百害あって一利なし　アルフェンは通勤鞄と普段通りの帰りがけに寄ったスーパーの袋の他に、紙袋の手提げを抱えてジルファの部屋へ帰宅した。合鍵を外套のポケットにしまい、荷物を玄関に放り投げてジルファに叱られる。
「荷物を投げ捨てるな」
「捨ててない。置いたんだ、そんなつもりはなかった」
　ジルファの用意した夕飯の鍋から良い匂いがする。空腹を思い出したが、ビールを冷やす方を優先して冷蔵庫を開けた。外套を掛け、手洗いを済まし、荷解きをしたはずのアルフェンがいつまで経っても来ないのでジルファが玄関へ様子を見に行くと、紙袋から包装紙の掛けられた箱を片手に突っ立っていた。
「どうした、そいつは。土産か？」
　アルフェンはどうしたものかと箱を眺めて、台所のシンクへ腰を預けた。飲むために冷蔵庫から出したと思われる缶チューハイも手付かずで置かれている。
「利用者から貰ったんだ…。いつもはバックヤードに置いてくるんだが、今日はみんな居たから置き難くて、持って帰ってきた」
「開ければいいだろう。規則では禁止されてはいるが、実際に断るのも角が立つからな」
「いつもその人理由つけて、何か色々持って来るんだよ。すごい話しかけて来るし、キッズだけじゃなくて大人のプールも見てくれとか、うるさくて」
「だから開けたくないのか」
「何か入ってたら怖いだろ。…でも食べ物捨てる訳にもいかないしな…」
「俺が喰おうか」
「それは駄目だ」
　ジルファの提案に、アルフェンは食い気味に拒絶したが、観念して包装紙を破った。蓋を開けると黄色い饅頭が並び、添えられたカードに受賞歴や店舗の詳細が記載されていた。一つ取り出して、しげしげと眺める。無言で開封し、一口食べると
「甘い。酒のつまみにはならないな」
　と言って顔を顰めた。
「だろうな…」
　アルフェンは口直しとばかりにチューハイを煽ると、食べかけの饅頭をジルファに渡して食卓に着いた。寄せ鍋の牛蒡とキャベツを小皿に取り分け、柚子胡椒をたっぷりとつけては、チューハイを流し込んでいる。ジルファは仕方なくその饅頭をひと齧りしたが、卵の風味が強く香る生地に、バニラエッセンスの効いたカスタードクリームの甘い餡が口内を駆け巡った。酒の気分も、鍋の気分も吹き飛んでしまった。ジルファも饅頭を小皿に置いて、食卓へ並ぶ。
「ああやって菓子なんかをよく貰うのか？」
「え？貰うだろ」
　アルフェンはさも当たり前だと言わんばかりの顔つきで、追加の柚子胡椒をかけた。
「ジルファだって貰ってるだろ？」
「いや」
「え？…月に何回かあるだろ…客でもスタッフでも…」
「ない。せいぜいイベントのついでくらいだ。その言い方から察するに、お前は日頃から随分と貢物が多いみたいだな」
　急に恥ずかしく、こそばゆくなり、アルフェンは赤面を隠すように二本目の缶チューハイを開けた。
「…ジルファだって、奥さんからは何か貰ったりしてただろ、付き合った彼女とか……。そうだ、昔の女の話を聞かせてくれよ、何を貰ったりしてたんだ？その時代の流行り物とかあったのか？」
「俺なんかより、お前のほうがよっぽど語れそうだがな。俺の話が聞きたけりゃ、お前が先に昔話をしてみろ」
　アルフェンは喉に詰まらせると、咽せて横を向き、別に用意されていた麦茶を一気に飲み干した。それでも咳込み続け、ようやくジルファの顔を見ると、なんとも言えぬ呆れた表情をしていた。
「心当たりがあるようだな」
「な、ない…ある訳ないだろ…止そう、この話は……ジルファの作ってくれた鍋が冷めるだろ…美味いよ。酒によく合うし、飯にも合う。暖まるな、はは……今日は疲れたよ、残業もしたし…今日は…早めに寝ることにする…、本当だぞ………今日は………饅頭でも、食って…寝ようかな……………」