上空まで飛んでみろ!「飛行術の授業はテンション上がる……!」
待ちに待った本日の飛行術。あのふわっと浮く感覚、高速で通り過ぎていく風景、びゅんびゅん鳴る風の音。箒が自分の手足のように動いてくれるのが嬉しくて、飛び回るのが好きで、気付けば一番好きな科目になっていた。
――今日はどんな飛び方をしようかな……。
心を躍らせながら考えるのは、飛び方のこと。宙返り一回転をしようか。いや、高速で箒を飛ばすのも楽しいかもしれない。ひとまずはバルガス先生の課題が終わってからになるけれど、それでも構わないくらいにわくわくしていた。
「……それくらいにしておけ」
「え、何で?」
相当顔がにやけていたのかもしれない。同じクラスのジャミルが、呆れた顔で声をかけてきた。“それくらい”の意味がわからずに首を傾げれば、察したように指をさした。その方向へ顔を向ければ、そこには同じクラスのアズールがいて――顔色は大変よろしくない。
「……全く……陸に来てまだ二年だというのに……空を飛べなど……無茶にも程がある……」
「……なかなか怨念を感じるね」
「だろ?刺激しないに越したことはない」
「それは確かに」
ぶつぶつと言いながら箒を強く握り締めている様は、さながら何かを呪っているようだ。
――あ、待って。すごく箒がミシミシ言ってる。止めてあげてよぉ……!
思わず手を伸ばすけれど、届かせる勇気はない。あの表情がすごすぎる。
「……そういえば、今日はD組と合同か」
「止めないのか?アズール」
「……あぁいう時はほっとくに限る」
「箒が可哀想になってくるんだけど……」
「じゃあ、お前が代わりになるか?」
「……なりません」
あんなに箒がミシミシ音を立てているのに、その代わりになってしまったら腕の一本や二本やられそうな気しかしない。
――助けられなくてごめんな……箒……!
哀れな箒を見捨てることに、遠くから謝ることしか出来ない。
「あ、ウミヘビくんにトビウオくんじゃーん」
「フロイド」
「あれ?フロイド、D組だった?」
箒の犠牲を悔やんでいると、声をかけてくれたのは同寮のフロイド。普段同じ寮だとクラスまで気にしたことが無いからか、誰がどのクラスといったことをあまり覚えていない。だからか、フロイドのクラスを知るということが何故か新鮮な気がした。
「そだよ。俺も今から飛行術。ちょー楽しみ……ぶふっ!アズール何あれ⁉呪ってんの⁉」
「やっぱそう思うよね⁉」
途中吹き出したフロイドの視線の先には、さっきまで見ていたアズール。やっぱり何かを呪ってるように見えるらしい彼は、さっきよりいくらか顔色は良くなった気がする。軽くヒビが入ってしまった箒は犠牲になったけれど――。
「あーまぁ……寮長だし、色々と思うところがあるんだろうな」
「おっもしれー……後でからかってやろ……」
「止めとけ。ほら、授業始まるぞ」
授業が始まれば、わいわいとはしているものの課題を着々とこなしていく。今回の授業も回転だったり、急上昇だったり。難しいと思いつつも、それをこなせた時の達成感。それと一緒にやってくるのは高揚感。
――とても楽しかったな……!
そして、爽快感と満足感があって、スッとした気持ちになる。
「今日の課題が終わったものから自由時間に入ってよしくれぐれも危険行動はするなよ!」
「自由時間……!」
ようやく入った自由時間。バルガス先生からの注意はあったものの、各々好きに飛んでいたり練習していたり、楽しそうな様子が伺える。
――さて、僕は何をしよう?
当初考えていた通り、高速で飛ぶも良し、宙返り一回転するも良し。なんなら、組み合わせても楽しいかもしれない。
「トービウーオくーん」
「ぐぇっ……フロイド……!重い……っ」
考えに耽っていたものの、後ろから飛びかかってきたフロイドになんとか耐える。抗議の声を上げるけど、彼には届いていないらしい。その状態のまま、キョロキョロと辺りを見回しだした。
「アズールとウミヘビくんはぁ?」
「バルガス先生指名で、ジャミルはアズールの練習の手伝い。僕は免除されたから何しよっかなって」
「ふーん……あ、じゃあさー、トビウオくんさっき授業でやってた高速で上に行くのやってよ」
フロイドは授業でやった急上昇をご所望らしい。高さと速さ、どちらも良かったと先生に褒めてもらったから、それで興味を持ったのかもしれない。
「別に良いけど……あ、じゃあフロイドの箒、紐か何かで引っ張って連れてってあげるよ」
「え⁉マジ⁉やったー!……ていうか、後ろ乗せてくれねぇんだ」
「あんまり二人乗りしたことないから感覚がイマイチで……それでも良いなら乗せてあげるけど」
数える程度しかやったことがない二人乗り。自分一人で飛ぶのではなく、重さや遠心力など普段以上になるのだから、感覚は必要なところではある。
――まぁ、あれこれ考えても後ろに乗るのはフロイドだしなぁ……。
最悪、運動神経の良いフロイドなら、振り落としてもちゃんと着地してくれるだろう。
「いーよー。俺も二人乗りあんまりした事ねぇからわくわくする」
「はいはい。じゃ、振り落とすかもしれないから、ちゃんと掴んでて。行くよー」
「うん!……うわぁぁぁぁぁ」
「この声……フロイド⁉」
「何やってるんだあいつら……」
腰にフロイドの手が回ったのを確認して箒を動かせば、さながら絶叫マシンに乗った人のような。急上昇していく箒の速さに、思わず声を上げたフロイド。その声を聞いて反応したらしいアズールとジャミルに見られながら、どんどん上へと上っていく。いつもより感じる重さはあるけれど、これくらいならいけそうだ。それに、フロイドもバランスをしっかり取ってくれるからか、一緒に乗っても苦にならない。運動神経の良さからだろうか。流石すぎる。授業で許されている高さまで辿り着けば、驚かせようと一回転。
「はい、到着!……ビックリした?」
「……っめちゃくちゃはえーじゃん!しかもたっけーこんなに高いの初めて来た!遠くまで見えんねー」
「……そうだね」
「あ、アズールとウミヘビくんだ!おーい!」
――まさかここまで喜んでくれるとは……。
ブンブンと下にいる二人に手を振る姿は、年齢より少し幼く見える。喜んでくれることが嬉しい反面、ちょっと期待していた反応と違ったのもあって、残念に思ってしまう部分もある。
「もっとビックリさせようと思ったのにな……」
「ねね、トビウオくん。次アズール連れてこよーよ」
「アズールかぁ…………良いね、楽しそう」
フロイドの提案に思い浮かんだのは、我等が寮長の焦る姿。普段、澄ましているものだから、たまにはそんな姿があっても良いのでは――。それに、先程の感じならば、もう一人増えても問題なく飛べる気がした。
「じゃ、俺アズール抱えるから。トビウオくん頑張って箒で飛んでね」
「わかった。アズール落とすなよ」
「わかってるって!」
アズールに狙いを定めながら下りていく。おそらく、ゆっくり行けばアズールに警戒されて、捕まえる事は出来ないだろう。それは後ろにいる彼もわかっているようで、チラッと振り向けば目が合い、お互いに頷く。そのタイミングで一気に加速し、アズールを捕らえられる位置まで箒を飛ばす。
「アズールー」
「何ですか?フロイドぉぉぉー……⁉」
「アズール⁉お前ら何してるんだ!」
ジャミルの怒声を尻目に、フロイドと一緒にアズールを空まで連れて行った結果。スピードもあったからか、アズールは上空で瞳がキラリと輝いていたし、下に下りてフロイドと『楽しかった』と言っていれば、フロイドと共にお説教と拳骨をくらった。
ちなみに、モストロ・ラウンジのシフトは当分の間、勤務時間が増えた上にフロイドと取り立ての仕事がプラスされた。
「ほらぁ、やっぱ止めた方が良かったじゃん。いらない仕事増えた……」
「は?トビウオくんも楽しそうっつったじゃん」