嵐が過ぎ去るのはまだ遠い青山さん好きです。良かったら付き合って下さい。
真っ赤な顔で声と手を震わせながらされる告白は嬉しさよりも罪悪感を感じる。
心底申し訳ないと感じながら断りの言葉を告げた。
☆
雄英に再度入学して何ヶ月か経った。入学当初はいろいろ苦労したけど今は上手くやっていけてると思う。
とは言っても悩みが全く消えたわけじゃないけど。
「遅くなっちゃったな…」
早足で1Aハイツアライアンス近くの森に向かう。早く行かないと緑谷くんを待たせてしまう。
雄英にまた入学できて1番嬉しかったことは緑谷くんとまた再会できたことだ。
僕が入学してしばらくしてから彼は教育実習生として雄英にやってきた。教育実習生と生徒という関係な以上表立って仲良くすることも出来なかったけど人目のつかないところで定期的に会って話すことは出来た。彼が学校にいられるのは短い間だけど少しでもあの頃みたいに一緒に話せたらいいなと思ってる。
「緑谷くんまだ来てないのか…」
目的地に着いたのはいいものの緑谷くんもまだ来ていなかった。
仕事などで緑谷くんが遅れてくることは珍しくない。今日は僕も時間に遅れてしまったからまだ来てなくてむしろ安心した。
近くのベンチで数分待っていると「青山くん遅れてごめん!」と緑谷くんが息を切れさせながら現れた。
「僕も遅くなっちゃったから大丈夫☆」
本当にごめんね…!とまだ息切れさせてる緑谷くんをベンチに座らせる。体力のある彼がここまで息切れしてるということはそこまでして急いで来てくれたということ。怒るはずもない。
「はぁ…」
ようやく息を落ち着かせた彼は深いため息をついた。なんだかすごく疲れた顔をしている。走り疲れたのかと思ったが彼の浮かない表情から察するにそうではないようだ。
「何かあったのかい?」
「えっ?」
「なんだか浮かない顔をしていたから☆」
「相変わらず青山くんは鋭いね…」
緑谷くんはあはは…と困ったように笑う。
「実はその…また生徒に告白されちゃって…」
「あぁ…」
教育実習に来てから緑谷くんは生徒に告白されてばかりいるらしい。あの戦いの彼の活躍を見た人の中から恋愛感情を抱く人は少なく無いだろうしそうでなくとも彼の普段の立ち振る舞いからそういう気持ちを抱く人もいるだろう。
まぁ緑谷くんを好きになるのは分かるんだけど
「実は僕もここ来る前に告白されたんだよね…」
「えっ青山くんも!?って前も言ってたね…」
なんで僕まで告白される頻度がこんなに高いんだろう☆
当時告白など全くされなかったのにまた高校生になってから何故か急に告白されることが増えた。同級生とはかなり歳が離れてるし先輩ですら僕より歳下なのに告白してくる人たちはそんなことお構いないとでもいうように僕に好意を寄せてくる。
好意を寄せてくれることはありがたい。でも人としての魅力を感じることはあっても未成年の子を恋愛的な意味で好きになることはない。好意を寄せられて困ってるなんて贅沢すぎる悩みなのは分かってるけど実際困ってるんだからどうしようもない。それは緑谷くんも同じなようで。
「気持ちは嬉しいんだけどね…」
とお互い苦笑いするばかり。
「そもそもなんで僕なんだろう?みんなの周りには歳が近くてもっと素敵な子がいるのに」
「それは客観視できてなさすぎでしょ☆緑谷くんにはいっぱい魅力があるのに☆」
「いやいやそれは青山くんもでしょ!見た目も綺麗だしみんなにも親切だしそういうところがモテるんじゃないかな!大人の魅力というか…!」
「大人の魅力なら緑谷くんにもあるでしょ☆」
「…………」
お互い同じことしか言わない。思わず2人で吹き出してしまう。未成年の子に好意を寄せられてしまうのは正直困るけどこうやって緑谷くんと悩みを共有出来たことだけは良かったかもしれない。いやそう思ってしまうのは流石に相手の子に失礼か。
ひとしきり笑ったあと恒例のお喋り会を始めた。
A組のみんなの活躍や学校で起きたこと…全部たわいない話だけど緑谷くんとまた話すことができて僕にはもったいないくらいの幸せだ。またすぐに緑谷くんとは離れ離れになってしまうけれどこの束の間の幸せを大切にしていきたい。
「私諦められないです!青山さんどうか私と付き合って下さい!!」
「緑谷先生!もう一度私にチャンスをください!!」
「…………」
どうしてこんなことになってしまったのか。
悩みを共有できたことだけは良かったなんて考えが甘かった。
目の前には真っ赤な顔で告白してくる女子二人。一人は見覚えがある。昨日僕に告白してきた子。もう一人の子は知らないけど話から察するに緑谷くんに告白して振られた子だろう。
でもどうしてこの二人が同時に告白してきたんだろう。
「わ、私この子と友達でこの子も緑谷先生に告白して振られたって言ってたから2人で一緒にまた告白したら考えてもらえるんじゃないかなって…」
訝しげにしてる僕を見て察したのか一人が事情を説明する。そういうことか。でも二人で告白し直したらOKしてもらえるとはならないよ普通☆
いろいろ突っ込みたいところはあるけど彼女たちも必死なんだろう。ただ二人同時に告白してくるとは思わなかった。彼女たちには申し訳ないけど不快な思いさせてでもキッパリと断らないと。
「何度も言ったけど僕たち二人とも君たちと付き合う意思は全くないよ。歳も離れてるしそもそも未成年の子を好きになることはない。同い年ぐらいの人と付き合った方が君たちにもいいよ」
「歳は離れてても今青山さんは同学年じゃないですか!!もうこれ同い年ってことでよくないですか!?」
「いや僕が良くないんだけど…」
「一回付き合ってみたら考えが変わるかもしれませんよ!なんなら私が変えます!」
だめだ。全然話が通じない。
横目で緑谷くんの様子を確認すると僕と同じように相手のアピールに困り果てていた。相手の子は緑谷くんが何か言うたびに「でも」「いや」と否定の言葉しか言わない。
彼女たちの絶対に引かない姿勢はヒーロー目線で見るなら評価するべきなのかもしれないけど何回も告白されてる当事者からしたらいい加減諦めてくれとしか言いようがない。
「………」
緑谷くんもとうとう黙ってしまった。彼女達の勢いもどんどんヒートアップしてる。「このまま押せばイケる」と思われたのかもしれない。
僕だけが彼女達に振り回されるだけならまだしも教育実習生の緑谷くんの時間をこれ以上取らせるわけにはいかない。最終手段になるけどもう先生方に間に入ってもらって止めてもらった方がいいのかもしれない。
「あのっ!」
今まで黙っていた緑谷くんが急に大声を出した。
ずっとヒートアップしていた彼女達が一瞬止まるがようやく告白をOKしてくれるのかと思ったのか期待の目で僕たちを見つめる。僕も彼女たちとは違う意味で緑谷くんを見つめる。もしかしたら彼女たちを諦めさせる言葉が浮かんだ?そう期待したけど次の緑谷くんの言葉でそれはあっさりと打ち砕かれた。
「僕青山くんと付き合ってるから君たちの気持ちには答えられないんだ!本当にごめんなさい!!」
…………
「は?ちょ、緑谷くん何言って」
「僕達が学生時代一緒のクラスだったのは知ってるよね?実はその時から付き合ってたんだ。お互い立場が違うから公表とかは出来ないんだけどでも僕達本当に愛し合ってて…!」
「ちょっと落ち着いて!ねぇ!!」
勢いが止まらない緑谷くんのシャツの襟を引っ張って彼女たちから遠ざける。
「なんだいあの嘘は!付き合ってるとか愛し合ってるとか!僕達いつそんな関係になったの!!」
「いやそのどうしたら諦めてくれるのかなって考えたら恋人がいるってことにしたらいいかなって…心苦しいけどもう嘘つくしかないのかなって…」
「だからってその相手が僕である必要ないよね!?☆」
「それは本当に申し訳ないんだけど一緒に付き合ってるって事にしたらどっちも諦めてくれるかなって…!」
「それは…」
確かに合理的と言えば合理的かもしれない。でもあんなに必死だった彼女たちが恋人同士でしたなんて言ったところで納得してくれるだろうか。
緑谷くんの勢いに気圧された彼女たちは唖然としたように黙っていたが僕を好きな子が先に口を開いた。
「あの……青山さん。本当に緑谷先生と付き合ってるんですか?」
「えっと…それは……」
付き合ってないと正直に言ったところでまた振り出しに戻るだけだろう。ならここで緑谷くんに乗っかった方がいいのかもしれない。それに彼女達への傷が最小限で済むならそれに越したことはない。
「うん、付き合ってる…よ」
自信なさそうにボソボソと答える僕をどう思ったのか彼女たちは怪訝そうに見つめながらひそひそと顔を寄せて話している。
やっぱり無理あったんじゃないかな…?緑谷くんも不安そうに彼女たちを見つめてる。
彼女たちが顔を上げた。
「ごめんなさいっ!!」
「…え?」
急な謝罪の言葉とさっきまでとまるで態度が違う彼女たちの様子に思わず口を開けてしまう。
「私たち二人が付き合ってるなんて知らなくて…ぐいぐいきちゃって……そういうことならもうお二人の邪魔しませんから!」
本当にごめんなさいと頭を下げる彼女たち。
え…信じたのあの嘘を!?
てっきり嘘だと糾弾されるのかと思ってたので拍子抜けしてしまった。というか歳の差は気にしないのに相手に恋人がいたら諦めるんだ。なんでそこだけ常識的なんだろう。最近の子の倫理観分からない。
「わ、分かってくれてありがとう。あと僕たちが付き合ってるってことは誰にも言わないでくれるかな…」
緑谷くんも彼女たちの反応に拍子抜けしていたがちゃんとお礼と口止めをする。もちろんです!お幸せに!と再度頭を下げて彼女たちは去っていった。
「とりあえず諦めてくれたみたいでよかったね…」
去っていった彼女たちの背中を見ながらほっと胸を撫で下ろす緑谷くんの姿を見てなんとも言えない気持ちになる。結果的に緑谷くんの嘘のおかげで被害は最小限で済んだ。それは良かったけど。
「でもよくあんな嘘信じたよね」
「え?」
「…だって僕と緑谷くんじゃ………いやなんでもないよ☆」
不釣り合い。口から出かかった言葉をどうにか飲み込んだ。こんなことを緑谷くんに言ったところで彼に否定されるのは目に見えてるから。
彼はヒーローだけど今の僕はそうじゃない。もちろん本当のヒーローになるために日々の努力は欠かしてないつもりだけど今の僕と彼が恋人同士だと思われるのは正直無理がある気がする。
「その…青山くんは嫌だった?僕と恋人同士だと思われるの……」
途中で黙ってしまった僕をどう思ったのか緑谷くんが恐る恐る聞いてくる。
「…嫌じゃないよ。ただ緑谷くんは教育実習生なんだし変な噂立てない方がいいって思っただけ☆最終的には僕も便乗しちゃったけど」
周りが僕たちの関係を恋人同士だと勘違いするのは無理がある。そう思うけど嫌かと言われたらそうじゃない。どうしてそう思うのか上手く説明できないけど。
僕の答えを聞いた緑谷くんはそっかと何故かほっとしたような笑顔を浮かべた。
「それなら良かった…かな。ごめんね青山くんまで嘘に付き合わせちゃって」
「それは本当に大丈夫なんだけど君はもう少し立場とか考えた方がいいんじゃないかな☆」
「う……気をつけます」
そのあとは下らない話をしながら校舎へと戻った。どうして恋人同士だと思われる事に悪い気はしないのか、あの緑谷くんの安心したような笑顔はなんなのかとか自分の中でモヤモヤしてることはあるけど一旦考えないことにした。
しばらくして緑谷くんは教育実習期間を終えて雄英を去っていった。僕自身雄英を卒業するまではA組の皆に会わないようにしているから彼と話すことはしばらく出来なくなる。
寂しいけれどあの束の間の幸せはご褒美だと思えば辛くない。
でも緑谷くんが雄英を去ってからまた悩み事が増えた。
僕たちに告白してきたあの二人。緑谷くんの誰にも言わないでというお願いをちゃんと聞いてくれてるみたいで校内で僕たちが付き合ってるというような噂は流れてこない。それはありがたいんだけど定期的に「緑谷さんと最近いつ会ったんですか?」「いつもどこでデートしてるんですか!?」とか聞かれて告白されたときと比べて気苦労はそんなに変わってない気がする。というか告白してきた時より熱量が上がってる気がしてちょっと怖い。ただ緑谷くんの名前は出さずとも「青山さんはお付き合いしてる人がいる」と周りに言ってくれたおかげで僕に告白してくる人はだいぶ減った。これには素直に感謝してる。
ほとぼりが冷めた頃に彼女たちには緑谷くんと別れたと言うつもりだ。また嘘を吐く罪悪感はあるけどいつまでも付き合ってるって事にしたら緑谷くんに迷惑をかける事になってしまう。
そうするのがいいとは分かってるけど緑谷くんがいたときの一番大きな思い出がこの騒動なわけで。
最中はゲンナリしていたけど終わった後に下らない話をしたこととか同じ悩みで笑い合えたこととか楽しかったことがあったのも事実。それを無かったことにしてしまうのは少しもったいないななんて思ってしまった。
なお彼女たちに別れたと伝えようとした瞬間「私たちお二人を応援する会を作ったんです!名付けて出青を愛でる会!!」と言われて思わず白目を剥いてしまったのは別の話。