、電車に轢かれて死んでいます。だから武夏からのタケひなであり、この九条夏樹と出会った過去からやってきた彼も、この先の彼も、原作の花垣武道であり、九条夏樹の愛した、大好きだった花垣武道ではなくなりました。
    本来、九条夏樹が望む花垣武道が来るはずだったのに、彼は死んでしまった。それは、同じ日、同じ時間に、九条夏樹もまた、彼と同じく電車に轢かれて死んでしまったからで、神様は、九条夏樹だけを、過去に戻した。きっと過去へと戻った時、九条は分かっていた。自分の知っている花垣武道が過去に戻れなかったのは、自分のせいである、と。だからこそ、世界は理不尽に、出来ている。

    2話。ショーペンハウアー
    人と同じようになろうと必死に生きる中、私たちは自分自身の4分の3を失っていく。
    しかし九条夏樹はどうでしょうか?
    彼は他人という存在に価値を見ていません。ここでは彼の残虐性について、書かせていただきました。
    彼は、他人と同じになれるほど、真っ当な人間ではないのです。自身を喪失する事に躊躇いを感じている反面、他人の喪失する感情が欲しい。
    だからこそ、喜怒哀楽の中で、人々が歳をとるにつれて失って行く、“怒り”という感情を欲しがっていました。
    喜びも、哀しみも、楽しさも、歳をとるにつれて降り積もり、蓄積され、溜まっていく“幸せ”とも呼べる時間ではなく、歳をとるにつれて削られ、薄まり、消えていく“不幸せ”とも呼べる時間が、彼は欲しかったのです。

    3話。ガンジー、ロマン・ロラン
    インドの独立の父。
    ガンジーの言葉には、たくさんの名言があります。その中で彼の言葉には、“怒る”という感情を持つのでは無く、好きな人と共に“泣き”、“笑い”、“尊ぶ”事こそが、幸せな世界になるための最初の1歩であるようなことを言っています。この彼の名言を口にした時、九条夏樹という少年は、“理解できない”といっています。これは、九条夏樹という人間にとって、“怒り”という感情が、自分自身を愛してくれる感情であると思っているからです。2話に欲した花垣武道の感情のなかで、“怒り”を欲したのも、これになぞられています。
    フランスの作家
    人間の感情の4分の1
    喜怒哀楽の中で、さらに子供っぽいものは、泣くでもなく、笑うでもなく、楽しむのでもなく。ただただ、“怒る”という感情。これだけです。
    人は何故、怒るのか。理不尽さから怒るのか。不条理な世界で怒るのか。そんなこと、“今の日本”という平和な国では、起こりえない。全ては、諦めるのです。
    怒るのに体力を使うのは、感情を抑え込むことに、身体が疲れてしまうからで、怒ることを諦めるのは、その抑え込んだ感情の行き場を、私たちは知らないからです。
    ある一定の人間のみが知る、抑え込めない感情の行先は、他人であり、その感情を受け取った大抵の人間は、今まで生きていた世界から追放され、死してその感情を受け止める。だから、人は人を蔑み、人は人を憎しみ、人は人を殺すのです。
    私は、そう考えたからこそ、そう考えているからこそ、九条夏樹にこの言葉を放った作家を好きになってもらいました。

    4話。吉川英治
    歴史をテーマにした日本の作家
    この人の名言を使用した理由として、この人の作品のひとつに、三国志があるからです。三国志の話は簡単に言えば情に厚い人間と、野心溢れる天才2人の話です。
    これに、花垣武道と、九条夏樹を連想したこと、“怒り”に対して、押さえつけるのでは無くそれを良しとし、自身を成長させるために必要な感情であるように言っているので、武道の成長のために使わせて頂きました。
    また、彼を使った別の理由として、
    晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。
    という別の名言がある。
    晴れた日は晴れを愛し(花垣武道)雨の日は雨を愛す(九条夏樹)
    日本の晴れ、雨、他の日の割合は、だいたい【6:1:3】という割合があります。2人を足すと、【7:3】で、これは「海と陸の推測結果」の割合にも相当します。
    偶然の一致のようで、まさに運命のような割合。その最たる名言を言った彼をここで使おうと、決めていました。

    5話。サン=テグジュペリ
    フランスの飛行機乗りであり作家
    本名:アントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ
    誰か分からない?そんな君でも、きっと彼の著書は知っている。
    “星の王子様”という、忘れていた子供心を取り返してくれるような、なんとも言えない作品。それが、彼の作品です。
    この作品は、飛行機乗りの男の主人公が、星から地球へとやってきた王子様と砂漠で出会った事から始まる。
    物語の約八割~九割は王子様が地球に来るまでに廻った他の星の話と、地球に来てからの出会ったキツネと蛇の話。それだけで話は終わっていて、それだけなのに心に残る。彼の作品は他にもたくさんあるけれど、あまり日本には馴染みがないので割愛します。
    黒川イザナは、目に見えない、“家族”というたいせつな“繋がり”を欲しがっていた。
    欲しがって、手に入れたこの世界で、彼はその繋がりをいつの間にか見えなくなってしまった。そういうのを気づいて欲しくて九条夏樹は彼の名言とも呼べる文字の羅列を言ってもらいました。
    読む人によって難しく感じさせる星の王子様ではありますが、なぜ難しいと感じるのか。それは、王子様の心が、純粋で、清らかで、あどけなさの残る子供のような心だから。私たちは大人になるにつれて忘れてしまうその心を、王子様の彼は持っていた。目に見えないものに不安を抱く大人と、目に見えないものに興味を抱く子ども。私たちは、早く大人にならなければならない謂れはないのに、その好奇心をどこに置いてきてしまったのでしょうか。

    6話。デール・カーネギー
    アメリカの作家/自発啓発書の原点
    読んだことある?めっちゃくちゃ有名なのって、「人を動かす」って作品なんだけれど、人生の指南書とも言われています。目の前の事に集中するのもいいけれど、たまには一歩引いてみるのも、一つの手だと思う。そう思わせる、作品です。
    この方の名言は好き嫌い別れますが、人生で一度は読んだ方が良いと思います。人間関係を円滑にする方法が30個の法則に分けられて書かれていますが、基本的なことしか書かれていないし、私みたいに過去にやんちゃしている人間でも、国語力が4/10しかなくても読めるので、気負わずにぜひ。因みに私はこの本を八方美人の指南書って言って貸してた時期がありました。読んだら分かる、作者の国語力のなさ(キリッ)

    7話。ジャンジャックルソー
    主にフランスで活躍した哲学者。
    知らないとは言わせない。
    童謡:むすんでひらいての作曲家である。
    この人を使用した理由なんてたくさんあるから言語化に難しいんだけれど、纏めるなら人生は自分が思っている以上に、短い。タケミっちの後輩に書いていたように、私にはやんちゃしてた時期があります。その時期に仲良くなった不良の兄ちゃんから、毎回会うたびにやんちゃもほどほどにしろよってブーメラン狙ってんのかって言いたくなる台詞貰ってたけれど、私が私として生きるにはあの擦れた経験が無いと始まらないし、それに不快を感じる人は偽善者なんだなって思うよ。話を戻そう。ルソーは哲学者であり、作曲家でもある。曲を作り、詩を書き、根源と原理を理性によって求め、これまでの経験を吐き、文字を連ねる。
    昔の人々は声を上げる代わりに詩を詠み、思いを告げる代わりに曲を書く、そんな時代だったのではないかと私は思っている。


    最後に

    彼らは天才という言葉を知らない。けれど、彼らはきっと、苦痛の声をあげる大地の悲鳴を聞いていたのだと、私は思う。だって、彼らの言葉には、愛があり、強さがあり、未来があるのだから。

    この話について
    “怒り”という感情は、時としてと自我を見失う。けれど、“怒り”という感情以上のエネルギーを、私たちは知らない。本来ならこの話を早めに投稿して完結させないといけなかったのですが、なかなか語彙が上がらず…申し訳ないです。
    私はフランス人作家が好きなのか、と聞かれるほど多くの名言をフランスの方々から借りておりますが、好きとかそう言うのではなく、中学時代に読んだ作品の中で、今尚私が覚えている作品を書いた人、という感覚で選出させて頂きました。ジャン・ジャック・ルソーはただ単に好きなだけですね。てかマジでフランス多いな???個人的には芥川龍之介とか、夏目漱石とかも好きです。他にも湊かなえとか。
    いつか深いと思わせることの出来る作品を書いてみたいなぁ。え?今回濃すぎておなかいっぱい?じゃぁ仕方ないね。





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