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    kagemairi

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    kagemairi

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    3の真島建設アジトが使えるようになったあたりで逢引してる桐真

    受話器を取る。
    3つの数字を続けて回す。
    数度の呼び出し音のあと、通話状態になったことが沈黙で伝わる。
    受話器を手に持ったままそれを確認し、フックへと戻す。

    携帯の番号はお互い知っているのだし、直接連絡すれば済むことだ。
    今ついたとも、何時にとも伝えることはないし、実際ひとりで休息をとってそのまま出ていく事もある。
    その「逢う」という目的に限って言えば無駄でしかない手順を律儀に踏んでいるのは、つまるところ儀式なんだろうと思う。
    この空間へ踏み込み、自分を慣れ親しんだなにかから切り離すための。
    さほど重くも厚くもない扉で区切られた8畳ほどのこの空間に閉じ込めるための。

    夜半過ぎに現れた男は、ほんま予報なんちゅうのはデタラメやで、と身体についた水滴をはらいながらひとりごちた。
    簡素なマットでまどろんでいた半覚醒の重い目を蛍光灯の無遠慮な光がこじあけようとする。
    なにか言おうとしたが特に思いつかず、呻きとも相槌ともつかない声を出して見上げる。
    強いコントラストで彼の顔の造形が強調され、生気を奪う青白い光がさらに作り物めいた質感を与えている。
    深い眼窩もまた影に覆われていたが、反射して揺れる小さな光は瞳がまっすぐこちらを見つめていることを伝えていた。
    部屋の奥に置かれたデスクへ歩いていくのを追いかけるようにのそりと起き上がり、後ろに並び立つと、湿った匂いがした。
    雨に濡れた生地の、長時間燻されただろう煙草の、整髪料の、もう馴染んでしまったそれらに混じって、かすかに残る知らない、他人の気配を嗅ぎ取って息が詰まる。
    けれども次の瞬間には、自分がなにかそういう了見の狭い感情を持つ資格はないのだと思う。
    本来望まないだろう場所に彼を放り込んで距離をとったのは他でもない自分なのだから。

    革の手袋に包まれた指が机の上に放り出されたマッチで煙草に火をつけ、深く一息吐き出しこちらを向き直る。
    軽く机に持たれている腕の横に自分のものをついて、距離を詰めた。この先はあれこれ考えても仕方のないことだ。
    ほぼ機械的な動きで顔を寄せると、唐突に、自分猫背になったんちゃうか、と言われて、え?と間抜けな声が出た。
    もともと俺よりは小さいけどな、上目遣いされんのはあざといで、いつのまにか首の後に回っていた指がシャツの襟元を滑り首の付根にもぐりこみ、飛び出た骨をなぞる。
    直截な仕草に胸を突かれ、指先に押されるようにタイの結び目あたりに鼻をおしつけると、匂いがより強くなる。
    そうかもな。実を言うと最近腰も張ってんだ。
    ここで決定的にいわしてもうたら顔向けできひん。
    誰に、とは言わなかった。
    彼が今いる場所、自分が戻るべき場所、そこで猫背になった理由、全て今考えはじめれば熱が引いていく気がする。
    だが、罪悪感と責任感を軸に潔癖でいられるほど若くもない。
    雨の中を傘を差し出す舎弟も連れずに濡れながらここへ来た、来てくれたという事、数年前には容易い事だったふたりきりになることをお互いなにかを置き去りにして選び取っている。首元に寄せた頬から伝わる振動で彼が微かに笑ったことが分かった。
    視界が回る、と思った次の瞬間には体勢を入れ替えられて机に仰向けにされていた。いつのまにかジャケットもはぎとられて、冷えた空気が薄いシャツと接地面から染みてくる。胴を挟む形で乗り上げてきた彼の表情は逆光でよく伺えなかったが、まどろっこしいわと言った声音は笑っている。
    さきほどこの部屋で彼を迎えたときにも、表情がよく見えなかったなと思う。
    ふと、もっと柔らかい光に照らされた明るく乾いた場所で、冷たくて硬い机などではなく、静かに優しく抱き合えたらどうだろうと考え、荒っぽくタイを緩める仕草に、内股を這い始めた滑らかな革の感触に、孤を描いたひとつきりの瞳に容易く思考を手放してしまう。
    屋根を打つ雨はいよいよ激しくなって、もう音は聞こえなかった。
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