花と想いside常闇
「あれ?これどうしたの?」
ある日の就業終わり、パトロールから帰ってきた先輩方が不思議そうに問いかけてくる。なぜ俺に問いかけてきているかといえば、俺がその疑問の発端だからだ。
「先程ひったくりにあったご婦人を助けたのだが、お礼にと花を頂いた故、事務所に飾らせて頂こうかと。」
俺の手元には、今まさに花瓶に生けられた花があった。そして、花瓶は一つだけでなく事務所内にいくつか点在している。ホークスがあまり興味ないからか、この事務所は他の事務所に比べると割と殺風景な方だと思う。そんな事務所に花が飾られていれば誰でも驚くだろう。
「ホークスには許可を頂いています。」
「そっか。花があるだけでこげん華やかになるんやね。」
「そうですね。」
花瓶にそのまま生けただけの花でも綺麗に見えることで、この事務所が以下にシンプルで事務的だったかが伺える。翌日事務所へ行けば、昨日早上がりしていたスタッフ達にもその花達は好評だった。自発的に行ったことではなかったが、自分の行動が誰かを幸せにしているということが嬉しくて、数ヶ月経った今では週に一度仕事前に花屋に寄って花を調達していた。
「あら、いらっしゃい。ツクヨミ、いつもありがとうね。ホークス事務所の行きつけだって色んな人が来てくれるようになったんだよ。」
あの日助けた婦人が営む花屋はこぢんまりとしていて、温かい空気が流れていた。
「おはようございます。今日もいくつか見繕ってもらっても良いだろうか。」
「はいはい、そうだと思って用意してあるよ。」
「幸甚に存ずる。」
「ツクヨミもたまには自分で選んでみたら?」
「花のことはよくわからない故。」
自分でも選んでみようと思ったことがないわけではないが、いかんせんセンスが良くないのかごちゃごちゃとしてしまうのだ。
「お花には、花言葉って言ってそれぞれ思いが込められているのよ。よく分からない、だけじゃ勿体ないわ。何種類も選ぶ必要は無いの。ツクヨミが選んだお花が一つでもあれば事務所のみんなは喜んでくれると思うわよ?」
「花言葉......。そんなものがあったのか。次回までに調べてくる故、その時にはその花も入れて頂けるだろうか。」
「ええ、勿論。待ってるわ。」
お会計を済ませ、ご婦人が用意してくれた花を持って事務所へと向かう。空を飛んでしまえば、花弁が散ってしまうため早足で。
その日も忙しく一日が過ぎていきました、花言葉について思い出したのは寝る支度を終えてベッドに入った時だった。
「そういえば......。」
まだ電気は消していなかったので、そのまま携帯の検索画面を開く。『花言葉』と打ち込めばサジェストには『一覧』と出てきて、その下に『愛』が出てくる。気になって無意識に押してしまった。
「恋愛にまつわる花言葉。」
好いた者に愛を伝える花言葉。言葉にしなくても伝えることが出来るということか。
「ホークスは花言葉など知らなそうだな。」
事務所に花を飾る許可を出してくれたホークスは、飾られた花にあまり興味は無いようだった。たまに写真も撮るところを見かけるが、愛でるという感じではなかったように思う。
俺はホークスのことが好きだ。ただ、想いを伝える気は無い。あれだけ凄いヒーローの邪魔をしてはいけないという思いが一つ、あとは自分が振られて気まづくなりたくないという気持ち。
でも、もしかしたら、花言葉であればホークスに想いを伝えられるかもしれない。伝わらなくていい。でもこの気持ちを胸に秘めておくのも辛くなってきていた。だって、高校生の時から慕っているのだから。伝わらない想いであっても表現するくらいは許されるのではないか。
そんな思いで、花言葉の一覧をスクロールしていった。
「ご婦人、今日はこの花とこの花を。こっちは別で包んでください。」
「はいはい。ねえ、ツクヨミ。」
「なんですか?」
「この花を上げている人に想いを伝える気は無いのかい?もう2ヶ月も経つよ。」
花言葉を教えてくれたご婦人には、俺の気持ちはバレバレだということか。
「あぁ......。そうだな、想いを伝える気はない。」
「理由を聞いても?」
「あの人の邪魔はなりたくないんだ。あとは自分の保身のためだな。」
「そう、でもたまには勇気を出してみるのもいいかもしれないわよ。」
「......そうだな。」
「はい、じゃあ今日はこれね!いつもありがとう。」
「いえ、こちらこそ礼を言う。またよろしく頼む。」
side ホークス
先程まで事務仕事に没頭していた俺は、固まった身体を伸ばすように両手を高く天に伸ばした。背中からボキボキと聞こえるのは幻聴だと思いたい。本来であればパトロールだけしていたいところだが、所長ともなればそうもいかない。報告書や上からの通知に印を押して、必要な書類を処理していかなければならない。どんだけ片付けても、次の日には山と積まれている書類には辟易してしまう。
そんな俺の最近の癒しは、所長室の応接用に置かれた机に飾られている花だ。俺自身花に興味がある訳では無いが、これを常闇くんが飾っていると思えばそれは癒しに変わる。ある日突然花を飾る許可を貰いに来た。お礼の花でもあったし、その一回で終わるかと思っていれば、事務所のみんなの反応が嬉しかったのか、週に一度新しい花と交換する姿を見るようになった。
以前までは、事務所に飾られる花はどれも同じ花だった。しかし、ある時から所長室に飾られる花だけ違うものになった。なんの違いがあるのかは分からないが、常闇くんが選んでくれているのかと思えばそれすらも愛しさへと変わる。今日変えられた花を眺めて癒されていると、事務員が書類を持ってやってくる。
「ホークスは相変わらずツクヨミに愛されていますね。」
「えっ、愛!?」
思わず戸惑ってしまったが、師匠として尊敬しているとか、ヒーローとして尊敬しているとかそんな感じだろう。恋愛感情で愛されているなんて思いたいのは、俺の願望でしかない。彼は凄く格好よくて、仲良い女の子の友達も沢山いる。いつか好きな人と結婚して幸せな家庭を築いていくだろう事は想像に難くない。
「あれ、気づいていないんですか?」
「なんのこと?」
「お花ですよ。ホークスの部屋だけ花が違うのには流石に気付いてますよね?」
「いや、それくらいは流石に気づくでしょ。」
「花言葉、調べてみてください。私が言えるのはそこまでです。」
事務員はそう言って、山のような書類をデスクに置いて出ていってしまった。
「はなことば?ってなに?」
初めて聞く言葉に戸惑いながらも携帯を操作する。調べてみれば花一つ一つに思いが込められているのだと分かった。では、ここに飾られている花の花言葉はなんなのだろうか。名前がわからないため画像検索をする。
『ガーベラ...究極の愛』
嘘だと思い、写真に残していた他の花も調べていく。
『ひまわり...私はあなただけを見つめる』
『アガパンサス...ラブレター、愛しい人』
数個調べただけで机に伏してしまう。こんなの、告白じゃないか。常闇くんはどんな気持ちでこれを飾っていたんだろう。俺が花に疎いことなんて分かっているはずだ。それは、俺に伝わらなくていいと思っていたことと同義だろう。
俺はいつかあの子を手に入れようと、あの手この手で外堀を埋めているところなのに、あの子は俺への想いを諦めていたということか。
そんなの絶対に許さない。
もう、外堀を埋めるのはやめだ。ひとまず彼と話す機会を作ろう。
就業時間になり、報告に来た常闇くんに口を開く。
「常闇くん、今日この後夜ご飯行こ。」