車内にて非常勤講師として雇われたものの、体術の授業を除いた空き時間は自由時間に近い。常であれば空き教室で昼寝に勤しむ頃合いともあり授業終了のチャイムと共に血気盛んな学生ら二人を追い払うかのように伏黒が片手を揺らした直後響いた校内放送は己の名を呼ぶそれだった。
大きく舌打ちを一つ零しはしても、授業以外の任務に関しては歩合制との契約を結んでいることもあり億劫な感情もそこそこに顔を出した教務室ではいつの間にか着いたのか、既に資料を手にしている孔が居て。此方を見遣るなり「遅ぇ」と一言のみ残して駐車場へと向かう背を追うのはもう幾度と繰り返した日常の一つだった。
「オマエが早いんだろ、暇かよ」
「オメェと違ってこっちは朝から晩まで駆けずり回ってんだ、暇じゃあねぇな」
「あっそ」
売り言葉に買い言葉が返されながらも車に向かえばそれまで孔が携えていた書類の束は伏黒の膝上へと放られる。さして意識が向くこともなく上から下に斜め読みをしたそれが後部座席に投げ入れられる様を横目に、ルームミラーの角度を調整していた孔は不意に呼ばれる名に訝しげに眉を寄せたのだった。
「朝から晩までっつーと?晩もか」
「いつの晩のことを指してんのかは知らねぇが今晩は珍しくオフ」
「そーかよ、本業は?」
「切羽詰まった案件は無し、久々に部屋に帰って寝こける予定。ベルト」
「そ。なら寝こけんのはまた次回のお楽しみっつーことで」
何だ、と呟く声は音にはならずに飲み込んで。歯牙を立てられての口付けが続いた後、離れた互いの口唇には唾液の糸が伸びて切れる。
濡れた口許を手の甲で拭って見せれば至近距離で意地悪く笑む伏黒に対し、直前の会話を振り返った孔は自宅に常備しているローションとスキンの残量を思い返した。エンジンを掛ける最中にまたも呼ばれた名に視線は前方を向いたまま問い掛ければ。
「なんだ」
「呼んだだけ」
「あ?」
車を発進させる直前に交わされる短い会話は常であればあまり経験のない時間の一つで。思い当たるフシはあるのかと思考を巡らせた刹那、浮かんだ要因については思わず喉で笑ってやれば助手席で既に目を瞑る伏黒からは一言のみ。
「……なるほどな、久々だからかヤるの」
「そ」
end